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偽夢語-ニセユメガタリ-  作者: Joi
第一部
17/33

戦闘準備

 「ぐぁ……くっ」


 まだ陽が上がって間もない午前中。町田駅市街地から近いところにある住宅街にある賃貸アパート。


 築五十年になるそれは、雑草が大量発生している上に建物に何ヶ所かヒビが入っている事から、工事が必要なのは確実なのだが、いまだに管理人が行動に出る様子は見受けられない。


 また、外観の酷さは部屋にまで影響していた。しかし、その酷さは家賃の安さに繋がり、住人としてはあまり気にしていないようだった。


 そんなどこにでもありそうなアパートの一室で、滝縫真琴は応急処置を取っていた。


 正確には、闇医者の部屋で。


 「ありゃりゃ、これは派手にやられたね。

 僕がいなかったら、君どうするつもりだったの?左目に布縛って終わりだなんてダメだよ。

 大量出血は免れないし、これだけの怪我じゃ人間の治癒能力をもってしても無理だからね」


 闇医者――町屋十里はヘラヘラ笑いながらそんな事を言う。とても怪我人を労わるようには見えない。だが、手は慎重に彼女の顔辺りで動いていた。


 左目辺りに麻酔を掛けて簡易手術を行っているのだ。


 病院などで診てもらうのが困難だったり面倒な職種の人間のために働いている彼にとっては、こんなものは日常茶飯事なのだろう。


 「にしても、この世界はなんなんだろうね。テレビ見れないし冷蔵庫も使えない。何も出来ない上に人はいない。いても居留守使われるから、結局のところ変わらないし。これじゃいつか飢え死にしちゃうよね」


 変わらずニコニコしながらそう話す十里。


 どうやら、お喋りな性分らしく、先ほどからずっと一人で笑いながら話している。


 そんな彼を真琴は鬱陶しく思いながら、先ほどの男について考える。


 ――あの男……やはりこの街に来ていたのか。まさか、あんなところで会うとは……。上手く乗せられたものだ。


 全国に指名手配されているあの殺人鬼と一戦交えなければこんな事にはならずに済んだのに。


 あの時殺しあいに身を投じた自分に憤りを感じる。とはいえ、今となってはどうしようもないのだが。


 ――亜陽洲会や殺し屋統括情報局に追われているという話だが……。


 警察は勿論のこと、あの赤いスカーフの殺人鬼は裏社会の人間達にも喧嘩を売ったらしく、あらゆる方面から逃げているらしい。


 横浜で噂の、殺し屋を統括する組織にも狙われるほど、彼は危険人物ということだ。


 ――左目はもう完全に失明。くそっ、戦闘では足手まといになるな。


 ナイフで抉られた左目は原型すら留めていないという。


 周りの皮膚までぐちゃぐちゃに掻き回され、これまで味わったことのないほど強烈な痛みだった事を今でも覚えている。


 ショックで意識が吹き飛んでしまいそうだった。今まで人を殺めてきた分を含めても、因果応報とは思えなかった。


 ――次会ったら殺す。腕を持っていかれようが足を持っていかれようが、確実に殺す。


 そんな物騒な事を考えていると、十里が笑いながらこちらを覗きこんできた。


 「一応処置は終わったよ。ただ、安静にしておいたほうが良いね。いきなり動くとその反動で傷口が開いて血がドバァってことにもなりかねないし」


 「助かった。代金はどれくらいになる?」


 十里とは裏稼業を始めた初期からの付き合いで、いわばお得意さんであった。そのため、その問いに対する十里の反応は想像出来た。


 「「身体でお願いするよ」、だろ」


 彼の言葉に合わせ、真琴も言ってみる。決まっていつもこれなので最近セクハラだと思う気が少しずつ失せてきた。


 「お前、会った時からずっとそれだな。他の女性の同業者にもそう言ってるのか?」


 「いや、真琴ちゃんだけだよ」


 ――前言撤回。こいつはセクハラだ。ていうか変態だ。


 初めて会った十五歳の頃も、セクハラ発言をして真琴の背筋を震わせていた。それも、満面の笑みなので尚更不気味だった。今でもその場面での笑顔は気持ち悪いと思う。


 「いや~、一回ぐらいいいじゃん。減るもんじゃあるまいしさ」


 「だいぶ失礼な事言ってるのに気付けセクハラ野郎。殺すぞ」


 ドライアイスよりも冷え切った目で十里を見る真琴。いつのまにか、右手には愛用のナイフが握られていた。


 そして、それに気付いた十里が慌てて口を動かす。


 「いやいや、冗談だって!本当に殺されそうだなぁ」


 「……そもそもお前、何歳だ?」


 「え、僕?二十四歳だけど」


 ――こいつ、本当に頭大丈夫か?


 本気で心配になり、無意識にジト目にした真琴。それを引いていると受け取った十里が困ったような顔で声を出す。


 「いやいや、これはスキンシップっていう何というか……。とりあえず、疾しい気持ちがあるわけじゃないから安心してくれ」


 「ならいいが……実際触ったりしたら即効首切りだからな」


 そう言って、代金を置いてから玄関に向かう真琴。ドアを開け、そのまま立ち去ろうとした時、十里が声をかけてきた。


 「ところでさ、今回の君の任務は何なんだい?

 左目抉られるほど危ない仕事なの?」


 それに対し、真琴はドアを閉める動作に合わせ一言、彼に言った。


 「あぁ。ウザったい殺人鬼が関わるぐらいにね」


*****


 十里のアパートを出て、自分の部屋があるマンションへと帰る真琴。

 左目には黒の眼帯、黒髪の一本結びは解いてストレートにしていた。枝毛がだいぶ目立っている。


 ――これからどうするか。仕事は何としても完遂しなければ……。


 これからの行動について考える。そもそも、真琴はあの時の戦闘で死ぬ筈だったのだ。あの忌わしい殺人鬼の手によって。


 しかし、戦闘(?)中に第三者の可能性を殺人鬼が察知し、その場を離れたのだ。


 結果として、左目をこれ以上弄られることは無かった上に、第三者というのがまさかの知り合いの闇医者だったので、アパートまで送ってもらい、治療までしてもらったのだ。幸運としか言いようがない。


 ――今回はあいつに感謝しないとな。まぁ、触らせる気はないが。


 そんな事を心中で呟きながら歩いていると、前方から誰かが歩いてくるのが見えた。


 幸い真琴の近くに曲がり角があったため、素早い動きで角に入って行く。


 この世界では路上を人間が歩いているという事自体珍しいことだ。どんな種類の人間か分からない以上、そう簡単に姿を晒すわけにはいかない。


 足音は少しずつこちらに近づいてくる。真琴は敵性だった場合に備え身体の態勢を整える。肘鉄やキックで牽制すれば後は永遠にこちらのターンだ。


 そして、角の道に足を踏み入れた何者かを識別した時、真琴は少しばかり驚いた。なぜなら、その相手は仕事の依頼主だったからだ。


 「目は大丈夫ですか?」


 人影――月島華音は真琴に笑いかける。その笑顔には嘲笑や悪意といったものはない。ただただ優しい笑みだった。


 ――まるで女神か天使だな。


 依頼主に対してそんな感想を持ちながら、真琴はフッと笑う。


 「まぁ、知り合いに何とかしてもらいました。安心して下さい、対象は確実に殺します」


 「焦らずに、でも確実にお願いします。彼にはこの世界でたっぷり現実を見させたいので」


 そんな事を話した時の華音の笑顔を見て、真琴は先刻の感想を取り消す。


 ――まだ顔を合わせてそんな経っていないが……。こいつ、本当に私より年下なのか?


 ――何でこんなに表情を作る事が出来るんだ?


 目の前で華音が浮かべている表情は、限りない笑顔。だが、その笑顔は先の種類とは違う。


 今の種類を言葉で表すなら、「悪」だろう。


 誰かを貶めるのが丸見えなほどに悪い笑み。誰が見ても、何か企んでいると思わせるような、性質の悪い笑み。


 そんな目の前の相手に対し、先程の感想を心中で撤回しつつ、会話を続ける。


 「そんなに戸田陽太って奴が憎いんですか?いっそのこと毒ガスとかで苦しみながら死なせればいいのに」


 「そんなんじゃダメなんです。彼にはもっと過酷なものを用意しないと、楽しくなりませんから」


 ――人の人生を食い荒らす悪魔か、こいつは。


 先程感じたものとは逆方向の感想を心中で呟く。この少女は人の人生を狂わせるのが得意なようだ。


 そんな面倒な依頼主から、この世界についての情報は聞いている。


 なかなか信じきれなかったが、現状の異質さを考えると納得出来る。


 電柱を飛び渡っていた時上から街を見ていたが、人間の数が異常に少なかったのは言うまでもなかった。


 「飽きたら連絡するのでその時は殺っちゃって下さい。謝礼ならいくらでもします」


 それで会話は終了とばかりに自分の横をすり抜け、歩いていく華音。


 そんな依頼主を見て、真琴は最後に一言を告げる。


 「はい、ムカつく殺人鬼と一緒に殺っておきます」


 と、闇医者に言い残した言葉に類似した言葉を。

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