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第2章30

 真新しい絹が風を受けて翻る。

 頬に当たる風が気持ち良く、私は目を細めた。

 横を向いて乗るのはとても優雅だけれど、どうにも不安定でスピードを出すのに恐怖心が出てしまう。

 その点、正面を向いて跨っていると馬との一体感が増してスピードを出しやすいのだ。


 新調したブーツも足にちょうど良く馴染んでおり、動きやすさを重視しているドレスは全く乗馬の邪魔にならず、私は気分良く草原に馬を走らせた。

 しばし乗馬の楽しさを満喫していた私に、遠くから声がかかった。


「そっちに行きましたよ!」


「は、はいっ!……くうっ」


 声とともに獲物の居場所を指し示してもらい、チラチラと草の間に見え隠れする動物らしき影に向かってギリギリと弓矢を引き絞る。


 むっ……難しいっ!


 弓のつるを引く私の指がブルブルと震え、それとともにつがえている矢は馬の動きとともにビヨンビヨン動いていて狙いが定まる気配すらない。


「そうりゃあっ!」


 掛け声とともに放った渾身の矢は、びよよーーんと上に向かって跳ね飛んだ。

 思わず口を開けてそれを見ていると、少し前方から「うおっ」という声が聞こえてくる。


「コ、コゼット……危ないだろ。矢は上じゃなくて前に向かってうってくれよ」


「……ごめーん……怪我しなかった?」


 先ほど私が放った矢を持ったゲオルグが、ポクポクと馬を歩かせて寄ってきた。

 申し訳ないとは思うものの、自分でも何故上に向かっていくのかわからないのだ。

 どこに行くかわからない私の矢があまりに危険なため、国王陛下をはじめとする王族方は遠く離れて私達を見守っている。

 そして狩猟好きの貴族の方々は私達の周りに各々散開していた。

 先ほど獲物の行方を教えてくれたのもそれらの貴族たちのうちのひとりだ。


「うーん、おっかしいなー」


 ゲオルグから矢を受け取りながら、私は弓を持っている手をにぎにぎして首を傾げた。


 これでもここ最近、ゲオルグに習って密かに弓矢の練習をしていたのだ。

 何を隠そうゲオルグの弓矢の腕はピカイチなのである。


「だから、前にも言ったろー?こう、ビュッと引いてグーンとこうして、クイッとしたらビヨーーンってしてシュッとこうだ」


「ちょ、ちょっと待って。えっとグイーンとしてビュッとしてばいーんでなんだって?」


「違うって。バッとしてここをグイーンとしたらどーんと……」


 私に説明しつつ、流れるような動作でゲオルグが放った矢は、はるか上空に向けて飛んで行った。……かと思うと次の瞬間、「クエー!」と鳴き声を響かせながら鳥とともに落ちてくる。


「おお〜!ゲオルグすごーい!」


 ぱちぱちぱちと拍手を送ると、ゲオルグはへへんと鼻の下を擦って得意げに胸を反らした。


「おう!コゼットもやってみろ!」


「ええ!えーっと、ビュッとしてグイーンとして……」


 ゲオルグの教えを確認しながら、力を込めて再び弓を引き絞る。

 またしても手がぶるぶる震えているが、出来る限り狙いを定める。


「せーの!」


 びよよーーーーん


「うおうっ!」


 私が放った矢は勢いよく背後に飛び出し、ゲオルグの靴にぶっ刺さった。


「…………ごめん」


「…………おう」


 それきり口を噤んだ私達は、しばし無言で見つめあった。


 おかしい。何故前を向いているのにも関わらず後ろに矢が飛ぶのか。

 解せぬ。



「解せぬ」



 その時、まるで私の心を読んだかのような言葉が近くから聞こえてきた。

 慌てて振り向くと、そこには難しい表情で顎に手を当て首を傾げる国王陛下とレイニード騎士団長がいた。


「これは、国王陛下。自分で言うのもなんですが、ここは危のうございます。いつ何時流れ矢が当たるかもわかりません」


 私の重々しい言葉に、ゲオルグもうむうむと頷いている。

 そんなゲオルグに厳しい視線を向けたレイニード騎士団長は、やおらゲオルグの首根っこを引っ掴むと、何の前触れもなくゲンコツを落とした。


 ドガッ!


 ゲオルグの騎乗している馬が驚いてたたらを踏むが、レイニード騎士団長は素早く自らの馬を隣につけると馬の手綱を捌いて落ち着かせた。


「うあっ!?いってーー!ち、父上!いきなり何だよ!」


「うるさい!さっきから聞いていれば、なんだその教え方は!全く意味がわからんわ!相手が女性でなくとも出来なくて当然だ!」


「えー……そうかなあ……」


「そうだ!大体、弓矢の引き方はグイーンとしてここをビュッとしてグワッと……」


 はっきり言おう。

 全く同じだ。


 ぼんやりと二人を眺めながらやっぱり親子って似るんだなあと考えていると、依然として難しい表情の国王陛下が話しかけてきた。


「コゼット嬢よ、何故そなたの矢は後方に飛ぶのだ?」


 真剣な表情の国王陛下に、私は沈痛な面持ちでお返事した。


「全くわかりません。我ながら不可解です」


「むう……」


「乗馬は楽しいですし、弓矢も随分と練習したのですが……」


 これでも毎日のように弓矢の練習をしていたのだ。止まっている的には当たったし、狩猟もできるに違いないと思っていたのだが。

 馬に乗りながら矢を射るのは予想以上に難しかった。

 時間がなくて馬に乗って弓を射る練習が出来なかった事が悔やまれる。


 落ち込む私を気の毒に思って下さったのか、国王陛下は私の肩をポンポンと叩いて慰めてくれた。


「……そう落ち込むでない。獲物をとることが重要なのではない。狩猟会を楽しむことが重要なのだ。……狩猟は、楽しかろう?」


「っはい!」


 優しく微笑む国王陛下に、私は笑みを返した。

 それはもう間違いなく楽しい。

 前世でもおじいちゃんがよく言っていたものだ。

 釣りは、釣っている過程を楽しむものだよ、と。

 釣りと狩猟は違うかもしれないが、そういう楽しみ方なら得意中の得意だ。


「……ふ、本当に楽しそうじゃ。風を切り、獲物を追って馬を走らせる。この楽しさをわかる婦人がいるとは思わなんだ。……そなたの装いは素晴らしいものじゃな」


「……っはい!ありがとうございます!」



 その後、国王陛下が御自ら弓の打ち方を指導して下さり、私の矢はなんとか前方に飛んでいくようになった。


 残念ながら獲物を捕ることは出来なかったが、私が練習をしている間にゲオルグとレイニード騎士団長がものすごい量の獲物を捕ってきていた。


「ハッハー!ゲオルグ!まだまだだな!」


「くっ!あれは俺の獲物だって言っただろ!ずるいぞ!」


「早い者勝ちだ!それそれそれそれそれ!」


「負けるかああああ!」


「やめんかああああ!動物がいなくなるわあ!」


 ……最後には怒り狂った国王陛下がレイニード親子を矢で射ていたが、見なかった事にした。

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