第2章19
「お母様、お話があるの」
私はお母様の部屋を控えめにノックし、返事を待った。
「コゼット?どうぞ、入りなさいな」
お母様はすぐに扉を開けて招き入れてくれた。
幼い頃はよく訪れていたが、お母様の部屋に入るのは久しぶりだ。
お母様の部屋は女性らしい上品な調度でまとめられている。
小花の散った模様の薄桃色の壁に白い家具という乙女チックな内装は、お父様のチョイスである。
十六になる子供がいるとは思えないほど少女めいた可憐さをもつお母様にはこの部屋はとても似合っている。
前世を思い出すまでの私の部屋もこんな感じだったのだが、あまりにお姫様チック過ぎて落ち着かず、徐々に模様替えをして行った。
私はソファに腰掛けると、ふんわりと微笑むお母様に向かい、思い切って口を開いた。
「実は、今度新しく乗馬服を作ろうと思うのですが……」
ザムス夫人と考えたドレスのデザイン画をみせてお母様に説明した。
「このようなドレスを考えていて、お母様にも是非着て頂きたいのです」
「斬新ね〜。でもとっても素敵なデザインね!」
お母様は、頬に手を当ててニコニコと笑った。
「それに、乗馬服が流行るくらい女性が馬に乗る事が一般的になるのはとても良いことだと思うわ。まだ乗馬をする女性はあまり多くはないし……」
「そうですね。女性の乗馬を流行らせるために、なにか良い方法があればいいのですが……」
うーんと私は頭を抱えた。
「そうだわ!今度、国王陛下主催の秋の狩猟会があるの。コゼットも久しぶりに参加してみない?王太子殿下も参加されるのよ」
お母様が、いい考えを思いついた!という感じでポンと手を打った。
「狩猟会!懐かしいですわね!」
狩猟会には幼い頃、両親に連れられて参加したことがあるが、前世を思い出してからは忙しくて参加出来ずにいた。
狩猟会といってもご婦人方は野外でのお茶を楽しんでいるだけの事も多いのだけれど。
「そういえば、女性は狩猟はしないのですか?馬に乗ったりとかは?」
特に禁止されているわけではないだろうが、女性で狩猟をしている方はほとんど見たことがない。
私の言葉にお母様はうーんと首をひねる。
「女性で狩猟をする方はいないわね。けれど、王妃殿下は馬には乗られるわよ。お母様もお付き合いで馬にのるの。乗馬は苦手だったのに、王妃殿下に誘われて……」
お母様はニコニコと笑いながら楽しそうに話している。
実は、王妃殿下とお母様はかなり仲がいい。王妃殿下はご自身もお美しいが、美しいものを殊更好まれる。それは美術品や宝飾品から、人間まで含まれるのだ。
そのため、社交界の華であり貴婦人の中でも一、二をあらそう美貌のお母様は大のお気に入りで、よく王宮にお母様をお召しになるほどだ。
しかも二人は同い年のうえ、子供同士も同い年。
育児や教育の話でもしているのかな。貴族は子育てを直接はしないことが多いけれど、前世でいうママ友みたいな感じなのだろうか。
「そうね……王妃殿下は活発な方だから、乗馬服は好まれるかもしれないわ。お勧めしてみるわね!」
「王妃殿下に?!お、恐れ多いことですわ」
事が大きくなってきた。
私がおののいていると、お母様はイタズラっぽく笑った。
「うふふ。王妃殿下は新しもの好きでいらっしゃるのよ。スリッパやハイヒールも、何故もっと早く教えてくれなかったのと拗ねていらしたんだから!」
「拗ねて……」
私は王妃殿下とほとんどお会いしたことが無い。
あの威厳ある高貴で優雅な方が拗ねて……
想像すると、なんだかとっても可愛い。
「実は以前からコゼットに会ってみたいと言われていたから、丁度いいわ!」
「私と?」
何故だろう。
私ははて、と首を傾げた。
シグノーラのデザイナーだからだろうか。ファッションにも関心が高い王妃殿下ならありえる話だ。
「シグノーラの事もあるけれど……王太子殿下の相手として相応しいか、見極めたいのではないのかしらね」
「えっ!」
殿下の相手として?!
私は顔が赤くなるのを感じたが、すぐに前世の嫁姑問題を思い出して血の気が引いていく。
「あ、会いたくないなあ……」
思わず本音が漏れた。
記念すべき100話です。
読んでくださっている皆様に心からの感謝を!
いつもありがとうございます!




