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第3章7

 私は咄嗟にシシィの表情を窺った。

 シシィは、アンジェを見て……ドン引きしていた。

 くちびるの端をヒクヒクと動かし、完全に不審者を見る目つきだ。


 幸いにしてアンジェはシシィの表情に気付いておらず、真剣な顔つきで私を見つめている。


 ……私までいたたまれない。



 前世の記憶がある……それ自体は悪いことではない。

 だが声高に主張すべき事柄でもない。


 そんな事を周りに触れ回ろうものなら……確実に頭がおかしいと思われる。

 それはシシィの表情を見ても明らかだ。


 シシィの心の声が聞こえるようだ……


 うっわ〜、たまにいるのよね。

 未来から来たとか、実は女神の生まれ変わりなの!とか。

 ひくわーマジでひくわー。


 ……ハッ!

 ついついシシィにアテレコしてしまった。



 もし前世……現代日本だったなら、病院を勧められるか友達がいなくなるかするかもしれない。


 だが、今回に限ってというか……アンジェの言葉は事実だろう。

 だって私にも前世の記憶があるのだから。


 前世の記憶があることはいいとしよう。

 しかし、私はそれを周りに知られたくはなかった。


 何故なら、この世界がゲームの内容に酷似していたから。

 この世界に産まれ育ち、十六年と少し。

 まだまだ前世で生きた年数には足りないが、私は既にこの世界に……そして周りにいる人々に愛着を持っている。


 そんな人達に、この世界はゲームかもしれないなどと……言えるわけがなかった。


 その上、シシィのこのドン引き具合……この視線を私にも向けられたら、生けていける自信がない。

 恥ずかしくて死ねる。


 私はひとつ深呼吸をすると、シシィに向かって口を開いた。


「シシィ。アンジェさんと二人きりで話したいことがあるの。……席を外していてくれる?」


「お嬢様……しかし……」


 シシィは明らかに不服そうに、アンジェと私をチラチラと見比べている。


 そりゃあそうだ。

 シシィの中で、アンジェはもはや不審者だ。

 不審者と私を二人きりにする訳にはいかないと思っているのかもしれない。


「大丈夫よ。前世云々は学園で流行っていた冗談みたいなものだし……積もる話もあるから、お願い」


「……かしこまりました。次ぎの間で控えておりますので、何かありましらお呼びくださいませ」



 シシィが退出すると、私は改めてアンジェに向き直った。


「前世の記憶があるという事だけれど……どういうことかしら」


「不躾に失礼致しました。……私は前世で日本という国に産まれ育ちました。そしてこの世界は、私の知っているゲームの世界だと……」


「ゲーム、ね……」


 私はアンジェの言葉を遮るように呟いた。

 確かにこの世界はゲームに似ている。

 実際にプレイした訳ではないので細部内容まで把握している訳ではないが、大まかなシナリオは娘が言っていた通りだったように思う。


 しかし……


「この世界は、ゲームではないわ。現実よ」


 そう。現実だ。

 ゲームのようにクリアしたら……夢から醒めるように終わるのだろうか。

 それはわからないが、既に私の……私達のストーリーはシナリオから乖離し、新たな道を歩み始めている。


 それらの事から、私はこの世界はまぎれもない現実であると考えている。


 ゲームのように楽しい事ばかりではない、現実の世界だ。


 アンジェはまだ分かっていないのだろうか。

 未だにこの世界をゲームだと思い込み、自分の思う通りに動かそうとしているのだろうか。

 私の胸をそんな不安がかすめた。


 しかし、私のそんな気持ちを見抜いたのか、アンジェは自嘲気味に笑った。

 その表情には後悔が滲み出ているように感じられた。


「わかっています。いえ、わからせられた、と言うべきでしょうか。コゼット様のおっしゃる通り、以前の私はこの世界をゲームだと思い込んでいました。それも私が主人公の、私のための世界だと」


 けれど……


 アンジェは追放され各地を放浪するうちに、自分が主人公であるという驕りを打ち砕かれた。

 しかし現実を認める事は容易ではなかった、と苦しげに語った。


「怖かったのです。現実と認めてしまえば、向き合わなくちゃいけなくなるから。自分が犯した罪や、裏切った人達に……そして何より、もう二度と日本に、家に帰れない事を認める事が怖かった」


「そう……そう、ね……」


 二度と帰れない。

 その言葉が私の心にチクリと棘のように刺さった。

 アンジェは興奮したのか、敬語が抜けて子供っぽい喋り方になっていた。

 震える手を握りしめ、嗚咽を堪えながら一生懸命に言葉をつなぐその様子に、私は胸が痛くなるのを必死に堪えていた。


「私はこの世界とも向き合ってこなかったから、この世界でも独りきりだった。でも……レミーエ様が、友達になってくれた。レミーエ様のお陰で、私はこの世界と向き合う勇気を持てたの」


「レミーエ様が……」


 アンジェは涙を振り切るように、鮮やかに笑った。


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