第3章3
国境の街メディウスはたくさんの人で賑わっていた。
国境にあるだけあって、ルメリカとアルトリア、両方からくる旅人や商人のほとんどが立ち寄るからだ。
道行く人々の服装も多国籍という感じで、様々な民族が住むルメリカらしい空気がそこはかとなく感じられる。
まあ、ルメリカに行くのは初めてなので想像ではあるが……
観光客や商人目当てにお祭りでもないのに目抜き通りには露店が立ち並び、行き交う人々に盛んに声をかけている。
なんでも秋にはお祭りが開催されるそうで、その時の人通りに比べれば季節外れの今日などは空いているくらいらしいが。
見るもの全てが珍しく感じられ、馬車から降りた私達はキョロキョロと周りを見回しながら歩いていた。
馬車はシシィを乗せて先に宿に向かわせたので、ここには私とジュリア様とドーラ、そして少し離れてついてきてくれている護衛達だけだ。
「馬車を先に宿にやってよかったですわね!ほら、あのお店に売っている小物、なんて可愛らしいのかしら!」
「まあ!見たことがないデザインですわね!こちらの細工もなんて面白い……」
各国の交易の中継地点であるルメリカには様々なものが集まってくる。
もちろんアルトリア全土から集まる交易品の数々もあり、それらがこのメディウスでも売られているのだ。
海の遠い王都アルメニアでは見られない貝殻やヤシの実の細工物。美しい色の巻き貝の周りに白く小さな貝殻がちらされた髪飾りを見つけた私は、それをそっと手に取った。
「あら、コゼット様。素敵な髪飾りですわね。貝殻の裏が虹色に光っていてとても綺麗だわ」
「虹色……」
ジュリア様に言われ、改めてまじまじと髪飾りを見つめると確かに貝殻の裏が虹色に輝いていて、キラキラと光を反射している。
この貝殻は単体でもとても綺麗だ。だが虹色に光るということは……
「ねえ、この貝殻からは真珠はとれないのかしら?」
「シンジュ……?お……嬢様、シンジュとは、なん、ですか?」
私が売り子の少女に話しかけると、彼女はニコニコしていた表情から一変し、困惑した顔つきでたどたどしく返答した。
南方の血を思わせる浅黒い小麦色の肌に日に焼けた赤茶の髪をもつ少女は、眉を下げると小首を傾げた。
むむ。
この貝は真珠貝とは違うのだろうか。
貝といえば真珠だろうと思ったのだが……
前世で真珠のネックレスなどは冠婚葬祭用に持っていたものの、実際の真珠貝はテレビ以外では見たことがない。
「ないのかしら……白くてまるい玉なんだけれど。あ、黒いのもあったりするわね」
うーんと考え込みながら伝えると、彼女はポンと手を打った。
「ああー!もしかして、パールルの事?白くてまるいの……確か、このへんに……あれえ〜?」
思いついたように告げると、ごそごそと懐を探り出し、ポケットをひっくり返している。
私はじっとそれを見守っていたのだが……
ていうか、パールルっていうのが真珠だとして……ポケットにいれとくとか、そんな雑な扱いなの?
真珠って結構いいお値段するよね。
前世ではこっそり貯めていたヘソクリを使って、断腸の思いで買った記憶がある。
そして傷がつかないように柔らかい布で包み、ケースに入れて大事に大事にしまっておいた。
その真珠を……ポケット、だと!
しばらくポケットをガサガサしていた少女は、お尻のポケットからやっとお目あてのものを見つけたようだ。
少し荒れた小さな手のひらにのせて、満面の笑みでこちらに見せてくれた。
「あった!これでしょう?!」
手のひらにのっていたのは、間違いなく真珠だった。ただし真円ではなく、少しいびつな楕円形だったが。
少しいびつな真珠をつなぎ合わせて作られたブレスレット。
少女の腕に合わせて作られたそのブレスレットには、小さな貝殻やサンゴのかけらも括られており、とても可愛らしいものだった。
「この、罰当たりめがー!」
「はうっ?!ご、ごめんなさい?!」
「……はっ!?今、なにかに意識を乗っ取られて?!……ごめんなさい、なんでもないの」
いかんいかん。
魂の叫びを抑えきれなかった。
こんな少女相手になんてことを。
私の叫びにビクンと立ち竦んだ少女に慌てて謝り、彼女の頭をナデナデすると彼女はすぐに笑顔を取り戻した。
私は改めて彼女からブレスレットを受け取って、マジマジと真珠を観察した。
「そう、これはパールルっていうのね。……とても可愛らしいブレスレットね。手作りなのかしら?」
「うん!あたしが作ったのよ!パールルは故郷ではその辺にいっぱい落ちてるから!」
私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「なん……だと!」
「コゼット様、口調」
「ハッ!なんですと!……違う、なんですって?!」
ジュリア様のツッコミを受けて、慌てて言い直したが、私が衝撃を受けるのも無理からぬことであろう。
真珠がその辺に転がっているなんて……なんということだ。
真珠様ともあろうものがそんな粗末な扱いを受けていいのだろうか。いや、いいわけがない。
それでは私のヘソクリが浮かばれぬではないか!
衝撃からなんとか立ち直った私は、少女に詳しく話を聞こうと思ったのだが、すでに日が傾きかけていてもう宿に向かわなければならない時間が迫っていた。
私達は明日またこの店に立ち寄る約束を交わし、名残惜しく思いつつもその場を後にしたのであった。
この度、アリアンローズ新人賞優秀賞を受賞させて頂き、書籍化することになりました。
これも皆様の応援のお陰でございます。
今後、書籍に関するお知らせは活動報告の方に載せさせて頂きます。
なお、ダイジェスト化の予定はございません。




