偽夢開幕
目覚まし時計が五時半になったことを軽快に、無機質に伝える。
高い音を連続的に吐き出すそれを、叩きつけるようにして鎮める持ち主は、タオルケットをどかし、頭をくしゃくしゃしながら立ち上がる。
――ったく、ホント暑いな。
七月に入って夏に向けて温度はどんどん増している。今年は例年と比べさらに暑くなるとニュースで聞いた気がする。暑いのが苦手な彼にとっては最悪の情報だった。
――つか、俺昨日家帰ったっけ?
彼――戸田陽太はふと疑問を心中に投げかける。その内容は、まるで酔っ払いのようなものだったが、彼にとっては重要な話である。
なにせ、月島華音が関わっているのだから。
――あいつと会ったのまでは覚えてるんだが……そこから先が思い出せない。本当に酒でも飲んだか?
気付くと、立ったまま数分間考え込んでいた。部活があるので歩きながら考える事にした陽太は、ひとまず着替えることにする。
――とりあえず、どこにも怪我はしてないか。なら、俺は何をされた?
何かをされた前提で推測を続けながら、さらに考えを進めていく。だが、華音と会った先からの出来事がごっそりと欠落している。
全くといっていいほど思い出せない。
――記憶喪失になりかかってるのか、俺。
思わずそんな事を考えてしまうものの、制服の着替えが完了したこともあってひとまず考えを中断する。
――とりあえず、朝ご飯だな。
階段を下り、リビングに入る。誰もいない空虚な感覚が陽太の心に染み渡る。
――やっぱ一人が一番心地良い気がするな~。
そんな事を思いながら朝ご飯の準備を進める。朝ご飯はいつも同じメニューなので、習慣と化している。今なら寝ぼけた状態でも作れると自負しているほどだ。
――そういや、今日沙希の奴部活あんのか?あるなら起こしたほうがいいな。
そう考え、カレンダーに目をやる陽太。だが、彼はそこで思わぬものを見る。
一瞬自分の目が狂ったかと思い目を擦る。そしてもう一度カレンダーを見る。
だが、そこに変化はなく、思わず近づいて凝視してしまう。それほどまでに異常で恐ろしい光景だったのだ。
カレンダーの日付が全て休日になっていた。
そこには、ただただ赤く色が塗られた日付が並ぶだけで、それ以外は普通のカレンダーだった。
誰かが悪戯したわけでも、会社がミスしたわけでもなく――元からそうだったかのように、数字はカレンダーの日付として均等な位置に並んでいた。
「なんだ、これ……」
思わず声に出してしまう。どうしても信じられなかった。昨日まではこんなでは無かった筈だ。
「そうだ、テレビ……」
テレビなら、もしかしたらこの現象について何か取り上げているかもしれない。
これが自分だけに起きていると考えたくなかったからこその行動だった。
仮にこれが自分だけに発生しているのだとしたら、それほど怖いものは無い。孤独なんて言葉では状況を整理出来ないだろう。
そんな非常事態を考えながら、リモコンを操作してテレビを付けた。
しかし、テレビから聞こえるのはザーという雑音だけで、情報を送り届けてくれない。
「こ、壊れたのか?一度見てもらわないとダメかな……」
一人そう呟きながら、最悪の事態を脳裏に押し込み、次の行動に移る。妹の確認だ。
階段のギシッギシッという軋む音が、世界の終末を予感させ、鳥肌を立たせる。そんな自分をおかしいと思いながら、妹の部屋へと向かう。
そして、妹の部屋に着き、すぐにノック。声を出す。
「さ、沙希。お前部活あるのか?あるならもう起きたほうがいいぞ」
最初が少し震えてしまったが、ちゃんと最後まで言うことが出来た。口全体が乾いていて、今のも限界に近かった。
すると、ドアが少し開き、妹が顔を出す。妹の安否を確認し、最悪の状態にならずに済んだ事に安堵する陽太。どうやらここは自分一人の世界ではないようだ。
妹は寝ぼけ眼のまま、口を開ける。
「部活休み……眠い」
「そ、そうか。起こして悪かったな」
「てか、この先ずっと無い」
「は?」
安堵した瞬間、予想外の言葉を聞いた。それは、部活熱心な妹から聞いたとは思えないほどに他人事のような口ぶりだった。
「無いって、どういうことだよ」
「兄ちゃんバカか?」
陽太を侮蔑の眼差しで見る沙希。そこには冗談は一切含まれていない。本当に、当たり前であるようかの言い方で陽太に話す。
「だって、いつも休みじゃん」




