第3章25
「ハハッ!驚くのも無理はない。未だ出会って間も無いからな!」
「え……」
「次は余とコゼットの結婚式かも知れぬのう。ハハッ!」
「は……」
どうしよう。ミカエルの言っている言葉がわからない。いや、正確に言えば言葉はわかっている……はずだ。彼は知らぬ間に夢の国から電波でも受け取っていたのだろうか。
無駄に爽やかな笑顔に殺意すら覚える。イケメンなだけに余計に腹がたつ……
ざわ……ざわ……
恐ろしい程に凍りついた場の空気が、周囲のざわめきとともに少しずつ騒がしさを取り戻していく。
そして……今度は恐ろしい程に凍りついた視線が私に集中し、未だかつてない程の鳥肌がたっているのを感じた。
マズイ……これはあれだ。
昔観たドラマであった、花のようなイケメン金持ち集団と仲良くなった庶民の主人公がお嬢様たちに虐められるパターンのやつだ。
「なんですの、なんですの、なんですの、あの女あああ!」
「陛下の……想い人?まだご婚約者ではあらせられないということですかな?」
呆然としていたのであろう招待客達が次々と我に返ったように口を開き始め、先ほどの冷たさとはまた違う、不躾な視線が私に突き刺さる。
それもこれも、ミカエルが怪電波を受信したせいだ。
そもそも私の意見も聞かずに想い人宣言とかどうなわけ?
いや、想うだけなら意見は聞かなくてもいいのか……いやでも王様だよ?
くっ……ああ、面倒くさい!
考え出すとだんだんに鳥肌がおさまり、面倒事に巻き込んだミカエルに対する怒りがふつふつと湧きあがってきた。
しかし、拳を握り締める私に気づいているのかいないのか。
ミカエルはキラッキラッしい笑顔を私に向けると、低く響く声で囁いてきた。
「コゼット、そんなに震えて。大丈夫、僕のルメリカは夢の国なんだ!幸せになれること間違いなしだよ!ハハッ!」
この男……断られるとは考えもしないのか。
そしてここは夢の国だったのか。むしろミカエルの頭の中は夢しか詰まってないんじゃないのか。
「夢は寝てる時だけで十分よ!だいたいミッキーにはミ◯ーというお似合いの相手がいるはずよ!」
もう不敬罪とかどうでもよくなってきた。
私、夢の国の住人じゃないし、夢の国の法律なんか知るものか!
「ミ◯ー?誰それ?」
「はあーーーー……」
私は宿の一室で、深い深いため息を吐いていた。
あれから、私の口走った新たな登場人物のせいでざわめきが更に大きくなり、しまいには「アタクシ、幼少期の呼び名がミ◯ーですの」なんてご令嬢まで現れる始末だった。
騒ぎが大きくなってしまったため、私は先に宿に帰ることにしたのだ。せっかくのレミーエ様の結婚式なのに、他のことで騒がせてしまうなんて本当に申し訳ない……私のせいではないとは思うが。
「この分だと……夜に予定されているパーティも行かないほうがいいかしら。きっとご迷惑よね……」
窓辺に腰掛けてショボーンとしていると、落ち込む私の前にシシィが温かく湯気の立つ紅茶をそっと置いた。
「お嬢様……おいたわしい。あんなに楽しみにしていらしたのに」
「ホントよ!でも、結婚式に出られただけでも良かったと思うしかないわね」
シシィの優しさが身に染みる……手に取ったカップからも紅茶の温かさが伝わってきて、気持ちが落ち着いてくる。
その時、控えめなノックの音がした。
扉を開けると、パーティのために美しく着飾ったジュリア様とアンジェが揃っていた。
「コゼット様?そろそろパーティに出掛けようと思うのですが……」
「もしかしてお加減が悪いのですか?」
「いいえ、具合は悪くないのだけれど、また騒ぎになってしまったらレミーエ様に申し訳ないので……パーティは遠慮しておこうかと」
「まあ……」
「残念ですわね……」
気の毒そうに私をみる二人を送り出すと、私は再びため息を吐くのだった。
コン……コン……
前世の日本と違い、街灯の明かりの少ない街は日が落ちるとすぐに辺りを暗闇が支配する。
しかしパーティは一番の盛り上がりを見せているくらいかも知れないそんな時……早々にふて寝をしていた私は、窓を叩く小さな音で目を覚ました。
「……なに……?」
こんな夜にどちら様だろう。
まさか、幽霊……?
ギギギと首を回して窓の方を見ると……カーテンの隙間から、ミカエルが顔を覗かせていた。
一気に気が抜けると同時に、間抜けな声が口から漏れる。
「はあ……?」
何故ミカエルがここにいるのだろうか。
しかもここは三階である。
訝しげに窓の外のミカエルを見ている間にも、窓を叩く音が鳴り続けていて、放っておくと休んでいるだろうシシィまで起こしてしまうかも知れない。
仕方なく私はベッドから降りてガウンとショールを羽織ると、枕元のランプに火を灯して窓に向かった。
鍵を外して窓を開けると、春先の少し肌寒い空気が勢いよく入ってきて、ぶるりと体が震えた。
「……やあ、コゼット。こんばんは」
冷たい風に漆黒の髪をふわりと靡かせ、白く光る月を背景にしたミカエルは、まるで悪魔のように妖艶に笑った。
しかし吐く息は白い……私はそっと羽織っていたショールを彼に被せて、子供を叱るような表情を作る。
「……こんばんは、ミカエル。何か急ぎの用事かしら。こんな夜更けにレディの寝室を訪ねるなんて失礼よ?」
「パーティーに来なかったから……心配だったんだ。それに……」
「それに?」
ミカエルは私の手を取ると、自分の頬に擦り付けるようにしてふっと笑う。
いつもの飄々とした表情とは違う、そのあどけない子供のような顔に、私は思わず吸い寄せられるように見惚れてしまった。
「……君に逢いたかったんだ」
「!」




