#8
俺の言葉を否定したのは、アテナ理事長だった。
「おい、アテナ。どうしてここにいる? 大切な会議があったはずだろ!」
校長は、驚きを隠せない様子でアテナ理事長に詰め寄る。
「私から、お兄さんに話したいの」
「っ! そんな理由で、大切な会議をすっぽかしたのか? 普段のお前では、ありえない行動だぞ!?」
「うん。解っているよ。でも、大切な会議よりも、お兄さん……慎也に真実を話すことの方が大切だと思ったんだ」
「「なっ」」
アテナ理事長の発言に、校長とアレスさんは驚きの声をあげた。
「慎也」
アテナ理事長に優しい声で呼ばれる。
俺は、吸い込まれるように、アテナ理事長を見た。
「今から見せる光景、話すことは、全て真実です」
俺はなにも喋ることができずに、ただ頷くことしかできない。
「ちょ、ちょっと待て、アテナ! お前が《それ》をしたら駄目だぞ!」
校長は激しく取りみだしながら、アテナ理事長に制止を呼びかけるものの、その声は届かなかった。
――光が、部屋に溢れた。
太陽の光でも、蛍光灯の光でもない。
じゃあ、この光は一体なんだ?
かなりの強い光なはずなのに、眩しさはなく、全く不快に感じない。
むしろ、優しさに包み込まれているような、暖かくて、……安心感さえ覚える。
やがて光が収まり始めると、校長室内がうっすらと見えるようになった。
そして、理解する。光の発生源は、……アテナ理事長だったと。
「天使の……翼?」
アテナ理事長の背中には、白い立派な翼が『六枚』生えていた。
「天使ではない。神だ」
アレスさんが俺に釘を刺してくる。
「ほ、本当に神なのか。それじゃあ、この学校は本当に神の通う学校なのか!?」
「だから、そう言っているだろう」
アレスさんは溜息を吐きながら話を続ける。
「慎也。君は言ったな。神は人間を救わないと」
「あ、あぁ。神は人間を救わない」
目の前にいるのが神様だと解っても、俺は前言撤回することはなかった。
「なら、人間は神を救うのか?」
「――え」
人間が、……神を救う?
アレスさんの予想外な返答に、俺は戸惑だった。
だって、神は人間に与える側で、与えられる側ではないと思っていたからだ。
「アレス。あまり、慎也を困らせちゃダメだよ?」
そう言ったアテナ理事長の姿は、翼の影響で神々しさに溢れているのだが、顔は苦しみに歪んでいた。
そして、苦しいのを無理に我慢したような笑顔を俺に向ける。
「聞きたがっていたよね? 慎也を、この学校に入れた理由。それはね――」
ごくり。
俺はツバを飲み込んで、アテナ理事長の言葉を待つ。
しかし、アテナ理事長の口から、理由を聞くことはできなかった。
何故なら、理由を言おうとしたアテナ理事長が、その場に倒れてしまったからだ。
翼もいつの間にか消えている。
「なっ! どうしたんですか!」
状況が理解できない。何故、アテナ理事長は倒れた?
「……呪い」
アレスさんが小さく呟く。
「呪い?」
「あぁ。アテナは神の中でも最上級の力を持っている。それ故に、呪われた」
「もしかして、悪魔にですか?」
神が存在するならば、悪魔だって同様に存在するはずだ。
神の力を恐れる悪魔だったら、きっとアテナ理事長は脅威の存在。
だから、呪いをかけられた。
そう考えた俺だったが、アレスさんの口から出た『答え』は全く違うものだった。
「いや、悪魔にではない。私たちと同じ、神にだよ」
「ど、どうしてですか!? 理解できない! なぜ、神同士でそんなことを?」
「人間同士だって、戦争で殺し合いをするだろ? それと同じだ。慎也、君は神という存在を信じていなかったくせに、神に対して理想を抱いていたな? 所詮は同じだよ。神も、人間も」
そう言ったアレスさんの表情は、どこか悲しそうに見えた。
「……アテナ理事長にかけられた呪いとは?」
「見ての通りだよ。アテナは、自身の神としての力を解放すると、呪いによって命を削られる」
「……っ!」
言葉にならなかった。
アテナ理事長は、俺に神の存在を信じさせるために命を削った……!
確かに、言葉だけでは無理だったかもしれない。
でも、俺なんかのために、どうしてそこまで!
「それで! アテナ理事長は大丈夫なんですか!?」
「もう少し経てば、目を覚ませるくらいに回復をするはず」
アレスさんの言葉を聞いて、とりあえずは安心した。
だけど、アテナ理事長の寿命が縮まったのは確か。
複雑な気持ちで一杯だ。
「少しくらいの力を使うなら、そこまで問題はないみたいだがな。でも、今みたいに本来の姿になると、体が持たない」
「アテナ理事長はリスクを犯してまで俺に……。本来の姿を見せるのなら、アレスさんや校長先生に任せれば良かったのでは?」
「あぁ、そうだな。私も驚いているよ。まぁ、一番驚いているのは、アテンだろうがな」
アレスさんに言われたとおり、俺は校長に視線を向けた。
校長は無言で、アテナ理事長を抱きしめている。
……見ていて胸が痛んだ。
「何故、俺にこだわったんですか? 俺以外じゃ駄目だったんですか?」
「……慎也。昨日、金髪の女の子に声をかけられなかったか?」
俺は、すぐにあの子だと直感した。