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偽夢語-ニセユメガタリ-  作者: Joi
第一部
9/33

偽夢開幕Ⅱ

 沙希は、それをさも当然かのような口ぶりで言った。


 世界間に通じる常識とでも言いたげに。人間の眼球が二つしかないという現実と同じような感覚で。


 ――『だって、いつも休みじゃん』


 それは、この世界において――人間が生活する過程で絶対あってはならない事だ。それはつまり、世界中の人間達が一斉に休日に浸っているというわけなのだから。


 サラリーマンやフリーターの人々はもちろん、下手したら鉄道やバス、飛行機といった交通機関の事業や、警察や消防団員などの行政機関も動いていないだろう。国の運営を担う国家公務員の人達も、恐らく。


 先ほどテレビが映らなかったのは、テレビが壊れていたからでも、電波が良く受信出来ていないからではない。


 テレビから伝えられるべき情報やその他もろもろを送り届ける人間がいないのだ。


 意思を持った高性能ロボでもいない限り、テレビの中身が動きだす事はないだろう。


 これらを簡単にいえばこうなる。


 今、この世界は何もかもが停滞している。


 言葉だけ見れば、それは漫画やゲームのなかで発生するような、危機感に満ちた状態としか思えないかもしれない。


 登場人物達が孤立無援の中を奮闘する物語が描かれるのかもしれない。


 しかし、これは現実だ。歪んでいるけれど、現実なのだ。


 そして、それらを理解したどこにでもいるような高校生、戸田陽太は――


 ――歓喜した。


 ――え、だって自由に遊んで良いんだろ?学校行って勉強して部活やらなくて良いんだろ?最高だろうこれは!


 あまりにも簡単な方向転換。陽太はウキウキしながら一階に戻り、朝ご飯を作りだす。


 まな板の上に置かれた材料を捌き、切っていく包丁の動きが、いつもより軽快だった。


 ――飯食ったらパソコンやって曲落とすか。いや、新しいレシピググるのもありだな……。


 いつもは出来ないやりたい事を頭に浮かべ、これからの予定を固めていく。ここまで気分が高揚したのは久しぶりだった。


 だからこそ。


 だからこそ、彼は気付けなかった。


 この世界は停滞しているだけではないという事に。一分一秒経つたびに自分達の首が絞まりつつあるという事に。


 そして、現実ではないという事に。


 それを気付かせたのは、一本の電話。


 陽太は状況を不思議に思わないまま、いつも通りに電話を取る。自分が完全に推測を終えたと勘違いしているからだ。


 だから、受話器から飛び出してきた声を聞き、一瞬思考が停止した。


 なぜならその声の主は、自分が忌み嫌う相手だったのだから。


 『おはよう、戸田君』


 その声は女のものだった。その声は晴れていた。その声は澄んでいた。


 その声は電話越しにも関わらず、対面しているかのように彼の鼓膜を突き抜け、ごまかす事を許さない。そしてなによりその声は――


 ――悪意に満ちていた。


 経った一言。誰もが口にする、礼儀としての定義語にここまで顕著な感情が見えるとは、誰も思わないだろう。


 しかし、陽太は確かに感じたのだ。電話越しの相手が浮かべる表情を。相手の性格から読み取れる感情を。


 それは、陽太の思い違いかもしれない。相手が必ずしも悪意に満ちているとは考えられない。誰にでもそう感じるならば、それは人間不信の塊だ。


 それでも、と彼は思う。それでも電話越しの相手は、悪意に満ちた感情で間接的に自分と向かい合っているのだろう。


 それは、相手の事をよく分かっているという事と紙一重でもあるのだが、彼はそこに注目していない。


 彼の周囲の空気が冷えていく。先ほどまでの歓喜は今や憎悪に塗り替えられている。


 そして、陽太は相手の顔を浮かべ、憎々しげに相手の名を口にした。


 「……月島」


 『ご名答。ついでに私の感情も当ててみて下さい』


 「何の用だ」


 『もう、意地悪なんだから』


 そして、電話越しの相手――月島華音は、陽太に悪意が込められた声を送り届ける。


 『まず、なんで私が電話してきたか、わかりますか?』


 「何か企んでいるからだろ」


 『まぁ、正解ですかね。そうです。今回もまたやらせてもらいました』


 ――こいつ、いい加減燃やそうかな。


 普段人に思ったことすら無いその感情に、自分自身驚く。とはいえ、相手の事を考えるとそれはどうでもいい事だった。


 『戸田君がなかなか受け入れてくれないので、今回は本気出しました。そのせいでこっちは大変なんですけどね』


 「そこまでするぐらいなら止めりゃいいじゃねえか。今だから聞くが、何で俺に付きまとうんだ、お前」


 『付きまとう理由……そんなの簡単です。そのためだけにあなたを見続けてきたんですから』


 「気色悪い。もっと簡単な言い方は無いのか」


 『だから、いつも言ってるじゃないですか。それなのに戸田君は拒否してばかりで……』


 そして、陽太は聞いた。


 華音と出会ってからずっと繰り返し聞いてきた言葉。もう言われなくても解るぐらいだ。


 だから、次に華音が口にするであろう言葉を、陽太は言ってみた。


 「『受け入れて下さい』ってか」


 ちょうど重なったその言葉に、二人の間に静寂が走る。それから数十秒後、華音が先に口を開いた。


 『何度も聞いていれば解りますよね。さすがに』


 そこには、いつもの企んでいる風は無く、素の笑顔を浮かべているような印象があった。


 陽太はさらに問い詰めてみる。


 「じゃあ、その理由を聞こうか。ま、どうせ教えてくれないんだろうけどな」


 『いえ、もう教えてもいいです。すでに計画は始まってるんですから』


 「は?」


 『話します。私が戸田君に受け入れてほしい理由を』


 聞いてはいけない気がした。聞いたらもう戻れない気がした。


 だが、陽太は耳を貸さずにはいられなかった。


 中学二年の頃に出会ってから、今までずっと自分に言ってきた言葉の意味。どんな内容であれ、今まで内緒にされていた理由は知りたかった。


 己の内側になる警報を無視して、陽太は先へと踏み込む。


 その先に、何が起こるか予想出来ずに。


 華音は電話越しに一言、ただ一言口にした。


 そこにどれだけの規模の理想が隠されているかも分からないまま、陽太はそれを聞いた。


 『あなたが……あなたが私と同じ、人間を捨てた人間だからです』

5月4日といえば誰かさんの誕生日ですね(ヒントは電撃文庫)。

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