第2章31
狩猟会の最後には、今日獲った獲物で盛大にバーベキュー!……とはいかなかった。
まあ、優雅なお貴族様はバーベキューなんてしないのねっ!と思ったのだが、お肉は熟成させた方が美味しくなるからだそうだ。
狩り初体験の私は全く知らなかったが、美味しくなるならば待たねばなるまい。
果報は寝て待てとはよく言ったものだ。
自慢じゃないが、美味しいもののためならばいつまでだって待てる自信がある。
……お腹が満たされているとき限定だが。
しかし今現在、私のお腹はギュルギュル鳴っている。
当然だ。青空の下での適度な運動で汗をかき、お腹が空かない方がどうかしている。
しかしそろそろ限界が近い。
だが!私は焦らない!
何故ならば、これからお肉をふんだんに使った料理が振舞われるガーデンパーティーがあるからだ!
空腹は最高のスパイスであることを、私コゼットは今日この時、全力で実証する所存である。
なんなら論文だって書いてみせよう。
だから早く!早く食べ物を!
腹をギュルギュル鳴らしながら、山積みになっていた獲物が回収されていくのをボケーッと見送っていると、背後から突然声を掛けられた。
「ご機嫌よう、コゼットさん」
「イザベラ様……ご機嫌よう」
イザベラ様の登場に、私は肉色だった頭を急いで切り替えた。
キリッと表情を改めて向き合うと、当のイザベラ嬢はいつもの取り巻きも引き連れず、一人で腰に手を当てて仁王立ちしていた。
その表情は硬く、険しい表情で唇を引き結んでいる。
「イザベラ様……?」
私が訝しげに再度問いかけると、彼女は意を決したようにガバリと頭を下げた。
「な、なにを……!やめて下さい、そんな」
レミーエ様への言葉に憤って勝負を吹っかけたものの、侯爵令嬢が公衆の面前で格下の伯爵令嬢に頭をさげるなど、あまり外聞がよろしくない。
私は慌てて周りを見渡したが、時すでに遅く、集まっていた貴族の面々はすっかりこちらに注目していた。
「いいえ、今回の勝負は私の負けですわ。しかもあなたに庇われて……だから、お礼は言わせて貰います。ありがとう。そして。レミーエ……様に関する失言も謝罪しましょう」
「イザベラ様……」
「けれど!」
イザベラ様の突然の謝罪に私があわあわしていると、すぐに彼女はガバリと頭を上げて不敵に笑った。
「今回だけよ!これでケジメはつけたわ!私は不死鳥のごとく蘇り、必ずやあなたを叩き潰してみせますわ!」
「えええ?!」
「何故ならば!」
「「「……何故ならば?」」」
勢いに呑まれてゴクリと息を呑み、思わず返事をした私と同様に、何故か周りからも声が上がる。
「王太子妃に最も相応しいのは!この!高貴で美しく聡明でかつたおやかな!私だからよ!首を洗って待っているがいいわ、コゼット・エーデルワイス!」
イザベラ様は腰に手を当て、これ以上ないほど上体を反らすと私に向けて指を突き出すと高らかに宣言した。
「ええーー………………キャラ濃いーー……」
「なんですって?!」
「なんでもないです……」
高圧的な言動や嫌味の多い方だが、根っこは真っ直ぐな気性なのかもしれないな。プリシラ嬢の言葉を信じ込んでいただけなのかも。
そうは思うものの。
……なんかまたさらに面倒くさくなってるよ……
とりあえずイザベラ様は、『たおやか』の意味を辞書で引いた方がいいと思う。
私ははあ、とため息をついて独りごちた。




