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第46話 ピロリ菌

作者: 山中幸盛

 幸盛の父親は胃がんを患って七十歳で死んだ。幸盛自身も二十五歳の頃に胃潰瘍で入院している。という次第で、胃がんは遺伝しないだろうが胃がんになり易い体質は受け継いでいるだろうから、同じ運命をたどるかもしれない、との覚悟はとうにできていた。しかし、幸いにもその後の三十五年間というもの胃痛等で悩まされることは皆無だった。

 それが、この一週間ほど前から胃の具合が悪いのだ。胃痛とまではいかないまでも、食後しばらくするとムカムカしてくるので正露丸糖衣錠の厄介になっている。その原因には思い当たることがある。一つは、去年の夏頃から寝る前に500㏄のペットボトルに残った爽健美茶にそば焼酎を混ぜて飲んでいるのだが、ここのところ焼酎の割合が200㏄以上になる日が続いていた。そして二つ目は、晩メシを子どもが食べない日があったりすると「もったいない、もったいない」と腹がはち切れんばかりに大食いしてしまうのだ。つまり、年齢不相応の暴飲暴食が原因だと推察している。

 とりあえず、三日前から寝る前の酒を止めてみた。すると、以前よりはムカムカ感が減少してきたが、まだ正露丸を手放すほどではない。そんな中、新聞に目を通していたら次の記事に目がとまった。


 今年二月二十一日から、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の感染による慢性胃炎を治療するため、胃の中のピロリ菌を取り除く「除菌」を行う場合も、健康保険が適用されるようになりました。ピロリ菌は胃がんの大きな原因であり、胃がん予防にもつながると期待されています。

 【ピロリ菌とは】1980年代に発見された細菌で、胃の粘膜に炎症などを引き起こし、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃がんなどの原因となる。胃酸の分泌が不十分な子どものころに生水を飲むなどして感染した人が多いとされ、その後、成人になっても胃の粘膜にとどまり続ける。

 胃の中は強い酸性のため通常の菌は生息できないが、ピロリ菌が出している「ウレアーゼ」という酵素は胃の中の尿素を分解してアンモニアを作り、ピロリ菌の回りを中和することによって生き延びている。

 【上村直実・国立国際医療研究センター理事・談】

 胃がんの90%以上はピロリ菌の感染による胃炎が原因で、ピロリ菌を除菌すれば、胃がんの発生を抑制することが可能である──これは既に1990年代から2000年代初頭にかけての研究結果から、医学的には世界の常識になっている。


 幸盛は「これだ!」と直観した。おぼろげな記憶ながら佐賀県伊万里市楠久に住んでいた小学二年生までは井戸水で生活していたような気がする。早速、居間でテレビを見ていた老母に確かめてみると、案の定、水道水はなく、近所の共同井戸から水をもらっていたのだという。

 これで確定した。のみならず、「胃がんになり易い体質は遺伝する」なんて次元の話なんかじゃなくて、原因は井戸水の中のピロリ菌にあったのだ。父は後生大事に胃の中でピロリ菌を飼っていたに違いない。ということは、幸盛もこのままだと同じ運命をたどることになる。

 そこで直ちに、薬局で手軽に買える薬とか、あるいはピロリ菌除去に効果のある飲食物を売っていないかどうかをインターネットで調べてみた。そして分かったことは、薬局で手に入る薬はないことと『除菌』のための入院は必要ないが三種類の薬を内服する二週間の間は禁煙禁酒が必須であることと、そして、ピロリ菌の活性を抑える効果をもつLG21乳酸菌というものがあって、それが明治からヨーグルトとして商品化されているということだった。

 おやまあ、LG21ヨーグルトなら、幸盛の母が現在宅配でとっている。幸盛はただちに販売店に電話して、翌日から幸盛の分も届けてもらうことにした。

 すると効果覿面、寝酒を止め、食事は腹七分でガマンし、その上でヨーグルトを食べたせいか、胃のむかつき感がほとんど消失した。しめしめ、これで幸盛の「胃がんで死ぬ」という宿命を変えられるかもしれない。

 それから一カ月が過ぎた頃、定年退職して嘱託職員になり時間的にも精神的にもゆとりができたところで、ヨーグルトなどまだるっこいし、幸盛は思い切って所管の総合病院で除菌治療を受けることに決めた。

 最初の外来での医者の話では、ピロリ菌に感染しているかどうかを検査する方法には内視鏡を使う方法と使わない方法があるというが、その年輩の医師はニコニコ微笑みながら内視鏡での検査を勧めてくれた。むろん、医者の指示には素直に従えがモットーの幸盛に異存はない。

 胃カメラを呑むのは二度目で、一度目は三十五年前の胃潰瘍の時だからファイバースコープはずいぶん細くなった気がするが、何度経験してもウエッ、ゲヘッとつらいものだった。しかし、今後の二週間にわたる治療でピロリ菌を撲滅してしまえば、少々の暴飲暴食も可能になるというものだ。 

 そして、いよいよ禁煙禁酒が始まると覚悟して病院に行った際、その担当の医師は幸盛にさらりと告げたのだった。

「早期発見できてよかったです。悪性の胃潰瘍でした」

「は?」


 これを書いたのは内視鏡検査を受ける前のことで、実際に受けてみたら「管」は鼻から入れられるほどに細くなっていましたので、「ウエッ、ゲヘッ」となることはありませんでした。

 また幸いなことに、胃潰瘍は発見されましたが「良性」でした。やれやれ。

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