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偽夢語-ニセユメガタリ-  作者: Joi
第一部
28/33

最終決戦Ⅳ

 六年前


 「戸田って雨宮裸にしたんでしょ」「本当クズだよなクズ」「あいつそういう奴だったんだ」



 全校に広まった『噂』。そう、あくまで噂として全てが広まった。


 戸田陽太が雨宮麗子を裸にして、一緒に茂みの中に入ったという、犯罪にも近い今回の件。一人の生徒が偶然目撃した事で始まり、噂が一人歩きした結果、この形に収まった。


 それ以来、雨宮麗子の生活は一変した。


 彼女を疎み、裸にした女子の集団を中心に、いつも机の周りに女子が集まってお喋りするようになったのだ。もちろん、麗子も交えて。


 そこには楽しそうな女子同士の会話というものが実現していたが、それは上辺だけだった。


 実際、彼女達は怯えていた。


 それは無理ない話だった。自分達が裸にしてその場を去った後にそんな予想外な出来事が起こるなど、誰が考えるだろうか。ましてや関与した人間が男子となれば尚更の筈だ。


 次の日には全校に知れ渡り、自分達が取り繕う暇も無かった。かといって麗子に頭を下げて謝るのは、本当に情けなく感じて出来なかった。


 秀才に頭を下げるなど、格下である事を認めてしまったようなものなのだと考えてしまったのだ。


 結果、罪は戸田陽太に着せられ、学校中の生徒から避けられるようになり、当然の如くクラスの男子から陰湿な虐めを受けるようになった。


 そして、全ての流れが手遅れとなった彼女達に残された道は、麗子に対する態度を改めること。


 そうする事で、麗子の口から真実が漏れるのを防ごうとしたのだ。


 簡単に言えば、ご機嫌取りだ。


 幼いながらに彼女達は、自分達の立場の危険性を踏まえた対応を取ってみせたのだ。それこそが彼女達の限界だったのかもしれないが。



 だが、彼女達は知らない。


 あの時、もう一人の第三者がその事態を見ていたという事を。


 鶴橋千世。


 同学年であり、麗子や陽太とはクラスの違う、大人しい少女。


 彼女の供述で、麗子の機嫌を取っていた自分達が陽太の時のような立場になるという事を。


 陽太の供述は、「服を脱がされた彼女がそのまま校舎に戻ろうとしたため、近くの茂みに隠れさせて自分が散らばった服を取ってきた」と語り、違う部屋で話を聞かされていた麗子もそれに同意した。


 こうして陽太の容疑が晴れ、事態は収束に向かったのだが――



 麗子にとっての大事件は、この後だったのである。


*****


 「……っ」


 まさになってほしくなかった光景を目撃し、放心状態に陥っていた麗子は、また過去の記憶を思い出していた。



 ――そう、あの後……って、今はそんな場合じゃないわ!



 心中で自分に釘を刺し、再び見たくないものに目を向ける。


 案の定、そこにあったのは麗子が一番恐れていた光景だった。


 ――やってしまった。もうダメだ……。


 麗子の中で、何かが崩れ落ちた。少なからず、それは嬉しいものでは無かった。



 殺人鬼が地面に膝を付け、陽太が飄々(ひょうひょう)と立っているなどという、不自然な絵が出来ていた。


 *****


 最初は手を抜いていた。


 相手を探るような形で技を出していた。途中、目が始まりと気付いて潰そうともした。


 それなのに。ああ、それなのに。



 「何で技が掠りもしない……?」



 加須斗は口や額からわずかに血を流しながら、重い息を不規則に吐き出す。


 彼特有の挑発的な赤いスカーフと三色髪達はは、今やただの凝ったオシャレと化していた。


 続いて、薄暗い視界の前で五体満足を保っている制服の少年を見る。彼に息切れの様子は無い。最初戸惑っていた感情はすっかり消え失せ、今の彼は自分を倒す装置と化していた。



 ――これはさすがに楽しいとは言ってられないね。



 戦闘開始から十分。まさか自分が膝を付いているなど、考えもしなかった。逆の展開なら幾らでも頭に浮かんでいたのだが。


 あらゆる攻撃を必ず躱し、隙を作ってしまえば中途半端な肘鉄や直球パンチが加えられる。



 ――何だ、何なんだ。彼は不死身なのか?



 実際強者と戦って楽しかった。勝利した時の快感は、酒などと比べ物ならないほどだった。人間という下等な存在の枠組みを超え、化物そのものになる事を望んでいた。


 だからこそ、異質な空気をまとうこの少年に期待を寄せていたのだが、どうやら自分の方が期待に添えなかったらしい。


 ――俺が今まで戦ってきた奴らが弱かったってわけか。俺は弱い奴相手に強くなった気になっていたのか?


 笑えない話だった。


 ――確かに人間は弱い。笑える程に弱い。

 だからこそ、俺は強者を望んだ。人間としてのクズな犯罪者を殺す事で強くなった気になった覚えは無い。

 俺が強くなれたと思えるのは、強い奴らと戦った時に感じるものなんだ。



 だが、その考えは今覆された。



 ――それでも足りないのか?殺し屋連中とか、一度だけ化物とも戦った。でもダメなのか?俺が望む『強さ』に追いつけないのか?



 少しずつ自分という存在が削り取られているかのような錯覚を感じながら、加須斗は酷く落ち着いている自分に気付く。



 ――ああ、俺はこんなにも弱いのか。そうか、俺って、こんなに弱いのか。



 ――じゃあ……カッコいいじゃん。



 殺人鬼に、絶望の文字は存在しない。


 *****


 一方、陽太はこの後どのような動きを取ればいいのか分からず、ただその場で立ち尽くしていた。


 目の前には息を荒げた殺人鬼が膝を付き、やや遠い位置には麗子や剛が怪我をして座り込んでいる。


 改めて周りを見渡すと、本当に何も無かった。崩れて何が何だか分からないスーパーを除いて、そこは模型で作った街のように、住宅が横に綺麗に整列し、傷一つ無い道路が敷かれ、信号は仕事をする事無く十字路に置かれている。


 それらが、街灯の無いほぼ真っ暗な世界のオブジェクトと化していた。その中に人自体はいるのかもしれないが、彼らが出てくる事は無い。それが、陽太が夢見た世界なのだから。



 ――沙希、飯食ってるかな。



 この世界の成り立ちに沿った妹は、今もなお、家で休日を楽しんでいるのだろう。この世界が一分一秒重ねるごとに首を絞められているとも知らぬまま。


 ここ(パラレルワールド)がこの先ずっと生き続けるなら、いずれ枯渇の問題に陥るだろう。


 だが、それでも人類は焦る事は無い。家で休日を楽しむ。それこそが、この世界に生きる人類に課せられた義務なのだから。


 彼らはまず、外にすら出ないだろう。



 ――早く、少しでも早くこの世界を終わらせないと。



 だがその時、陽太は自分の内に潜む違和感を感じた。


 吐き気や頭痛といった症状がじわじわと彼の全身を貫いていく。



 ――な、んだ……。



 「がっは!」


 途端、無意識に陽太は咳込んで体を九の字に曲げ、手を口に押さえる。手を離して視界に収めた時、彼は驚愕する。


 自分の手に赤黒い液体がべっとりとくっ付いていたからだ。


 頭痛は頭を破壊するような勢いで増していく。食道に入った血で呼吸がままならない。無理矢理咳をすると血が飛び出し地面を赤色に塗り替える。


 その様子は、無理をしすぎてどこか欠陥が生じた機械のようだった。


 *****


 突如血を吐き出した少年を見て、加須斗は心中で微笑を浮かべる。


 ――俺はそんな慰め、求めちゃいないよ。


 息を整えて、ゆっくりと立ち上がる。まだ夜を迎えたばかりなのに、街灯が無い所為でいつも以上に暗く感じる。月の明るさがここまでありがたく思えたのは初めてだ。


 血を撒き散らす少年はこちらが動いた事に気付き、一歩下がってこちらに目を向ける。その、金に光る目を。


 それを目障りに思いながら、加須斗は口を開く。



 「君は強くなんか無いよ。技を避けてタイミング良く攻撃を出すなんて姑息な真似、俺が強者なんて認めない」



 髪をわしゃわしゃと掻きながら、彼は話し続ける。眼前の少年を、上から見下ろすように。


 「俺は人間が嫌いだ。逆に言えば化物は興味がある。それに対し、君はどちらに分ける事も出来ない。人間とは思えないし、化物でもない」


 「……」


 「だから、君は俺に狩られる存在だ。俺が化物になるための経験値を君で貯める。

 結局、強くなんか無い君に俺は負けたんだからね。これじゃ化物にも確実に勝てない。前に戦った奴にも負けたしね」


 加須斗は、自分に言い聞かせるような形で語り続ける。一方の少年は一言も発しなかった。



 「君がどんな力を持ってるのかは知らないけど、俺は君を明確な『敵』として認めるよ。もう人間には構わない」



 その言葉は、加須斗の今後を明確付ける宣言でもあった。


 この先彼がどんな相手と戦うのか、それが確実となったのだ。


 もう、彼は人間を相手にしないと誓ったのだから。



 「俺は弱い。だから、同じ弱い者同士殺しあおうじゃないか」



 そう言って、『弱い』殺人鬼は後ろを向いて、舞台の暗幕に向かって歩き出す。


 まるで、この先再び出会う事を予知するかのように、かろやかな足取りで。

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