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第3章23

「レミーエ様……あっ!」


慌てて走った私は、小さな段差に足を捕られてよろめいた。

これは……コケる!!

しかし群衆の中で無様に転ぶことを覚悟した私を、ナイスタイミングでしっかりと抱きとめてくれた腕がすくい上げた。


「ハハッ!そんなに慌てたら危ないヨ〜?」


「あ、ありがとうござ…………あれ、ミカエル?」


恥ずかしさに身体を小さくしながら顔を向けると、予想以上の至近距離にミカエルの秀麗な顔があった。


「ち、ちかっ!」


「誰も思いつかないような発明をしたかと思えば、子供みたいに走って転びそうになって。全く飽きない子だね、君は」


もう少し落ち着きを持ちなさい、と言いながら私を降ろし、髪を整えてくれたミカエルに私は釘付けになった。


なんなの、誰なの、これは……


ミカエルはいつもの滑稽な服装が嘘みたいに……まるで別人だった。

陽の光を反射してなお黒く艶めく髪には宝石が散りばめられた上品なベレー帽をかぶり、見るからに上質な黒の軍服めいた服装がその均整のとれたスタイルを際立たせていた。

重量感のある宝石のついた肩章からは金糸の飾緒が垂れ落ち、背中を覆う豪奢なマントは金糸で精緻な刺繍が施された深紫のベルベット。裏地には黒貂の毛皮が張られた、ため息がでるほど素晴らしい品だ。

その、美しくも勇壮な衣装に身を包んだミカエルは、長身を折り曲げるようにして私を覗き込んできた。

星空のように瞬く黒い瞳に見つめられ、私は思わず息を呑んでしまった。


「ミ、ミカエル、あなた……」


「んん?」


「あ、暑くないの?!」


違う。

このポカポカと春めいた陽気に毛皮のマントなんて正気の沙汰とは思えない。

思えないけれど、聞きたいことはそこじゃない。

聞きたい事が多すぎて、ついつい率直な感想が口をついて出てしまった。


「ハハッ!そうだね、確かに暑くて仕方ないよ!このマントとか、明らかに冬物だよね!」


「そ、そうよ。汗もが出来ちゃうわよ。それにしても今日はいつも違ってまともな服……というか、なんだかそのマントとか、王様みたい、ね……」


さも可笑しそうに笑いだしたミカエルは、私の言葉にキラリと瞳を瞬かせた。

言っちゃった……

ああ、今の私……まるでヘビに睨まれたカエルのようだわ。ウフフッ!なんだかとっても嫌な予感がするの!


ミカエルは猫のように目を細めてニンマリと笑うと、なにが楽しいのか怒涛のように喋りだした。


「アハッ!当たり〜!僕、実は王様なんだ!まあそれは置いといて。この服どうかなー?はっきり言って地味すぎて僕の好みじゃないんだけど、シキタリ的に決まってるんだよネ。身内の結婚式とかだとどうしてもサ。暑いし窮屈だし。いつもの服の方が何倍もいいよ!あっでも、もちろん僕はコゼットの選んでくれた服も好きだよ!」


「大丈夫。いつもの服よりも数億倍は素敵だわ。ミカエルの好みの服がクローゼットごと燃えてしまえばいいのにと思うくらいには。……じゃない!ちょっと待って!今、なんて言った?!」


「……コゼットの選んでくれた服がいちばん好きだよ?」


「違う!その前〜!お、王様?身内?とか」


嫌な予感は現実となったようだ。

散々こき下ろした挙句着せ替え人形にしたりとか、買い物の荷物持ちをさせたりとかした記憶が走馬灯のように蘇る。

頭に浮かぶのは、不経済……じゃなく、不敬罪の文字だった。

涙目になった私に、ミカエルは意地悪く笑った。


「ウン。エリオットは僕の弟なんだ。黙っていてゴメンね?」


「そこじゃな……」


「国王陛下!」


うがあああ!と頭を掻き毟りそうになる私の言葉を遮るように声が響いた。

私たちの周囲にこちらを窺うように集まっていた人々が左右に分かれ、現れたのはレミーエ様を伴ったエリオットさん……エリオット様?だった。


「国王陛下、本日はご臨席賜りましたこと、このエリオット、望外の喜びにございます。ご挨拶が遅れましたこと、誠に申し訳もございません」


言葉とは裏腹に、全く申し訳無くなさそうなエリオットさんは周りに聴かせるように大きな声でそう告げると、ミカエルに対して膝まづいて臣下の礼をとった。

その隣でただでさえ大きな目を見張っていたレミーエ様だったが、元とはいえ公爵家令嬢である。

驚いた様子など幻覚だったかのような完璧な所作で、優雅に膝まづいて礼をとった。

……しかし私にはわかる。恐らくあの美しく拡がったスカートのフリルの下で、エリオットさんをギリギリと踏みつけていることが。


「ハッ!臣籍となったとはいえ、可愛い弟の人生の節目である。余が参らぬ道理はあるまい。エリオット、レミーエ嬢……余も祝福しよう。せいぜい幸せになるがよい」


「親愛なる兄上に誓って」


「ありがたき幸せにございます」


二人が深く頭を下げると、周りを取り囲む招待客達から祝福の言葉とともに拍手が沸き起こった。


「おめでとうございます!」


「素晴らしい兄弟愛!セシル商会の未来も盤石ですな!」


「殿下が臣籍に落とされてからはほとんど国にも帰らず、疎遠だと聞いたこともあったが……噂とは違うようだな」


「新婦はアルトリアの方だとか……アルトリアとのパイプを確保したのか」


純粋に結婚を祝う以外の言葉もかなり耳に入ってきたが……エリオットさんのセシル商会の株が更に上がっているようで何よりである。まあそれを狙ってたんだろうけど。


しかし、ミカエルが王様だなんて……ああ、物凄く面倒臭いことになる予感。ここは一発、周りの招待客たちに溶け込みながら逃げ出そう。

幸い私は生粋のモブ。

むしろ取り巻くのが天命とも言える。

よし。コゼット16歳、悪役令嬢の取り巻きの取り巻き始めます!


私はモブ。私はモブ……

私は出来る限り気配を消してジリジリと後ろに下がりつつ、人々に紛れこもうとした。

しかし気配というのはどうしたら消えるのだろうか。気配スイッチとかあるといいのに。


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