第3章21
「アルトリア王国の皇太子殿下がこのふらフープを……簡単そうに見えて、奥の深い競技なのであろうな。ふむ……」
「おわっ!」
いつの間にかフリーズから立ち上がった……じゃない、立ち直ったエリオットさんが、ゲオルグの真後ろに立ち、懐から取り出したふらフープをしげしげと眺めていた。
「ねえ、その服の構造……」
「お前、俺の後ろをとるとはなかなかやるな!誰だか知らんが」
知らんのかい!
あまりにも普通に馴染んでいるから気付かなかった。
「エリオットさん、こちらはアルトリアの騎士団団長のご子息の……」
「ゲオルグだ!よろしくな!」
ゲオルグが無駄に歯をキラーンと光らせてサムズアップしてポーズをとった。対するエリオットさんも細かいことは気にしない性格なのか、豪快に笑いながらサムズアップ返しをする。
「ハッハッハ!俺はエリオット!女神の寵愛を受けた男だ!」
「め、女神の……?!」
意味不明な自己紹介に周りがドン引きし、ゲオルグが衝撃を受けたように仰け反る中、レミーエ様はグシャリと肉サンドを潰していた。レミーエ様の白魚のような手から迸るマヨネーズ。
無残に潰れたそれを、レミーエ様は電光石火の勢いでエリオットさんの口に叩き込んだ。
「ふごっ」
「オホホ……最近暖かいので、頭も温まってしまったみたいね。ゲオルグ、こちらはエリオット。……私の婚約者なの」
最後、何故か口惜しそうだったのは見なかったことにしよう。
それにしても、引き攣った笑みを浮かべるレミーエ様の手のマヨネーズをジュリア様がササっと手巾で拭いてあげているのが微笑ましい。
「そうなのか!なかなかいい男だな!良かったな、レミーエ!」
「お、おほほほほほ!」
「「オーホホホホホホ!」」
久しぶりに聞いた高笑いは引きつっていたが、なんだか懐かしい気持ちになった私はジュリア様の隣に並んで高笑いコーラスに勤しんだのであった。
……密かに練習しておいて良かった。
「さて、気を取り直して……ふらフープの真髄を見せてやろう!」
「なん……だと!」
ゲオルグの宣言にエリオットさんが慄いているが……真髄ってなんだよ。ふらフープにそんな武道の境地みたいなものがあったことの方が驚きだよ。
懐からスッとふらフープを取り出すゲオルグを遠巻きにし、ゴクリと喉を鳴らすギャラリー。
ちょっと待て。エリオットさんといいゲオルグといい、その懐はなんなんだ。手品か。
私は全力で突っ込みたかったが、それよりも気になることがあって口をつぐんだ。
そう……周りを改めて見回すと、私達の周囲には幾重にも人垣が出来ており、皆がゲオルグに期待のこもった眼差しを向けている。
「大道芸かっ!!」
「ふっ……こんなに期待されていては、私も黙ってはいられませんことよ!」
「ジュリア様ああああ?!あなた結構目立ちたがり屋ですね?!」
ジュリア様が艶のある髪をふわっとかき上げて、ググイと前に進み出る。その背中は歴戦の勇士のように勇ましく、それでいて伸びた背筋が美しい……そして、その手にはもちろん、ふらフープ。
脱力してへたりこむ私を置き去りに、ゲオルグANDジュリアによるふらフープショーはギャラリーに大喝采を浴びた。
優雅で洗練されたふらフープ遣いであるジュリア様。
そして。なんなんだ、そんな使い方とか初めてみたよ……と開いた口がそのままサヨナラしそうになるゲオルグのふらフープ技は……確かに、ふらフープの真髄であったと言っておこう。




