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界遊記外伝 ~ ファルガの父 ~  作者: かえで
滅びゆく権力からの復讐

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集う四聖剣4

年越してしまいました。すみません。

 赤黒い悪意の爆風が、高速で飛行するシェラガに直撃する。眼前に迫り来る黒い靄は、形がないにも関わらず、通過するものを激しく殴打し、削剥し、穿刺する。

 悪意が対象を精神的に攻撃することはままあるものだが、物理的にも対象を攻撃し、目に見える形のダメージを残すということは、そうある話ではない。

 人知を超えた恨み辛みの留まる地には、鳥や動物も近づかぬというが、カルミアの持つ漠然としたこの世の中に対する恨みというものが筆舌に尽くしがたいという意味では、人知を超えたそれと同義であると言えるだろう。


 あくまで伝承の域を出ないが、カルミア=サイディール姫の生い立ちも、それほどに過酷な物であったとされる。

 カルミア=サイディールは、祖父にトリカ=サイディールという、王家の血を引く貴族でありながら、同時に稀代の考古学者の顔と世界的に有名なバイオリン奏者の顔を持つ、多才な男の孫としてこの世に生を受けるが、父はいないとされた。

 母はトリカ=サイディールの愛娘、ダチュラ=サイディール。

 彼女は、禁じられた愛の結果、子を宿したとされた。しかしながら実際のところは、王の実弟であり王女の後見人ともなっている宰相ベニーバ=サイディールの実子、リャニップ=サイディールの子を孕んだようだ。

 しかも、近親の愛の結果などというものではなく、リャニップの肥大した肉欲により、ダチュラはほぼ誘拐に近い形で略取され、監禁拷問の一環で興奮したリャニップに何度も強姦された結果の妊娠である。更に、ほぼ毎日のように虐待を繰り返され、その行為の結果、ダチュラはカルミアを腹に宿しながら、彼女の精神は完全に破壊されてしまった。

 あと数日で死亡し、遺体も遺棄されようとされていたところで、リャニップの気まぐれで手厚く保護された上で解放され、美しいドレスを身に纏わされ、トリカの屋敷の前に豪華な馬車で送り届けられた。リャニップは、父ベニーバの根回しにより、誘拐されたダチュラを助け出した果敢な勇者として世間から賞賛されたが、実際にダチュラが屋敷に戻った時の様子はといえば、焦点の定まらぬ眼差しに口元はだらしなく笑みが浮かび、涎が滴っていたという。また、馬車から屋敷までの短い距離の間ではあったが、彼女の纏う美しいドレスが地を擦ったあとは、彼女が垂れ流したとされる糞尿が引き伸ばされ、彼女の歩行の軌跡となったという。実際の所、その場面を目の当たりにした者はごく少数だったが、証言を合わせる限りでは、自立歩行もおぼつかなかったとされるが、先述のリャニップの所業が事実ならば無理もない事だろう。

 戻った後のダチュラは、決して正気を取り戻すことはなかった。装飾こそ豪華な部屋が新しく彼女の部屋として準備されたものの、そこから彼女が出ることは叶わなかった。ごく一部の口の堅い人間のみが彼女の世話を任され、情報の漏洩の内容に務められたとされたが、人の口に戸は立てられない。その内、奇跡の帰還を歓迎していた国民にも、ダチュラの実際の様子が当たらずとも遠からずの内容で伝わり始め、それと同時にダチュラ懐妊の噂も流れ始めた。

 トリカは極力情報の漏洩に努め、ダチュラを世話した者には多額の恩賞を与え、ダチュラの評判を落としたと噂された者に対しては暗の排除も行なった。だが、事態は軽減することはあれど、収束に向かうことはありえなかった。

 そんなある日、ふと正気に戻ったダチュラは、トリカに会いたいと控えの者に告げる。トリカは喜んで彼女の部屋に会いにいく。流石にまだ部屋から出ることは許されなかったが、トリカは彼女の部屋でダチュラと面会を果たし、二人は抱き合って喜び合った。だが、そこまでだった。抱き合った拍子に、トリカの持つ短剣を奪い取ったダチュラは、自らの喉に短剣を突き立てた。

 鮮血とともに彼女は倒れたが、彼女の不幸はすぐには終わらなかった。但し、彼女はそこから意識が戻ることなく、数時間後にカルミアを産み、絶命した。

 トリカはダチュラの死を告げられ、同時にカルミアの誕生を告げられたが、当初カルミアを正視することができなかった。

 近親の強姦により受精し、体内で育っている間、母体がこの世のものとは思えぬ拷問による苦痛を感じ続け、母の死を胎内で感じつつこの世に生を受けた。

 とてもではないが人の心を持った存在が生まれ落ちたとも思えないし、そもそも人の形をしているとも思えなかった。文字通り、魔物が生まれてきても誰も不思議に思わなかっただろう。もしトリカが見て、人ならざるものがそこにいたならば、トリカは躊躇なく血を絶っただろう。

 だが、『おくるみ』の中の赤子は、生まれたばかりのダチュラそのものだった。母に向けられた悪意と欲望は、母が全て濾過し、彼女の命を賭して子に伝えず、愛情のみを彼女に注いだ。そんな想像をさせる容姿だった。

 少しして微笑むようになったカルミアは、母体の恐るべき記憶を全く受け継いでいない。そんな印象をトリカは受けた。だからこそ、トリカは彼女を自分の娘以上に愛し、慈しんだ。

 カルミアは、祖父を初めとする屋敷の住人に、本当に愛されて育った。トリカはカルミアの存在をベニーバやリャニップに伝えることはなかった。カルミアの父がリャニップであること、そして彼女の母親はリャニップに凌辱され殺されたことを、カルミアが知る事に全くの利点を見出せなかったからだ。

 それが功を奏し、カルミアは今までその事実を知る事はない。だが、母体の中で感じた母の恐怖と苦痛、絶望が全く彼女の身体に影響を及ぼしていない筈もなかった。

 彼女の幸せは五年間だけだった。

 王女カルミアは、五歳の時に突然発症した謎の病に侵される。

 最初は夜にうなされるだけだった。だが、昼寝の時間にもうなされるようになっていく。五歳という年齢は、基本的な情報のやり取りはできるが、細かいニュアンスを伝えることはなかなか難しい。それゆえ症状はわからなかったが、日毎に痩せ衰えていくカルミアを見て、トリカは国中の医者を集めた。なんとしてもカルミアを、愛娘ダチュラが残した孫を守りたかった。

 一時はリャニップと刺し違えても良いと考えていたトリカだったが、カルミアを見るたびに、研ぎ続けていた牙が抜け落ち、怒りから悲しみへと変遷していくのを感じていた。同時に、自暴自棄になりそうな己の心に鞭を打ち、そのカルミアから愛を受け取れるようになっている事も感じていた。彼に悲しみを思い出させるカルミアから、愛を与えられていたのは、皮肉以外の何者でもあるまい。

 だが、彼の祈りは届かなかった。六歳になったある日、少女は大きく仰け反るように痙攣したのち、絶命した。彼女が感じていた苦しみは幾何のものだったろうか。

 トリカは、禁術を行う事にした。試す、などというレベルではない。古今例がない術式であったにも拘わらず、ほぼ確信をもって彼は執り行った。それは、彼が古代帝国の遺跡より発掘した古代兵器の一つ、身体能力を高める指輪を使う技術だった。

 長年の彼の研究により、指輪の働きはわかっていた。

 今でこそシェラガ達が会話で普通に使う『氣』。これは、彼ら人間が生命活動を行うにあたっての根本的な力、所謂生命エネルギーと呼ばれる代物だが、これを体内の様々な臓器は使用している。

 氣を各臓器が媒体とし、取得した食物などの外的エネルギーを自分たちが用いることのできるエネルギーに変換し、新陳代謝などの生命活動を維持している事を、指輪を研究する過程で突き止めていたトリカ。彼は、己の生命エネルギーを指輪に流し込み、そのエネルギーが倍増されてトリカ自身に戻る前に、指輪をカルミアの体内に入れ、戻った生命エネルギーがカルミアの生命活動を再起動させ、継続するように仕向けたのだ。

 指輪は、心臓と脳に埋め込まれた。その後、第二期の術式で、各手足に一つずつ埋め込まれた。

 その結果、カルミアは蘇った。奇しくも、トリカの支配する地区で執り行われた葬儀の後だった。

 この時、トリカを初めとする秘密を知る数名の人間は、カルミアの復活を術式の成功として喜んでいた。だが、一つだけ失敗があった。それは、カルミアの体内に入れた指輪は、脳に入れた物以外は、トリカが古代帝国から出土した物を真似て作った物だという事だった。古代帝国製の指輪は、隠語で『青』と呼ばれる。それに対し、トリカの作った物は『赤』と呼ばれた。赤の方が効果は大きい反面、リバウンドと呼ばれる障害も大きかった。今回カルミアの心臓内に入った赤は、心臓しか持ちえない酵素を常時欲することになる。その酵素を持つ心臓を摂取する以外、彼女の体力は回復しえないという特殊な体になってしまった。失敗に気付いたトリカは、心臓内の指輪を取り換えようとしたが、既に体の一部としてカルミアの心臓と同化してしまった指輪を排除する事は出来なかった。

 トリカは、カルミアを生かし続けるために、心臓を集める努力を始めた……。


 シェラガに向かって放たれた、物理的に害をなす靄は、彼などそこにいないとでも言うように、彼になんの影響を与えることなくすり抜けていった。

 それはシェラガの遥か後方を飛行するレベセスにも直撃した。正面から悪意が迫り来ることを感じ取ったレベセスは、その衝撃波に巻き込まれぬよう、最低空飛行を試みた。文字通り、鼻面が地面に擦るか擦らないかというレベルの低空飛行だ。その結果、彼もほぼ影響を受けずに、赤黒い衝撃波をやり過ごすことが出来た。

 二人の聖剣の勇者は、飛行する場所こそ別であったが、変わり果てた姿になったカルミアの生命の危機を感じていた。




 殺意を抱いた聖剣の勇者は、赤黒い光の玉に再度攻撃を仕掛ける。だが、接近して驚いたことは、先程切り裂いたはずの光の玉は見事に復活しており、その光の強さと悪意とが全く衰えていない事だった。

 倒すのは困難。だが、倒し方は判明している。

 光の玉を割り、中の女を切る。

 普通の剣では赤黒い光の玉は割れまい。刃が光に近づいたが最後、刃が砕け散るか錆び落ちるかだ。そして、光の玉が割れた所で、女に刃が立つとも思えない。普通の武器ではとてもではないが傷をつけることすら叶わないだろう。

 だが、緋の眼を持つ爬虫類人は、神が造ったと言われる聖剣を二振り持っている。幾ら途轍もない悪意を持っている存在でも、元は人間だろう。聖剣で倒せない事の方が想像しづらい。

 だが、自身もまた生身の人間。爬虫類人ではあるが。

 その生身の人間である自分が、これほどの強力な悪意に充てられて、平常心を保っていられるとも思えなかった。

 なるようになる。後は、勝手に事態は転がっていくだろう。

 この悪意の光の玉を斬り裂けば、再度あの爆発が起こるだろう。だが、その爆発の前に一瞬ある間で、女の首を刎ねれば、倒すことはできるだろう。後は、爆発が全て片づけてくれる。

 そう。

 呪われたこの俺の人生も。

 だが、まあ、悪くはなかったな。思い通りにはならなかったが、志半ば、という物は一つもなかった。全て見届けてきた。ガイガロスの栄枯盛衰。王の熱望とその顛末。そして、真の王の姫。

 後、二撃で終わる。

 ガガロは、再度襲ってきた赤黒い光の矢を『刃殺し』で弾きながら、一気に光の玉へと肉迫する。

 光の矢を弾き飛ばした『刃殺し』は、そのまま光の玉を割る。今度は斬り裂くだけではなく、第二撃が確実に差し込めるように、光の玉の圧縮された憎悪のエネルギー膜をくり抜くように。

 第二撃は突きとして放たれた。蝋人形のような女の首の左側部に突き立てられ、そのまま遠心力で女の首を刎ねるために。

 だが、彼の思い描いていた斬撃は、『死神の剣』による第二撃の直前までしか実現しなかった。彼の鋭い突きは別の方向から打ち出された剣によって阻止されたからだ。

「また邪魔をするのか! お前は何度、俺の望みを打ち破れば気が済むのか……」

 彼の鋭い突きを払いのけた剣には、見覚えがある。そして、その剣を扱う者の顔も。

「……シェラガッ!」

 弾き飛ばされた『死神の剣』の斬撃のエネルギーを、そのまま割り込んできた者に叩き付けるガガロだったが、その斬撃も、見事にシェラガは受け流す。

 だが、さらに驚いたのは、先程ガガロが切りつけた際に爆発した赤黒い光の玉のエネルギーが、再度膨張しようとしたその瞬間、それはシェラガの体の中に飛び込んでいったように見えた。

「爆発しない……?」

 ガガロは一度シェラガとカルミアから距離を取った。今度は、彼の意志として。一体カルミアとシェラガの間に何が起きたのか、それを見極めたかったのだ。

 カルミアは、相変わらず自失状態でガガロを攻め立てる。だが、その光の矢は全てシェラガによって撃ち落とされ、吸収された。

 ガガロは、右手の死神の剣と左手の刃殺しを、まるで舞い踊るように使いこなし、シェラガを避け、カルミアである光の玉を攻撃しようとするが、その二閃も全てシェラガによって阻止される。

 少し遅れてきたレベセスも、カルミアを守るべくガガロと戦闘状態に陥るが、今度はガガロを倒そうとする斬撃も、シェラガによって阻止される。

 驚くべき状況となった。

 赤黒い悪意の光の玉は、シェラガとガガロとレベセスの消滅を狙う。

 残されしガイガロスの蒼き戦士は、カルミアとカルミアの纏う赤黒い光の膜を抹殺しようとし、それを邪魔するシェラガとレベセスの排除も意図した攻撃を仕掛ける。

 遅れてきた戦士レベセスは、忘我の少女を守る為、以前に比べて遥かに強さを増したガガロを倒そうと剣を振るう。

 そして、神の身体を持つ聖剣の勇者は、それら三者の攻撃を全て一手に引き受け、全て聖剣とその体とを使って完封していた。恐るべきはそのスタミナか。三者が全て世界を掌中に収めることが出来るほどの強さを持っているそれぞれの全力の攻撃を全て受け止め、往なし、吸収するのだが、その額に汗が浮かぶことはない。

「シェラガ、貴様何がしたい!」

 怒鳴るレベセスに対して、シェラガは笑いながら言った。

「俺は、みんな幸せになってほしいんだよ。今、ここで斬りあって誰かが傷つけば、それだけで俺は悲しい。カルミアだって、好きでこうなっている訳じゃないしな」

 ガガロからすれば、シェラガのこの発言は、ルイテウの時以上に彼の逆鱗に触れた筈だった。

 自分が幸せになるには、シェラガ、貴様がいなくなることだ。

 そう思ったこともあった。だが、不思議とガガロは二本の聖剣を使い続けることで、不思議な安寧を実感していた。何か自分を包む、自暴自棄にも似た感情が、徐々に薄らいでいるのを感じていた。

 その妙な安らぎは、レベセスの中にもあった。こうしていると、カルミアの事態がこれ以上悪くなるようには思えなかった。だが、それはあくまで本能的な直観に過ぎず、理性的に考えてみると、この状況は誰にとってもプラスになるとは思えなかったのだが。

 勇者と死神、光の龍と破壊の刃の、歴史には記されることのない激しい戦闘は、周囲にも影響を与え始めていた。周囲には地割れが発生し、巨大なエネルギー同士のぶつかり合いは、衝撃波と放電現象を巻き起こし、周囲にいかなる生物をも近づけなかった。

 戦闘場所から少し離れた所に、リザードマンの集落があったとされるが、何の躊躇もなくリザードマンたちはその集落を放棄したとされる。また、古代帝国の培養槽の技術で蘇った幾多の古代生物たちも、平穏な地であったこの場を捨て、更に遺跡深部へと移動していった。あの、暴君竜と呼ばれた最強の肉食恐竜たちですら。

 周囲に与える影響は物理的な物だけではなかった。

 赤黒い光の玉から撒き散らされる悪意は、周囲に生存し、逃げ遅れた生物たちを狂わせ、同志討ちをさせた。また、病に臥せっていた生物はその病を急激に悪化させ、死に至る事案も無数にあったとされる。

 だが、シェラガが赤黒い憎悪を一度体に取り込むことを始めてからは、そのような事案は急激に減った。

 星辰体を持つ聖剣の勇者は、周囲にまき散らされる全ての憎悪を中和し続けた。

 シェラガは、ガガロとレベセスを大きく蹴り飛ばした。それは攻撃をしたというよりは、自身の元から大きく距離を取らせるために。

 ガガロは空中で反転し、シェラガを睨みつける。剣で斬る余裕がありながら、敢えてダメージの少ない蹴りでの攻撃。そして、ガガロに致命傷を与えない配慮。単純に距離を取らせるためだけの攻撃。それがガガロの怒りを倍増させたが、同時に、ガガロの戦闘意欲を萎えさせた。

 地面に放り出されたレベセスも、一度地面に左手を押し付けることで体勢を整えて着地する。だが、その蹴りの威力は、レベセスを再度戦闘に参加させる気力を維持させるのには若干強すぎた。レベセスはその切れ長の目に憎悪にも似た強い思いを込め、シェラガを見据えた。

「悪いな。お前らは、まだ話せばわかってもらえる。だが、こいつは話が通じない。こいつは最初に助けなきゃいけないんだよ。少し時間をくれないか。聖剣も四本揃ったことだし、なんかうまくいきそうな気がする」

 シェラガはそういうと、剣を鞘に納め、それをレベセスに投げ渡した。

「な、なにを!?」

 突然の戦闘放棄とも解せるシェラガの所作に、ガガロとレベセスは思わず目を剥く。

 シェラガは、無数の光の矢から光の帯に変わったカルミアの攻撃をその身にあえて受けることを選んだ。だが、シェラガの表情は苦悶には変わらない。ゆっくりと近づいていくシェラガは、ついにカルミアの身体を抱きしめた。赤黒い光は、全てシェラガに吸い取られていく。悪意の力は途轍もない筈だ。無尽蔵に湧き出る赤黒い呪いの力は、周囲に破壊をもたらしているはずだった。だが、シェラガがカルミアを抱きしめた瞬間、カルミアの赤黒い光の玉は消え、カルミアを覆う灰色の蝋も徐々に薄くなり、消えた。

「な……何が起きている?」

 呆然とシェラガを見つめる二人。

 突然、シェラガの周りに赤黒い爆発が連続して起こる。非常に小さい爆発だった。だが、その爆発の色が徐々に青白く変わった。

「うーん、思ったより時間がかかりそうだ。今、カルミアの身体から発せられている悪意の光を一度星辰体で濾過し、無害なエネルギーに変えているんだが、バランスが難しい」

 まるで、角材の削り角の大きさを調整する職人のように、難しそうな表情で呟くシェラガだったが、凡そ現状の世界の破滅か否かの瀬戸際で戦っている人間のようには感じられなかった。

「よし、これだ!」

 鋭く小さく呟くシェラガ。その次の瞬間、彼の身体から出る炎が球体となり、色が安定してきた。その光は徐々に強くなり、眩く輝いた瞬間、個体の球体が出来上がった。

「今まで、カルミアもすごくつらい思いをしてきたみたいだ。カルミアの力は大きいが、それを恐れて彼女を排除するのはかわいそうだ。彼女のこの機構を排除すると、彼女も消えてしまう。何とか、彼女の力がコントロールできるようになるまで、付き合ってみるつもりだよ」

 彼女の悩みを聞くために、ちょっと近所の飲み屋に行ってくる。

 そんな軽い印象を与えるようなシェラガの軽い言葉。それは、レベセスとガガロの表情に、失笑にも似た笑みを浮かばせる。

「とりあえず、星辰体を使って彼女の体の構造を作り変えてしまうのは簡単だ。けれど、俺が作り変えた体だと、見た目がカルミアであってもカルミアじゃない。それに、元通りのカルミアにできる自信もない。

 それよりは、カルミアが体内に持つ機構が経年劣化で機能を停止して、本来のカルミアに戻るまで待つ方がいい気がするんだよな。もしそれでカルミアの命がどうにかなるようだったら、仕方ないから、カルミアの身体の情報を書き換えるよ」

 個体と化した光の球体から、くぐもったシェラガの声が聞こえる。

 カルミアの無尽蔵に発せられる強力なエネルギーは、恐らくシェラガですら倒すことはできなかったに違いない。だが、悪意の破壊エネルギーを全て吸収して性質を変え、クリーンなエネルギーにしてから吐き出せば、むしろ周囲は肥沃な土地になる。そう考えてのシェラガの処置だった。この地もこのまま瓦礫のままにしておいてはいけない。いつかは森に返さないと。古代帝国の崩壊以後、瓦礫の山のままだったこの大地。だが、そろそろ自然に返さなければならない。それも、シェラガは暗に考えていたことだった。

 体は神のそれとなった。だが、頭脳は人間のまま。少し人より好奇心旺盛なだけの人間。

 その人間が、人間の頭をしきりにひねって、出した結論。

 誰しもが生き残るための模索。

 幸か不幸か、シェラガは想像した事を実現できる体を手にしてしまった。それが、シェラガ=ノンという男の不幸だったのかもしれない。本人は不幸と感じていないかもしれないが。

 黄金の球体から発せられる光は、ガガロとレベセスの体力を回復させた。体中にあった細かい傷が、目に見える速度で回復していく。それは、数刻後追いついてきた三人の男たちも同様だった。

 ジョウノ=ソウ国先代皇帝テマ。SMGの戦士、ゴウトとキマビン。

 彼らは、赤黒い悪意の直撃を受けていた。体には無数の細かい穴が穿たれ、全身血だらけでありながら、カルミアを思いこの地にたどり着いた。

 彼らが目の当たりにしたのは、黄金の球体と化したシェラガとカルミアだった。

「あ、そうだ。レベセス、悪いけど、俺の剣はテマ様に預けてもらえるかな。聖剣をくっ付けて保管しておくとロクなことにならないからな」

 悲しんでいいのか、喜んでいいのかわからない状況で、シェラガの危機感を全く感じさせない声は、聖剣の勇者二人と遅れてきた戦士三人に、どのような表情を作ればよいのか迷わせた。

 ゆっくりと歩み寄ろうとするゴウトに、シェラガは短く鋭く言葉を発する。

「まだ安定していない! 近づくな!」

 シェラガはカルミアの悪意のエネルギーを浄化するシステムを体の中で構築はしたものの、まだそれが自然体になっていないため、扱いを間違えれば再び悪意が噴き出る事を予想し、その場にいる五人に、一定以上の距離を取るように指示した。

 光の球体を取り囲むようにして立つ五人の戦士たちは、もはや見ているしかなかった。

すみません、人名と誤字だけ直しました。

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