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界遊記外伝 ~ ファルガの父 ~  作者: かえで
滅びゆく権力からの復讐

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36/39

別れ

なんか、描いていて悲しくなってきました。

もうちょっとフアルは救われなかったのか。

けどなあ……。

加筆修正があってもご容赦ください。

 ある者は、激しく頭を殴られたような気がした。

 またある者は、遠くに爆発音を聞いたような気がした。

 別の者は、瞬間的に光の柱が立ち上がったのを見た気がした。

 耳鳴りを覚えた者もいれば、激しい目眩を感じた者もいた。

 大地の奥底から地鳴りのような震えを感じた者もいる。

 誰もが何かを感じた。だが、受けた衝撃は、人によって全く違った。

 誰に聞いても、ひとりとして同じ答えは帰ってこなかっただろう。

 世界中の人間が覚えた感覚は、確かにそこに存在する。だが、誰しもが全く別なプレッシャーとしてほんの一瞬だけ、感じたのだった。

 作業場で、灼熱の鋼鉄をハンマーで打ち続けていたズエブは、その鎚を振り上げたその瞬間、柄を握るその手が突然痺れ、ハンマーを背後に取り落とした。

 台所で皿を洗っていたミラノは、家中の窓ガラスを全て同時に叩かれたような気がして、思わず皿を洗う手を止めた。

 世界中の人間の中で、唯一『黄金の鬼子』だけが、その衝撃を感じることはなかった。世界が感じた衝撃の瞬間、彼女は自分に与えられた部屋で、寝床からゆっくりと上半身を起こす。

 全身汗でびっしょりと濡れていた。透き通るような白い肌には少し疲れが見え、目の下にはうっすらと隈が出来ていた。やつれている印象は否めない。だが、そんな様子であっても、彼女の口元には満足そうな笑みが浮かんでいた。

 誰も手伝ってくれない。手伝えるはずもない。フアルの四百年に及ぶ長い人生の中で、初めての経験。いや、哺乳類人、爬虫類人を含めた人類で初の体験。

 それを彼女はやりきった。満足そうな表情、というのは間違いかも知れない。ただ、慈しむ眼差しを、己の体を横たえていたベッドの掛け布団の中にしばし向けた。

 少し足元がおぼつかない。だが、無理もないだろう。彼女は全てをそこに残す。

 後は、彼の待つところに赴き、その生を全うするだけだ。

 彼は戦っている。おそらく、彼は自分がこれからそこに向かうであろうことを知らないはずだ。


 深夜。

 皆が寝静まった時間帯を見計らって、玄関からふらりと表に出たフアルは、名残惜しそうに己が生活していた部屋を振り返った。

 子を置き立ち去る母の心によぎる感情はなんだろうか。子への謝罪の言葉か。それとも、母が長い間持ち続けてきた呪縛からの解放を祝う念か。

 彼女は、ズエブを父とし、ミラノを母とし、父と母の愛情を受けて育ってほしい、と切に願わざるを得なかった。

 シェラガが父、フアルが母であることを知らずとも、子が幸せに育つことはできる。幸せに生きていくことはできる。

 生みの親がいなくても、子は幸せになれるはずだ。そうであってほしい。

 そもそも、生みの親が育てることで幸せになれる保証がどこにある。

 世の中には、実の親に虐待され、死んでいく子だっている。

 自分が育てるより、もっと親に相応しい者たちを知っているではないか。

 彼らに頼ればいい。彼等からいろいろ学び、考え、悩み、彼らを越えてゆけ。

 友を作れ。共に悩み、喜び、悲しみ、歩んで行ってくれる友を。長い人生となるかもしれない。気が遠くなるほどの長い人生。全ての時間、同じ友をとは言わない。だが、常に共にいられる仲間を得よ。

 伴侶を持て。己と同じ方に歩みつつ、背を預けられる伴侶を。そして、願わくは子を持ち、親となってほしい。親となった時には、自分の知らぬ、今までとはまた違う世界を見ることが出来るだろう。

 自分たちが出来なかったこと。それを託す気はないが、自分たちが知らない楽しみもあるはずだ。それを体験してほしい。

 もう、これからは、自分はこの子にとって不要。さらば、愛しきわが子よ……。

 ……。

 ……。

 フアルは後ろ髪を引かれつつも、次に己のやるべき事のために旅立った。


 翌朝、珍しく起きてこないフアルを心配し、部屋の様子を見に行ったミラノだったが、フアルの寝室の扉越しに昨日感じたプレッシャーを感じ、思わず扉を開けるのを躊躇った。既に食事を終え、作業場に向かおうとするズエブを呼ぶ。

 作業着に着替えて、小屋の外へと歩みを進めた直後のズエブだったが、何事かと若干煩わしそうな表情を浮かべながら、ミラノの元を訪れる。

 だが、不安そうなミラノの表情に気づくと、表情を引き締めた。扉越しに感じるプレッシャーは、彼が昨日ハンマーを取り落とした時のものと同じものだ。

 だが、そこに悪意はない。忌むべき印象のないその強い力は、扉が隔てたその空間に間違いなく存在している。

 ズエブは扉をノックする。当然、反応はない。ゆっくりと扉を押し開くズエブ。ゆっくりと室内に入っていった。ミラノもそれに続く。

 部屋に入ってすぐ、フアルが使っていたベッドに視線が移る。毛布の中に、その力の根源を感じる。毛布を透かして漏れ出る光は、中の物が強烈な輝きを放っているように見えた。ゆっくりと歩みを進めるズエブ。と、毛布のそばに封筒があった。封筒の中には鍵と一枚の手紙が。

 かつての最強の海賊は、無言でそれを手に取り、目を通した。やがて、表情を変えずにミラノに渡すと、彼はゆっくりと毛布に手をかけた。毛布の中に何かあるような盛り上がりはなかったが、毛布を持ち上げてみると、強く光り輝く、握りこぶし大の球体がそこにあった。

「……これが、彼女の子……?」

 手紙を読み終えたフアルは、光の球体と難しそうな表情を崩さないズエブの顔を見比べながら呟いた。

 ズエブは、その球体から目を離さず、ポツリと呟いた。

「昔、シェラガが言っていたのを思い出した。

 ガイガロス人が、この世界で最強と言われるのは、個体の強さではない、と。

 状況に応じた方法を用いて、確実に子孫を残し、結果的に数を減らさずに種を維持できるからだ、と。個ではなく、種の強さ。それが真の生物としての強さ」

 ズエブの言葉の趣旨が最初理解できず、もう一度光の球体と手紙、そしてズエブの顔を見比べるミラノ。

 自分にはシェラガという男はわからないところも多い。しかし、たまにこのズエブという男もわからないことを言うことがある。

「……ガイガロス人が出産方法を決めるのは、母体にかかるストレスだそうだ。もし、常に敵に襲われそうな状態が続き、ある程度の緊張感を維持しなければならない場合、母体は子を腹に宿したまま成長させる。

 いわゆる胎生だ。

 だが、真にその場所で安らぎを得ていた場合、ガイガロス人は卵生を選ぶ。選ぶというより、本能がそうさせるそうだ。唯一のリスクである母体の生命の危険すらも排除した状態で、子を安全に世に送り出すために」

 ミラノははっとした。

 シェラガがわざわざここにフアルを連れてきた理由。それは、彼自身がズエブとミラノの下での生活を、真に安全だと思ってくれていたこと。そして、フアルも実際にそう感じてくれていたということが、この光の卵でも裏付けられた。

 結果的に、当初のフアルの懐妊はシェラガの勘違いであった。だが、それが現実となった時、事態はシェラガの思っていた通りとなった。

「……シェラガは、フアルの患った病に気づいていたのかしら」

「真相はわからん。だが、奴のことだ。フアルの病の事も、今遺跡で起きている事も、全て折り込み済の行動のような気がする。もっとも、それが意図されたものかどうかもわからんが」

「……なるべくしてなったということ?」

「この世界には不思議な力がある。本人の意図する、しないに拘らず、力を持った者は結果的に世界に影響を及ぼすような行動を取ってしまうものだ。

 悪が蔓延ると、その悪を滅する存在が現れる。人が乱れるとそれを正さんとする存在が現れる。それと同じく、世の中が安定した時、それを乱そうとする者が現れる。世界を滅ぼそうとする者が現れる。その滅する目的が、絶滅を求める物か、世界の再構成を求める者なのかは兎も角としてな。

 力のある者は、何らかの形で『それ』に関わるように事態が動いていくのだから、面白いものだ」

 絞り出すようなズエブの言葉も、ミラノには余り届いていないようだ。

 だが、それも無理ないことなのかもしれない。

 彼女にとって、あまり世界の趨勢は関係ない。どちらかというと、自分の周りの人間が幸せであればよいのだ。勿論、世界が壊れるのが現実のものとなった時はそういってもいられないだろうが、現実にそれを目の当たりにしていない以上、どこかで世界を崩壊させようとしている者と、それを阻止しようとしている者の存在など感じられるはずもない。

 そんなことよりも、彼女の心を痛めたのは、最後まで世界に翻弄され続けたフアルの事だった。

 『黄金の鬼子』として忌み嫌われ、本当の自分を隠し続けてきた少女は、いつしか人間という存在にも裏切られ続け、完全に己を殺した状態で四百年という長い月日を耐え忍び生き抜いてきた。

 そんな彼女がやっと手に入れた幸せも、いとも簡単に二手に分断されてしまった。結果、自分の夫に自分の子を抱かせてやれない。自分も、己の子を抱くことができない。それどころか、自分の子が生まれてくるのを見守ることすらできない。

 世の中の全ての事象は、彼女を悲しませる為だけに存在し続ける。そんな印象すら覚える。

 だが、それでも、彼女はここを『幸せの地』だと思ってくれた。言葉だけではなく心から……。

 そんなフアルの人生が、悲しくて、やるせなくて、ミラノは涙した。

 悲しむことは胎教によくない。そんなことはわかっている。

 だが、それを我慢することはもっと体に悪い気がした。

 ミラノはゆっくりと光の卵を両手で掬いあげるように手にすると、慈しむようにやさしく包み込んだ。

「……こんなものなくとも、絶対にこの子は育て上げて見せる。安心して、フアル……」

 封筒に入っていたのは、フアルが初めて働いた食事処で稼いだ金を納めた金庫のカギだった。何かの時に使ってほしいととっておいた金。

 フアルが、結果的にこのような事態になる事を予想していたかといえば、答えは恐らく否だろう。だが、結果的に、フアルの行動はこれから生まれてくる己の子を守る為の物となった。これも、ズエブの言う所の、力のある者が世界に影響を及ぼす行動をしてしまう、という事なのだろうか。

 ミラノは、この金を使わないだろう。やがて生まれてくるであろう、少年ファルガの為以外には。

 圧倒的な力で圧縮されたエネルギーの塊は、外敵を退ける卵の殻として機能し、ファルガを守り続ける。それは、少年の母が少年に唯一渡すことのできた母の愛だった。

 ズエブは小屋の外に走り出た。

 玄関から数歩離れた所から、血痕が点々と続いている。恐らく、フアルが玄関の先で吐血したのだろう。

 シェラガが見立てたとおり、フアルの胸は病に侵されていた。

 シェラガが見た遠い夢。そのフアルは微笑んでいたが、同時に胸に黒い何かを抱き続けていた。

 深夜の乾杯の時、ズエブはそう聞いた。

 シェラガは何も知らぬままここを旅立った。だが、恐らく知らぬとも察していたに違いない。今となっては、ズエブにはそうとしか思えなかった。

 点々と続く血痕は、数歩進んだところで、緋から蒼へと変わる。そこから更に数歩進んだところで、彼女は跳躍したのだろう。命の燃え尽きる直前、呪われし『黄金の鬼子』は、ガイガロスの力を全てコントロールしたに違いなかった。

すみません、どんどん遅筆になっております。

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