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界遊記外伝 ~ ファルガの父 ~  作者: かえで
SMG
9/39

浮遊大陸へ

空中戦が終結します。

 風の影響を受けることなく海上を飛行する鋼鉄の円盤は、まるで氷上を滑っているかのようだった。

 円盤の上のキャビン部分には人影が数名分確認できる。強烈な月明かりが浮かび上がらせたシルエットからして、男性が三人、女性が二人だろうか。五つの人影のうちの四つはすでに横になるか、あるいはキャビンの隅のほうに腰を下ろしているように見える。

 テキイセを出発したクマレー一行は、海に出るまでは奇襲を恐れて高速で移動した。だがその結果、乗員は疲弊し、連続運行が不可能になりつつあった。

 しかし、飛天龍を着陸させ、乗員が休息をとる事に対し、クマレーは異常なまでの不快感を示した。そこで運行計画を急遽変更し、海上に出て沿岸から干渉ができないところまで進んだ時点で、ペースを落とし、ゆっくりと飛行をしていた。

 この当時の砲の技術はといえば、対戦艦用の大型の砲がやっと沿岸部に設置された程度で、上空を飛ぶ飛天龍を撃墜できるほどの火力があるものは皆無に等しかった。そもそも上空に向かって砲撃することも技術的に難しく、事実上飛天龍に対抗できる兵器はこの時代には存在しなかった。

 飛天龍は、その無敵の戦闘能力ゆえ、持たぬ者は恐れ、力を求める者は欲し、持つ者は誇ったが、過度の情報共有を恐れたのか、現状運用以上の研究がなされることはなかった。実際、SMG内でも飛天龍に携われる者は限られており、運用自体は一部の整備士と一部の勘のいいパイロットのみでなされ、SMG内でも技術や情報が共有されていないのが現状だった。

 その為、飛天龍の問題点の一つである『形状故の乱気流内での飛行の不安定さ』についても改善するための研究はほぼされておらず、高速飛行をするに当たっては気流の影響を受けないようにすることが必須だったが、そのためには低空を飛ぶしかなく、その技術もほぼ口伝のみの情報共有だった。

 クマレー機は、ルイテウまでの移動ルートに関して、高度をとるかスピードを取るかの選択を迫られた結果、スピードをとり、テキイセの大陸を一気に駆け抜けた。

 現実問題として、ガイガロス人のテロでほぼ国家機能を失っていたテキイセからすれば、いまさらSMGに反抗することはおろか、飛天龍を攻撃する能力ももはや無かっただろうが、聖剣奪取に燃えたクマレーは、とにかく他者からの攻撃を受ける可能性を排除したかったようだ。

 今回の人質誘拐の件は、あくまで対個人、考古学者シェラガ=ノンに対してなされた行為ではある。しかし、SMGが動いているという事実を他者が知った場合、その個人に肩入れする可能性は十二分に考えられた。それだけ、SMGに対する水面下での反感を、現場は肌で感じている、ということなのだろう。

 一刻も早く海上に。

 そればかりを念頭において飛天龍を進行させた結果、海上では小休止を幾度となくとらねばならない状況を余儀なくされていた。そして、この運用こそが、ズエブの駆る飛天龍に遥か上空を押さえられる機会を与えてしまっているのだが、当のクマレーは気づいていない。

 海上に抜けたクマレー機のキャビン上は、安堵の空気が流れていた。そばに船がいれば問題なのだが、見渡す限り海上に船の姿は確認できない。月明かりを浴びた海面が金色に輝くだけだ。たまに遠くのほうの海面が盛り上がるが、それはこの地方に生息する角鯨の群れが泳いでいるからのようだ。

 フアルは、当初から抵抗は全く試みていなかった。無論、本気の抵抗をすれば、飛天龍を落とすことはたやすい。そしてその後は不得手ではあるが飛行術でテキイセに戻ることもできた。だが、そうすることで聖剣を持つシェラガや、自分が世話になった食事処がその後もSMGから狙われるとするなら、それは本位ではない。あまりの仕打ちを受けたならば、抵抗することも考えたが、フアルの世話役に女性をつけるなど配慮を示しているため、現在のところは従順にしている。

 彼女は考えていた。このまま特段何かされることなく連行されるならば、いっそのことSMGの本部へ行ってしまい、自分で話をつけても良い、と。

 シェラガは確かに聖剣を持っている。だが、その聖剣は限られた者しか使うことができない。シェラガは決してSMGを脅かす存在にはならない。だから、彼のことはそっとしておいてやってほしい。

 黄金の髪を持つ鬼子の王女は、連れ去られた当初は何とか機会を伺い、逃げることを考えていたが、現在ではむしろ、率先してシェラガやその仲間たちを守るために何ができるか、を考え始めていた。

 付き添いの女性が、フアルの横に座り込み、うつらうつらし始めていた。フアルは彼女に毛布をかけると、何気なく空を見上げる。

(一番大変なのはこの女性だわ。いきなり上空の恐ろしいところにつれてこられ、私の世話を任される。女性たった一人のこの環境で。その恐怖は尋常なものではないはず。こういうところに配置される女性だから、それなりの様々な鍛錬は積んでいるのだろうけれど、周囲が男というだけで、女性からすれば敵に囲まれたようなもの。そこで平常心を保ちつつ、それどころか人質の世話をするのだから、神経が磨り減っても無理は無い)

 恐ろしく澄んだ空だ。満月の光は周囲をやさしく照らし、空にふわりと浮かぶ雲はその陰影を色濃く見せ、ある種の芸術作品のようにも見える。

「綺麗だな……。あの時も、こんな綺麗な夜空はあったでしょうに、そんなこと気づきもしなかった」

「……静かにしろ!」

 操縦桿を持つ男が、呟くフアルを小さく鋭く制する。少年のような小柄な子の男から発せられる声は、恫喝するそれとしては、いささかハスキー過ぎる。

 あまりにリラックスしてしまったがゆえ思わず出た独り言にけちを付けられて、思わずフアルは背中を向けて飛天龍を駆る男に舌を出す。そして再度月を見上げたとき、月の中から何か黒い物体が近づいてくるのに気づいた。最初は見間違いかと思ったが、徐々に大きくなっていくそれを見て、思わず息を呑む。

「……静かにしろといっているだろう!」

 男はやや大きめの声で再度フアルを制するが、フアルの視線を追った彼は徐々に迫り来る何かを発見した。

「て、敵襲!」

 男は短く鋭く叫び、飛天龍の速度を急激に速めた。

 男の叫び声の後の急激な飛天龍の操作の衝撃で、クマレーをはじめとするほかのクルーたちもすぐに目を覚ます。

「何者だ!?」

「わかりませんが、敵形状、当方の飛天龍によく似ています」

 クマレーの問いに短く的確に答える操縦士。

 敵の正体は不明。だが、飛天龍は上空からの攻撃にはめっぽう弱い。弱点がむき出しの状態だ。上から爆弾でも投げ落とされようものなら、反撃の余地無く撃墜されかねないだろう。とにかく、真上だけは取らせてはならない。

 操縦士のこの男は、飛天龍を駆り始めて二年強。憧れてSMGから配属されたが、実際のテキイセの仕事ではほとんど飛天龍に触れることなく仕事に従事していた。そして今回、テキイセにおいてある飛天龍の稼動を上長のクマレーに命じられ、初めて下界で飛天龍に乗ることになる。

 飛天龍の飛行経験はそれほど多くなかったが、他の乗り物で天才的な操縦手腕を見せていた彼は、運行する飛天龍にほんの数分乗っただけで、飛天龍の上部は弱点が晒されていると直感した。クマレーに飛天龍の問題点を申告したが、それでも、飛天龍より上から機体を攻撃する存在など皆無であり改造の余地なし、と言われてしまった以上、現状のまま運用するしかなかった。

 だが、今ここに同じ性能を持つ機体が敵として上空から出現し、今まさにこの飛天龍に攻撃を仕掛けようとしている。

 その事実は彼からすれば恐るべきことだった。

 反撃するには、急襲してきた飛天龍の更に上部に回らなければならない。だが相手パイロットもかなりの熟練らしく、一向に振り切れる気配がない。それどころか、距離そのものは徐々に縮まってきており、手の施しようがない。

 操縦士は機体を左右に揺らし、何とか接触だけは回避しているが、このままだといずれは追いつかれる。ぶつけられるとおそらくバランスを崩し、墜落をしてしまうだろう。

「このっ!」

 懐から小さい銃を出し、上空の飛天龍にめがけるとクマレーは数発の弾を発射した。だが、その弾のうちの一発は飛天龍に命中したものの、装甲を貫くことはおろか、ローター部に傷をつけることすらなかった。距離は飛天龍約十機分。もうローターの回転がはっきりと確認できる距離まで近づいてきている。

 クマレーは引き続き銃弾を狂ったように撃ち続けた。


「クマレー機の操縦士、思ったよりできるな。ここまで俺を近づけさせない相手は久しぶりだ。だが、並みの乗り物であればエース級の腕前なのだろうが、飛天龍に乗り慣れていないのが仇となったな!」

 ズエブは、善戦する相手の操縦士に賞賛を与えつつも、そろそろ決着が近いことを感じ取っていた。

「もう少し近づいたら一気に機体を下げて相手機にぶつける。その瞬間を狙って飛び移れ!」

 ズエブの後ろで抜刀して構えるシェラガとガガロ。左手は手摺をしっかりと握ってはいるが、すぐにでも飛びかかる準備はできている。

 クマレーはキャビン中央部の格納庫から人の背丈の半分ほど、太さは人の頭大の大きな筒を取り出す。筒の先に火をつけた鉄球のような黒い物体を投げ込むとその投げ込んだ先をズエブの飛天龍のほうに向けた。

 ズンッ! という低く小さな発射音がし、ズエブ機に向けて小さな光の玉が飛んでいく。だが、その進行速度は遅く、ズエブは機体の高度を下げることで容易に回避。そのまま一気にクマレー機との距離を詰めるつもりだった。

 だが、その弾はズエブたちの頭上で轟音と共にはじけ飛ぶ。色彩豊かな光が周囲を包み込み、ズエブたちは一瞬視覚と聴覚を奪われた。

「ちっ、花火か!」

 飛天龍においての深夜のドッグファイトでは、照明弾の使い方が鍵を握ることはままあるといわれる。基本的に上空の取り合いになる空中戦で、相手の視界を瞬間的にでも奪えれば、事は優位に進められるからだ。だが、それゆえズエブは照明弾には最大限注意を払っていたが、まさかあのタイミングで花火を仕掛けてくるとは。

 発射の瞬間、視線をズエブ機から避けていたクマレー機のクルーたちは視界を失うことなく上空のズエブ機の下を潜り抜け、後ろに回りこんだ。

 結果的に、ズエブ機はクマレー機の上空は押さえているものの、背後を取られた形になり、同時にクマレー機を一瞬見失ってしまった。

 垂直に機体を上昇させるのは、高度がそれほど高くなければ難しいことではない。だが、上空では気流の流れもあり、急な高度変化はバランスを崩しやすいと、飛天龍の操縦士の中では定説となっていたが、あえてそれをすることにより、クマレー機はズエブ機の背後かつ上空を取ることに成功した。

 視力よりも先に戻ったのは聴力だった。ズエブは耳鳴りの中、前方のローター音が真下を潜り、後方で一気に跳ね上がる様を耳で捕らえ、背後を取られたと直感する。そして、こちらは視力が戻っていない。急な動きをすることでの奇襲は、相手には通用しないことも瞬時に感じ取る。

 ズエブは耳を澄ました。

 相手のローターの音の動きと大きさからクマレー機の動きを読み、視力と聴力が完全回復するまで距離をとる必要があった。背後に回った音を振り切るように、ズエブはできる限り高速で前進を開始した。

 背後と頭の位置をほぼ抑えたクマレー機は、このまま一気にズエブ機との距離をつめようとする。パイロットはキャビン部に人影が三つしかないことに驚いた。

 飛天龍は通常飛行ならば一人でも運用はできる。だが、彼が行なったような急激な動きは、最低三人の操縦士が必要であるといわれている。操縦桿を持つパイロットと、パイロットを頂点とした正三角形の位置にバランサーとして手摺を掴んだ人間を二名置くことで急激な機体操作でもバランスをとり転覆することなく飛行することができるのだ。

 今回、クマレー機は、クマレーを含めた男性三人、そしてフアルと世話係の女性が乗り合わせていた。クマレーが信号弾を使った砲撃に移ったため、男性と世話係の女性は瞬時に高速飛行のポジションに着き、高速飛行に対応した。安定した高速飛行をするには最低パイロット以外に熟練したバランサーが二人必要なはずなのだ。これは、彼がクマレーに指摘した問題の一つであったが、その問題を全く意に介さぬように、敵機パイロットはたった一人でこなしている。残り二人は実質操縦には何も関与していないのは明らかだった。

「すごい……」

 一瞬の感嘆の後、クマレー機パイロット、トヌスは操縦桿を倒し、一気にズエブ機に距離をつめる。円盤のフロント部の硬い個所を相手の円盤にぶつけることで、バランスを崩させようとしたその瞬間、操縦桿を握っている男が、ズエブであることにトヌスは気づく。

「ズエブ隊長! 道理で……」

 小男、トヌスは幼少期からルイテウで過ごし、成人すると同時に飛天龍隊に配属になった。そのときの隊長がズエブであった。もともと体格の小さいトヌスは、飛天龍を操るのに絶対的に体重が足りないといわれた。だが、飛天龍を操るためのバランサーとしての柔らかい足腰を作り上げることで、飛天龍部隊に所属することができた。今回クマレーの命令で飛天龍を一人でテキイセまで輸送したのも彼だ。

 空中戦は聖剣争奪戦から、飛天龍部隊の師弟対決へと推移していく。

 ズエブもその頃には視界が戻り、クマレー機の操縦桿を握る人間がトヌスであることに気づいていた。だからこそ、負けられない。ズエブはバランサーがいないにもかかわらず、高速戦闘飛行を行うことを告げた。

「接近はしばらくなしだ。そう簡単にぶつけることはできない。相手は相当の腕だ。相手をしばらく引き離し、体勢を立て直す。その後何とか回りこんで奴の上に出る。その後思い切り近づけるから、寄せた瞬間を逃さずに一気に飛び移れ!」

 もう、左手一本で体を支えることはガガロにもシェラガにも無理だった。彼らは聖剣を背に戻すと、しっかりと手摺をつかまらざるを得なかった。


 砂浜で地引網をしている猟師たちは、明け方に不思議なものを目撃した。

 日が昇ろうとしている海の上で、流れ星が二つ並んで空を滑り落ちていく。それ自体は別に珍しいことではない。空気の澄んだ早朝には、とりわけ遮蔽物のない海岸線では流れ星を見るのは非常にたやすい。だが、その二つの流れ星は、動きが不可思議だった。お互いがお互いを追うように、上になり、下になり、お互いがお互いの周りをくるくると回り続けながら、猟師たちの左手から右手へと移動していた。

「なんだ、ありゃ?」

 数名の若い漁師が異変に気づき、騒ぎ始める。そんな中、漁師たちの長が告げた。

「海がお怒りだ。今日の漁は中止だ。これ以上続けると恐ろしいことが起きるに違いない」

 赤銅色の鋼の肉体を持つ男たちも、海の怒りには歯が立たないのは百も承知だ。男たちは追われるように地引網を引き上げ、早々に魚を籠に入れ、海岸から立ち去り始めた。

 猟師たちが見たのは、間違いなく古今例のない飛天龍同士の空中戦だった。


 数回のアタックの後、ズエブはクマレー機の背後を取り戻すことに成功した。その後優位な位置の取り合いが続いたが、ある境をもってズエブがトヌスを圧倒した。やはり、ここでも体重差が影響し、ズエブの背後からのプレッシャーを振り切ることができず、トヌスは防戦一方となっていた。

 飛天龍の戦闘において定石は、相手の上に上がり、急降下で相手の機体に体をぶつけ相手を墜落させる。だが、ズエブとトヌスの間ではそのような定石はあって無きが如し。何しろ、飛天龍同士の戦闘はまずありえないものではあったが、それ以上に飛天龍の戦闘理論を構築したのはズエブであり、その研究を更に発展させたのが、トヌスだからだ。

 ズエブは機体をぶつけることを攻撃手段としたが、トヌスは背後二人のバランサーを旨く使い、機体同士が衝突する瞬間、衝撃を受けるほうとは逆に傾け、上部からの攻撃を受け止める、という防御の理論を構築した。そして、彼はそれを技術として習得していた。

「な、なにっ!」

 ズエブは思わず呻いた。

 飛天龍の重量を十分に乗せた体当たりを、トヌスは衝突の瞬間に機体の先端部を沈め、ショックを吸収したうえで、さらに跳ね上げることで受け止め、弾き飛ばす。

 上から下へ押さえつけられる力と同じだけの反発する力、即ち下から上へと跳ね上げる力を相手にぶつけることで、攻撃を受けた側の機体はバランスを崩さず、かつ相手の機体のバランスを崩すことで相手を撃墜する。

 ある種カウンターとして一つの操縦技術をトヌスは確立させていた。そして、トヌスの技術のすばらしさは、相手の瞬間的な速度から衝突エネルギーを見切り、その力に押し負けないだけのエネルギーを相手にぶつけ、その衝突の結果、相手のバランスを崩し、かつ、自機がバランスの取れた状態でアクションを終わることができるという、操縦の巧みさだった。

 クマレー機の反撃を受け、ズエブ機は大きく傾ぐ。

 ガガロとシェラガは大きく跳ね上げられた。ガガロは手すりから両手を離さなかったが、シェラガは利き手を剣にかけ、いつでも飛び移れる準備をしていたため、結果的に手摺りにつかまった片手一本を飛天龍に残した状態で振り回される形になる。

(このまま手が離れたら、海に転落して死ぬ……!)

 シェラガの体は機体の外に投げ出されたが、その左手に神経を集中し、離さなかった。しかし、転落は防げたものの、飛天龍の側壁部分ちょうど皿の角の部分に体を強く打ち付けてしまった。

 一瞬気が遠くなるシェラガ。

 クマレー機の一撃を食らったズエブ機は大きく傾ぐが、ズエブの絶妙なバランス感覚でローターの逆噴射を駆使し何とか体勢を立て直す。だが、シェラガが手摺りの外でかろうじて摑まるのをどうこうできるわけではない。

「シェラガ、離すなよ! 何とかするからな!」

「なんとかったって、相手との戦闘の決着もまだついてないだろうが! 俺は俺で何とかするから、お前は相手をなんとかしろ!」

 自分に喝を入れるように吠えるシェラガ。

「ここで死んでたまるかよ……!」


 敵との激しい戦闘の間、人質フアルは世話係の女性に包まれるようにキャビンの真ん中で伏せ、あらゆる衝撃に耐え続けていた。

 無限に続くのではないかと錯覚するほどの長い間続いている轟音と衝撃、瞼を通してくる閃光の洗礼。それは、長年のフアルの人生の中で、一、二を争うほどのショックな出来事だった。加えて、何の説明もなく始まった戦闘は、搭乗者である彼女たちを上下左右に揺さぶった。

 だが、それでもガイガロスの姫は竦むことなく状況を把握しようとしていた。

 突然自分の名を呼ばれた気がして、フアルは顔を上げた。そして、周囲を見回す。

 飛天龍同士の戦闘は、海上に突然発生した時期外れの巨大低気圧の中で行われていた。

 上下左右、光の龍が飛び交い、横から打ち付けるような雨が突然弱まった次の瞬間、反対側からまるで鞭に打たれたかのような激痛を覚える。ふわりと持ち上げられた次の瞬間、突然浮力を失い墜落する様は、自身の死を想像させるに難くなかった。

 飛行技術を争った二人の飛天龍のパイロットは、決着がつかず、どちらも引くに引けない状態になっていた。実力が拮抗しているだけに、一瞬でも気を抜けば簡単に撃墜されてしまいかねない。お互いにそれがわかっているからこそ、あえて雷雲内を戦闘場所に選んだ。

 もはやこの戦闘は、第三の別の力が作用しない限りほぼ決着はしない。

 二人の中ではそれが暗黙の認識だった。

 ただ、厳密に言えば、バランサーが二人ついているクマレー機と、バランサーなしのズエブ機では、どちらの操縦が容易かの推測はたやすく、その差が二人の実力差を正確に示しているといっても良かった。

 ある人は拮抗と判断し、ある人が見れば互角。

 しかし、その差は紙一重だとしても、その力の差が全てとなる。もし二人が同じ機体でバランサーなしの勝負をしたとしたら、間違いなくズエブが勝利しただろう。戦闘の内容を見る限りでは二人の力量は伯仲していたが、操縦技術においては、条件の差異からも優劣ははっきりしていた。

 クマレー機のバランサーは、途中から、女性とクマレーとが入れ替わった。既に、二人の巧みのパイロットの戦闘に、クマレーの横槍の影響は皆無になっていた。

「誰? 私を呼ぶのは誰?」

 フアルを守るためにクマレーとバランサーを交代した女性だったが、立て続けの閃光と轟音、そして激しい雷雨で完全に萎縮してしまい、逆にフアルに保護される状態になっていた。

 一緒に飛天龍のキャビンの真ん中で蹲っていたフアルだったが、この豪雨の中、仮に耳元で自分の名前を呼ばれたとしても聞こえるはずもないことに気づき、思わず苦笑をするフアル。

 だが、次の瞬間見てしまった。

 ズエブ機の外で、手摺りに摑まり落下を防いでいたシェラガに、何本もの稲妻が直撃したのを。何度かの痙攣後、手摺りに摑まっていた手が外れ、ゆっくりと落下し始めるのを。

 稲妻に打たれたシェラガは完全に気を失っているようだった。力なく墜落を始めたシェラガの体は、フアルの目の前を通り過ぎ、徐々に小さくなっていく。

 フアルが絶叫した次の瞬間、彼女の体の中から黄金の光が染み出し、輝き始めた。それを目の当たりにしたバランサーが一瞬目を疑い、戸惑いを見せている間に、フアルは鋼鉄でできた拘束具を引きちぎり、そのまま落ちていったシェラガを追うように飛天龍から飛び降りた。

 一瞬で戦闘は中断される。

 思わず手摺りから身を乗り出し、黄金の光を目で追うクマレー機のクルーとズエブ。表情を変えなかったのはガガロだけだった。

 雲の海の中で、稲光とは明らかに違う黄金の光がはじけ、次の瞬間雲の中から黄金のドラゴンがその翼を広げたまま飛び出してきた。背には人影が見える。おそらくシェラガに違いなかった。

 黄金竜は完全に動きを止めている二機の飛天龍の前にゆっくりと昇ってきた。

「この戦いが聖剣を巡るものであり、そのための人質が私であることはわかっています。しかし、不毛です。聖剣は限られた人間しか使うことができないのです。使うことのできない人間が必死になって手に入れたところで剣の力を引き出すことはできません。

 ズエブさん。もう戦う必要はありません。私はもう囚われの身ではありません。

 クマレーさん。聖剣はあなたが手に入れたところで使うことはできない。SMG内でも使うことのできる人間はいないでしょう。それでもなおこの無益な戦闘を継続するというなら、私はあなたの乗る飛天龍を撃墜します。もうやめてください」

 バランサーの位置に入っていたクマレーは、目の前の黄金竜に目を奪われていたが、やがて搾り出すように答える。

「聖剣は我々の希望だ。全ての力の象徴だ。諦めろと言われて諦められるわけがないだろう!」

 黄金竜は、理解ができないとでも言うように首を横に振ったが、交渉は決裂したと判断、攻撃へと移行する。黄金竜の全身が光り輝き、その光が背鰭に集まる。そして、その光は徐々に首を伝わって移動、大きく開けられた口腔に光の球が出来上がり、徐々にそれが大きくなっていく。打ち出されれば、テキイセを一瞬で廃墟に変えたガイロンの光線の比ではない威力のそれが、まさに円盤に向けて発射されようとしたまさにその瞬間、フアルの背で気を失っていたシェラガが呻く。

「バカフアル! そんなことしたところで、事態は収拾しねぇよ。余分な殺戮は余分な負の感情を生むだけだ。三百年も四百年も生きていて、そんなこともわからないのか。このくそババア。

 ……このままSMGまでいって話をつけてやる。もし、聖剣がほしけりゃくれてやる。その代わり、俺らにはもうつきまとうな。

 お前に言っているんだよ、クマレー。聖剣なんて、欲しきゃお前にくれてやる。ただ、いつも聖剣がこっちに戻ってきちまうだけだ。俺たちはお前らSMGに何かしようとは思っちゃいないんだよ」

 突然のドラゴン化で著しく体力を消耗し、精神力だけで何とか意識を保っていたフアルだったが、シェラガが背で意識を取り戻したことで、緊張の糸が切れたのだろうか。シェラガが飛天龍に移る前に意識を失った。

 フアルは消え行く意識の中、幸せな気持ちに包まれていた。彼女はシェラガに抱き抱えられる夢を見た。

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