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ALONE 一人ぼっちの夜に  作者: ポンコツドリーマー
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2.サンタの弟子

アーロンは夜が一番嫌いだった。広間の大時計が八時を過ぎる頃にはぱったり人が来なくなって、だだっ広いだけの空間に一人取り残されるから。クリスタルのようなシャンデリアも、暖炉の優しいともし火も、むなしいだけ。

 お夜食として作り置きされたショートケーキを、晩餐会用の長テーブルの真ん中でもそもそ食べたら、もう寝ることにした。


 寝室は三階の一番西の部屋。寝間着だけじゃ足りないから、その上からお母さんの着ていた毛皮のコートを羽織り、更にぼくの唯一の友達を連れてベッドに潜りこんだ。


 三日月が美しい夜だった。まるで砕かれた宝石が暗い夜空に散りばめられたみたいだった。

 大きな庭には足跡一つついておらず、凍りついた雪は月と星に照らされて鏡のようにぴかぴか光っていた。


「……寒い?」


 ぼくが話しかけても友達は無言だった。


「君はあまり寒くなさそうだね。ぼくは……君が羨ましいよ」


 ぼくが君だったらよかったのに、とアーロンは心から思っていた。 

 心などなく、ただほほえみを返すだけの彼の友達(テディベア)


 ぼくは自分の目で見たもの以外は信じない主義だ。だから、心なんてわけのわからないものを持つ人間は信じない。誰も目に見えない心の奥底を覗くことなんてできないから、本当に分かり合うこともできない。

 約束なんてのもきちんと契約書にサインをして、破ったときには代償を支払ってもらうくらいじゃなきゃ信用なんてできない。


 そのぶん物というのはたしかにそこに存在するのだから、信じてもいいと彼は思っている。

 近所の人々はお世話の代償に財産を要求する。そして彼はそれを要求通りに差し出す。

 善意はうわべだけだが、裏でこんな関係が築かれているのだから、財産を切らさなければ人々は去ったりしない。


 ────どうしてぼくはこんなにも誰かに側にいて欲しいんだろう?


 ふいにそう思った。いつのまにか彼は友達を強く抱きしめていた。


 これ、一体いつから家にあったんだっけ? ああそうだ……ずっと昔のクリスマスだった。朝、目が覚めたら、僕の側にこいつがいたんだ。あのときは……


 ALONE(孤独)

 蘇った温かな思い出を、再びその単語がかき消してしまう。


 生まれてからずっとぼくは孤独なんだ。いつも誰かが側にいたはずなのに、いつもどうしようもなく孤独だったんだ。今だって、友達なんていって、こんなのただのなんでもないクマのぬいぐるみじゃないか……!


「何を泣いてんだい、お前さん?」

「!?」


 閉じた目を見開いて辺りを見回した。もちろん部屋には誰もいない。

 当たり前だ。こんな時間に人がいるわけがない。アーロンには、子守唄を毎晩歌ってくれるはずの母親さえいないのだから。

 夢かなとも思ったが、彼が自分の頬に触れるとたしかに濡れていた。ひんやりとした澄んだ風が伝った涙を静かに冷やしていく。


 あれ、と思った。風……?


「まだ気づかねーのか? オレはここだよ!!」


 はっとして後ろを振り返った。

 ベッドの後ろの大きな窓が開け放たれている。絶句というか、彼は口をぽっかり開けたままなんて言ったらいいのかわからなかった。何故なら窓の縁側に立っていたのは……


「ぬいぐるみ、が喋ってる……」


 抱きしめていたはずのぼくの友達。


「違う、そっちじゃねーよ」


 ではなくて、その友達の横から真っ黒な男がひょいっと顔を覗かせた。男がいつのまにかアーロンの身長くらいはあろう大きなぬいぐるみを抱きかかえていたのだ。


「クマちゃんが喋ったと思って驚いたろ? ひひっ」


 驚いているのが悟られないよう、アーロンも必死に冷静を装って返す。


「ど、どちら様ですか……? というかここ三階なんですけど……」

「オレが誰だって? 今日はクリスマスイブだぜ?」


 ……サンタクロースって言いたいんだろうけど、ぼくはサンタの正体は両親って知ってるからその手には乗らない。


「ふざけないでください……サンタは信じてないです」

「じゃあ、誰だと思う?」


 真っ黒なメイクに、クラウンのような奇妙な服。金色の瞳と、歪んだ赤い三日月のような唇がなんだか気味が悪かった。その姿はまるで……


「えーと……昔聞いたことがあるんですけど、ある国のサンタはピートという弟子を連れてるそうですね。なんだかそれっぽいです」

「サンタは信じてねえのにその弟子のピートだって言いたいのか! おかしなヤツ!」


 ケラケラ甲高い声で男は笑っている。


「まあそれでいいや。オレはピートだ」

「何しに来たんですか……? ぼくは悪い子ではないと思うので、連れ去ったらサンタに怒られますよ」

「ピートってそんな事するのか! いや、オレはただ散歩してただけさ……お父さんとお母さんは?」

「両方ともお亡くなりになりました。多分」


 フッとピートの笑みが消える。それからなぜだかとても悲しげな顔をして「……ごめんよ」と呟いた。


 突然アーロンは腹立たしくなってきた。

 こんな見ず知らずの奴に同情なんかされたくない。第一、両親の事なんてどうでもよかったのだ。そんな気持ちも知らないでよくごめんだなんて言えたものだ。


「……同情なんかいらないです。同情するくらいなら、もっと何か金をくれるとか食べ物をくれるとか有益な事してくださいよ」

「……ふうん? オレはお呼びじゃねえみたいだな。帰るか」


 くるりと踵を返すピート。

 あまりにもあっさりしていたから、逆に驚いた。ぼくは何か言わなきゃいけないような気がした。そうしなければ、また────


「……ピート!」

「うん?」


 心なしか嬉しそうにピートが振り返る。しかし、アーロンは今まで引き止めた経験なんてなかったから、このときなんて言ったらいいのか全く思いつかなかった。

 だが、そんなアーロンの次の言葉をピートは待っていてくれた。


「……寒くないですか? そんな服装で」

「? オレは平気だぜ?」

「その、ホットミルクくらいなら出せますけど、いります……か?」


 とてもくだらないとわかっていた。一人でいるのが嫌だから、ホットミルクなんかと引き換えに側にいて貰おうだなんて、くだらない。


「なんなら……金塊も差し上げますが」

「いや、金塊はいらない」

「えっ? じゃあ、絵画や骨董品は」

「いや、そっちには全く興味が無いんでね。でもホットミルクだけ貰おうか。しかし、ホント変わったヤツだな、お前」


 ……あなたに言われたくはないよ、とアーロンは密かに思った。

ちなみに、この黒い不審者のモデル? はオランダに伝わるサンタクロースの弟子のピートです。気が向きましたら画像検索してみてください。世界◯付という番組でも紹介されていましたが、なんか色々とホラーですw

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