開幕序章Ⅵ→偽夢開幕
「こんにちは戸田君。今日は早いんですね」
目の前に立つその『悩みの種』は、全世界の男性を魅了してしまいそうなほど屈託のない笑顔を浮かべ、陽太に話しかける。
だが、そんな笑顔を前にしても、陽太は見惚れない。むしろ、彼を取り巻く空気は徐々に下がっている。目の中には拒絶の色が浮かんでいる。
そして、その感情は声色にも表れた。
「なんだよ月島。俺、今忙しいんだけど」
突き放したような言い方を特に気にせず、月島と呼ばれた少女は再び口を開ける。
「そうは見えませんけど。今の戸田君は何かに後悔して落ち込んでるような感じです。加えれば、悩んでる感じ」
「……」
陽太が押し黙ると、少女――月島華音は表情を変えずにさらに話し続ける。
「戸田君の気に触ったならごめんなさい。まぁ、予想ですから気にしないでください」
「……いや、構わない。で、なんか用?」
露骨に嫌な顔をする陽太に対し、華音は笑顔のまま話す。
ただ、その時の笑顔は先刻のものと質が違かったが。
「用っていうか……お願い、かな?」
コクン、と首を傾げる華音。その行動はやはり男子を釘付けにする要素があるのだが、陽太は振り向かない。
彼にとって、こんな行動をするのは人騙しにしか見えないのだ。
「俺に用?俺に大事なもん奪ったお前が」
その途端、華音の笑顔に険の色が加えられた。しかし、それも束の間で次には困ったような表情が顔に貼り付けられていた。
「そんな人聞きの悪い。私はただ、あなたを迎え入れたいだけ。前から言っている通りです」
「……気持ちわりぃ。何考えてるんだか」
彼女とは中学校の頃からの知り合いで、その時も『迎え入れたい』というような事を言っていた。
しかしその内容は教えてくれず、承諾してくれたら教えると言われた。
そのため、いまだに真相が掴めていないのだが、それが面倒事な事は今なら予想出来る。
中学の頃、一回彼女の本性のようなものを覗いたからこその確信に近い予想だ。
――こいつが執念深くて腹黒いってのは最初から分かってたけどな。
表向きはおしとやかで清潔感溢れる雰囲気を醸し出していて、同級生から上級生にまで人気がある華音だが、実際はいろいろと企んでいる腹黒い性格をしている。
陽太はそれにすぐ気付き、クラスも同じだったこともあり、あまり関わらないようにしていた。
とはいえ、あちらから接近してくるとは予想だにしていなかったのだが。
「でも、今日は違います。さっき言った通り、『お願い』しに来ました」
――『お願い』という言葉にここまで警戒することになるとは……。
自分の感情を正確に認識しながらも、陽太は華音との対話に臨む。
「その言葉、含みが込められてる気がするんだが」
「いえいえ。含みなんてありません。私の素直な言葉です。私の性格を知っているあなたなら分かるでしょ?」
――ああ、わかる。お前は企む時、いつも他人を回してくる。そこから自分を近づけていって成功に持ち込む。汚いやり方だ。
「今の私は偽物じゃない。本物です。それが何を表しているか……私は真面目に言ってます」
これを聞いてもなお、陽太の警戒心が解ける事は無い。ああ言って実際何か企んでいるのがあの女だ。人の心を貪り自分の居場所を作る害虫のようなものなのだ。
慎重に言葉を選び、それを華音に送り届ける。
「仮に全部嘘だったら?お前がまた俺から何かを奪うってなら……」
「だから、私にはそんなつもりはない、と」
陽太の言葉に合わさるように言葉を紡ぐ華音。その声色は真剣そのもので、嘘が入っているようには思えなかった。
先の笑顔もいつのまにか消えており、真顔だった。
「そう、簡単な事です。なにせ、あなたは『お願い』に対して答えなくても良いんですから。私の欲求なんですから」
「は?」
――こいつ、何言ってる?
華音の謎の言葉に考えてしまう陽太。この時点で既に術中に嵌っていることにも気付かぬまま、二人の間の展開は進んでいく。
「あなたは私の仲間なんです。だから輪の中に入ってほしかった。なのに、あなたは拒否してばかり。せっかく『あの子』を使ったのに、それもバレましたし。拒絶されても仕方ないと思いました。でも……」
その時、陽太はなんらかの異変を感じ取った。いきなり周囲の空気が変わったかのような――二人のいる空間だけが別次元にいるのではないかという錯覚。
そして、彼は気付く。
自分は既に、月島華音の手によって押さえられているということに。
瞬間――陽太の視界がぐるっと回る。どんなに必死に前を向こうとしても、視界はブレたままで、次には彼は、手を地に付けていた。
それは、今までに感じたことがない、強い眩暈のようなものだった。
やがて眩暈が回復し、彼は力いっぱい頭を上にあげる。
すると、そこには不敵な笑みを顔に浮かべる華音の姿があった。
だが、その姿には一つ、異質な部分があった。陽太はそれを見て、思わず息を飲み、言葉を失った。
華音の眼が、金色に光っていた。
比喩表現などではなく、本当に光っていた。夕方の時間帯だが、二人のいる通りはあまり人が通らない区画なので、近くに人がいる様子は無い。
この異常な事態を目撃したのは、陽太一人だった。
「お、まえ……それ……」
「異能力です。『幻覚無双』。『新人類種開発計画』の負の遺産です」
――こいつ何言ってる……?体動かねえし……。
眼を金色に光らせた華音は、自虐的に笑いながら付け加える。
「戸田君はパンドラの箱を開けたんですよ、どうしようもなく、必然的に」
それが、陽太が意識を失う前に聞いた、この世界での最後となる言葉だった。
金色の瞳に見送られながら、陽太は静かにその場に倒れこむ。
次に起きた世界が、どうしようもなく歪んでいることを知らぬまま。




