中途閉幕Ⅳ
「貴方は、自分が思っている以上に『完成品』なのよ」
その言葉は、大剣が刺さったかのように陽太の心を抉った。今、彼女は何と言っただろうか。
瞬間、彼の中に宿ったのは屈辱や怒りでは無かった。
果てしない、悲しみ。
自分を人間として扱っていない事に対する怒りなど感じなかった。ただただ、陽太は悲しかった。
――やっぱり俺は、人間じゃないんだ。俺は、偽物なのか。
そして、次に彼は軽い驚きを覚える。何故か自分が泣いていたからだ。
涙をポロリ、ポロリと眼球からこぼし、それは汚れた白いワイシャツに染み込んでいく。
「あ、俺何で泣いてんだ?悪いな雨宮……」
目を擦って麗子に謝ろうとしたが、陽太は言葉を繋ぐ事が出来なかった。
麗子が陽太の身体に飛び込んできたからだ。
「あ、ちょっと……」
こういう時の対応に不慣れな陽太にはどうする事も出来なかった。
慌てる陽太に対し、麗子が陽太の胸に顔を埋め、呟く。
「ごめんなさい、私今酷い事言ったわね……私だって人造みたいなものなのに……」
「あ、あぁ大丈夫だから。とにかく、離れようぜ……?」
なるべくオブラートに彼女を引き離そうと、陽太が引きつった笑みを浮かべながら両肩を掴んで自分の身体から距離を取る。
そこで、陽太は再び驚く。
麗子が泣いていた。
――え、マジで?
何故彼女が泣いているのか。陽太には理解出来なかった。全てをまとめれば、悪いのは全部自分の筈なのに。
「その、雨宮。俺は……」
そこで、陽太は一拍置いて麗子に言葉を紡ぐ。
「俺は、ろくでなしなんだ」
と、この場には全く関係無いであろう言葉を。
*****
麗子はその時、後悔していた。
今、自分はなんて酷い事を言ってしまったのだと。
交通事故の事を話していた時、麗子は感情的になってしまっていた。それは、あの計画された事故の原因が陽太であったからだ。
何故自分が計画に組み込まれたのかは分からない。選ばれた理由が分からない。だからこそ、陽太に感情をぶつけてしまっていた。
それがどれだけ言ってはならないものだと分かっていた。だが、一度動き出した口は止まる事をしなかった。結果、陽太を悲しませてしまった。
いっその事、怒って殴られた方が良かった。だが、それは無いと麗子自身分かっていた。彼はどうしようも無く他人に優しいからだ。お人好しだからだ。
そして、そんな事を考えている自分がどうしても許せなくて、気付いたら7陽太の身体に自身の身体を寄せていた。
そこで、彼女も涙を浮かべてしまった。自分の愚鈍さや自分勝手さが生じさせた結果だった。
身体を引き離され、陽太に顔を向けた時、彼は少し赤らんだ目をこちらに向け、一言発した。
「俺は、ろくでなしなんだ」
*****
その言葉を発した時、麗子は半ば呆けた顔をして陽太の顔を見ていた。
自分でもバカみたいに思える。いきなり話をずらして彼女を混乱させるかもしれないのに。
だがそれでも、陽太は麗子に想いを伝えた。
「俺の所為でこんな事になって、雨宮の人生をぶち壊した。
俺だけの問題なのに、巻き込んでしまったんだ。今の状況だってそうだ。俺と月島の問題に関係の無い人間を巻き込んだ。あいつがやったにしろ、そこに俺の責任が無いわけじゃないんだしな」
陽太は麗子の肩から手を離し、それでも彼女からは目を逸らさずに話を進めた。
「雨宮にはほとんどを伝えて上井には一部しか伝えていないのもそうだ。結局俺は怖かったんだ。信用していなかったんだよ」
「……」
「俺はろくでなしだ。だから、雨宮に『完成品』って言われても気にしない」
二人の間に沈黙が生まれた。互いに言葉を発しようとしなかった。
最初に声を上げたのは麗子だった。目に溜めた涙を拭って、薄く笑っていた。
「ハハ、私慰められちゃったのかな。そんな立場でも無いのにね」
拭っても拭っても溢れる涙の粒に、彼女は顔を背ける。
「あんまり見ないでね。変な顔してるから」
「そんな事ないよ。俺だって泣いちまったんだし」
「……戸田君って、ホントお人好しなのね。少しは自分を優先すれば?」
「……俺はそんなんじゃない。迷惑ばっかり掛けてるしな」
「人を信用出来ないなんて、皆そうよ?私だってそういう区別しちゃうもの」
陽太からは今の麗子の表情が読み取れなかった。だが、彼女はどこか安心しているような風に思えた。
「だから、自分を殺さないで。自分ばかり責めないで。貴方は人間と同じぐらい、いえ、人間以上に人間してるんだから」
「……ありがとう」
――何で雨宮はこんなに優しいんだ。俺は、雨宮の人生を壊したんだぞ。さっきだって、それで感情的になったんじゃ無いのか?
自分なりの推測を立ててみる。だが、確証は無かった。正解は彼女の内にあるのだから。
そこで、麗子がこちらに振り返った。目が薄く充血しているその表情は、まさに女の子だった。
成績優秀、スポーツ万能、おまけに美人。どこか浮世離れした彼女の、本当の姿だった。
枝毛の無い黒髪のストレートが月明かりに浮かび上がり、陽太は美しいと感じた。
麗子は、陽太の顔を見据え、やはり優しい笑みを浮かべていた。
「貴方が好きです。戸田陽太君」
「……っ」
――そういや、理由、聞いてなかったな。
内心で苦笑しながら、陽太は気持ちを固める。
麗子と自分の間にある確執。それさえも取り込んで彼女は自分を好きになってくれた。
もう、過去など関係無いのだ。
過去はいつまでも自分の後ろを付いてくる。それが消える事は無い。いつまでも、ずっと追いかけてくる。
それはどうしようも無い事で、例え異能を持つ自分でも解決しようの無い問題だ。
だからこそ、それは受け入れないとならない。
麗子の想いを受け入れるのと同時に、過去も受け入れないといけないのだ。
そうして、今は前を向く。前に向かってひたすら走るのだ。
例えそれが、パラレルワールドという『偽物』の世界であっても。
『人間を捨てた人間』は、人間らしく笑顔を形作る。
そして、過去の自分の気持ちを乗せて、答えを導き出した。
それが、長い長い時間を掛けて成立した、少年少女の愛だった。
*****
これは、『無駄』な物語だ。
彼らが送るのは、存在し得ない世界であり、現実では無い。
少年の素朴な夢、計画の被験者にされた少女の復讐、少年の運命に巻き込まれた完璧少女。そして、新人類種開発計画。
『無駄』な物語は終わらない。
それを生み出す人間が死なない限り。
それの具材となった人間が殺されない限り、ずっと。




