表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
界遊記外伝 ~ ファルガの父 ~  作者: かえで
考古学者とガイガロス人
4/39

ガイガロスの反乱

新しい種族が登場します。聖剣を持つ二人とどう戦っていくのか。

個人的には血沸き肉躍る戦いが描けていると思いますが……。

 大地に転がった巨大な岩が、かつて栄華を極めた文明の技術によって切り出され、装飾柱として使われていたことに気づく者はそうはいない。

 古代帝国というと、圧倒的な武力で天空から人々を支配した恐るべき軍事国家という印象が強いが、実はそれほど貧富の差がなかったのではないか、と自らの論文で述べたシェラガ。その根拠は、遺跡からの出土品の中に、圧倒的な科学力の痕跡は多数存在したが、被支配層の厳しい生活を示すものが見当たらないからだ。

 通常、文明の痕跡から支配層の様々なものは見つかることはあれど、被支配層の生活の様子が明確になることは殆どない。文献などを残す階層はといえば、趣味に興じることがある程度可能な富裕層であり、日々の生活に必死である貧困層は己の生活を文献に残している余裕などない。たまに見つかる富裕者層の食生活などの文献や被支配者層に触れた記述、被支配者層の使っていたと思われる出土品から彼らの生活水準等を推し量るしか方法はないのだが、この古代帝国に関して言えば、相当にレベルの高い文明であったらしく、少々の貧富の差はあれど、奴隷制度のようなものはなかったようだ。その仮説を彼が持つに至ったのは、たまに出てくる低所得階層の生活痕跡も、現在上流階級の生活より少し劣る程度のものだとしか結論付けることができなかったからだ。シェラガは、皮肉交じりに古代帝国の社会は現在よりよほど平等だったろう、と自らの論文を締め括っている。

 遺跡に進入したシェラガは、その日調査すべきと計画した工程をすべて終了し、日が落ちる前に早々に宿営の準備を始めた。

 遺跡の中で、装飾柱が折り重なるように倒れ、四方のうち三方を囲っている頑丈な部分を探し、天井から空気が抜ける場所があることを確認すると、シェラガはそこを宿営地とした。入り口から入ってすぐのところに火を起こし、動物の侵入を防ぐ。砂漠では、夜は急激に冷えるため、砂地に薄い動物の皮のシートを敷き、その上に座り込む。このまま翌朝の日の出を待つのだ。

 だが、不思議と今日のシェラガはすんなりと眠りにつくことはできなかった。

 膝元に置いた聖剣を手に取り、まどろみながら過去の戦いの日々に思いを巡らせていた。


 三百年ほど昔、古代帝国はそれまで栄華を極めながら突然滅亡した。

 その理由は天災とも奴隷たちの反乱とも言われているが、実は詳しいことはまだ何もわかっていないというのが正しい。ただ、約三百年前に大きな戦があり、それが原因で滅びたということは、各地の伝承で様々な形で残っており、それらを総合すると、何かがその時期にあって古代帝国は滅んだ、ということはどうも間違いなさそうだ、という程度だった。

 なぜ、たった三百年ほど前の出来事が、それほど多くの謎に包まれているのかというと、帝国滅亡後の歴史にぽっかりと穴が開いているからだ。シェラガはその理由について、シェラガは大洪水の発生を理由に挙げている。

 伝承であるところの古代帝国の浮遊大陸は現存していない。とすると、古代帝国滅亡時に大陸は墜落した。その巨大な大陸が海面に墜落すれば、とてつもない高さの波が発生する。大陸の大きさにも依るが、その波が地表を舐めれば、ほぼ地上の物は一旦すべて海面下に没してしまうだろう。波が去った後には、人間の営みの痕跡が何も残っていない。だからこそ、当時の人間の生活の痕跡が見られない。

 彼はそう結論した。

 ラン=サイディール国が形成されたのは、およそ二百年前。歴史的に何も資料は無いが、口頭伝承だけは存在しており、古代帝国が滅んでからの百年は国の無い時代だったといわれている。もちろん、国が無いといっても人々がばらばらに生活していたわけではなく、小さな村はいくつか形成されていたようだ。だが、無数の村があるのと同時に、今で言うところの夜盗や山賊が跋扈し、至る所で略奪が行われていたという。

 女子供や病人は隠れて生活し、それでも貧困のあまり徐々に死に絶えていく。そんな時期が長く続いた。

 あるとき、ラン=サイディールを擁するいくつかの村、あるいは山賊のリーダーが徐々に周囲のグループを纏め上げ、再度国を作り上げていったという。隣国のノヨコ=サイは、ラン=サイディールの兄弟が作り上げたとも言われているが、その資料は口頭伝承によるだけだ。その他の地でも徐々に当地のリーダーが頭角を現し、徐々に今の国家形成がなされてきたといわれている。

 だが、その空白の百年の間に、ほぼ全ての古代帝国の技術や歴史的な資料も失われてしまっていた。今はところどころにある事が確認されている遺跡だが、これも古代帝国の遺跡といわれているだけで、実際のところは古代帝国ではなく古代帝国の属国であった地上の国々の遺跡だったとも、空白の時代に一瞬栄華を極めた一族の遺跡とも言われている。そのため、考古学者たちは遺跡が発見されるたび足を運び、その遺跡の歴史的位置づけ作業というものを行っている。

 現在、シェラガは雇われ考古学者として、その遺跡の認定を行う仕事についている。認定といっても正式な資格があるわけではないが、幸か不幸か、デイエン大学の教授であったという実績が、彼の鑑定を価値のあるものにしていた。大学も薄情なもので、彼を追放しておきながらも、彼の分析能力は買っており、シェラガによってもたらされた情報を用いて、考古学上における大学の権威を更に高めているのだ。彼ほどの研究者がまだ大学内に現れていないのも皮肉な結果ではある。これより数年後に、遺跡認定士という資格ができることになるが、それはシェラガの功績によるところが大きい。

 今回シェラガが訪れている遺跡探索も、デイエン大学の後輩の教授からの依頼であった。かつて自分を追い出した大学ではあるが、やはり考古学をやる以上は必ず接点が出てくる。それを突っぱねることなく受け入れることによって、彼は大学側から新しい情報を仕入れると共に、新しい情報を提供する。新しいギブアンドテイクの関係を構築していた。

 彼を知る人間は、よくそんなことができるな、と彼を驚きとも嘲りとも知れぬ言葉で評したものだが、彼にしてみればそれはどうでもよかった。考古学に携わり、過去の謎を解き明かし、自分自身が納得したい。ただそれだけだった。


 焚き火の火が心なしか弱まった頃、シェラガは閉じていた目をゆっくりと開いた。

 何かがいる。火を見て怯える様子の無いところを見ると、動物ではなさそうだ。かといって、古代帝国遺跡内に生き残った過去の生物とも違うようだ。

 夜盗か?

 だが、この地域にシェラガを襲う夜盗はいない。このあたりは、決して治安のいい地域とはいえなかったが、それでもシェラガだけは夜盗たちの禁忌として存在している。それに気配が人間とは若干異なる。人にして人に非ず。焚き火の炎の先に立つ男は人ではないというのか。

 外見はどう見ても人にしか見えない。だが、その雰囲気は、どんな剣の達人も、どんな知的な人間も、どれほどに極悪な人間であろうとも決してかもし出すことのできない鋭く冷たいものだった。いや、正確には、もしそこにたつ人影が人だと仮定するならば、とても鋭く冷たい雰囲気、と表現すべきものだったのかもしれない。

 黒いマントを頭からすっぽり被り、背を向けて立つその姿は、この世の住人とは到底思えなかった。シェラガが男の存在を認識したことに気づいたのだろうか、そのまま男は立ち去ろうとする。

「……ガガロか」

 名を呼ばれた男は一瞬驚いたようにぴくりと体を震わせ、ゆっくりと振り返る。

 焚き火の明かりが男の顔を照らそうとするが、フードを深く被った男はそれすらも拒否しているようにも見える。

「……シェラガ。久しいな」

「死んではいなかったのだな。心配したぞ」

「死んでいるも同じだ。王を取るか、一族を取るか悩んだ結果、俺はどちらも取れなかった。だが、結果俺は王を殺した。その時から、俺は生きる目標を失った」

 シェラガは思わず立ち上がる。

「違う! あれはお前がやらなければ、世界は滅んでいた! お前の王は世界を滅ぼそうとしていた! お前は王を討つことで王を救ったのだ!」

 フードの奥で、ガガロと呼ばれた男は少し笑った気がした。

「だが、主君殺しに違いはない。お前の主張は有難いほどによくわかる。俺がやらなければ、王はお前かレベセスに討たれていただろう。だからこそ、俺が討った。俺が討つべきだった。だが、王を討った後、俺は王と共に逝くべきだったのだ。今もその気持ちは変わらない」

 ガガロがゆっくりとフードをはずすと、北国の夏の海のように澄んだ青い頭髪が現れる。透けるように白いその肌は、ともすると病的にも見えるが、引き締まった顎と太い首回り、マントの隙間から垣間見える隆々と盛り上がる肩の筋肉がひ弱なイメージを払拭する。だが、それ以上に目を引くのは、バンダナによって押さえつけられ、纏められた髪とは別に、左右対称に二房垂らされた前髪の隙間から覗く真紅の瞳だった。人の眼の白目部分は人間と変わらない。だが、黒目部分が異なった。それは鮮血のような赤で、瞳孔が黒く縦に割れた、ちょうど爬虫類や猫のそれをイメージさせるものだった。その色彩が、元来の切れ長で吊り気味の双眸をより険しいものとして見せ、彫りの深い顔立ちを一層際立たせていた。

 だが、シェラガは驚くどころか、ゆっくりとガガロに近づく。

「きれいな目だよな。俺は好きだぜ、その色。もう見ることはできないと思っていたよ」

「そう言うのはお前とレベセスくらいのものだ。大抵の人間はこの目を見ると悲鳴を上げて逃げ出す。悪魔だと言ってな」

「……少し話さないか? 急ぐ旅ではないのだろう?」

 ガガロは一瞬うろたえたようにも見えた。だが、その動揺は彼が人との交流を欲しているからこそのもの。シェラガにはそう思えた。

「入れよ。酒と食い物はあまり無いが」




 シェラガがガガロと初めて出会ったのは戦場だった。

 レベセスの元、剣術と聖剣の使い方を学びつつ、遺跡ガイドとして働いて数ヶ月。季節はちょうど冬になろうとしていた。

 北風の強いある日、いくつかの古代帝国の遺跡から、青い髪の屈強な戦士団が出現、町を脅かし始めた。当初は新手の夜盗集団だとして、ラン=サイディールもその他の国々も辺境の警備団に処理を任せていた。だが、青い髪の戦士団は圧倒的な戦力で辺境警備団を蹂躙、首都デイエンとテキイセとをほぼ同時に襲撃する。その数およそ五百とも一千とも言われた。

 不意をつかれたテキイセはほぼ青い髪の戦士団の手に落ちた。だが、幸か不幸か、ラン=サイディールの新首都デイエンは、遷都後の、反遷都派の貴族の妨害を阻止する目的で軍を集約していた為、テキイセとは真逆の結果となった。

 青い髪の戦士団はテキイセを占拠、そこを起点にしてデイエン攻略の策を練り始めていたようだ。

 大学のかつての自分の研究室で、自分の生徒であった教授と談笑をしていたシェラガは、地鳴りを聞き、その後の揺れに思わず椅子から腰を浮かす。

「最近多いのですよ、こんな地鳴りが。地殻変動が起きているようですね」

 年齢は明らかに上であろう壮年の男性が、周囲の様子を窺おうとしているシェラガに声を掛ける。

 シェラガが大学を追われた後、その席を埋めるように教授へと昇進したのは、一度別の大学で考古学を学んだが、シェラガの下でもう一度研究に携わるためにデイエン大学に再入学をしてきた彼だった。彼は、考古学の知識はあったが、それをひけらかすことなくシェラガを師事し、その関係は現在も続いている。彼らは、お互いに情報交換をし、また親交を深める意味でも、半年に一度くらいはこういった形で非公式の会合を行っていた。

「青い髪の戦士団が現れた時期と符合はしますが、直接の原因とも思えないですしね」

 地鳴りの直後、自然に推移した話題になんとなく自分の意見を口にするシェラガ。

「しかし、青い髪の戦士団とは一体何者なのですかね? 一説によると百人とも、千人とも言われていますが……」

 テーブルに置かれたティーカップがカタカタと音を立てる。

「実物を見ていないので何とも言えないのですが、教授のお知り合いで実際に青い髪の戦士団と相対した方はいらっしゃいますか?」

 窓際の花瓶がカタカタと音を立てて揺れるので、シェラガはそれを床に置いた。

「いいえ、実はおらんのですよ。シェラガさんの知り合いの方ではどうですか?」

「いないです。そうすると、都市伝説の可能性も否定はできませんね」

「といいますと?」

「自然災害などが発生し、人心に不安あるときに、原因がその災害と思えぬ事件が続くと、災害に起因した都市伝説が生まれやすいのです。人は、その対象が恐怖であれ、その恐怖に対して原因を求めます。理由のわからない恐怖よりは、理由のわかる恐怖のほうがまだ安心できるわけです。そうなると、人はそういう対象を作りたがる」

「過去の文明の中には、それが原因で滅びたものもありますしね。それに、世界各地でほぼ同じような噂が立っているのも、非常に事例に近い」

「ただ……」

 教授は、シェラガの一瞬の表情の曇りを見逃さなかった。

「もし、それらのことが本当だとすると、事態の収拾は非常に困難ですね」

「ガイガロス、ですか」

「はい。人々はおそらく、ガイガロス人の存在は知らないはず。教科書にも載っていませんし。それにも関わらず、特徴が具体的過ぎるのです。青い髪に赤い目。青白い肌と圧倒的な膂力。不思議な力も使ってくるとの事。我々もその程度の知識しかありませんが、一般の人たちはその知識すらないはず」

「ガイガロス人は、魔族といわれていますね。実際その通りだという事なのでしょうか」

「ガイガロス人という種族が、古代帝国崩壊時まで存在したというのは遺跡の墓地の存在から明らかです。おそらく進化系統も我々とは異なった別の人の存在。骨格もサルのそれよりはトカゲのそれに近い。肩甲骨には翼が退化したであろう突起状の骨が、後頭部にも角が退化したと思われる一対の突起も確認されています。

 人間の子供の中にたまに尾を持つ子が生まれますが、先祖がえりといわれますね。それと同様、彼らも尾を持ったり翼を持ったりした先祖がえりの子が生まれることもあり、その子は時代背景によって悪魔の子として忌み嫌われたり、神の子として崇められたりしたようです」

「先日の遺跡調査で、確定できたのですね」

「はい。それと、面白い特徴を持つ骨格も見つけました。表には出せないのでここだけの話でお願いしたいのですが、どうも、我々とガイガロス人は交配が可能であるようなのです」

「なんと……!」

 シェラガの、遺跡に実際に赴いての調査の話は、机上の研究ではシェラガと同等以上の知識を持つ教授にとっても興味深いものだった。

 別の進化系の生物同士が、住む環境により容姿が似ることがよくある。シャチとサメなどはいい例だろう。だが、サメとシャチが交配出来る話は聞いたことがない。ライオンとトラなら、ライガーという特殊な存在もいるだろうが、それらはネコ科という共通点がある。だが、ガイガロス人は爬虫類人だといわれている。哺乳類人の人とは繁殖形態からして異なっている。それが交配出来る等とは荒唐無稽な話だ。およそ教授もシェラガの言葉でなければ一笑に付しただろう。

「埋葬時にガイガロスとそうでないものの骨格が混じったということは……」

「考えられなくは無いのですが、その遺跡というのがどうも、混血児の施設だったようなのです。その施設が研究機関なのかはまったく不明ですが」

「古代帝国がその施設を仮に作っていたとしたら、やはり強力な混血児を求めていた、ということでしょうか。しかし、この世界を支配している帝国が更なる力を求めるというのはなぜでしょうか」

「これはまったく想像の域を出ない話になりますが、この世界以外からの侵略に対する手段としての可能性があります。ひょっとすると、これが古代帝国の滅びた直接の原因かもしれません」

「『大きな戦』というのは、外の世界からの侵略者との戦争、ということですか」

「あるいは、古代帝国側が侵略者になろうとしていたのか。

 そう考えられる理由はいくつかあります。まず、この施設が古代帝国末期のものであること。その施設には戦闘訓練を行うような設備が備わっていたこと」

 シェラガは少し表情を曇らせた。

「古代帝国は、いくつかの技術を実現したことによって成立した帝国だといわれていますが、その一つに『聖剣』の伝承があります」

「『聖剣を使いこなせたる者、世界を護らん』というあれですな」

「そうです。どうも、古代帝国は聖剣を使うことのできる人間の血統を集約させたかったようです。それと同時に、聖剣自体も大量に生産したかった」

「そうすることで、『外の世界』の敵に対応しようとしたということですか」

 教授は豊富な顎鬚をなでながら考え込んだ。

 幾らシェラガであっても、聖剣の話を教授に包み隠さず話すことはできない。発掘はされたものの、調査を終えた単なる宝剣という位置づけでシェラガは剣を携帯しているからだ。

「可能性は無いわけではないのでしょうが、相当に突飛ではありますね。しかしながら、現場を見てきたシェラガさんの仮説ではないがしろにもできますまい」

「そこで、お願いがあります。学生さんをお借りしたい」

「調査隊の組織、ですな。わかりました。声を掛けてみましょう」

 そのときだった。先ほどまでとは明らかに違う振動が、大学の研究室を揺さぶる。遠くに爆発音が聞こえた。

「教授はこのままで。私は様子を見てきます」

 シェラガは教授に腰を屈め、研究室にて自身の安全を確保するように勧めると、剣を手に取り研究室から飛び出していった。後に残された教授はデスクの下に隠れながら、呟いた。

「大学を去ったシェラガさんは変わってしまわれた。優秀な研究者に違いはないのだが、何か生き急いでいるように見える」


 大学を飛び出したシェラガは、爆発の方角へと走り出す。だが、動き出して十数秒後、おそらく爆発から逃げ出してきたであろう人たちの波に阻まれ、思うように先に進めないことに気づいたシェラガは一度往来から外れ、建物の屋根へと上った。

 屋根から見た景色は、今までのデイエンで見慣れた景色とはだいぶ違っていた。周囲を見回すと、町並みの向こう側に必ず巨大な城壁がそそり立っている。デイエンは小さな港町から、巨大な城塞都市へと姿を変えていた。城壁の円の中心には城があるのだが、この城も城壁にあわせて改修工事が進められており、同時に城から放射状に伸びる主要街道と城壁と、同じ中心を持つ円のように描かれる環状街道とが整備されつつある。それによって構成される町並みこそがデイエンの特徴となっていくのだが、それが道そのものではなく、建物の配列によって浮かび上がる不思議な幾何学模様としてシェラガの目に飛び込んでくる。首都へと昇格した地方都市デイエンは、城壁という名の甲冑を身に纏ったが、それは同時にデイエンのこれ以上の発展を妨げ、内部を腐らせる外骨格としてシェラガの目には映った。

「……海が見えないじゃないか……!」

 吐き捨てるように呟くシェラガ。

 城壁の一箇所から煙が立ち上がっている場所を見つけたシェラガは、転がるように建物の上を駆け抜け、煙の場所へと急いだ。

「思ったより日没が早い。夜になっての戦闘は厄介だな」

 夜戦の経験もそれなりに積んできたシェラガではあったが、夜に守備をする戦闘は初めてだった。そのことがちらりと頭にはよぎったが、だからこそ、暗くなる前に敵の全体像を掴んでおきたかった。


 警戒に当たっていたレベセスが現場に到着したのは、爆音が発生し煙が上がった数分後だった。

 城壁と建造物との間には環状線が走っており、馬車が余裕を持ってすれ違えるほどの道幅はあるのだが、背の高い城壁と、背の低い町並みの視覚的バランスだろうか、思ったより道幅は狭く感じられる。

 爆発当初その場所を担当していた兵士は十数名いたが、そのほとんどが死傷した。爆風で飛ばされ周囲の建物に叩き付けられる者、城壁に開いた穴から出現したであろう何かに切り倒される者。だが、侵入こそ許したものの、そこからの拡散は近衛隊の包囲によって押さえられたようだ。

 土煙が晴れていくに従って徐々に露になる人影。兵士たちは思わず息を呑んだ。

 髪型は様々だが、統一している青い頭髪。どこか病んでいるのではないかと思うほどに青白い肌。だが、病とは無縁そうな筋骨隆々とした体躯。大柄にして歴戦の勇者である近衛兵たちが見上げるほどの身長差は、周囲にそれ以上の力の差を感じさせる。そんな男たちが五名いる。だが、そんな男たちの表情からは、得も言われぬ悲しみが滲み出しているような気がした。

 二十人の近衛兵対五人の巨人。

 対峙した男たちは、既に蒼き男たちに気圧されていた。

「お前たちは巨人たちを包囲せよ。また死傷者の救助を。この地から逃がさなければいい。後は俺が何とかする」

 レベセスはそう叫ぶと蒼き男たちの前に立ちはだかる。

「貴様たち、何用だ? 城壁を破壊して立ち入ろうとする振る舞いは断じて許しがたい。即刻立ち去り、改めて大使を立て城門より再度謁見を申し出よ。この狼藉はそのときに改めて処分する」

 格式ばった警告を発してはみたものの、それに反応することをレベセスは期待していなかった。

 レベセス自身はガイガロス人の存在は伝承で聞いたことがある程度だった。だが、伝承どおりの容姿に、彼は男たちをガイガロス人と認識せずにはいられなかった。

 ガイガロス人は魔族。そんな伝承がある。圧倒的な膂力による高い戦闘能力と共に、怪しげな魔法を使う。その魔法がどのようなものかはわからないが、少なくとも魔法と伝承されるようなものだ。その効果は圧倒的なものだろう。そんな存在が五人もいる。

 どう戦うか。

 おそらく、現状では時間をかければ他の詰め所から兵士が集まってくるだろう。とはいえ、兵士が集まったところで、まともな戦闘はさせてもらえまい。軍の被害が増すだけだ。それに、ガイガロス人が五人で行動を起こすとも考えにくい。兵士たちをここに集約させ、手薄になったところから本体が攻めてくる可能性も否定できない。

「兵士は持ち場を離れるな。他の箇所からの侵入の可能性がある。城壁を破壊しての侵入もありうる。門以外の警護も怠るな」

 レベセスはすばやく指示を飛ばす。

 ガイガロス人の戦闘能力を早めに解析し、戦い方を兵士に伝えなければいけない。

「……まさか、伝説と対峙するとはな」

 レベセスは抜刀すると、もう一度警告を発した。その言葉は、蒼き男達全員ではなく、五人の中でのリーダーと思しき男に向かってのみ発せられた。それは、できることならば、ここでの戦闘を回避し、城壁の外に連れ出したいというレベセスの狙いと、あわよくば、彼らの機先を制することで彼らの戦意を喪失させ、この戦闘をこれ以上継続させないという狙いの二点から来ていた。

「このグループのリーダーとお見受けするが、この戦闘は必要か? 必要だというならこの剣にて応じよう。但し、聖なる刃は戦闘を欲する者には容赦はしない。どうだ?」

 小さく鋭く投げかけられた言葉に、五人の男の中でも、体が一回り小さく、少し年齢も経ている男が反応する。

「問答無用。我々は世界を取り戻す!」

 レベセスはその言葉を遮るかのように男の鳩尾に一撃を加えた。男は悶絶しながら前のめりに倒れそうになるが、歯を食いしばり倒れるのをこらえた。食いしばった口元から唾液と血液とが混じって地面に滴る。

 レベセスはそこで攻撃の手を緩めなかった。第二撃も男の鳩尾に一撃を加えると同時に、更に男を穴の外に蹴りだした。

「……!」

 蒼き男たちは、リーダーが倒されたことを知り、たじろぐどころかむしろいきり立ち始める。

 レベセスの戦闘に興奮したデイエンの兵士の輪が当初より小さくなり始めていたのにレベセスは気づき、慌てて包囲の輪を広げるように指示を出した。

 だが、蒼き刃はそれよりも早く兵士たちを屠る。

 悲鳴と共に腹から零れ落ちる内臓を押さえながら一人の兵士が地面に倒れこむと、さすがに包囲の輪は広がった。その後、隙を見て数名の兵士がその兵士を包囲の外に連れ出したものの、既にその兵士は絶命していた。

 兵士たちは思い出していた。隊長レベセスは、簡単に蒼き男を一人倒したが、それはレベセスのような圧倒的な戦闘能力を持っているからできることであり、普通の兵士ではそう簡単にはいかないことを。

 無論、レベセスであったとしても、聖剣の補助なしでガイガロス人を一蹴できるほどの戦闘能力はない。他の人間に気づかれないように聖剣を使い、ガイガロス人のリーダーを倒したに過ぎない。だが、若くして隊長になったレベセスが、歴戦の勇者たちを短期間で束ねるには、聖剣の力を使いつつも自分の力として誇示し、支持を得るしかなかったのだ。

「包囲は距離をうまく保ち、逃がさずに押さえ込め。一人ひとりは俺が何とかする!」

 レベセスは当時二十代半ば。実力もあり、隊長としての適性は十分にあった。だが、聖剣の勇者としての自らの強さは、自分を守るものとしては十分ではあったが、他者を守り続けながら戦うには適さないものだった。

 それを看破したのか、四人の蒼き男たちはばらばらに動き出す。それぞれの男たちがそれぞれの身だけを守ることを考え、個別に城を目指し始めたら、もはやレベセスに全員を止める術は無かった。四人のうち、二人は倒したが、一番若い二人のガイガロス人は町に放たれてしまった。

 もはや、レベセスは聖剣の力を隠して二人の蒼き男を追跡することはできなかった。命を取り留めた者には、負傷者を救護し、一度撤収する旨を伝え、自らは散り散りになって逃げた蒼き男を追い始めた。


 屋根を走るシェラガ、と突然足元にえもいわれぬ気配を感じ、屋根の上で立ち止まる。足元だと感じたが、正確には城壁の向こう側だった。人間とは違うザラリとした不愉快な気配。

「1、2、3、4、5。5人?」

 城壁のふもとにいたと思った五つの気配は一度城壁の上に登っていく。やがて城壁の上に五つの人影が現れた。日は大分暮れてきており、頭髪が青い事は確認できたが、表情や歳などは確認できなかった。

「……ガイガロス人……!」

 とっさにシェラガは身を低くする。身を隠すところは無かったが、薄暮の中では、屋根に身を寄せていればそう簡単には見つからない。

 五人の人影はシェラガに気づくことなく、周囲の様子を探り始める。彼らの足元の城壁のそばを二人組の兵士が見回りで歩いている。十メートル以上はありそうな城壁から、二人の男が兵士の後ろに無音で降り立ち、口を塞ぎながら喉を掻き切った。

 それは一瞬の出来事だった。

 兵士が悲鳴を上げようともがくが喉笛を切られているので声はほぼ出ない。ふしゅーっという聞きなれぬ音を立てながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 周囲の様子を確認し、誰にも見られていないことを確認する男達。男たちは人目のつかぬところに兵士の死体を置くと、更に周囲の様子を窺いながら、建物の影に移動した。

「五人のガイガロス人の侵入者か。とすると、あちらの爆発は陽動か。しかし、なぜガイガロス人はテキイセやデイエンを攻める? 絶滅したといわれて約三百年。その間何の動きも見せなかったのに……。地下に潜って力を貯めていたという割には、攻め方が随分穏やかだな。クーデターというよりは、暗殺だ……」

 五人のガイガロス人は、人目につかぬよう、徐々に城へと近づいていく。シェラガはその五人の男達に気づかれぬよう、屋根の上から追跡する。

 シェラガは追跡をしながらあることに気づく。

 この男たちの攻め方はあまりに丁寧だ。侵入などは、陽動がいらぬほどに穏やかに行われた。シェラガが研究室にいるときに起きたあの爆発は、ガイガロスの侵入と関係ないか、あるいは、目の前にいるガイガロス人のグループとは関係ないガイガロス人の仕業か。遷都を疎む貴族とガイガロスとが手を組んだ可能性もないとはいえないが、まず、ガイガロスが貴族と組むメリットが無いのと、ガイガロスの動きがラン=サイディールに限ったことではないことを考えると、少し考え難い。

 しばらく追跡をしていると、五人のガイガロス人の前に一人の大男が立ち塞がった。

 シェラガは思わず息を呑んだが、立ち塞がった男の頭髪も青く肌が青白い。しかも、この男には、一対の小さな角も生えていた。見まごう事なきガイガロス人だ。

「貴様、何をやっている!」

 五人で行動していたガイガロス人の一人が、突如現れた男を叱責している声が聞こえる。

「なぜあれほどの大騒ぎを起こさねばならんのだ! 王からは隠密に行動せよと指示があったはずだぞ!」

 小さいが鋭く発せられた男の言葉に対して、角の男はさして驚くそぶりも見せず声を殺すことも無く、悠然と言い放った。

「俺たちは、王のいう『世界を取り戻す』という目的には賛成だがな、それはセイケンとやらの力を借りずとも可能だろう。このまま一気に王都を攻め落としてやるさ。俺たちは最強の戦士族だぜ?」

 五人のガイガロスの戦士の前に現れたこの男が、あわよくば自分自身がこの国の王になってやろう、という乱暴な思いを持っている事は、これほど挑発的な表情で言葉を発している事で、シェラガにも容易に想像がつく。

 その言葉を残して男はそのまま走り去ろうとする。だが、男がそれ以上走り出すことは無かった。男たちと王城との間に男が立ちはだかったからだ。

 その男を彼はよく見慣れていた。

「まだいたのか。いったい何人でガイガロスは攻めてきているんだ?」

 男はそのまま手にした剣を構え、戦闘体制に移行する。

「お前たちの目的は何だ? なぜ王都を攻める? しかるべき指導者はいないのか? かつて古代帝国を守護した戦士ガイガロス人は話し合いすら持たれない蛮族なのか?」

 レベセスの言葉には、挑発して話し合いに応じさせようという意図が含まれていたが、その意図に過剰に反応してきたのが五人組のガイガロス人のリーダーらしき男だった。

 こちらのグループのリーダーはメンバーの中でも体が一際大きく、血気盛んなやり手のリーダーという雰囲気だったが、その彼をして、目の前にいる若者の暴走は止めなければならないという使命感を持ったのだろう。

「わが王は話し合いには応じない。王は何度も人間どもと話し合いの機会を持とうとした。だが、人間どもはその話し合いを悉く拒絶した。いまさら話し合うことは何もな……」

 リーダーのガイガロス人は、突然懐に飛び込んできたガイガロス人の若者に喉笛を掻き切られ、ヒューヒュー言葉にならない激しい息遣いのまま、喉をかきむしるようにしながら、白目を剥いて倒れた。

 驚いたのはガイガロス人の男たちだ。まさか、自分たちのリーダーが、仲間に倒されるとは少しも思っていなかったからだ。だが、本当に瞠目するのはこれからだった。最強の戦士族を語るガイガロスの若者は、自分の属するのとは別のグループのリーダーを倒した凶刃をそのまま残りのメンバーに向けたからだ。

 一番小柄な……といっても、レベセスやシェラガよりは長身である……ガイガロス人への一撃は、彼の剣での防御によって防がれたが、残りの三人は次々と凶刃に倒れていく。

「こいつら、同士討ちを始めやがった!」

 レベセスは腰から聖剣を抜き放つと、暴挙に出始めた大柄なガイガロス人に向かって攻撃を仕掛ける。だが、その攻撃は横からの小柄なガイガロス人の一撃によって中断せざるを得なかった。

「貴様、同士討ちをする男を庇うのか!」

 鍔迫り合いの最中、レベセスと仲間を殺されたガイガロス人のどちらを狙ったのか、あるいは両方を狙った暴走する若者の大剣の一撃が薙ぐようにして放たれた。レベセスは相手の剣を上に押し上げる要領で屈みこみ、大剣の一撃の軌道を避けた。小柄なガイガロス人も、そのレベセスの動作をうまく使い、レベセスの刃に自分の刃で乗り上げるような格好を作りつつ、跳躍した。

「ちいっ、二匹ともかわしやがったか。ちょろちょろしやがって。一匹ずつ確実に始末してやる」

 その言葉は、小柄なガイガロス人の表情を大きく曇らせた。

 自分はあの男にとって味方じゃなかったのか? 自分もその刃の餌食になってしまうのか?

 その心の動きを読んだレベセスは、小柄なガイガロス人の男に声を掛ける。

「奴はお前のことなど仲間だとはこれっぽっちも思っていない。奴は危険だ。俺は全力で奴を排除する。もし、仲間を倒されたことに納得行かなければその後果し合いには応じる」

 小柄なガイガロス人は頷くでもなく、その場に立ち尽くしていた。

 レベセスは聖剣を発動させた。刀身がうっすらと光を帯び、その光がレベセスの体を膜のように覆い尽した。

 気合一閃、レベセスは大柄なガイガロス人に切りかかる。だが、ガイガロス人はその体躯からは想像もつかぬ速度でレベセスの剣をかわし、そのまま小柄なガイガロス人に切りかかった。

「何ッ!? 奴は俺より同士討ちを優先させるというのか!?」

 レベセスの感覚では、大柄のガイガロス人は、確かに乱暴で敵味方問わず自分の目的を邪魔するものは排除する、という傾倒した考えの持ち主ではあるが、敵と味方が離れたとき、どちらを攻撃するかといえば、当然敵であるレベセスのはずだった。

 ところが、この男はもはやそのような感覚も欠如しているようだった。茫然自失の味方も、いずれ倒すなら今のうちに倒しておこう、という考えなのだろうか。

「ガガロ、お前からまず死ねぇっ!!」

 大柄の男は、右肩に背負うように大剣を構えると、袈裟懸けに振り下ろした。

 着地後すぐに切り返し、大柄のガイガロス人を追うレベセス。だが、聖剣の力を使ったレベセスであったとしても、ガイガロス人に追いつくことはできたとしても、その斬撃を防ぐ方法は無かったに違いなかった。

 だが、その斬撃はガガロと呼ばれたガイガロス人に直撃することは無かった。大剣は二つにたたき折られ、切っ先は大地に音を立てて刺さった。

 不敵な笑みを浮かべた大柄なガイガロス人の顔から表情が消え、その直後、苦悶の表情に変わっていく。

 シェラガは、居ても立ってもいられなかった。

 正直なところ、デイエンがガイガロス人に占拠されようが、王がガイガロス人になろうが、彼がやろうとすることの大勢に影響はない。ガイガロス人に対する差別も偏見も無いシェラガだ。そのほうがひょっとするといい社会になるかもしれない、とまで思っていた。

 だから、今回のガイガロス人が望んだとされるクーデターについても、加担はしないまでも邪魔もするつもりは無かった。むしろ、伝説とまで言われた爬虫人類ガイガロス人(この表現をガガロにしたら、烈火のごとく怒られたそうだが)をこの目で見ることができて、満足ですらあった。

 だが、私利私欲のために味方すら欺き、むしろ率先して殺そうとする輩を、彼は見逃すこともできず、抵抗できずに立ち尽くす者をただ漠然と斬らせることも、彼は由としなかった。

 その結果が、大柄なガイガロス人、ギドスの大剣を切断することだった。

 三階建ての建物の上に隠れていたシェラガは、聖剣の力を全開にし、全力でギドスに飛び掛り、ギドスの軌道の斜め左前から干渉、振り下ろされる大剣の刃を掬い上げるように切り上げ、そのままガガロを抱きかかえ、ギドスの軌道を駆け抜けた。

 その直後にギドスの右後方から放たれたレベセスの斬撃は、ギドスを袈裟懸けに切り下げていた。ギドスは背から大量の青い血を溢れさせ、大地に倒れこむとそのまま絶命した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ