指輪の秘密3
いよいよ大詰めとなってまいりました。
職種が変わって忙しくなってきましたが、なんとか間を見て綴っていきます。
もうしばしのお付き合いを。
トリカが、私兵を率いて自身の敷地内にある遺跡に移動を開始したのは、シェラガたち考古学者も招聘された古代帝国遺跡調査隊が、リザードマンやギガント=リザードの急襲を受け、第二宿営地候補地を放棄しなければならなかった事件の直後だった。
具体的には、兵士たちが遺跡から屋敷へ戻った翌日には、既に遺跡に再突入している。兵士達の中には、過酷な移動と戦闘とを強いられたために反感を覚える者も少なくなかったが、大多数の人間は、遺跡に置いてきた仲間たちを『連れ帰る』事を思い、歓喜した。
だが、再進入当時は喜びに打ち震えた者たちも、第二宿営地候補であったかつての戦場に到達すると、かつての仲間は既に埋葬されていることに思い至り、それを掘り返すことは憚られた。連れて帰るという行為が、目的こそ違え、行為そのものは墓暴きと変わらない事に気づく。己の屍を再度仲間に晒す事を、果たして故人が是とするだろうか、と。
自分たちの思いを実現させることの難しさに、殆どの兵士たちが愕然とする。
当たり前のことだが、幾ら指輪を身に付けた高機動兵士であっても、それはあくまで身体能力が上がっているだけに過ぎず、そもそも人間が執り行う事が困難な行為については困難なままなのだ。死者を生きかえらせることは当然できない。ましてや、息を引き取った仲間を、死んだそのままの状態で連れ帰ることも無理な相談だ。それは同時に、彼らの目的が完全に実現不能であることを示す。
兵士たちは、頭ではわかっている筈だった。
だが、もしかしたら、超人となった自身の力で、不可能を可能にすることが出来るかもしれない。少年期の万能感に似た思いを取り戻した大人たちは、再度打ち砕かれる自身の心を目の当たりにし、立ち尽くし、消沈するしかなかった。
そこで、トリカは告げる。
「この先に、死者を甦らせる技術が眠るやも知れぬ。
立て。愛する者、慈しむべき同志を取り戻したい者は、この先にある困難を退け、その技術を手に入れるのだ」
そんなわけがない。
無理に決まっている。
それはわかっている。
そんな技術があるわけがない。
あったとしても、一朝一夕に使えるようになるものか。
猜疑心に満ち溢れるトリカの私設部隊。
だが。
それでも、人々は欲した。
敬愛する先輩を。共に歩む同志を。慈愛を与えるべき後輩を。
そして、彼らを救う力を。
彼らは、そこに眠る仲間たちに後ろ髪引かれながら、かつての遺跡のさらに奥に入っていく。
トリカと共に遺跡に入ったのは、すべて高機動兵士だった。学者や医師といった非戦闘員は一人もいない。
なぜなら、今回の遺跡の進入の目的は、遺跡調査ではなく、戦死者の遺体回収や遺留品回収。その為、改めて武器や防具の支給もなされていない。しかし、前回の遺跡進入時には指輪を与えられなかった者にも支給されており、それが兵士たちの妙な士気にも繋がった。
当然食料の支給もなかったが、回収目的とするならば半日かからない行程なので、各人が持ち寄った軽食だけで十分だった。
ゴウトとキマビンも、今回の遺跡進入のメンバーとして参加した。
ただし、今回は術を使って女人化することはしていない。学者の接待としての女性兵士は不要な為、同行させなかったというのが表向きだが、実際のところは先日のリザードマンとの一戦で戦死者はほぼ女性兵士だったため、女性戦士がいなくなったというのが本当のところだろう。その状況下で本来隠密で動くべきSMGが、目立つ女性でいること自体がナンセンスだという判断だ。
今回の指輪の所有者『高機動兵士』の選定は、今までに比べて格段に粗雑だった。いや、粗雑というより、何も検討されていないというのが正しい。
前回の指輪の支給選定基準を満たした者でも、身体能力が上昇した自身の力を過信し、己の欲を満たすために行動する者がいた。最初から素行が悪い者には指輪は支給しなかったのだが、問題ないとした人間ですら、急激に手に入れた力に心が飲まれ、傍若無人な振る舞いをしていたという。本来なら、指輪を装備できる『高機動戦士』は、もっと慎重に議論されるべきだという意見が大半を占めるはずだった。
だが、今回はそれよりも酷かった。
そんな中で指輪使用の適性が、今回に関しては全く考慮されていないというのは、同行するゴウトやキマビンからすれば非常に大きな疑問点だった。
素行だけの問題ではない。指輪を手にしても発動すらできない人間がいるのだ。これは足手まとい以外の何者でもない。発動できないのがわかっていて、なぜ同行させるのか。
「今回のトリカ卿の指輪の支給基準がわからん……」
「そんなに考え込むほどの事でしょうか。単純に、全員に支給をした。それだけの事だと思うのですが」
キマビンは、相手を常に説得するような柔らかい表現を用いることが多いが、ゴウトにだけは、少しだけ強めの表現を用いる。それは、ゴウトに対する親愛の情からきており、それを許すゴウトもキマビンに対しては絶大な信頼を置いているからなのだが、それはキマビンの生い立ちに端を発する。
キマビンは、元々水も動物も少ない砂漠地帯の民族の出身だった。
砂漠と言っても、その地の織りなす環境は多岐に渡っており、岩砂漠もあれば砂砂漠もある。勿論、全て生物が生存できない環境が連なるわけではない。砂漠の一部に常に、あるいは一時楽園が現れ、そこに人や動物が集まる。だが、環境が厳しいのは変わるわけではなく、人々はその地で生活をするに当たって、体をその環境に合わせていくしかなかった。その一つの例が褐色に染め上げられた肌の色。それは遺伝子にまで影響し、その地で産まれる者は全て褐色のまま生まれ落ちる。
だが、キマビンは、その地で生まれた証を持たなかった。透けるような白い肌は陽の光を浴びると、その組織を破壊される。それは、火傷どころの騒ぎではない。全身が赤く爛れ、水ぶくれとなる。そのまま陽の光を当て続けると、呼吸困難となって死んでしまうという。
だが、他にそのような者がいないため、事例として検証することはできず、言い伝えの域は出ない。それでも、数十年前までは『雪子』と呼ばれ、非常に珍しがられたが、それはあくまで物珍しさ故の客寄せの意味合いであり、一部の嗜好の偏ったコレクターに高額取引されるため、珍重されたに他ならない。
更に過去、古代帝国の時代になると、『雪子』は畏怖の対象だった。一族から『雪子』が出ると、その一族は滅ぶ、というのだ。一見、ガイガロスの鬼子と同じく強い力を持つ赤子と解釈されがちだ。だが、実際のところはアルビノが生まれた場合、屋内でしか活動できず、屋外労働がメインであった当時からすれば、労働力としては機能しない。結果貧困となり一族が絶える、という構図のようだ。『砂漠に雪が降る』という表現は、万に一つもあり得ないという意味合いで用いられたが、それは災害の予兆であるとされ、それを治めるために『雪子』を生贄にするという祭事が執り行われ、この地の平和維持の名の元、数多くの『雪子』が命を落とした。だが、生贄を供えた年から、更に状況は悪化したとされ、いつしか生贄にされた『雪子』が持てる力を使い、悪魔の化身として蘇ったという噂が流れたとされる。
その為、現在こそ大分緩和されてきたが、アルビノは太陽光の苦手な悪魔の化身として恐れられ、仮に生まれてきた場合には、長老やそれに準ずる家族の女性が出産に立ち会い、母親に赤子を見せる前に強制死産としてしまう事も未だあるようだった。このあたりは異端の黄金の鬼子と扱いが酷似している。
アルビノが遺伝するかといえば、それはまた別の話であり、一族が絶えるという根拠はないというのが本当の所なのだが、高い技術水準を誇る古代帝国時代において、何らかの打開策が打てなかったのかは疑問の残る所だ。だが、その地は古代帝国の技術の浸透が最も希薄で遅いところであったとも言われており、その悲劇も回避できない歴史の一ページであると指摘する学者もいる。
元々数の少ないアルビノを、更に排除する方針を取っていれば、アルビノの調査などできる筈もない。そんな中、キマビンは生き残った。それは本当に偶然の連続だった。
キマビンが生まれたまさにその日に、彼の故郷であった名もない集落をSMGが襲った。彼を殺そうとした実母や長老、産婆をSMGの兵士が一瞬にして屠る。
正に、『雪子』の復讐だった。
SMGも人材不足だった。
成人を誘拐し、SMGの生活に慣れさせようとしても、それは不可能だった。それ故、定期的に赤子を攫い、SMGの子として育てるのだ。先人は全員親であり家族。後人は全員子であり家族。
そうやって、SMGはたまに外からの血を入れ、組織の活性化及び自浄を行なっていた。
南国の一つの村から拐かされた一人のアルビノの赤子は、最初は物珍しさから命を繋げられ、後は自分の実力によって生き永らえることになる。
アルビノの少年、キマビンは、SMGでも物珍しさ故好奇の目で見られた。彼は半ば諦めかけていたが、ちょっかいを出してくる存在については、二度とそんな気が起きない程に痛めつけた。
その噂は直ぐに当時の小隊長のゴウトの耳に入る。SMGの上席を歯牙にもかけぬ強さの天才戦士。残念ながら、ゴウトも初見では他の者たちと違いなかった。キマビンを色白の少年戦士としてしかみていなかったからだ。だが、組手をしてみて直ぐにその勘違いに気づく。
技の上手さ。拳の速さ。攻撃の多様性。判断の速さ。
この少年は強くなる。
ゴウトはリーザに談判し、キマビンを己の配下とすることにした。
それからというもの、ゴウトはキマビンとともに生きてきた。多少の軽口さえ叩ける仲になった。
年齢や人種を超えて、二人は固い絆で結ばれていた。
今回のトリカの遺跡に、ゴウトが送り込まれると決まった時、少数精鋭をゴウトは欲し、その中で特にキマビンを欲した。リーザは承諾した。
前回の様なリザードマンの襲撃はなく、更に奥へと進む高機動兵士群。トリカは躊躇することなく、先頭を歩く。余りの先行ぶりに、一部の兵士は違和感を覚えたという。だが、それも指摘できぬまま、一行は巨大な瓦礫の一つに近づいていく。
何故その瓦礫なのか。
同行者は理解に苦しむ。
数ある瓦礫の山の中で、とりわけ目立つわけではない瓦礫。
先頭を歩くトリカは躊躇することなく、その瓦礫の中へと分け入っていく。
だが、トリカは二日後孫娘が抉じ開けることになる蓋には見向きもせず、瓦礫を通り抜けた。その先にはぽっかりと口を開ける長方形の穴がある。
その穴は兵士が全員入ったところでその口を閉じた。漆黒の闇に包まれた直方体の空間の上で、破砕音が起きるが、その破砕音は急激に上空へと逃げ去って行った。
ややあって、入った方とは逆の壁が二つに割れ、外から青白い光が流れ込んできた。
兵士たちは、それほど強い光に晒されたわけではないにも拘わらず、思わず目を背けた。漆黒の闇にいた数分間の間に、瞳孔が開いていたのだろうか。
「皆の者。ここまで儂についてきてくれたことに礼を言う。儂の命も、もうそれほどは持たない。儂はこの地で生を全うするつもりだった。最後の望みを聞いてくれぬか。儂を、この目の前の巨大な槽に入れて、蓋をしてくれぬか。儂は、最後にこの命を賭して、古代帝国が完成させた治癒の技術を実験してみたいのだ。」
ガラス張りの向こう側には広い空間が広がっており、今まさにトリカが入ろうとしている槽と同じものが数百と並んでいた。
槽の直径は、人間が中で胡坐を掻くと、もうギリギリの広さだった。高さも、トリカの身長ですら蓋から頭が出てしまう程度の大きさだ。
トリカは数名の兵士に支えられ、梯子を上ると、槽の中にゆっくりと足を入れた。だが、足が床には届かない。トリカは兵に指示し、槽の外側を上る際に使用した梯子を、今度はそのまま槽の中に立てかけた。
一体トリカはいつこれ程に消耗したのだろうか。ほんの十数日前までは、普通にテキイセの外れの自身の生活空間から遺跡を囲う『トリカ邸』まで馬を駆る事も出来たのに。
トリカは全身で息をしていた。
トリカの消耗しきった体と、トリカの要求とがあまりにも食い違い、兵士達は半ば呆然の体でトリカの指示を受け取り、遂行する。
トリカが槽の床で胡坐を掻き、梯子が除かれると、槽の蓋がはめられた。その蓋は只の蓋ではなく、二本の太い管が繋がり、その管のもう一方の端は、不思議な部屋の壁に設置されていた。
トリカは、管の端の刺さる壁にあるボタンを押すように指示をした。
ボタンを押したのは、トリカと共に来た高機動兵士たちのリーダー、カヴィンだった。リーダーと言っても、今回の移動に関しては直接自身が判断して指令を出したことは全くなかったが。ただただ、完全にトリカの要望を聞き、それを実現するための活動項目を整理し、同行した高機動兵士群に伝えただけだった。
カヴィンは、この中で唯一、トリカの生が長くない事を知っていた。
本人から直接聞いたわけではない。だが、今までの言動から皮膚の色、言葉の滑舌、そういったものから、トリカの最期を察していた。彼が何を望んでいるかはわからないが、その望みを叶えてやろうと思った。それ故、戻ってきたばかりの兵士群を鼓舞し、遺跡内に再突入させる隊を組織した。
スイッチを押すカヴィン。その手つきに迷いはなかったが、その右手の甲を数滴の涙が濡らす。
槽の蓋部分に設置された管から、液体が槽内部に注ぎ込まれていく。
蓋から滝のように流れ込むことはない。ただ、四方の壁を伝って、トリカの足もとから液体が満たされていく。
幾ら老人とはいえ、閉所に閉じ込められ、足元から徐々に液体が満たされていく時の恐怖感は半端ではないはずだ。悲鳴こそ上げないが、目は泳ぎ、体は硬直している。
兵士たちは、数分前のトリカの突然の申し出から、ほぼ身動きが取れずにその様子を見守っていた。
トリカは、一体何を望んだのか。
只の実験?
胡坐を掻いていたトリカが、突然立ち上がろうとした。心なしかパニックに襲われているようだった。だが、固く閉ざされた蓋は、トリカの直立を許さない。
液体が、胡坐を掻いた状態のトリカの顎に触れたその瞬間、トリカは初めて恐怖した。
全力で叫んだ。だが、槽は厚い。トリカの声は外には漏れない。
もはや、トリカは顔だけを水面に出し、何とか生を永らえようとしていた。だが、それもすぐに終わった。槽内が完全に液体に満たされたのだ。
目を見開き、呼吸のできない苦しさにもがくトリカ。だが、今更周囲でその様を見つめ続ける高機動兵士達にはどうすることもできない。
カヴィンは、悶え苦しむトリカを直視できなかった。これがトリカの望みだったのだ。今中で暴れているトリカは、トリカの意志に反する動きをしている、いわば動物の反射行動に過ぎない。そう言い聞かせて、悶え苦しむトリカを視界に入れることはなかった。
槽内のトリカが目を剥きながら首を掻きむしり、口を押えていたが、口から大きな泡を吐くと、虚ろな目のまま槽内に力なく漂い始めた。
兵士達は息を呑んだ。
トリカが溺死した。
誰しもがそう思った。だが、漂っていたトリカが、突然意識を取り戻した。どうやら液で肺が満たされても、呼吸は維持されるようだった。
トリカは槽の中でニヤリと笑った。
それと同時に、槽の中のトリカの体に変化が起こる。
顔に刻まれた皺が徐々に薄くなっていく。彼のほとんどなかった頭髪が、その数を徐々に増やしていく。弛みきって皮だけだった彼の四肢が、張りを取り戻すと同時に、筋肉で大きく膨らんでいく。
兵士達は、一人一人、徐々に槽に目を移し、感嘆の声を上げた。
トリカは若返り始めたのだ。
「諸君、感謝する。実験は成功だ。我らが孫娘の命を取り留めた技術は、儂の命をも繋いでくれた。
古代帝国の持つ技術を二つ組み合わせることで、計算通りの強い肉体が手に入ったのだ」
培養槽。
この設備の名は、古文書では確認していた。だが、すでに失われた技術であり、目の当たりにできるとは思っても見なかった。古代帝国崩壊時に失われた技術だと思われていたからだ。
元々は、欠損した体の一部を、同一人物の別の細胞から作り出す技術だった。細胞の性質を初期化し、卵細胞と同じ状態にすることで、そこから体のどの部分にでも変換が可能。そこで培養した臓器を手術で移植する、というのが最初の技術。その後、欠損した体を持つ本人を培養槽に浸すことで、欠損した部分を再生させるという技術へと発展していく。体の中に設計図は残されているのだ。であれば、その設計図通りに体を作り直す。もし、時間が経ちすぎ、失われた肉体がそれなりの状態で修復した時には、また別の技術が必要となるようだったが。
若返った肉体を取り戻した培養槽内のトリカに対し、兵士たちは歓喜の声を上げた。が、トリカはいつまでたっても蓋を開けて出てくる気配がなかった。
先程までにやりとしていたトリカの表情は、再度目を伏せ苦痛に耐えるそれに替わっていた。肉体の若返りがうまくいった際に笑んだその顔の歪みは、そのまま亀裂として口蓋を横に切り裂いていた。ちょうど、口角の上がった左側のみ、口が裂けているように見える。よく見ると、先程声を発した咽頭部も細かい亀裂が入り、培養液にうっすらと濁りが染み出している。
培養槽の外で見守る兵士たちは、一瞬何が起こったのか分からず培養槽内のトリカを見つめたままだった。
生きていることはわかる。意識があるのもわかる。
だが、この状態でトリカは一日以上微動だにしなかった。
「報告しなければならんことがある」
ラン=サイディール国軍中将にして、近衛隊隊長、旧首都テキイセの治安維持隊長のレベセスは、眉間に寄せたシワを更に深くし、顔を上げることはなかった。
シェラガは、ラマを出立後、息を切らすことなくテキイセに戻ってきた。ラマの村で絶命したことなど、レベセスもテマも知る由もなかったが、稀代の考古学者、シェラガ=ノンの体に何か異常が起きたことだけは感じ取っていたようだ。
だが、レベセスが調べた内容は、シェラガの二日間で起こった現象以上に奇異なことだと言えた。
「お前の依頼で調べ始めたカルミア姫のことだがな。……いないのだよ。そんな人は」
思わずテマの方を見るシェラガ。だが、テマも無言で頷くだけだった。
「いないって、どういうことだ?」
少し興奮気味に問い詰めるシェラガ。だが、レベセスの反応は嘘はいっているようには見えなかった。そもそも、レベセスが嘘をいう意味がない。テマを匿う実務室に、レベセス以外の者の声がするのはまずい。そう話し、声のボリュームを下げるように促すレベセスの表情も、浮かないものだった。
「……もう少し正確に言えば、カルミア=サイディール姫は、確かに実在の人物だった」
「……なに?」
「カルミア姫は、半年ほど前に亡くなっている。都市葬も行われていたよ。斜陽のテキイセ貴族にしては身分不相応なほどに盛大な葬儀だった。私もそれに参列した」
テマも信じられない、という表情を浮かべているが、もはやレベセスに問い合わせることはしなかった。シェラガに伝えているレベセスの言葉が嘘偽りのないということを、彼もまた、目の当たりにしたからだ。数日前にレベセスと共に、カルミア姫を護衛しながら、遺跡内を旅しているのにも拘らず。そういう意味では、テマが一番納得できないと言われても無理はないだろう。
「……では、俺たちとともに遺跡を巡ったあの少女は、偽者だということなのか?」
今度はテマが口を開いた。
「いや、彼女はカルミア姫だった。国史の資料を見せてもらい、カルミア姫の顔写真を確認したが、間違いなく本人だった。彼女の都市葬も間違いなく行われている」
シェラガは思わず目を白黒させる。
「……確かに、遺跡で女版ゴウトと女版キマビンと合流したとき、カルミアを初めて見たが、若干呆けたようにも見えた。あれは、『不遜』というよりは、まだ体の変化に頭がついていっていない。思考の幼児退行、と言っていいかも知れない。蘇った脳が本来の成長段階まで戻る前の、彼女の体に何か変化が起きた直後。そう考えるのが正しいか」
独り言を発しながら頭の中を整理していくシェラガを見て、テマとレベセスは顔を見合わせた。
なんとなく、シェラガの言わんとすることの想像はつく。
だが、二人はその結論を認めたくはなかった。
もし、そうだとすると、カルミア姫はあまりに不憫だ。トリカの孫娘への愛は強い。だが、強いが故に鬱屈すると、後世から見れば発狂したと言われかねない行動をとりかねない。そして、幸か不幸か、トリカはその行動を起こせる立場であったのだ。
「……トリカは、亡くなった孫娘の体に改造を加え、無理矢理蘇らせた……。
恐らく、指輪の技術を使ったか。具体的に体のどこに指輪の技術を埋め込んだかはわからない。
だが、聖剣と同じ機能がある指輪は、生命活動を活性化するという意味では最適だ。
それ故、体は確かに生き返った。だが、肝心の頭脳が戻らなかったのだろう。戻らなかった理由は、蘇るまでの時間がかかりすぎたか。それが、カルミアが呆けた理由だろうな。
それ故、カルミアの復活に半年を要した。そう考えると合点がいく。
……生き返らせ、体に生命活動を取り戻すだけでは、人間は人として蘇らない。その指輪とは違う技術を、彼は遺跡内で見つけた。その技術の元に向かったのか」
「孫娘のみを置いて、他の高機動兵士を連れて行った、ということは、カルミア姫には見せたくないものだということかね?」
テマの問いはもっともだった。トリカがカルミアに施した古代帝国の技術が指輪に匹敵するほどの技術であったとしても、それでカルミアを一人で屋敷内に置いていく理由にはならない。
「具体的にはわかりません。ですが、設備を見せたことでカルミアの死した記憶を彼女が蘇らせる事を避けたかった、と考えるべきでしょうか」




