第2章32
「今日は素晴らしかったわ。一騎打ち勝負はあなたの勝利ね。おめでとう」
王妃殿下は取り巻きの皆様を引き連れて艶然と微笑んでいる。
もちろんその取り巻き達の中には私のお母様もいて、いかにも嬉しげにニコニコと笑っていた。
私は二つに分かれた衣装のひだを広げるようにして、意識して優雅に礼をとった。
「これは、王妃殿下。もったいないお言葉ありがとうございます」
「うふふ、畏まらないでちょうだい。……私、あなたのその衣装にとっても興味があるの!是非じっくりとお話を伺いたいものだわ」
白い水鳥の羽根がついた扇をふぁさふぁさとはためかせ、王妃殿下は私にむかってイタズラっぽくウインクをした。
王太子殿下の美貌の由来であろうそのご尊顔は、とても十六になる子供がいるとは思えないほどチャーミングだ。
野外での狩猟会に合わせてか、艶のある銀髪は緩く纏められ、小鳥をかたどった飾りのついた帽子が頭にちょこんと載っているのが可愛らしい。
ドレスはシンプルな作りで装飾が少ないが、ひと目で上等なものだとわかる素晴らしい生地を使っている。
全体的にシンプルな装いだが、気品と優雅さは全く損なわれておらず、彼女の快活な魅力を際立たせていた。
流石は社交界のファッションの流行を左右する王妃殿下だ。
……まさに美魔女。
この方に認められれば、キュロットズボンは貴婦人のあいだで爆発的に流行するに違いない。
私はゴクリと息を呑むと、緊張と期待で高揚する己の心を叱咤して唇を開いた。
「………流石、王妃殿下!お目が高くていらっしゃいます!ええ、ええ。こちらのキュロットズボンの生地はシルクでございます。はい、ジャケットですか?こちらは動きやすいよう改良を重ねてありまして……ゲオルグさん」
「はあっとう!」
私の声を合図に、ゲオルグが騎乗していた馬から飛びたち、前方回転宙返りに捻りを加えて華麗に地面に降り立った。
その見事な宙返りに、私の周りを囲んでいた貴婦人の皆様はおおー!と歓声を上げた。
高く上げた両手で手を振り、観客に応えるゲオルグにむけて、私は扇を顎先にあてて不敵に笑った。
「ゲオルグさん、腕を上げましたね」
「……ふっ!俺に不可能はない!ダガ、コノジャケット、動キヤスサ、スバラシイ!腕ガーアゲヤスーイデース」
くっ……ゲオルグ、なぜ片言なんだ!
やはりゲオルグに台詞を言わせるのには無理があったか。
悪くても棒読みくらいかと思ったのに、棒読みを通りしてエセ外国人までいくとは予想外だった。
ゲオルグの大根っぷりに固まる貴族の皆様の前で、私はバチーーン!と大きく両手を打ち合わせ、注目を集めた。
「皆様、ご覧いただけましたか?!私が着ているこのジャケット!実はゲオルグさんと同じものなんです!この驚異の伸縮性!その秘密はここにあります!」
その日、ジャケットを含め私のデザインしたキュロットズボンには予約注文が殺到した。
乗りに乗った私の口が滑ったお陰で、ティーパーティーの悪夢の再来とばかりに我が伯爵家に貴族家からの使者が大挙して押し寄せたのだ。
これによってブチ切れたシシィに説教をかまされた私は反省し、シグノーラに服飾部門を創設することとなるのであった。
いつもご愛読ありがとうございます。
これにて、第2章完結致します。
次回から第3章が始まりまーす!




