第3章26
途中からゲオルグ視点になります。
「な……」
「パーティで会えると思っていたんだけどね。来ていなかったから、会いに来たんだ」
悪びれることなく微笑むミカエルを軽く睨みつけると、私はやれやれと肩をすくめた。
「行けなかったのは貴方の所為でしょうが。パーティでまたあんな騒ぎになったら大変よ。せっかくのレミーエ様のパーティだもの、行きたかったに決まっているわ」
「ハハッ!これからもっと注目を集めるようになるのに、今からそんな事言ってたら大変ダヨ?」
「注目って……どうしてよ」
「だって君は僕の妃になるんだから。国中の注目を集めるさ!」
相変わらずニコニコと笑うミカエルに、若干どころではない苛立ちを覚える。
今度は軽くではなく睨みつけ、私は突き放すように冷ややかに言葉を紡いだ。
「……随分と自信家だこと。言っておくけど、国王陛下だからって私は飛びついたりしないわよ」
権力で無理やり……なんてされたらどうしよう。最悪、逃げ出すしかないか。どこか知らない国で、前世で憧れた小料理屋でもするかな。刑事さんが愚痴をこぼしに来るような素敵な小料理屋。
空想に浸る私に、ミカエルは興味津々といった様子で何故か嬉しそうに問い掛けてきた。
「へえ!じゃあ、どうしたら飛びついてくれるの?」
「そうねえ……」
結婚に大切なのは……うーん。
愛情と思いやり?まあそれは前提だとしても、いつしか夫婦仲が冷め切ることもあるのよね。
でも浮気は厳禁!モテるタイプでだと不安だけど、魅力がなさ過ぎてもつまらないし……難しい問題ね。
それに、老後のことも考えると家はあった方がいいし……でもそれならお金もあった方がいいわよね。手に職だと安心だわ。
保険とか年金とかも大切よね。
「ホケン……ネンキン?」
「ハッ!?」
いかん。思考がダダ漏れだった。
恐る恐るミカエルの顔を窺うと、鳩が豆鉄砲を食らったような表情でポカーンとしていた。
「あわわわわわわわー」
「あわわー?うーん、今の条件だと、僕はだいたい全部当てはまっているよね。愛情はこれから育んでいくし、全身全霊で思いやるよ!家……は城でいいかな?いくつかあるけど好きなものを君にプレゼントするよ。残念ながら妃の地位目当てにモテるかも知れないけれど、浮気はしない。約束する。あとは……手に職……?職業国王じゃダメかな?」
困ったように首を傾げるミカエル。
確かに全て当てはまっている……革命でもおきない限りは老後も安泰だ。
「ダメじゃないです……国王陛下、いい職だと思います……」
「ハハッ!じゃあ問題ないね!」
「問題あるわ!第一、ミカエルのこと何にも知らないし!あ、愛情だってまだわからないわ!」
愛情……自分で言っていて恥ずかしくなってきた。恋に恋する小娘みたい……って、私、今は十六歳だし、小娘か。
案の定というかなんというか、ミカエルは生あったかい眼差しで私を見つめている。
「な、なによ……」
「ハハッ、妙に現実的かと思えば……可愛いね。……うん、愛情に関しては心配しなくていいよ」
「どうしてよ!」
なんだか駄々っ子のようになってきた私の頭を優しく撫でると、ミカエルは私に流し目をくれながら妖艶に笑った。
「君は絶対に僕を好きになるから。好きにさせてみせる、必ず」
「……本当に、自信家だこと……」
私はついに呆れ返って、大きな溜息をつくのだった。
その日の晩のこと。
招待状のないパーティに飛び込みで乱入した俺は、散々に満喫した料理の感想を手紙にしたためていた。
「ふんふんふーん。全く、報告書を書くのも楽じゃないぜー」
捨て台詞を残してルメリカへと出発したが、ひとり国に残らざるを得なかったレオンハルトの事を一応は気にしているのだ。
「えーと、天気は晴れ。マヨネーズが美味かった。レミーエの結婚式は……と。それから、コゼットが…………そんでもって木苺ソースのステーキが最高だった、と。こんなもんかな」
寂しい想いをしているだろうレオンハルトへの手紙には、ルメリカのグルメ情報をこれでもかと書き連ねてやった。
パーティではルメリカ料理に加えて、レミーエや俺たちの故郷であるアルトリアの料理も沢山用意されていたが、俺のオススメはやっぱり屋台や出店の軽食だ。
肉が好きな俺には、繊細な料理よりも屋台の豪快な肉サンドが口に合う。
特にコゼットが食べさせてくれたマヨネーズとの相性は抜群で……
ああ、マヨネーズ食いたい。
もうなんかマヨネーズを食べるためになにかを食べるようになってしまいそうだ。
もうマヨネーズ飲もうかな。
マヨネーズのことを想うと、胸が切なくなってきて、腹がキューッとなる。
まさか……これが、恋……?!
なんてな。
書きあがった手紙を封筒にしまって封をすると、明日の美味しいマヨネーズの為……俺は黙々と卵と油をかき混ぜ始めた。




