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偽夢語-ニセユメガタリ-  作者: Joi
第一部
23/33

一触即発Ⅲ

 その時、真琴は内側から響く爆発を見た。


 そろそろ夜の時間帯に入るであろう午後十八時頃。それでも、遠くから聞こえる爆音とそれの原因となる倒壊は、彼女の視界に正確に収められた。


 多摩市と町田市とを分ける境界線の一つ、国士舘大学付近のとあるビルの屋上から全体を見回していた彼女は、一つの区域での爆発を丁度目撃したのだ。


 「私とした事が……」


 やはり自分の勘など信じるものでは無かったと悔やみ、この後の行動について考える。


 あの爆発が誰が原因なのかは分からない。あの殺人鬼かもしれないし、自分を吹っ飛ばした女が、ゴリラみたいな膂力でまたやらかしたのかもしれない。もしくは、第三者の登場。


 どれにせよ、あの少年は仕留めなければならない。依頼主はもう少し生かしてほしいと言っていたが、この状況だ、自分が狙われている事も含めればあまり悠長に構えていられるわけでも無い。


 自分が少年よりも先にこの世を去る事は出来ないのだ。


 そこで真琴は、自分が用意した隠れ家にある武器について模索する。


 ここからの距離は決して遠くない。走って二十分といったところか。


 ――私は狙撃、苦手なんだがな。ここはそれしか無い。


 遠距離からの狙撃。これしか手段が無い。


 今の自分の目的はあくまで戸田陽太の抹殺。殺人鬼と戦う事では無い。それなら、例え苦手でもやるしかないといえる。


 真琴は市の境に併走するように再び街の構造物を駆使して走り出す。目的地は隠れ家。銃の確保。


 衣服の少なさ故の空気抵抗の無さに一抹の不安を感じながら。



 そしてもう一人、ビルの屋上から街の姿を見つめる人物がいた。


 月島華音。今回の件の始まりといえる存在だ。


 しかし、それはパラレルワールドにおいての彼女であり、本当の彼女は現実世界から、この『月島華音』という器を通じて世界を操っている。簡単な話、どちらも本人なのだが。


 だが、本物の華音には少し不安があった。


 それは、時々パラレルワールドの自分が現実の自分の制御を離れるという事だった。


 『新人類種開発計画』の被験者である彼女は、対象の人間に幻想世界を見せるという魔術めいた能力を頭に付加された。


 これには制限が無く、自分で強度を決める事が出来る。しかし、あまり世界を広げすぎると脳がショートを起こし、最終的に焼き切れて即死してしまう、リアルなデメリットがある。


 現在、華音が作った幻想世界はこれまで使った小さな世界をも融合させて生まれさせた、いわば集大成となっている。

 いくらか負担は緩和され、自分の分身を作る事が出来た。


 だが、完全に緩和されたわけでは無く、強能力使用の代償として現実で生きる人間がこの世界に放り込まれてしまった。

 華音と知り合いでは人間までもがこのパラレルワールドに存在するのだ。


 そうした更なる負荷対象が増え、脳の負担は日に日に膨れつつある。


 今、この世界を歩く自分の分身もそれに伴って制御が効かなくなりつつあるのだ。


 まるで、自分の姿をしていながら全く人間であるような、別人のような感覚。

 このままでは自分が描く通りに陽太を殺せない。展開を甘く見ていた彼女は、第三者を利用する事にした。


 その第一段階として、町田を根城にする殺し屋を利用したのだが――予想外の人間が舞台に上がってきたようだ。


 ――拔場加須斗。


 偽りの自分を被った華音が心中で一人の男の名を呟く。


 大量殺戮者であるその人物が戸田陽太や彼周りの人間、滝縫真琴に関わった事で状況は華音が危惧したものに変わりつつあった。


 このままでは、登場人物が皆殺人鬼に殺されるかもしれない。


 そうなれば自分がここまでした意味が無くなってしまう。華音にはそれが耐えられなかった。


 自分が思い描いたような理想の形を実現させるためには、余計なものは消さなければならない。


 そのためには、己の姿を明るみに晒してでも、完遂しなければならないのだ。


 現実の華音は目を瞑り、脳に掛かる『負』の蓄積に耐えながらもパラレルワールドの安定を図りつつ、その世界に作った自らの分身に意思を伝えていた。


 しかし、今まで成功していたもう一人の『自分』とのコンタクトは、唐突に途切れる事になる。


 ぷつり、と。


 脳の中で何かが弾けた。


 弦楽器の根幹を成す弦が切れてしまったかのように、今まで同じだったものが独立してしまったかのように――彼女の頭の中で何かが途切れた。


 痛みは無かった。ただ何かが終了してしまったような、曖昧な感覚。それらが彼女の中で何か不気味なものを連想させる。


 それが、現実に表れる要因だった事に本人が気付くのは、それから数秒後の事だった。


 分身を中心に自分が作りだした世界を監視していた現実の華音。しかし、突如その世界がブラックアウトしたのだ。


 「えッ……」


 目を開け、驚きの声を漏らす。


 そこにあったのは自分の部屋で、ペンキで白に塗られた天井だけが視界に広がる。自分が布団に寝ころんでいた事に気付く。


 目を閉じた瞼の先に見えていた、現実であって現実では無い世界が見えない。目を閉じても真っ暗な世界だけが彼女を迎えていた。


 ――まさか……。


 華音は、自分が一番危惧していた事態について考える。


 それは分身とのアクセスが途絶え、パラレルワールドから排除され、ただ世界を安定させるための『機械』になってしまう事だった。


 分身は死なずに、オリジナルの自我を持ってあの世界を歩き続ける。殺す方法は無いのかもしれない。


 ただ、分身と本物が分裂しても、共通点というものは生き続ける。


 一つは容姿が同じだということ。


 もう一つは、この世界での目的だった。



 その時、パラレルワールドで一つの生命が途絶え、再び動き出した。


 少女は、自身の手を見て、続いて二本の足を見る。続いて自分の身体を包む服を見る。


 そこで今の自分がどういう存在なのか、ある程度把握出来た。


 名前は月島華音。女。学生。好きな食べ物はお寿司。嫌いな食べ物は菓子類。趣味は人間をからかうこと。好きな人はいない。


 目的は、戸田陽太を殺すこと。そのためなら他の人間を見捨て、殺すことが出来る。


 要約すると、自分は人間史上最大のクズという事になるのだが、いいのだろうか?


 *****


 この物語は、基本的に無駄な物語だ。


 一人の少年の弱音から始まり、日本政府規模の極秘プロジェクトの被験者の復讐が絡まり、たくさんの無関係な人間を巻き込んだ世界一下らないパレードだ。


 その舞台に上がった人間はもう後に引く事が出来ない。すでに環境に順応した人間達に引きずられ、さらに奥深くへと沈み込んでしまうのだ。


 だからこそ終わる事が出来ない。

 だからこそ終われない。

 それが、この物語だ。

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