中途閉幕Ⅱ
六年前
「あの、僕君が好きなんだ!友達からでいいから、その、お願いします!」
前に麗子が裸にされた場所に、二人の少年少女の姿があった。それはまさしく、あの件の被害者達だった。
誤解が解けて少しずつクラスの輪に入る陽太。そんな彼が、同じく平穏を手にした麗子を校舎裏に連れ出したのだ。
麗子はまさか本当に脱がされるのかと、警戒したのだが、それは杞憂だった。
何故なら、今自分は、助けてくれた少年に告白されたのだから。
*****
現在
月明かりだけを頼りに、眼前に立つ少女の姿を陽太はただただ茫然と見ていた。
今、彼女は何と言ったか。告白。自分を恋愛対象として見ているという事の告白。それはつまり、彼女は自分を愛しているというわけで――
――待て待て!何で俺はいつもこう深く考えるんだ!妄想癖でもあんのか俺!
今も、麗子は澄んだ目で自分を見つめている。返事を待っているのだ。
突然の事で答えなど考えていなかった。なにせ、彼女を恋慕の情で見た事など無かったからだ。
成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗。欠けた面の無い彼女は、どこか浮いた存在だった。陽太の記憶の中で、学校内で話した事があるのは二、三回程度だった。
中学の頃も小学校の頃も学校自体は同じだったが、自分は……。
顔を暗くする陽太の耳に、滑舌の良い声が直接脳に吸い込まれるように入っていく。
「戸田君、貴方は『小学四年生より前の記憶が無い』のよね?」
「え……」
――何で。
――何で、雨宮はそれを……。
「……何で知ってんだよ」
自分がどんな顔をしているのかは分からなかった。だがそれでも、今の陽太にとって、それは鬼門だった。絶対に口にしたく無かった。自分に告白してくれた麗子がショックを受けるかもしれないと思ったのだ。
今の自分が記憶を持っている間に、麗子と親しく喋った記憶は無い。せいぜい二言三言会話したぐらいだ。
つまり、彼女が好いたのは『記憶を失う前の自分』であり、『今の自分』では無いかもしれないのだ。
それなのに、麗子は自分が記憶を欠落している事を知っている。誰にも口にした事は無いのに。
「雨宮、何で知ってるんだ?教えてくれ」
彼女に関してはまだ謎な部分がある。
西和高校の陸上部部室で二人きりになった時に言っていた言葉。
――「貴方は死なない。だって、私がいるから。私が貴方の味方だから。私が死ぬまで貴方は死なないの。私は貴方の事をちゃんと知っているから」
あの時は聞けなかったが、今ならそれも聞けるかもしれない。
陽太は黙る麗子に対し、真剣な口調で問う。
「お前、何時間か前に言ったよな。「私は貴方を知っている」って。
あれはどういう事なんだ?俺が知らない場所で、何があった?さっきの能力みたいな奴は関わってるのか?」
自分でも無理矢理だと思った。知りたい事を知るために片っ端から材料を用意して相手を問い詰める。
自分が嫌になる。
それでも知らなければならない。これは自分の過去が加わった問題なのだから。
麗子はしばらく目を閉じ、再びアパートのフェンスに寄り掛かるようにしていたが、やがて沈黙を裂くように口を開いた。
「……そうね。私は貴方を知っている。詳しく言えば小学三年生の頃から知っている。そして、四年生の終わり際に事件はあった。そして、戸田君が学校を離れた」
「……」
「今の戸田君が記憶を留めているのは、五年生の二学期よね。貴方は二学期の始業式に転校生として再び同じ学校に戻ってきたの」
「……あぁ。俺、あの時他の奴らに笑顔で話しかけられて困ったよ。だって記憶無いんだから」
今の陽太の中で一番古い記憶と言えば小学五年生の中ごろ。転校生として学校に入った。記憶の無い彼は、自分を元から知っているかのように話しかけてくるクラスメイトにタジタジになっていた。
何故自分が同じ学校に出たり入ったりしたのかが理解出来なかった。
――そうか、俺が学校にいなかった期間。これが『人間を捨てた人間』にされた間だったのか。
新人類種開発計画。日本政府が裏で進めていたという非現実的な極秘プロジェクト。
華音によると、彼はどういうわけか、その計画の被験者にされたらしく、肉体や脳に改造を施されたらしい。結果、人知を超えた能力を手にしたわけだ。
――そんなもの望んで無かったけどな。
そのおかげで敵を排除出来たので、今はそれを受け入れるしか無いのかもしれないが、少なからず彼はこの能力を使いたいとは思わなかった。
これを使う事で、余計人間から離れてしまう気がしたからだ。
麗子はそんな陽太の思いに気付く様子を見せず、言葉を紡ぐ。
「貴方が記憶を失っている時の話をするわ。簡単に言えば、貴方は他の連中とは違う空気をまとっていたわ」
そこで陽太は麗子に『もう一人の自分』を聞かされた。
虐められていた麗子を前々から気にかけていたこと。
裸にされた麗子を茂みに隠れさせて、散らばった服を取ってくれたこと。
それが変な噂として出回って、陽太が卑劣な虐めを受けたこと……。
「おい、絶対それ俺じゃないぞ」
「いや、絶対これは貴方よ。つまり貴方は一回私のパンツ一丁の姿を見ているの。警察呼ばれてもおかしくないわ」
「異議あり!話によりゃ俺が茂みにお前を隠さなかったら、そのまま校舎に戻る気だったらしいじゃねぇか!俺が警察の御用になる事は無いね!」
「むしゃくしゃしてやったの。それに公開《後悔》はしてないし」
「……?……っ!同音異字ネタとか分かりにくいわ!つか、後悔はしておけ!」
「私の身体を公開するのは良いの?貴方変態なのね」
「ちげぇよ!」
一言空けて、陽太は麗子を見据えて一言を放つ。
「俺にとって雨宮は大事な存在だ。だから身体を公開させるなんて絶対させない」
二人の間に再び沈黙が降り立つ。涼しい風が二人を歓迎するように肌を撫でていく。
麗子はきょとんとし、やがて頬を赤く染める。陽太も自分の言葉に照れるように下を向いて硬直する。
そこで、都合良くアパートから声が聞こえてくる。
「おーい二人ともー。話は終わったかい?夜ご飯食べていきなよ、君達何も食べてないんだろ?」
そんな呑気な声に、思わず二人は目を合わせ、フッと笑ってしまう。
こんな先の見えない世界にも平穏はあるのだと、近い確信を持ちながら。
物語も終盤。
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