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偽夢語-ニセユメガタリ-  作者: Joi
第一部
29/33

中途閉幕

 麗子は月明かりが照らし出す二人の様子を見て、陽太が危険に晒されそうだったら無理をしてでも飛び出すつもりだった。が、それは取り越し苦労だったらしい。


 陽太が血を吐きながらこちらに歩いてくる。時折体をフラッとさせるところを見ると、やはり無理をしたらしい。


 麗子は痛む体を動かし、立とうとする。そのまま陽太の方に歩こうとしたのだが――


 陽太の右肩から血が噴き出した事をきっかけに、痛みなど忘れて勢いよく走り出した。


 *****


 「……私はまだ何もしてないぞ……?」


 殺人鬼と平凡な少年の戦闘は予想外の形で決着がついた。殺人鬼は二言三言話した後、暗闇の中に姿を消した。


 銃で狙撃するのは困難な距離だった。


 一方の少年は倒れた少女の方へ向かってゆっくりと歩を進め始めた。


 真琴は今までの異常な戦闘から、狙撃も無理なのでは、と思ったのだが、足取りからして当たるだろうと判断し、銃に手を伸ばしたのだが……。


 「何で、あいつは右肩から血を撒き散らしてるんだ?」


 左目が無くなり、右目だけの情報となったが、それでもはっきりと分かる。


 少女が、歩いている最中倒れこんだ少年に向かって走り出し、彼を抱えている。その顔は憔悴しきっていて、とても冷静にはなれていなかった。


 だが、正直な話、真琴には関係無かった。



 ――あれなら即死させられる。



 自分をキックで吹っ飛ばしたあの女が泣き叫ぶ顔を浮かべると、少し胸が痛んだが、そこでトリガーを引かなければ仕事失格だ。



 ――私は何年この仕事をやっているんだ。ここで銃を撃たないでどうする。



 再び気合いを入れ直し、彼女は今度こそ銃を構え、スコープに右目を覗かせる。


 真琴は先刻と同じようにカウントダウンを取り、最後にお気に入りの台詞を呟く。



 「3、2,1……目標を狙い撃……ひゃっ!」



 突如、彼女は全身が怖気立つのを感じた。その拍子に、いつもとは違うしおらしい声が思わず出てしまう。


 銃からも手を離し、身体を一心不乱に起き上がらせ、後ろから自分の胸を揉みしだいている相手を引き剥がす。


 そこで相手を昏倒させようとした時、彼女はその相手の顔を見て困惑する。


 それが今回の仕事の依頼主だったからだ。


 「お見事なお胸をお持ちなようで。とろけるほどで美味しそうでした」


 「感想は求めてませんし、許可も下ろしていませんが」


 相手に対し殺意を覚えるものの、依頼主なので敬語は使う。それは基本中の基本だ。嫌な相手だからと言って仕事を投げ出すようなものだ。


 「それで、どうしてこんなところにいるんですか?そして、何故狙撃の最中に割って入ってきたのですか?」


 決して邪魔とは言わず、遠回りに批判を口にする真琴。そんな彼女に対し、依頼主である月島華音は涼しい顔をしながら答える。


 「当然、今回の依頼を取り消しに来たからです」


 「……は?」


 思わず間抜けな声が出てしまったものの、それよりも今の言葉の重要さが何よりも彼女にとって重大だった。


 「え、今なんて?」


 「だから、今回の依頼は無しという事にしてもらいたいのです。あ、左目の治療費はお支払いしますので」


 「いや、別にそんな事よりも、今回の依頼を取り消しって……あの少年は殺さなくて良いんですか?」


 「ええ、彼にはこの世界でもう少し楽しんでほしいのです」


 笑顔でそんな事を言う華音が、真琴には全く理解出来なかった。


 ――何だ、この女……何を考えている?


 ――まさか、私は利用されたのか?


 その可能性については考えたくも無かった。少年のために自分の左目が消されたという事になれば、私情で少年を殺しかねない。


 ――でも、だとすれば……。


 「すいません、ここを離れてもいいですか?やる事があります」


 「銃は?」


 「見ててください」


 きっぱりそう言うと、真琴はビルの手すりを踏み台に闇に包まれた空中に身を躍らせる。


 その姿に華音が驚いて感想を口にした。


 「妙に胸の感触がリアルだと思ったら、シャツ一枚にショートパンツ一枚だったんですね」


 という、些か外れた感想を。


 *****


 ここはどこだろう。


 保健室のベッドみたいなところに寝かされて、眩しいライトに当てられてる。もしかして手術か何かかな?僕、どこも悪くないけどな。


 あ、母さん。……何で白衣着てるの?母さんは塾の先生やってるんじゃないの?


 知らないおじさんもいる。母さんと何か話してるけど、僕は聞こえない。


 というより、何も出来ない。両手両足は何かで塞がれてるし、声も出ないし耳も聞こえない。唯一目は動かせる。


 何でこんな事になってるの?ねぇ母さん、僕何か悪い事したかな?謝るから許して、母さん。ごめんなさい。


 何で笑ってるの?怒って無いの?じゃあ何で僕は何も出来ないの?


 ねぇ、答えてよ。怖いよ、母さん。


 僕、好きな女の子がいるんだ。雨宮麗子ちゃんっていう子で、何でも出来るんだ。運動も勉強も、料理だって出来る。


 この間告白したけど、フラれちゃった……。


 今度また麗子ちゃんに会いたいんだ。ねぇ母さん、出してよ。ここから出してよ。麗子ちゃんに会わなきゃいけないんだ。


 ねぇ母さん、喋らせてよ、聞かせてよ、早く出してよ。麗子ちゃ……んに、会わ……な、きゃ……。


*****


 「……君、……君、戸田君!」


 あれ、何で俺寝てるんだ?うわ、眩しいなおい。これじゃ手術と変わらないじゃん。つか、感覚何も無いな。もしかして本当に手術してるのか?


 「戸田君、しっかりして!」


 雨宮の声だ。病院ってわけじゃ無さそうだな。じゃあ、ここはどこだ?


 「今は麻酔で掛けてるけど、命に別状は無いよ。血もこれ以上は出ない筈だ」


 って、誰?この男の声誰?全く知らないぞこんな声の奴。けど、この人が助けてくれたのか?お礼、言わないと……。


 *****


 「んぁ……」


 再び目を覚ますと、やはり視界は眩しかった。手術を思わせるようなライトが、陽太を照らしているのだ。


 陽太は、白いシーツが敷かれたベッドに寝かされていたらしい。服もまた検査衣を着させられていて、どうやら本当に治療を受けていたようだ。


 だが、彼には病院などに親しい知り合いなどおらず、この世界でそうした人間と知り合った記憶も無い上に、そうした医療関係の人間がこの世界にいるという都合よい考えも無かった。


 戦闘直後に感じていた血による喉の閉塞感は無かった。右肩から血が飛び出して意識が朦朧としたところまでは覚えているのだが、その先は全く記憶に無かった。


 周囲に目を張り巡らせてみると、手術用の道具やゴム手袋などが置かれており、ここが本当に医療関係の場所なのだと改めて実感させられる。


 しかし、近くにあるドアの向こう側から剛と思しき人物の悲鳴が聞こえるのは何故だろうか。



 「あああぁぁあぁぁあああぁあいってぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇえええええ!!!」



 「大袈裟だよ上井君、戸田君より全然マシだって。彼なんて過度な動きし過ぎて右肩がオーバーヒートしちゃったんだから」


 「ちょっ、それ言われると辛いけど!俺これでも折れてるんだぜ!?」


 「うるさい奴だな。こいつだけ置いて来れば良かった」


 陽太がドアを開けた先には、そんな統一感の無い声が部屋を行き交っていた。


 中心では、見知らぬ白衣を着た男が笑いながら右目辺りを腫らした剛の腕を診ている。彼の腕は青く腫れ上がり、見ていても痛々しかった。


 「と、だ君……?」


 すると、陽太がいる事に気付いた麗子が震えた声で陽太の名を呟いた。その顔は、今にも泣きそうだった。


 「お、おう。雨宮」


 そんな麗子の顔に、思わず言葉を失った陽太はそれだけを言って、見知らぬ男の方を見据える。


 すると、その男は剛の腕を持ったままこちらに振り向き、笑顔で言葉を紡ぐ。


 「やぁ、戸田君。初めましてだね。僕の名前は町屋十里。町田で闇医者をやってるんだ。今回真琴ちゃんに頼まれて君達の治療に当たらせてもらったよ」


 「えっと、初めまして。戸田陽太です。あの、ありがとうございました」


 深々と頭を下げると、十里はニコニコしながら腕を横に振る。


 「いやいや、僕は言われてやっただけだよ。お礼なら、真琴ちゃんに言いなよ」


 「え?」


 そこで陽太はこの室内にもう一人の女性がいる事に気付く。


 だが、その女性とは一度顔を合わせていたのだが。それも、敵という形で。


 「真琴ちゃんと呼ぶのは止めろと言ってるだろうが」


 「えと、アンタ、俺を殺そうとしてた……」


 「ん、あぁ……依頼主が仕事を取り消したんでな。私は殺し屋だが、むやみに人が死ぬのは嫌いだ」


 「そう……すか。ありがとうございます」


 ――殺し屋って本当にいるんだな。


 個人的な感想を持ちつつ、陽太は真琴と呼ばれた女性を見る。


 何故薄い黒シャツ一枚に黒のショートパンツなのかはさておいて、見た目的に少し年上といった風に見える。


 左目の黒い眼帯はあの時のものだろう。


 陽太の頭に彼女の悲鳴が幾度となく再生されたのを覚えている。


 次に剛の方に目をやる。


 彼は陽太と目が合うと、ややきつそうにニヤッと口を歪ませながら声を上げた。


 「おいおい、お前あんな動き出来るなんて聞いてねぇぞ!俺にも教えろよ!」


 「無茶言うな。俺にもよく分かんなかったんだぞ」


 それは陽太の本音であった。あの時、何故能力と思われるものが発動したのか、彼自身よく分かっていなかった。


 その時、部屋の前に立っていた陽太の袖を掴む者がいた。


 「雨宮……?」


 「ちょっと、話があるわ」


 麗子の瞳には真剣な色が湛えられており、これがふざけているわけでは無いのが良く分かる。


 「ちょ、俺は抜きかよ!」


 「はいはい、怪我人は黙って治療に専念しよう」


 「あああぁああぁぁぁあぁああ!!ドストライクなんですけど!!」


 *****


 闇医者の十里の言っていた意味が良く分からなかった陽太だったが、麗子と外に出てみて納得出来た。


 自分が運ばれたのはお世辞にも普通とは言えない程に古びたアパートで、医療専門なのは中身だけだと知らされた。驚きを超えて呆れの溜息が口からこぼれてしまう。


 月明かりだけでは心細い外は、夏という事もあって薄着で十分な気温だった。陽太は着替える間も無く外に出てきたわけだが。


 麗子も着替えておらず、あちこちに泥や血を付着させた制服を着ていた。案外気にしないタイプなのかと思い聞いてみると、


 「あの殺し屋さんから借りるのは気が引けたの。それに、胸のサイズが……」


 という、何とも答え難い返答が返ってきたので、その話題は閉じる事にした。


 「まぁ、そんな事は閑話休題として、何で外に出たんだ?けっこうシリアスな感じ、か?」


 二人の間に沈黙を作らないように、陽太から本題に入る。麗子はアパートのフェンスに身体を預け、顔を俯かせる。


 どうやら、余計に沈黙を作らせてしまったらしい。言うのに戸惑っているように見えた。



 ――俺本当にダメだな。上井に言われた通りかもな……。



 数時間前に「女の使い方が分かっていない」と言われた事を思いだし、自分の無力さを改めて感じる。



 ――アニメとかゲームの主人公は凄いな。こんな局面をいつも乗り越えてんだからな。



 そんな事を考えていると、麗子が口を開いた。不意を突かれ陽太はわずかに肩を震わせてしまったが。


 そんな彼を見て麗子はフッと微かに笑い――



 「私も、貴方の事が好き」



 と、唐突に告白の一言を陽太に送り届けた。

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