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偽夢語-ニセユメガタリ-  作者: Joi
第一部
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開幕序章

 私立西和高校。東京都町田市の中心部に建つ私立校だ。


 町田駅や他の駅から離れており、交通アクセスに関しては不便だが、それを除けば生徒からの人気は近隣の高校に比べて高い。


 柔道部や弓道部、茶道部が有名な他、風紀や治安の乱れがなく、寮が設けてあることから、この学校に進学したいという生徒は多いのだ。年々偏差値は上昇傾向にあり、進学率も高くなる一方である。


 そうした面から、この学校の生徒は比較的充実した日々を生活しているといえる。


 とはいえ、それは『比較的』であって、中には毎日を楽しんでいない生徒もいるのだが。


 戸田陽太もそうした人間の一人である。


 小学生の頃から陸上をやっていた彼は、中学最後の大会で三位。県大会への切符は優勝と準優勝だけで、彼は惜しくも県大会に出場することは出来なかった。


 これを機に辞めようかと思っていたのだが、悔しさは毎日心の中で疼き、辞めるという選択をどうしても選べなかった。


 そして、彼は高校でも陸上を続けることを決意。有名な部活に隠れてしまっているが、県大会で上位に入っている西和高校の陸上部へ入部したのだが――


 ――考えが甘かった。


 「ご、はぁぁあああ……」


 なんとも歪な荒れた息を上げ、陽太は部室のパイプ椅子に腰掛ける。


 もう太腿がパンパンだ。これ以上足を使っても歩行がままなるか心配なほどだ。


 そしてなにより辛かったのは、この暑さである。


 七月の上旬だというのに今日の気温は三十二度。放課後というのもあり、少しずつ下がるだろうと思っていたのだが、その予想は完全に見当違いだった。


 放課後になっても日差しが弱まることはなく、太陽はこれでもかというほどに夏の暑さを人間達に知らしめていた。


 暑がりな陽太にとって、夏という季節は一番嫌いなのだが、その中で陸上をやるというのは、もう苦痛以外の何物でもなかった。


 小学校、中学校と陸上を続けてきたが、それらはタダのお遊びだったのだと彼は考える。高校は、全く違う。入学して三ヶ月経った現在(いま)、陸上部を通してそれはもう体に染み渡っている。


 そして、練習メニューの鬼畜さと夏の暑さが、彼の脳裏に一つの言葉を浮かばせてしまう。


 ――ああ、こりゃヤバい。こうなるなら帰宅部入って平和な毎日過ごしてたほうが良かったわ……。


 そんな後悔の念が膨らみ、陽太の心を暗くする中、一人の少年が部室に入ってくる。


 「よ、戸田。お疲れさん」


 「おお、上井……お疲れ」


 「おいおい、何でそんな絶望的な顔してんだお前?」


 上井と呼ばれた少年は笑いながら額にたっぷりと浮かべた汗を拭う。そして汗でぐっしょりになったシャツを脱ぎ、タオルで体の汗を拭き始める。


 上井剛。陽太と同じクラスで同じ部活に所属する少年である。


 明るい性格をしていて、クラスのムードメーカー的存在だ。枝毛の目立つボサボサの髪型と崩したブレザーが特徴的で、爽やかな笑顔が意外と女子に人気である。


 また、その性格は陸上部でも健在で、どんな時でも周りの笑顔と笑いを絶やさない。顧問からは苦手とされているが。


 陽太も、最初は彼のテンションを苦手としていたが、同じクラスであることと三ヶ月経って慣れてきたこともあって今は普通に会話出来る。


 「いや……俺暑いの苦手だから、すげぇ疲れちゃって」


 「暑いの苦手なのかお前。よく今まで陸上やってたな。ましてやスポーツなんて」


 「あれはお遊びだよ。今は違う。ガチだからこそ、すごい疲れるんだ」


 今思ったことを言ってみる。そうでもしないと、自責が後を絶たなくなってしまう。

 すると、剛はポカンとした顔をしながら、こう言った。


 「すげぇな、戸田は。お前はちゃんと、前に進んでるぞ」


 言い終えるとニッと口を吊り上げながら笑い、上半身裸のまま部室を出ていく。


 外から女子の悲鳴やら顧問の怒号やらが聞こえてくるが、陽太にはただのBGMのようだった。


 ――俺が前に進んでる?俺は練習に着いていくのに必死だからそう言ったのに。


 剛の言葉の意味を考えながら、陽太は無意識にスポーツドリンクをがぶ飲みしていた。

 自身の後悔をも、勢いよく飲み込むかのように。

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