空賊
新章突入です。
考古学者シェラガ=ノンが、テキイセの町外れにある食事処に足繁く通い始めたのは、古代帝国の遺跡の探索を終了してすぐだった。
最初の数回は、ラン=サイディール国軍中将レベセス=アーグと共に訪れ続けていたが、レベセスの多忙もあり、徐々に一人で通う回数が増えていった。
シェラガの悪友どもは、考古学一辺倒だった青年考古学者にもついに春が来た、などと噂しあったものだが、シェラガと研究を共にしている考古学者仲間は、その噂には首を傾げたものだった。ただ、元々机上の研究よりは調査に出向くのが大好きであった彼が、調査の回数を急激に減らして食事処の訪問を増やしたことには、違和感は持っていたようである。
シェラガのお目当ては、勿論食事処の看板娘のフアルだ。ただし、お目当てといっても、男性が興味のある女性に対して入れあげる通常のものとは主旨が若干異なった。確かに、シェラガはフアルに対して興味をひどく持った。毎日のように店に通い、開店から閉店まで一席を独占し、事あるごとにフアルを呼んでは話しかけた。話しかけてはメモを取り、メモの内容を確認しては、再度フアルを呼んで話しかけた。
最強の遺跡ガイドは、現在開店休業状態だった。大した収入も無いため、毎日食事処の料理を注文し続けるのにも限界はあった。最初のうちはレベセスに借金をし、食事処に通いつめていたが、流石にレベセスにも突き放され、途方にくれることになる。
「フアル、俺をこの店で雇ってもらえるようにマスターに頼んでもらえないか?」
深刻そうな面持ちのシェラガは、突然開店前の店に訪れ、仕込みをしているフアルを捕まえてそんな話をする。
「いやよ。なんで私がマスターに頼むのよ。自分で頼めばいいでしょう」
まったく予期せぬシェラガの申し出に、一瞬いぶかしげな表情を浮かべるフアル。
「いや、やっぱり頼みづらいんだよ。料理ができない人間が、食事処で使ってくれって」
「あなたが頼みづらいものを、私が頼みやすい訳ないでしょう。自分で頼みなさい」
徐々に小さくなっていくシェラガ。普段のシェラガを知る者からすれば、到底ありえない光景に愕然とするか大笑いするかのどちらかだろう。そもそも、体が悪いとか、恥ずかしがるとか、そういう感情とはまったく無縁の男だ。それが人に何かを言われて決まり悪く小さくなっているのは、どうにも違和感がある。それは当人からしても決まりが悪いようだ。だがその決まりの悪さが居心地の悪さに直結しないところも不思議なところではあるのだが。
「いや、そうなんだけどさ、働かないと食っていけないからさ……」
「働けばいいじゃない。今のあなたなら考古学者としても食べられるし、ガイドとしても食べられるでしょう?」
「それでも食えないことはないんだけどさ……」
「その気になれば、傭兵としてだって、ガードマンとしてだって大丈夫でしょう?」
「あ、そうだ! この店でガードマンとして……」
「じ・ぶ・ん・で・た・の・み・な・さ・い!!」
反論させない口調でそう言いつけると、その後は言葉を掛けるでもなく踵を返し、暖簾の奥にある厨房に姿を消すフアル。
自分の最高の提案を無碍に断られたシェラガは、いよいよシュンとして、店から出て行こうと、扉に手をかけようとしたところで、扉が自動的に彼から遠ざかっていく。ちょうどマスターが出勤してきたのだ。
「おや、開店前なのにお客さんか? 随分うちの看板娘に入れあげとるのう」
そういってマスターは悪意無く大声で笑った。
「娘って年じゃないよ。下手するとマスターの五倍は生きているんだぜ? どっちかっていうと、妖怪『看板婆』だよな」
「帰れーっ!!」
自分の呟きに敏感に反応し、厨房の奥から鬼の形相で包丁を振り上げるフアルをちらりと見て、冗談ぽく悲鳴を上げながら店を後にするシェラガ。いつものやり取りをして、暖簾の隙間から怒るフアルを見るのがなんとなくシェラガは楽しかった。
確かに生活費が足りないのは困りものだ。とはいえ、シェラガはわかっていた。フアルの元に行って、ガガロですら知らぬ、ガイガロスの真の王の話を聞くのには、手っ取り早く昼はガイドなり考古学者として働き、きちっと収入を得た上で、客として店に通えばいい。今の彼であれば、毎日三食をフアルのいる食事処で済ませたとしても、貯蓄ができるだけの収入は十分に得られるはずだ。
だが、それよりも彼女しか知らぬガイガロスの真の王の時代の話を四六時中彼女から聞いていたかった。それは驚きの連続であり、新しい発見であり、血沸き肉踊る物語だった。
「しかたない。まじめにちょっと働いてくるか」
さすがにこれ以上無理を言ってもフアルもいい顔をしないだろうし、ガイガロスの鬼子であるといわれるフアルを、正体がわかってなお使ってくれるマスターにも申し訳が立たない。
シェラガの足は、もう十日ほど向いていない自らの事務所へと彼を招いた。
シェラガは、元々自分のことを品行方正な人間だとは思っていない。それでも、あくまで自分の行動に対してであって、人に仇成したりしたことは無かった。少なくともそう思ってはいた。
だが、そんな彼の考えを根本から覆えされてもおかしくない出来事が目の前で起きていた。
彼の事務所の扉は乱暴に破られ、中の書類や探索に入るための装備が軒並み破壊されていた。レベセスに金を借りるのを嫌がられるほどに金を借りなければ飯も食えないほどの状態だったので、事務所の金庫は空だったが、その金庫も壊され、破片も散乱していた。窓ガラスという窓ガラスが破られ、椅子なども破壊されている。
一見すると、物取りに入った者が、あまりの金品の無さに、腹いせで事務所内を完膚なきまでに破壊し尽くしたという感じだった。
事務所の主であるシェラガがそこに戻った瞬間、近所の人間数名が駆け寄ってきた。そして、二日ほど前に起きたという目の前の出来事を、恐怖感を隠すことなく彼に伝えた。
二日前の昼過ぎに五人ほどの男が出現、何度か扉をノックして、シェラガの名を呼んでいたが、返事がないと見るや、扉を破って中に入っていった。何かを調べているようだったが、すぐに建物の中を破壊し始めたということだった。そして、あまり周囲の目に触れたくない、といった様子で建物から離れていったという。
シェラガは中を調べたが、目的が金品ではないことはすぐにわかった。物を破壊する順番が違うのだ。扉を破ると、すぐに金庫が視界に飛び込んでくる。ところが、金庫が破壊されたのは破壊行為の中でもどちらかというと最後のほうだ。壊された金庫の上に、破壊されたほかの家具などの破片が乗っていないことでも明らかだ。何かを調べに来たのは間違いないが、それが金品であった可能性は低い。シェラガはそう踏んだ。
では何を探しに来たのか。まず物置を見ているところを見ると、やはり聖剣を狙っての犯行である可能性が高い。家中を探した後、同じ物取りではあるが金品を狙った犯行だと思わせれば、再度賊がここを訪れる可能性は低い、と思わせることができる。だがその相手はシェラガではない。近隣住民に対して、だ。
少々荒っぽい方法はとっているが、近隣住民に恐れを抱かされないようなやり方をしているのがなんとも作為的でいやらしい。金品を狙ってきた賊が、金品が無ければもう来るはずもない。そう思い込ませることに成功しているのだ。
実際に賊が一度襲撃した村では、一軒だけが被害にあうことはまずない。どちらかといえば村全体が略奪や殺戮に会い、村が全滅することのほうが多い。だが、全滅した村というのは情報が外に出ないため、その事実を知る者は生きている人間では存在しないというのが本当のところだ。そして、当時の人々はそういう知識はなく、また、近隣住民が余り持っていない知識を総動員した結果、そう想像していくであろうことを予期しての行動であることが、シェラガにはまた腹立たしかった。
『SMG』。
『空中武装商船団』が正式名称の超国家組織だ。その実は、古代帝国崩壊後、古代帝国の商業管理部門が古代帝国の技術を使い武装化、新しい国家が誕生した際、上納金を納めさせることで旅の安全を保障し、また貿易上のトラブルに干渉し、世界を商取引の観点から治めてきた組織である。ほぼ全世界の新制国家が否応なしに所属させられている。形上は貿易上の警察組織といったところだが、その発祥は各国家が代表者を出し合って成立しているものではないので、更なる上位国家ともいえる。しかしながらあくまで国家ではなく、貿易を見守る物だというスタンスを崩していないのは、国家が自治権を主張できるものであるのに対し、他に対する干渉権を主張しているからに他ならない。あくまで国家からの申し出によりSMGが作り出す貿易網に加盟しているというスタンスなのだ。
それほどの圧倒的な軍事力を持つSMGが、なぜシェラガにこだわるのか。
それは、SMGという超国家組織が、シェラガという一考古学者が聖剣を所持しているという情報を持っているからに他ならない。
聖剣を全て揃えれば世界を支配できる力を持つことができる、というのは幼児でも知っている物語の一説に出てくるのだが、聖剣の正確な所在をSMGは知らない。それどころか、聖剣の総数が四本であることも、聖剣と全く接点の無い人々は知りえない。聖剣が使用者の身体能力を極限まで高めるという形で力を供給する事も当然誰も知らないわけだ。それほどまでに聖剣という存在は、有名でこそあれ曖昧なものであった。それはまさに神に似ている。神を知らぬ者はいないが、神を表現できる者もまたいない。そして、その神は恐怖を伴う。恐怖は、得体の知れないものであればあるほどに増す。そして、手の届く範囲の恐怖であれば、その恐怖を排除する方向に向かうのは至極当然の心の動きだ。
聖剣を揃えれば世界を支配できる力を得ることができるというなら、そのうちの一本を抑えてしまえば、幾ら残りを揃えたところで世界を支配する力は手に入らない。今ある力に満足していて、それを脅かす力が伸びてきそうであれば、その芽を摘んでおく。至極自然な心の流れだといえる。
しかし、仮に聖剣の在り処がわかったところで、それが国家の所有物である場合、SMGは手が出せない。
SMGは貿易の正当性を主張するための警察機関であり、貿易の安全を保障する為の武力行使はあっても、他国の所有物に対しての略奪行為はありえない。もちろん、上位国家として宣言してしまえば、他の属国のものを奪うことはたやすいだろうが、そこはSMGの歴代の頭領が頑として譲らないところであった。それは、上位国家として宣言してしまうことにより、今までの上納金などの収入がなくなると同時に、貿易の安全を確保する以外の武力行使を行ったならば、SMGの存在の正当性が全くなくなってしまう。あくまで、他国との関係は契約として成り立っている。それが単なる侵略行為となった場合、国土を持たぬSMGは、長期的には非常に弱い国家となる。組織としての軍事力は非常に強いが、国家として自立していくには相当に欠陥のある集合体であることを歴代のSMG頭領は知っていたのだろう。最強の超国家組織が、奪っていくか貢いでもらうことでしか長期存続が難しいというのは、なんとも皮肉な話ではある。
シェラガには、今回のこの狼藉がSMGの手の者であることはわかっていた。だが、そう断言し、SMGに文句を言うことも適わなかった。証拠が無いのだ。あくまでこれは賊の仕業である。
SMGは貿易において国に影響力を及ぼす。かといって、人々に反発されてはならない。その人々の中には、シェラガという一個人も入っている。確かに一個人であるがゆえ、シェラガの持つ聖剣を狙うが、一個人であるシェラガから憎まれてはならない、相反するこの状況は、SMGの担当者としてはやりにくいことこの上ないだろう。
かといって、シェラガの性格上、やり返さないわけにもいかない。担当者を個人で攻撃するのは容易だが、それではゲームとして面白くない。個人が責任を取らされないよう、しかし、SMGにダメージを与えつつ、シェラガにも仕返しが来ないようにしなければならない。
作戦を思いついたときのシェラガは思わずにやりとしたものだった。
SMGに所属する国家には、首都機能を持つ地域に必ず詰め所がある。それはラン=サイディールも例外ではない。そして、遷都された今でも、その詰め所はテキイセに存在する。シェラガはその詰め所に、遺跡で発見された聖剣と称し、剣を何千本も持ちこんだ。
そのほとんどが研究を終えたものであり、資料としてのみ価値があるもので、金銭的には全く価値の無いものだったが、これらは全て遺跡で聖剣として祭られていたものなので、聖剣には間違いない。何百年も前のもので、錆が浮いていてとてもではないが武器として使えないようなものから、聖剣のレプリカとして最近造られたばかりのもの、中にはテキイセの鍛冶屋の刻印のされているものから、とにかく膨大な数の剣をかき集め、詰め所に持ち込んだのだ。
かつて、あまりにシェラガの持つ聖剣を欲しがったSMGに何度か自分の聖剣を譲ったことがある。しかし、その都度聖剣は自分の意思でシェラガの手元に戻ってきてしまった。そのことも何度か説明したのだが、当時のSMGの現場担当者の理解は得られたものの上層部の意向は、聖剣を手に入れてこい、とのことだった。その聖剣を使ってSMGに害なすつもりもないシェラガは、SMGの現場ともうまくやっていたのだが、いつまで経っても聖剣を手に入れられないことに業を煮やした上層部は、SMGのテキイセ担当者を異動させ、新しい人間を送り込んできた。
今回の狼藉は、やり手といわれる新担当の仕業であり、自分とは相容れない人間であるとシェラガ自身も思っていた。それゆえ、もう二度と自分とその周りの仲間に手を出さぬよう釘をさす意味でも、この作戦を思いついたのだ。
新しい担当は聖剣の形状を知らない。当然、シェラガが所有物として遺跡からの出土品を何千本所有しており、たまたまそのうちの一本が本物の聖剣であるということも知らない。であれば、逆に何千本もの剣を渡し、その中に本物の剣も一本混ぜ、聖剣を渡したという事実を作りあげ、一本一本を精査させていく過剰な負担を強いる、いわば『嫌がらせ』を思いついたわけだ。真の聖剣を知らないのだから、聖剣だと奉られていたものも聖剣であるのには違いないし、レプリカも聖剣であるわけだ。その中に本当の聖剣も混ぜて出しているのだから、文句を言われる筋合いはない。聖剣は放っておけばシェラガの手元に勝手に戻ってくる。ところが何千本もある聖剣のうちの一本がなくなったところで、SMGの新担当にはわかりはしないのだ。SMG上層部からマークされている人間からの提出された剣である以上、テキイセのSMGの詰め所の人間は全てを調べなければならない。しかも、聖剣はどういうものかというものもわからない以上、調べようが無いというのが本当のところだ。
角刈りの細い眼鏡をかけた、いかにもインテリ風の男は、積み上げられた剣の山を見て愕然とした。
シェラガは吹き出しそうになるのをこらえながら、
「私が所有する全ての聖剣です。どうぞお納めください。精査が終わりましたら、どうぞ処分なさって下さって結構です。全ての聖剣の調査は終了し、データはとってありますので」
といい、それ以上はその場にいると爆笑してしまいそうだったので、早々にその場を立ち去った。
「そ、そうですか。ご協力に感謝いたします」
目を白黒しながらそういうのがやっとだった新担当に深々と頭を垂れたシェラガは、気取られぬよう、足早にその場を立ち去った。
「なんかひどい話ではあるのだけど、どうしても笑えてしまうのが不思議ね」
「で、聖剣はもう手元に戻ってきたのか?」
賊に襲われ、事務所を無くしてしまったシェラガを慰めるという口実で集まったレベセスたちであったが、シェラガの余りの悪戯に、誰も慰める気にはどうしてもならなかったというから、シェラガの仕返しが如何に的を射たものであったかということの想像も容易だろう。
慰める会という口実の宴は、老マスターの奢りという形で様々な料理や酒が振舞われたが、シェラガ以外の人間からはフアルが後できっちりと回収したと言うから、金銭感覚はフアルのほうが相当にしっかりしているといえるかもしれない。
宴に集まったのは、ラン=サイディール国軍中将レベセス=アーグと、久しぶりにガイガロスの枷から逃れることのできたガガロ=ドン。そして、食事処の従業員でありガイガロスの真の王の娘、フアル。老マスターは直接には宴には参加せず、遠巻きに話を聞いては微笑んでいた。
そして、元SMGのテキイセ駐在員であったズエブ=ゴートンも、この会に参加していた。歴戦の勇者であるレベセスの体躯を凌駕する肉体を持ちながら、屈託の無い笑顔で話すこの男は、シェラガが真の友人として認めた数少ない男の一人である。
彼はガガロの秘密も、シェラガの聖剣の秘密も全て知っていた。そして、その上でこの場にいた。SMGとしては身内の裏切りとも取れなくは無いが、そこはズエブの持ち前の器用さで全ての仕事を卒なくこなし、結果も出していたため問題にはならなかったのだ。
今回の駐在員交代は、ズエブを良く思っていなかったズエブの直属の上司が、自分の懐刀を送り込んでなされた。しかしながら、ズエブは聖剣について直属の上司にも報告し、更にその上にも報告はしていたため、単なる解任で済んでいるというのが現状だ。聖剣は回収をしても所有者であるシェラガの元に戻ってしまうこと、シェラガには聖剣を集めて力を得ようという意志のないこと等を報告しており、SMG頭領のリーザも承諾していたというのだから、今回送り込まれた懐刀と呼ばれる新駐在員派遣の人事は上司の過剰な考課であるといわざるを得ない。
もともと、ズエブはSMGの人間ではなかった。ラン=サイディール出身の海賊であったと本人は口にするが、なぜ足を洗ったのかについては一切口を噤んでいる。ただ、SMGのリーザがまだ最前線にいた頃、何度か手合わせをしたことがあり、双方が決定打を欠き、勝敗がつかなかったという噂もある。そして、そんな彼がSMGの駐在員としてテキイセにいたのか、その訳を知る人はいない。
そんな彼がシェラガと気が合ったのは、人の過去を気にしないその大らかさだったが、最近ではズエブも、シェラガのその立ち振る舞いは大らかさなのではなく大雑把なだけだ、と口にするようになっている。
周囲の人間から酷評しかされぬシェラガではあるが、彼の周りに輪ができるのは一重に彼が人を拒絶しないからに他ならない。ともすれば天敵同士になりかねないレベセスとズエブが同じ席で酒を酌み交わすのもシェラガという共通の酒の肴があるからなのだ。
「で、ズエブは、SMGは完全に退くことになるのか?」
レベセスの問いに、ズエブはカップの酒を煽った後に答えた。
「もともとSMGの人間ではないからな、テキイセの現地駐在員みたいなものだ。お役御免になれば、とりあえずは何も無いはずだ」
「SMGはそのまま解放してくれるのか?」
「……という話だがな、どうだか。いずれにせよ、この地は離れるつもりでいるよ」
「どこに行くの?」
フアルが二人の会話に割って入る。彼女は空になったズエブのカップに果実酒を注ぐ。
「うむ。ラマの村に行こうと思っているよ。あそこであれば、身も隠しやすいし、向こうが奴の生まれなものでな」
「勇猛な海賊も山奥で隠遁ですか?」
シェラガも会話に混じりたいらしく、自分のカップを持って移動してきた。あまりにガイガロスの質問をしすぎてガガロにもフアルにも邪険にされ始めたシェラガが次の居場所を求めて移動してきたのだ。
「シェラガ、お前も身を固めたらどうだ? 確かにお前の腕ならボディガードや遺跡のガイドもできるだろうが、年をとったときの事を考えると、そろそろ落ち着いたほうがいい」
ズエブも駐在員として仕事をしているうちに、ミラノという伴侶を得た。子供は自分の育った地で育てたいとの彼女の希望で転居を決めたとのことだった。
「もともと、俺は鍛冶屋の息子だからな。それが嫌で海には出たが、やはり美しい物を作りたいという感情が拭えず、陸に上がりテキイセで開業した。今までの業か、客は脛に傷を持つものばかりだったがな。これからはラマでのんびりと打っていこうと思っているよ」
「お前、誰か一緒になりたい女はいないのか?」
突然金回りが渋くなったレベセスも、実は伴侶を見つけていた。この場でその発表をすると、周囲も自分のことのように喜んでくれたのが、レベセスは嬉しかったと後に語っている。
「一緒になりたい……女? うーむ。考えたこともなかったな……」
シェラガは本気で俯いて考え込んでしまった。やがてぱっと顔を上げたシェラガは、あっけらかんと答える。その様は、まるで飲み屋に入って最初のに注文する発泡酒くらいの軽いものだった。
「俺は、フアルがいいな」
予期せぬ答えに周囲はざわめき、フアル自身は驚いたようにまじまじとシェラガを見た。色白のフアルが紅潮していくのは酒のせいだけではあるまい。
「ずっとガイガロスの話を聞けるし、退屈しそうにないしなあ」
一瞬の静寂の後、漂う諦めムード。
「そんなもんだ、お前は」
ズエブに小突かれたシェラガは周囲の雰囲気の変化が読めずにいた。
「あれ、俺そんなに拙い事いったか?」
周囲はため息で溢れかえった。