第3章20
「コゼット嬢……いや、コゼット先生!これのレシピを……!」
どうしよう。エリオットさんが私に……正確に言うと私の掲げるマヨネーズにむかって崇め奉らんばかりにひざまづいている。
その顔に浮かぶのは商売人としての油断ならない表情……かと思いきや、純粋な食欲だけだった。
デカデカと顔に書いてある。
『もっと食べたい』と……
もちろん私も鬼ではない。
マヨネーズを愛する者として……そう。いちマヨラーとして、マヨネーズの普及のためには私利私欲を捨て、努力を惜しまない所存である。
私は厳かにマヨネーズを掲げると、ひざまづくエリオットさんの手にそっと瓶を載せた。そして慈愛のこもった笑みを浮かべ、宣告した。
「あなたに、このマヨネーズを授けましょう。そしてこの調味料を、世界中に広めるのです。それがマヨネーズ神があなたに与えた使命です」
「俺の、使命……!」
ぶっちゃけ自分で作るの面倒くさいんだよね。掻き混ぜるのがダルすぎる。
お店で買えるようになるなら、レシピくらいおやすい御用である。
連日のマヨネーズ作りのため、だいぶ腕の筋肉が鍛えられたと思うくらいなのだ。
……ハッ!もしやマヨネーズ様は、おのれのカロリーのもたらす影響を少しでも減らすために……?
なんという深いお考えだろうか。
やはりマヨネーズは神であった。
気づいてしまった衝撃の事実に、天啓を受けたように私は固まった。
そして目の前では、エリオットさんが雷に打たれたような表情で同じく固まっていた。ぶるぶると震える手でマヨネーズを掴んで凝視する。
小声で「俺はまさか、このために商人に?!」とか呟いているのが聞こえる。
ないから。いくらマヨネーズ様でも、そんな………………
………………まさかね?
固まる私たちは放っておく事にしたのか、レミーエ様達はマヨ肉サンドを食べながらなごやかに雑談していた。
口元をハンカチでぬぐいつつ、レミーエ様が口を開く。
「そういえば、ゲオルグ……その、王太子殿下はお元気でいらっしゃるのかしら。私が聞くのは、おかしいかもしれないけれど……ご迷惑をお掛けしたから」
レミーエ様はチラリとエリオットさんの方を気にしながら、ふと思いついたように口にした。
……エリオットさんはマヨネーズを見つめたまま先ほどからずっと固まっている。
レミーエ様との手紙のやり取りの中で、彼女は殿下への気持ちは恋に恋していたものだったと、エリオットさんに出会って気が付いた、と綴っていた。
エリオットさんもそのレミーエ様の気持ちを理解してくれているらしいが……律儀なレミーエ様のことだ。
敢えてエリオットさんの前で殿下の話を出したのだろう。
……しかし果たしてエリオットさんはちゃんと聞いているのだろうか。
遠慮がちに目を彷徨わせるレミーエ様の様子に全く頓着せずに、ゲオルグは口についたマヨネーズを無造作に袖口で拭うと笑顔で応えた。
「おう!殿下は元気だぞ。出立の挨拶した時は……ふらフープしてたな」
「え」
それは随分お元気そうだ。




