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界遊記外伝 ~ ファルガの父 ~  作者: かえで
考古学者とガイガロス人
5/39

残されたガイガロスの呪われた姫

過去のガイガロス編、少し続きます。

相変わらず、現在の進行と同時の回想としての挿入となっています。

「そんなこともあったな。半分忘れていたよ」


 シェラガから分けられた干し肉をかじりながら、ガガロは呟く。

 相変わらずフードは被ったままだったが、腰にあった剣は既に地面に置かれ、心底とは言わぬまでも寛いでいるように見える。その癒しを、自分がガガロに対して提供できている事に対し、シェラガは嬉しいと思っていた。

 再会した直後、シェラガは自身の横の席を勧め、ガガロも特段嫌がる仕草を見せずにすんなりとその場所に腰掛けたガガロ。だが、それでも彼はフードとマント、そして腰の剣を外そうとはしなかった。

 最初は訝しがったシェラガだったが、古代帝国の遺跡であるとされる、常識的に考えれば誰もいる筈のないこの場所でも、人の目はあるかもしれないことを考えると致し方ないと思い至る。

 三年前のあの戦闘で、人々は、ガイガロス人に対して大いなる恐怖と嫌悪を抱いた。

 三年前の戦闘は、後世に『ガイガロスの反乱』として伝わっているが、実際にガイガロス人と人間が接触したのは、ガガロやギドス達ガイガロスの一部の人間がデイエンを急襲してから、ガガロが王を討ち、戦闘状態が終了するまでの期間であり、その期間はといえば、ほんの数日という短いものでしかない。

 であるにもかかわらず、ガイガロスによって滅ぼされた町や村は百とも千とも言われている。実際のところ、その膂力の差と、『魔法』と呼ばれる人外の技により、一方的な虐殺が行われたのは事実のようだ。

 一部のガイガロス人は自分の戦闘能力を誇示するため、一人でどれくらいの時間で村を殲滅できるかといった悪趣味なゲームをしたという記録もあり、その悪行は筆舌に尽くしがたい。

 しかしながら、ガイガロス人の悪行と言われる様々な凶悪な事件の全てが、本当にガイガロス人によってなされたのかといえば、そうではない。

 その真相はといえば、穏やかな森の民であるはずのガイガロス人を、悪鬼の化身として、人々の記憶に焼き付けたのは、ごく少数のガイガロス人の所業であったにすぎない。また、ガイガロスの名を借りて悪事を行った人間も少なからずいたという。

 実際、シェラガとガガロ、レベセスはその戦いの後、各地を旅したことがあるが、ガイガロス人の『宴』の後は、想像を絶するものだった。

 武威を示す為、滅ぼした村の住人の首を切り落とし、ガイガロスの象徴であるドラゴンの形状を模した『ガイガロス印』に並べてみたり、首を切り落とした遺体をなお陵辱するようなオブジェとしてみたり、戦闘での惨劇を目の当たりにしているレベセスですら嘔吐を禁じえないような凄惨なものだった。

 その一方で、その表現は獲物を狩った猫がその功績を自慢すべく庭先に並べるような、若干の幼児性も垣間見えたのは、集団としての成熟度が低いことを如実に物語っている。

 いずれにせよ、およそ同族の人間では思いもしないような虐殺イベントが行われていたようだった。

 その日から、ガガロの世界に対する贖罪の旅は始まった。

 間違った同志の凶行を人間に詫び、王を討ったことをガイガロスに詫び、世界を汚したことを時代に詫びた。

 彼の贖罪の旅は、未だに続いていたようだ。あるとき、忽然とシェラガとレベセスの前から姿を消したガガロだったが、彼らはガガロの心痛を思い、探すことはしなかった。

 人とガイガロスの対立の爪痕はそれほどに深い。

 直接は経験しておらずとも、伝承は嫌悪と憎悪を伴って行われたはずで、それは夜盗のような外道であったとしても『人』には違いなく、人外の存在に対する感情は一般の人間と変わらない。大人しく暮らしていこうとしているガガロにとって、ガイガロスの特徴を夜盗の類であったとしても見られるわけにはいかないのもわかる気がする。贖罪以外に新しい目的を見つけた彼からすればなおさらのことだ。


「しかし、ガイガロスの遺跡の中に、姫が匿われているってのは本当の話なのか?」

 ガガロは金属のマグカップに注がれた果実酒をぐいと飲み干すと、大きなため息を吐いた。

「姫ではない。姫になれなかったお方だ」

「その、反乱を起こしたガイガロス人の王っていうのが、その娘の父親なのだろう? 違うのか?」

「厳密に言うと違うようだ。俺が生まれたのは、古代帝国滅亡後。衰退していくガイガロス人の町で生まれた」

 さも年寄りが伝承を語りだすかのようなガガロの口ぶりに、思わず吹き出すシェラガ。

「古代帝国滅亡後の……って、当たり前だろ。お前何歳だよ」

「俺か? そろそろ百と三十四になる」

 干し肉を口に放り込もうとしていたシェラガの動きが止まり、干し肉はシェラガの頬に当たり、地面に落ちた。

「……本当か?」

「俺は今まで嘘を言ったことは無い」

「そりゃそうだ……。しかし、ガイガロス人は年取らないのだな。あのときのガイガロス人たちも、三百歳くらいだったのじゃないのか?」

 冗談らしく呟くシェラガだったが、まじめな表情で首肯するガガロをみて、思わず口に含んだ酒を吹き出した。

「うわ、もったいない。……しかし、本当かよ。ガイガロス人の寿命ってどれくらいなんだ?」

「一般に五百年くらいだ。ギドスで二百年ほどだといっていた」

「お前、若いのな……。いや、若くないのか? よくわからなくなってきた」

 目を白黒させていたシェラガだったが、首を左右に振り、会話の本題に戻ろうと、間を取るため、もう一度酒を口に含んだ。

「で、古代帝国滅亡後、ガイガロス人も絶滅したって聞いているが、本当なのか? 実際のところ、遺跡を回ってみると、ある時期でガイガロス人の生活の痕跡がぱったりとなくなっているのだが」

「滅んだのではなく、この世界を人間に譲った、と聞いた」

「譲った?」

「古代帝国滅亡後、ガイガロス人と人間とが平和に暮らすことができなくなったようだ。人間がガイガロス人を恐れ、排除しはじめた、と。その行動に対してガイガロス人も人間たちに嫌悪感を持ち始め、修復が難しいほどに大衆感情が悪化したと聞いている」

「ほう。人間にガイガロス人を排除できるほどの戦闘能力があるとも思えんが」

「このままだと全面戦争に突入すると考えた当時のガイガロスの為政者は、何とか戦争を回避するために、一度人間のトップと話をしたかったようだ。だが、人間はその時代には国が乱れていたため、トップと呼べる存在が不在だった。そのため、当時の王はある手段を用い、ガイガロス人たちを移住させた、ということになっている」

「だが、今、お前がここにいるように、一部のガイガロス人が残った、ということか?」

「そうだ。少なくとも俺の中の王と呼ばれる存在は、人間を排除し、この世界をガイガロス人のものとして作り直す、という思想をもっていた」

「過激だな。だが、その割には規模の小さい反乱だったな」

「実際、残留した当時のガイガロス人は、みな王と同じような思想を持っていた。残された者たちは、必死に子を作り、戦う力を蓄えた。種族的には戦闘力が上回っているガイガロス人ではあるが、数が絶対的に少なかったからな。そして、思想を唱えたかつての王族を王に奉り、統制を取ろうとした。

 だが、そこからまた数百年経つと、彼らは隠遁生活なりに落ち着いた生活を送るようになっていた。一部の人間とはコミュニケーションもうまくいき、人間との係わり合いがうまくできるようになっていたのだろうな」

 ガガロは、少し憂えた表情で空を見上げた。移住していった仲間たちはどこにいるのだろうか。

「ただ、王だけはその思想を維持し続けていた。それゆえ、あのような反乱になったのだ。他の者たちが王のモチベーションを維持できなかったのには、理由がある。

 それこそが、今俺が捜し求めている姫の存在だ。

 彼女は人間に世界を譲る際、どうしても残ると主張した王を説得、人間を滅ぼすのをやめさせようとした。だが、王の気持ちは変わらず、真の王たちが世界を譲った後も、人間を滅ぼすことを考えていたようだ。

 王は姫を幽閉した。

 姫が他のガイガロス人の憎悪の感情を消しているからに他ならなかった。姫こそ、人間との交流をもっとも円滑に行っていた方だったからだ。いわば、人間とガイガロス人との橋渡しができる方だったのだ。

 王は、そんな姫が疎ましかったのだろうな。我々には、旅立ったガイガロスと共に行った、と話していたが、実際は違うのだろう」

 シェラガは無言で炎を見ながら口を動かしていた。

「姫はどうやらこの遺跡のどこかに閉じ込められているらしい。俺はまず彼女を助け出す。それからのことは、それから考えるつもりだ」

「幽閉って言ったって、古代帝国滅亡直後からってことだろう? いくらガイガロス人だって、三百年も飲まず食わずでいられるのか? もし仮に生きていたとしても、偉い婆さんだな」

「……それはどうだろうか。三百年経っていたとしても、ガイガロス人なら、まだ年齢は感じさせないと思うぞ。まあ、生きていればだが、探さずにはおれんさ。それこそが、思想の下死んでいった仲間たちの供養にもなる」

「まあ、そりゃそうだな」

 シェラガは干し肉をぐっと飲みこむと、立ち上がった。

「よし、俺も一緒に行こう。もともとこの遺跡は調査するためだけに来ていたようなものだが、古代帝国崩壊の生き証人がいるとなりゃ、俄然やる気も違うぜ!」

 シェラガは立ち上がり、出発の準備に入ろうとする。

「おいおい、いささか気が早いのじゃないか?」

 滾るシェラガを宥めようとするガガロ。だが、今日行けば生きているかもしれないが、明日だと死んでいるかもしれないだろう、というシェラガの言葉に押され、ガガロもしぶしぶ出発の準備を始めた。




「ガガロよ! 貴様はなぜ人間を連れて私の元に来た! ガイガロスの生来の敵である人間をガイガロスの地に踏み入れさせるなど、正気の沙汰とは思えん!」

「王よ! もう、人間を滅ぼすなどという愚かな行為は止めさせてください。同じ世界に住む仲間同士、滅ぼしあってどうするのです!」

 ガガロがデイエンに侵攻して二日後には、シェラガとレベセス、ガガロの三人は、かつてラン=サイディール国の首都であったテキイセにいた。

 テキイセは、ガガロたちがデイエンを襲撃したのと同じ日にガイガロス人に襲撃され、ものの数時間でかつての王城を占拠されてしまった。デイエンへの移住を拒絶した貴族たちも、私兵や傭兵を使って抵抗を試みるが、それは場当たり的なもの、統制の取れていない単発的なものとなってしまい、少数とはいえ団結して急襲したガイガロスには手も足も出なかったようだ。

 制圧後も反乱の意思を見せた貴族たちだったが、一人が処刑されると貴族たちの気炎は一気に萎縮し、無抵抗の負け犬の体をなしていた。中にはガイガロスに取り入ろうとする人間もおり、結果的にそれがテキイセ貴族の評価を格段に下げたことは言うまでもない。『テキイセ貴族』を使った表現で、『戦いではテキイセ貴族をまず殺せ』という諺ができたのもこの頃だ。簡単に掌を返して敵にも味方にもなる存在だ、という意味で使われ、テキイセ貴族イコール所謂『風見鶏』の代名詞ともなってしまった事件であった。

 ガイガロスの王……ガガロの言葉では、真の王の血縁者だということだが、直系ではない……は、テキイセ貴族がかつて様々な富を持ち込んだ王城をそのまま自分の城とし、玉座の間に鎮座していた。

 他のガイガロス人の戦士たちは、テキイセの町を物色しており、シェラガたちは特段隠れることも、戦闘を回避する必要も無く、王の下に到達することができた。

 三人の侵入を容易に許したのは、ガイガロスの戦士たちの数が絶対的に少なかった事とガイガロス人のクーデターに対する意識の低さ故だろう。クーデターを起こし、政権を奪取した際は、彼らがやるべきことは為政であり、クーデターにより混乱した国を収めることであって、政権を奪った相手に対しての略奪行為ではない。

 だが、彼らにはその意識が欠如していた。自分たちの世界を取り戻すために戦うのは致し方ない。しかし、その後の取り戻した世界を維持するのも戦いに勝利した者の義務であり、それを怠り、眼前の金品を略奪する行為は、下劣な賊と何も変わりはしない。その時点で彼らは既に崇高な志を捨てた盗人と成り下がったのだ。そして、その意識の低さこそがシェラガたちの侵入を容易に許した。

「貴様は知らんのだ! 我々ガイガロスがどれほど人間に虐げられたか、対話を申し出た我々をやつらはないがしろにし、我々を滅ぼそうとした。我々が自由を求めて何が悪い!」

 壮年の男性に見える、ガイガロスの王は侵略の終了した時の簡易甲冑を身に付けたまま玉座にいた。獅子のように伸びるに任せた頭髪も口元に溜めた髭もガイガロス人特有の青であり、一見すると不健康そうな男性に見えないことも無いが、それをそう思わせない理由は、やはり筋骨隆々とした体躯のせいだろう。

 王からは、テキイセを制圧し、すぐにテキイセを管理して立て直そうと焦燥感よりは寧ろ無事目的を達した安堵感のようなものしか感じられなかった。すぐに略奪行為に走ろうとするほかのガイガロス人とは一線を画してはいたが、それでも、制圧した後どのようにテキイセを収め、運営していくかについてはあまり検討がなされているようには見えなかった。

 それゆえ、ガガロが帰還した際は、デイエン侵略が成功したものとして、喜んで出迎えたものだった。軍事政権にありがちな、クーデター後の為政については検討のなされていない場当たり的な侵略だったといえるだろう。

「王よ、あなたはわかっているはずだ。ガイガロスには世界を支配する力は残されていない。

 我々は、人間に侵されず主権を確立できる程度の領土を得るだけでよかったのです。それを、かつての古代帝国になぞり、世界を得ようとしたがゆえ、力は分散し、人間達の侵入を容易に許してしまいました。それが如実に示しています。現在のガイガロスのあり方が過ちであるということを。

 今からでも遅くありません。国家の一部だけを譲り受け、ガイガロスの国を作りましょう」

「何を言う、痴れ者が! 古代帝国の最大の武器、聖剣が二本も我がガイガロスの手元に残ったのだ。これは、かつて世界を治めた力を手に入れたに等しい。これを使わずしてガイガロスの偉大なる先人にどのような申し開きをするつもりだ」

 ガイガロスの王とガガロのやり取りを聞いていたシェラガは思わず吐き捨てた。

「ここにはもう四本揃っているよ。古代帝国が世界を支配した力が聖剣だというなら、もうとっくに世界はこの手にある」

 王の表情が一瞬こわばった。自分の手元に二本、自分の元を訪れた人間が二本。聖剣が自分の眼前に四本揃っている。神話以来ありえないとされていた四本の聖剣の集合。それを実現したのが古代帝国だった。古代帝国はそのまま世界を制した。そのチャンスがいよいよ到来したということだ。

「……よくやった、ガガロよ。聖剣さえ四本揃えば、デイエンごとき攻め落とさずとも世界の確保はなされたも同然」

 玉座から立ち上がった王は、ゆっくりと剣を抜く。王との体躯差はそのまま膂力の差を示していた。

 同族のガガロですら、向き合った際の体格差は完全に大人と子供のそれだった。

 その剣はシェラガたちの持つ剣に比べ、異常に長く太かった。彼らが剣を構えようものなら、その姿勢は戦いの姿勢というよりはむしろ、国旗を全身で支えているような姿勢に見えるだろう。『刃殺し』の名で伝承されるそれは王の体躯以上にその異常な巨大さで彼らを狙っていた。

「でかいな……。ガイガロス人ってこんなにでかくなるのか」

 シェラガの驚きも無理は無かった。立ち上がった王の身の丈は軽く三メートルを超える。そして、その巨大な剣が振り下ろされるなら、剣は地上四階から鉄の刃が落ちてくるのと同じことなのだ。

 だが、レベセスはそれよりもむしろ、ガガロが持っている剣のほうが気になった。

 王はここに四本揃った、といっていた。その話を聞く限り、王の剣は聖剣だ。そして、残り一本は必然的にガガロの持つそれとなる。

 だが、ガガロも王も聖剣を発動させる様子はない。果たして発動させることができないのか、それとも発動させるまでも無く、ガイガロス人の膂力で十分に戦えると踏んでいるのか、まだ発動させるレベルまで聖剣を取り扱えていないのか。

 剣が贋物の可能性は十分に考えられる。

 聖剣が神格化されていればいるほど、模造刀が出回る可能性は高い。たとえ贋物であったとしても、持つものにしてみれば、そのありがたみは変わるものではないからだ。それがそのままこの男たちの手に渡ったと考えれば、聖剣の模造刀を何人ものガイガロス人が持っていても不思議ではない。実際、シェラガは遺跡から何本もの聖剣と呼ばれたであろう剣を発見している。だが、それが本物であったことは、一回を除いてはない。

「贋物か本物かは闘ってみればわかる」

 レベセスはそう呟くと、驚きの表情を浮かべて振り返るシェラガを意に介さず、切りかかった。

 人間の斬撃としては達人レベルの速さと重さを持った一撃であるはずのレベセスの一撃は、王の構えた剣にあたり、見事にはじき返された。はじき返された衝撃をレベセスは堪える事をせずにはじかれたまま後方に跳躍、王の第二撃から自動的に距離をとる形になる。

「ほう。この剣に切りかかった刃物は全て粉砕されるのだがな。傷一つ無いところを見ると真の聖剣のようだな」

 王はただ水平に構えていただけの剣を大きく振りかぶった。そして、力任せにレベセスに叩きつけるためのみ、彼の元に突進する。

「冗談じゃない、あんなもの受け止められるか!」

 レベセスは最小限の動きで王の剣を回避し、懐に入り込むと抜き胴の一撃を叩き込もうとした。だが、あれほど大きな剣を大男が振り下ろすのだ。標的に当たらずとも周囲に撒き散らされた大理石の破片と爆風のような衝撃波が、懐に入ろうとしたレベセスを背後から襲う。

 衝撃波の向こう側に邪悪な殺気を感じたレベセスは、無理に体制を立て直し、更に距離をとろうとするが、王の方が間合いをつめる速度は勝っていた。

 王は殺戮者だ。

 直感的にレベセスは思った。王の口元に浮かぶ笑みは、斬り、叩き潰すことに対し異常な喜びを持っている者が宿すそれだ。人はそれを狂気と呼ぶ。

 回避ができないと踏んだレベセスは、気合と共に聖剣の力を発動させる。レベセスを包んだ青白い光は燃え盛る炎と化し、所有者の衝撃に対する耐久量を格段に引き上げた。

 斬撃は間違いなくレベセスの頚部を捉えていたはずだったが、レベセスの剣は斬撃を止め、かつ威力に押されて背後に弾き飛ばされた際の体勢の立て直しも、くるりと容易に行なわせて着地させる。

 唖然としたのはシェラガだけではなかった。ガガロも、王もレベセスの目に見える変化に度肝を抜かれているようだった。レベセスは流れるような動きでシェラガの横を通り過ぎざまに耳打ちする。

「お前まで驚いてどうする。このまま一気に王を討ち取るぞ!」

 はっと我に返ったシェラガも腰の剣を一気に抜き放つ。

 そうなのだ。聖剣を発動できるのは、レベセスだけではない。シェラガも、レベセスの指導の下聖剣の扱い方を学び、独学でもその使い方を学んだ。剣術としての才覚もさることながら、聖剣を扱う上でも十分な鍛錬を積んでいる。まだ、レベセスまでのレベルには達してはいないものの、独学で第二段階まで到達することはできたのだ。シェラガがレベセスの圧倒的な戦闘能力に驚嘆こそすれ、気後れをする必要は無い。

 シェラガも聖剣を発動させると、剣を構えた。レベセスの第三段階に比べて、自分の第二段階はいささか見劣りする気がするが、致し方ない。

「『オーラ=メイル』だ」

 レベセスは教えてくれた。聖剣によって引き上げられるのは身体能力だけではない。生命エネルギーである『氣』を聖剣に流し込むと、聖剣内で増幅された氣の力が体に送り返されてくる。そのため、体力だけに留まらず、治癒力、五感など人間の持つありとあらゆる能力が数倍から数十倍に跳ね上がる。そのレベルを決定するのが、彼ら聖勇者たちが用いる表現、『段階』と呼ばれるものだ。

 その段階に応じて体を包む光の膜をレベセスはオーラ=メイルと呼んでいる。そして、その吹き出す光の膜こそ生命エネルギーである『氣』そのものであり、その輝きの強さ、光の形状こそがそのままオーラ=メイルそのものの防御力でもある。

 段階は三段階まであり、一段階目、つまり聖剣を発動させた初期段階だと、聖剣から供給された氣が体外まで染み出し、光の膜を作る。この状態で、身体能力はおよそ数倍になっていると言われる。

 第二段階、現在のシェラガの到達段階だと、おおよそ身体能力の上昇率はほぼ十数倍になる。このときの外見は、光の膜から煙のような状態で氣が立ち上っている。

 そして第三段階。これが最終形態である。この状態では、全身から炎のような氣が吹き出し、身体能力も二十倍以上、といわれている。この状態では、身体能力は訓練によりどんどん向上していくといわれ、伝承では、身体能力は五十倍近くまで跳ね上がるとさえいわれている。

 そんな戦士が戦場に出れば、一騎当千も当然だといえるだろう。

 ただ、もともと筋繊維を強化するわけではないので、常時五十倍の筋力を発動できるというよりは、瞬発力で見た場合、それくらいの数値となるようだ。

 そして、そのレベルになると、氣をうまく使った技も使えるようになるといわれているが、具体的にどのような技なのか、そのあたりは、嘘のような伝承がかすかに伝えられる程度のようだ。

「よしっ!」

 シェラガも気合一閃、一気に王へと間合いをつめる。だが、切りかかるその瞬間、彼の刃は別の剣に止められることになる。

 不慮の横槍にシェラガは一度王との間合いを取る。そして、横槍を入れた相手を睨みつけた。

「ガガロ、邪魔をするな! 王を止めるんだろうが!」

 シェラガの咆哮にも、ガガロは迷いを捨てきれずにいた。

 確かに、王の方針は間違っているとガガロ本人も感じている。だが、世界を掌中に収め、ガイガロスの帝国を作るという具体案が誤っていると思うだけで、ガイガロスの国はあって然るべきだとガガロは感じていた。ましてや、王を討たせるのはまた違う次元の話だ。

 シェラガを一度退けたガガロは、そのままレベセスにも奇襲を仕掛ける。だが、ガガロの一撃はレベセスを捉えることができない。それほどにスピードに差があった。

「俺は、お前たちに王を止めて欲しいと願い、ここまでつれてきた。だが、討ってくれと頼んだわけではない……!」

 ガガロは剣を構えると、横に薙ぐようにシェラガに切りかかる。シェラガの剣は縦に構えられ薙ぎを受け止めようとするが、ガガロの斬撃の重さに耐え切れず、壁に弾き飛ばされた。

 空中で回転し、壁に着地するとそのまま跳躍、ガガロにカウンターの突きを仕掛ける。

 だが、ガガロは体を捻るだけの最小限の動きでその突進を回避、眼前を通過するシェラガの腹部に膝蹴りを叩き込み、そのまま柄部分で背を激しく打つ。

 地面に叩きつけられたシェラガは聖剣を取り落としてしまった。シェラガの体から輝きが消え、後には地面に横たわったシェラガと、床に突き刺さった剣があるだけだった。かすかに剣の刃の中に光が残っていたが、それもすぐに胡散霧消する。

 ガガロは、意識を失ったシェラガにちらりと目をやるが、小さなため息と共にそのまま剣を構えなおすと、すぐ近くで打ち合いを続けるレベセスとガイガロスの王との戦闘に介入すべく剣を構え、切りかかっていく。

 王との戦闘に集中していたレベセスは、ガガロの干渉に気づくのが遅れた。そして、倒されているシェラガの姿を認めたレベセスの反応は更に一瞬遅れ、結果王の斬撃を逃がしきれずにまともに剣で受け止めてしまうことになる。

 王の戦術は、圧倒的な膂力で剣を打ち払い、防御が空いた体に巨大な体躯をぶつけ、相手の全身を砕くというもの。最初の一撃で王の戦術を見破っていたレベセスは、刃を狙って打ち出されてくる斬撃を受け止めぬ様回避していたが、王の速く重い斬撃は思ったより対応しづらく、そこから攻撃に転じる法をまだ見つけることができずにいた

 巨大な大砲が発射されたかのような轟音が響き渡り、王の簡易甲冑の肩当てにひびが入り、静かに崩れ落ちる。ひび割れた壁と王の肩との間に挟まれたレベセスの口元から、赤い筋が流れ落ちた。

 王が身を離すと、レベセスはゆっくりと倒れこんだ。衝突のその瞬間まで、剣を手にしていたのは奇跡だったとしか言いようがない。強烈な当身を受けたその瞬間、剣が手から離れていたら、レベセスは即死だっただろう。

 だが、聖剣によるオーラ=メイルを纏ってなお、そのダメージは計り知れない。王の当身は一撃で聖勇者を屠るに足る威力を秘めていた。おそらく、レベセスが第三段階のオーラ=メイルを纏っていなければ、致命傷は免れなかっただろう。それでも、現在戦闘不能に陥ったことは間違いない。

「どうだ。聖剣の者を倒したぞ。四本の聖剣はこれで全てわしのものだ。ガイガロスの悲願がついにかなう時が来た。ガガロよ、鴇の声を上げろ。世界はガイガロスのものだ!」

 王は雄叫びを上げた。だが、ガガロはそれに答えることができなかった。何かが違うとガガロの心が激しく警鐘を鳴らす。

 これは自分が望んだ正義ではない。これでガイガロスの国を立ち上げたとしても、この先に待つのは搾取と暴力、果ては無秩序の国となり、国自体が人より憎まれ蔑まれ、消えていく。

 そんな気がした。

 ガガロの手に構えられていた剣は、力なくぶら下がる。それは、不本意とはいえ仲間だと思っていた人間を痛めつけてまで守った自分の信念が更に力を無くしていく様を具現化しているようだった。

「王よ。我々が最も優れている種であるという証明はできたはずです。後は、我々が十分に生活できるだけの領土を分けてもらい、そこで穏やかに暮らして行ければ、一番幸せなのではないでしょうか?」

 歓喜に踊る王が、その雄叫びを中断し、ガガロのほうを見たのはガガロの言葉が気に入らなかったからだ。

 王の双眸の光が変わる。

「くどい男だな。聖剣の勇者ですら太刀打ちできない我が一族ガイガロスは世界を治めるに足る一族だということが証明されただろう。それの何が不満なのだ」

「いえ、不満などではありません。ただ……」

「ただ……なんだ?」

 ガガロは視線を落とすしかできなかった。

 自分たちの王が世界を望んでいる。しかし、それはどう考えても不可能。

 実際、他の仲間は完全に自分の欲の充足に終始した活動に切り替わっている。

 金品を強奪する者、女を犯す者、正当性を主張しての虐殺。これらを行う種族がいまさら世界を支配したところで、民は従うはずがない。従わなければ力づくで治めるしかないが、そうなれば、反目する人間との闘争が始まる。最終的には文字通り種族間の全面戦争に至るだろう。多くの人の死と、ガイガロスの文字通りの滅亡。

 今、クーデターに参加しなかった平和に暮らすガイガロス人たちの生活も脅かすことになる。ガイガロス人のほかの仲間の現在の穏やかな暮らしを覆してまでのクーデターに何の意味があるのだろうか。

 ガガロの剣を握る力が強まった。

「ったく、お前はどっちの味方なんだよ」

 突然の言葉にガガロは驚いて振り返る。そこには剣を杖にしてゆっくりと立ち上がろうとするシェラガがいた。

「王を止めてくれといってみたり、王を倒すのが目的ではないと言ってみたり。お前はどうしたいんだ? 王の望む世界を作りたいのか。それとも、ガイガロス人の望む世界を作りたいのか」

「それは……」

 ガガロは再び視線を落とした。

 その次の瞬間、シェラガは聖剣を発動させ、ガガロの前に立ちはだかった。

 グゥイイン! という金属がたわんだような音がし、その後舌打ちが聞こえた。

 そこにはガガロの一瞬の隙を突いて切りかかってきた王がいた。その薙ぎの一撃をシェラガは聖剣で受け止めていた。

「刃殺し、とはよく言ったもんだ。聖剣自体が微弱に振動しているんだな。これで、打ち込んだ剣を全て破壊し、相手の戦力を奪う、文字通り剣を殺す剣だ」

「小僧、邪魔をするな。貴様ごときにガイガロスの希望を邪魔させてなるものか」

 王は鬼の形相でシェラガを睨み付けた。

「ガイガロスの希望、だと? 俺は他のガイガロス人の人々がどう思っているかまではわからない。けれどな、今回の反乱に参加した輩が、ガイガロス人の将来を考えた崇高な思想の下、活動しているとは到底思えないんだよ。

 攻め込んだ先の略奪、殺戮行為。同じガイガロス人同士でありながら自分の欲望を宥められた結果、殺しちまうような程度の仲間意識。そんな奴らが世界を……、ガイガロスの民の行く末をどうこうほざこうが、説得力なんかありゃしないんだよ!」

 驚くべきことに、シェラガは第三段階でレベセスが抑え切れなかった王の一撃を第二段階で受け止めたどころか、むしろ徐々に押し返しつつある。

「……お前なんか王なもんか! ガイガロスの誇りと、人々の命を奪う盗人野郎だ!!」

 ガガロは見た。

 目の前のシェラガから立ち上る光の揺らめきが、感情の高まりに呼応して激しさを増し、光を強めていく。そして、シェラガの姿が確認できないほどにまばゆい光源となった次の瞬間、光は大爆発を起こし、ガイガロスの巨人を弾き飛ばした。その後には、光の炎に包まれたシェラガがガガロを守るように立ちはだかっていた。

「シェラガ、お前……」

 ガガロの言葉に、シェラガはちらりと視線を投げかけた。

「お、やっと名前を呼んでくれたな? けど、俺はお前も許しちゃいないぞ。痛かったんだからな、さっきのは。その代償は体で払ってもらう。この戦いが終わったらみっちりと研究させてもらうからな。お前らガイガロス人の誇りと強さと魅力を、な」

 にやりと笑うシェラガ。そして、背後でゆっくりと立ち上がろうとするレベセスに声を掛ける。

「レベセス! まだいけるか?」

 口の中に溜まった血を吐き出しながら、当たり前だ、と呟くレベセス。

「お前ばかりにいい格好をさせてたまるか」

 レベセスも聖剣を発動する。心なしかシェラガの影響を受けて、光の輝きが強まっているようにすら感じられた。

 圧倒的な力の差があった人間たち二人。その強さの片鱗は見てきたつもりだった。だが、ガガロの目の前で、彼らは聖剣の戦士として着実に強くなっていく。聖剣が鞘から抜けるということは、それだけで聖勇者の証明だ。それは、王も自分も同じ。そして、その時点で二人の聖勇者と剣から認められてはいることになる。だが、それだけだ。

 聖剣を使いこなし、圧倒的戦闘力を手に入れたわけでもなければ、確固たる信念を持ったわけでもない。ただ、切れ味のいい剣を持ったに過ぎないのだ。

 自分はガイガロス人のために戦う。

 ガガロの中で、何かが目覚めた。


「くそっ、さすがに強い」

 聖剣の第三段階を発動させた二人の人間を相手に、巨人は善戦していた。元々の能力も非常に高かったのだが、それに輪をかけて、聖剣の勇者との戦いに慣れてきた感じだ。戦局も刻一刻と変化していく。

 確かに聖勇者の戦闘能力は高い。しかし、基本は身体能力がずば抜けて高い剣士を二人相手にしているだけに過ぎない。注意しなければいけないのは聖剣から繰り出される一撃であり、それ以外の聖剣を用いぬ蹴りや突きなどは、牽制の役目しか果たさない。命中してもダメージも高が知れている。そうなれば、牽制の攻撃を敢えて当てさせ、カウンターを狙って一撃を入れる作戦が有効となってくる。

 ところが、聖剣の勇者たちも巨人のその戦い方にすぐに気づき、各々がそれぞれ攻撃と牽制を行っていたのをやめ、互いが互いをうまく使い、聖剣の一撃をコンビネーションとして牽制に用いるようになった。

 急造のコンビネーションとはいえ、それぞれの身体能力は高い。ガイガロスの巨人の攻め手を完全に封じることになる。

 回避一辺倒となった巨人は、一度大きく背後に跳躍すると、掌から数発の火球を飛ばす。大きな西瓜大の火球はシェラガたちの足元を襲い、追撃しようとする彼らの足止めとなる。

 実質、これが戦闘のインターバルとなった。

「人間共よ。ガイガロス人が貴様らと違い、なぜ選ばれた種族であるのかということを教えてやる。それは、わが一族が歴史上唯一、古代帝国側より同盟を望まれた種族だからだ。古代帝国に属する前は、わが一族は古代帝国を滅亡の一歩手前まで追い込んだ。その力、今こそ見せてくれようぞ!!」

 巨人は、咆哮と共に大剣を放り出す。剣は澄んだ音を立て、床に突き刺さった。

 次の瞬間、ガガロを含めたその場にいる全員が目を見張ることになる。

 巨人は少し前屈みになると、いきむ様に全身に力を込めはじめた。

 聖剣を持っていた時とは比較にならないほどの力が、巨人の体から吹き出してくるのがわかる。それは暴風となり周囲を荒れ狂い、光となり聖勇者たちを圧倒する。その光が徐々に大きくなっていく。

 いや、大きくなっているのは光ではなく、巨人の体そのものだ。

 巨人の腰あたりから、一本の太く長い鞭のようなものが伸びていく。また、背からは一対の巨大な皮膜状の翼が姿を現す。巨人の後頭部からは二本の巨大な角が背後に向かって伸びていく。

 巨人の咆哮が猛獣のそれへと変わったときには、既に巨人は人ではなく、ドラゴンへと姿を変えていた。

「な、なにっ!」

 一番驚いていたのは、同族のガガロだった。

 まさか、かつては王と称えた男がガイガロス人ではなかったというのか。それとも、この男は何かの法により、ドラゴンへの変身能力を身に付けたというのか。この男は我々とはちがうというのか。

 青い鱗を持つドラゴンは人間の言葉を話す。

 だが、シェラガたちには、とてつもなく巨大な動物が唸っているようにしか聞こえなかった。言葉の意味はわかる。だが、人間の発する言葉とはとても思えなかったのだ。それほどに重々しく、濁った声だった。

「これこそがガイガロス人が最強の証だ。かつて、我々一族は青竜戦士族と呼ばれていた。その強さは星を超えて知れ渡っていたという。その力こそが世界を治めるにふさわしい。力無き者は滅びよっ!」

 ドラゴンの眉間からしなやかな首を通じて尾の先まで続く鮫の歯のような背びれが徐々に光を帯びていき、光り輝いた次の瞬間、尾の先からその光は背びれを伝わって頭部に集中する。

 大きく開かれた、かつて巨人であったドラゴンの口腔の奥から、ゆっくりと光があふれ出てくる。

 その次の瞬間、ゴオッ!という轟音と同時に、直線的な光の帯が吐き出された。

 周囲は閃光に包まれ、テキイセ城は消滅した。

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