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王太子視点

「母上!失礼します!」


 私は王宮で、自分の母である王妃の部屋に来ていた。

 慌てた気持ちのままに、忙しなくノックすると返事も聞かずに扉を押し開ける。

 もちろん、先ほどの創立記念祭のティーパーティーでの出来事について相談するためだ。


 まさかコゼットが一騎打ち勝負に臨むなどとは思ってもみなかった。

 幼い頃から私の中で特別な存在であった彼女が、自分の妃候補に名乗りを上げてくれるなんて、信じられないことだ。


 そもそも事あるごとに自分の好意をアピールしてきたつもりだったが、全く手応えがなかった。

 私の気持ちが伝わっているのか不安で仕方なかったため、彼女も私と同じ気持ちでいてくれたのだとわかって喜びもひとしおだ。


 しかし、気持ちが通じ合った事は嬉しいが、一騎打ち勝負はあまり歓迎できる事ではない。

 万が一コゼットが勝負に負けてしまえば、王太子妃候補からは一気に遠ざかってしまう。


 学園から定期的に送られてくる報告書によればコゼットの成績は中の上くらい……彼女は算術や裁縫などの成績は良いのだが、芸術や詩作などの成績はギリギリ普通にはいる程度で、教科によってややバラツキがあるのだ。


 そのため成績だけでいえば決して王太子妃候補に選ばれるレベルではない。

 しかし彼女にはシグノーラ経営などの課外での功績と生徒たちからの人望があるため、その点を加味することで王太子妃候補の筆頭になり得たのである。


 つまり、現時点でコゼットは黙っていても王太子妃候補に選出されるはずであり、一騎打ち勝負を仕掛ける必要がないのだ。


 そこまで考えて、私は少し不安になった。

 もしかしてコゼットは、レミーエやレミアス、そして周りの友人達の名誉を守ろうとしただけで、私の気持ちに応えてくれたのではないのでは……?


 胸によぎる不安の影から逃げるように、私は母上の部屋に駆け込んだのだった。


 王宮に帰り着くなり母上の部屋を訪ねた私は、肩で息をしながら母上の反応を待った。


「レオンハルト……突然なんですか。いくら息子とはいえ無礼ですよ」


 母上は優雅にティーカップを置くと、私に厳しい眼差しを向けた。

 そのあまりに冷静な態度に、冷や水をかけられたように私の頭が冷えていく。


「し、失礼致しました、母上……」


 己の子供っぽい振る舞いを恥じ入り頭をさげると、母上は肩をすくめてふふっと笑った。


「……しようのない子ね、そんなに慌てて。コゼット嬢の事になるとあなたは冷静さを欠きすぎるわね」


「すみません……」


「とりあえず、座りなさい。先ほどの一騎打ち勝負の件かしら?」


 母上に促され、ソファの対面に座って私は頷きを返した。


「母上が学園にいらっしゃるとは思いませんでした。何故コゼットは一騎打ち勝負などと言い出したのでしょう」


 自分には女性の気持ちなど皆目見当がつかない。特にコゼットに関してはさっぱりだった。

 彼女と親しく話すようになってから六年も経つというのに本当に情けない話だが、コゼットの行動は私の予想の斜め上をいつも飛び越えていくのだ。


「そうねえ……友人達の名誉のため、義憤にかられた部分が大きいのでしょうけれど……この勝負でさらに自分の立ち位置をハッキリさせるつもりかもしれないわね」


「立ち位置……そうか」


 コゼットは伯爵令嬢であるとはいえ、コゼットの父親であるエーデルワイス伯爵の宮廷での地位は高くない。

 身分や宮廷での権勢のみを考えれば、イザベラ嬢のほうが王太子妃に相応しいと推す貴族もいるだろう。


 しかし一騎打ちでイザベラ嬢を打ち負かせば、もはやコゼット以外に王太子妃候補に相応しい者はいなくなる。


 コゼットがそれほどまでに王太子妃の……私の妃の座を目指してくれていたなんて。

 喜びとともに、なんと頼もしい、という感情が浮かんだ。


 私がほくほくと顔を緩ませていると、母上から鋭い声が放たれた。


「……随分と楽しそうだけれど、一騎打ち勝負の審査において、コゼット嬢を選ぶとは限りませんからね」


「母上?」


 予想外の母上の言葉に、私は目を見開いた。

 勝負の内容はコゼットの本領であるファッション着こなし勝負。しかも私と母上の票がはいるならば確実に勝利をあげられると思っていた。


 慌てる私に、母上は呆れたような視線を向けてため息をついた。


「何を甘えた事を……私もコゼット嬢の事は気に入っているけれど、それとこれとは別の話よ。けれど、偶然とはいえ彼女にとって有利な勝負内容になって感謝して欲しいくらいだわ」


 自分の甘えに気づいた私は、頭を殴られたような衝撃をうけ、恥ずかしさに最早口を開くことも出来なかった。


 母上の仰る通りだ。

 コゼットを王太子妃にしたいのは私の本心だが、王太子として、公人として自分の気持ちを優先させてはならない。

 そんな当たり前の事実をすっかり忘れていた。

 それに、二人のコーディネートも見ずにコゼットを支持すると決めるなど、真剣に勝負に臨んでいる二人に対して失礼だ。


 私の気持ちなど関係ない。

 アルトリア王国の王太子として、王太子妃……未来の王妃を選ぶのだ。


「……はい、お心遣い感謝致します。私も厳正に。そして公平に審査を行います」


 決意を込めて言葉を放った私に、母上は良くできました、と褒めるように笑った。


「あなたもまだまだ子供だわね。ご褒美にお母様がひとつ教えてあげます。……コゼット嬢は発表したい新しいデザインのアイデアがあるみたいよ。新しいものを次々と生み出していく彼女のことだから……丁度いい機会だと思っているに違いないわ」


 母上は茶目っ気たっぷりにウインクした。


「新しいデザイン……どんなものが出てくるのかしら。楽しみね」


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