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神のから騒ぎ  作者: あすかはなび
第一神話 欲望の果てに
4/29

#4

 

 ……あれ? 痛くない。

 いや、確かに衝撃はあったのだが、衝撃を受けた顔面は、優しくて柔らかい温もりのある物体に包み込まれていた。

 今どきの車は、車内だけではなく車外にもエアバッグが付いているのか。

 なんて、間抜けなことを考えていたところ、


「奴が言ってた通りのマヌケだな」


 研ぎ澄まされた日本刀のような鋭さをもった声で切られた。


「んー、んー!」


「声もマヌケだ」


 酷い言われようである。

 視界がエアバッグによって塞がれているため、声の主を確認することができないが、口調からして男だろうか?


「ん、ンンンンンッ!」


 埋もれた顔を引き抜こうと、エアバッグに手をかける。

 もにゅん。


「ふぇ?」


 ん? なんか、可愛らしい声が聞こえたが錯覚か?

 それにしても、なんてさわり心地の良いエアバッグなんだ。

 弾力性に富んでいて、吸い込まれるように沈みやがる。こんなのが車に付いていたら、コレ目当てで事故を起こす奴もいるんじゃないだろうか?

 名残惜しさを感じながらも、俺はエアバッグから顔を引き剥がす。  


「ぷはぁ! 死ぬかと思ったわ!」


 視界がよみがえり、周辺の情報が一気に脳へと流れてくる。

 まず、俺が目にしたのは山の谷間だった。形が良くて、ふっくら膨よか。母性本能溢れるその山を、俺は右手で鷲掴みにしていた。


「……」


 無言で俺を見つめる、ショートの黒髪で、黒縁の眼鏡をかけた、ボーイッシュな空気を纏う女性。

 僅かに頬が赤く染まっている。

 先ほどの可愛らしい声は、このスーツ姿の似合うお姉さんからだったのか!

 どうやら、車に跳ねられたと思った衝撃は、このボーイッシュなお姉さんが助けてくれたときに感じたものだったらしい。

 とりあえず、お礼を言わなくてはならん! だが、おっぱいを鷲掴みにしながら、


「Thank you」


 なんて、紳士な俺は口が裂けても言えん!

 くっ。時間が止まって感じるぜ。

 まだ十秒も過ぎていない気もするが、一時間も、二時間も過ぎた気もする。


「あ、あの。良いおっぱいしてますね。永久にこのままでいたいです」


 長い沈黙に耐えきれなかった俺は、ボーイッシュのお姉さんへ称賛の言葉を贈った。

 褒め殺しにしてからの謝罪コンボを決めようと思ったのだが……。

 あれ、なんかヤバくね? てか、今のセリフは紳士どころかただの変態な気が。


「……」


 お姉さんが無言で俺を睨む。

 視線だけで人を殺せるんじゃないか? というくらいの殺気だ。


「すいません! わざとじゃないです!」


 思わず謝罪の言葉が出るくらいに怖かった。


「……はぁ。解ったから手を離せ」


 いまだに胸を掴んでいたことすら、忘れてしまうほどの恐ろしさだった。

 謝罪が通じたのか、いくらか殺気が弱まったところで、俺はお姉さんの胸から手を離した。

 最後にもう一揉みしようかと思ったが、チキンな俺には無理な話よ。


「はぁ。マヌケなだけでなく、馬鹿とは救いようがないな、全く」


 お姉さんは立ちあがると、スーツに付いた砂埃を払いながら俺に酷評を言い渡した。

 まぁ、当然だ。初対面で事故とはいえ、女性の胸をもてあそんだのだから。

 お姉さんの、スレンダー巨乳な身体を見渡した。身長は俺くらい、……170cmはありそうだ。

 俺は申し訳ない気持ち一杯で、お姉さんの次の言葉を待つ。

 きっと、厳しい罵倒を浴びせられるに違いない。

 そして、お姉さんが口に出した言葉は、


「ま、そういう奴は嫌いじゃないけどな」


 罵倒からは程遠いものだった。


「へ?」


 予想だにしていなかったお姉さんの反応に、俺は驚くだけでまともな返答ができず、間抜けに口をポカンと開けた。

 蔑まれることには慣れているが、このような反応のされ方には慣れていない。

 正直、どうして良いか解らずにオドオドすることしかできない。


「二人とも大丈夫~?」


 そんな状況を救ってくれたのが、心配そうな顔でこちらに駆け寄ってくる、先ほどの少女だった。


「問題ない。少年も無事だ」


「そう、良かった~」


 お姉さんの言葉を聞いて、少女は安心に満ちた顔をした。と思ったら、今度はしかめ面で俺に向き合う。

 小さい子は、よく表情が変わって可愛いなぁ。

 全く、微笑ましい限りだ。


「もう! なんで急に走り出したの! 見通しの悪いところは、左右の安全確認をしてから出ないとダメでしょ!」


 少女は両腰に手を当てながら、アスファルトに座った俺の目線に合うよう、前屈みになってこちらを見る。


「う、えと、すいません」


 幼い少女に叱られ、敬語で謝る俺。


「車を運転してた人、顔が真っ青だったんだからね。…………中々心配して立ち去ってくれなかったから、洗脳しちゃったし」


 最後の方はごにょごにょとして聞き取れなかったが、少女の発言により、俺のせいで幼稚園バスの運転手を、お先真っ暗にさせてしまう寸前だったことを思い出す。


「あれ、運転手さんはもう行っちゃったの?」


 謝辞の言葉を入れよう思ったが、幼稚園バスは見当たらない。


「うん。もう行っちゃったよ。それにしても、アレスが助けてくれなかったら本当に大変なことになってたよ」


 アレスさんって、ボーイッシュなお姉さんの名前か。外人さんだろうか?


「アレスさん、ありがとうございました。お礼をさせて頂けるなら、お礼がしたいです」


 俺の命の恩人だ。なにか、お礼をしなくては気がすまない。

 受けた恩はきちんと返す。紳士にとっては当然である。


「あー、なんだ。気にするな」


 くっ。なんて寛大なお方なんだ! だが、ここで引き下がるわけにはいかんっ。


「どうしても、お礼がしたいです!」


「う、そこまで言われると断れないな。えーと、どうしようか」


 アレスさんは困っているようで、目を泳がしている。

 不意に、その目が少女を捉えて止まる。俺も思わず少女を見る。

 ひらひら。

 少女は手に持った紙をアレスさんに見せている。

 なになに、『森羅万象学園入学手続き書』……って! ちょっと待て!


「あー。なるほど」


 ポンっ。

 と可愛らしく手を叩くと、アレスさんは俺に正しく向き直して言った。


「森羅万象学園に入学してくれ」


 少女は満足そうに首を縦に振って、うんうんと頷いている。


「あの、それはちょっと、……他のでお願いします!」


「却下だ」「却下だよっ!」


 二人の声が見事にハモる。


「いや、俺地元の高校に通っちゃってるし」


「転校だ」「転校しようっ!」


「えーい! そんな簡単に転校なんてできるか! 今すぐ転校できるってならしてやりますよ! それに、俺の学力知らないでしょ? 地元の馬鹿学校ですら、ギリギリ受かったんですからね!」


「ん? 今すぐ転校できるのなら良いの?」


 少女はあどけない顔で、肝心な最後の部分を切り離して聞いてくる。


「可愛い……っじゃなくて! 俺の学力じゃ、転入試験とか絶対に無理だし!」


 実際、二人が勧める森羅万象学園というのが、俺の通っている馬鹿学校よりも偏差値が低いのならば、俺はその名前を知っているはずだ。

 俺は基本、偏差値四十五以上はエリート学校と勝手に認定し、その学校名は覚えないことにしているからだ。


「それなら問題ないよ~」


 少女は気楽にそう言った。

 そもそも、子供に転入試験だの言っても解るはずがない。

 なので、少女にも解るように説明をしてあげよう。


「あのね、お嬢ちゃん。お兄ちゃんは物凄く馬鹿なの。高校生にもなると馬鹿な奴は、みんなお払い箱にされるの」


「言っていて悲しくならないのか、少年」


 アレスさんにつっこまれる。

 悲しいどころか、死にたくなったのは言うまでもない。


「うん。お兄さんが馬鹿なのは解るけど、問題ないよ」


 悪気はないと思うが、少女の言葉でさらに死にたくなる。


「だって私、森羅万象学園の理事長だから」


「はい?」


 聞き間違いだろうか。

 この少女が理事長? ……そりゃないだろ! こんな幼い子が理事長なんて、俺が許しても世間が許すわけない!


「ワンモアプリーズ」


「え? もう一回言うの? んと、お兄さんが馬鹿なのは――」


「そこは言わんでいい! その後!」


「あはは。ごめんね。言い直すなら、そこからが美味しいかなーと思って」


 少女は舌を小さくちらっと出すと、改まって言い直す。


「自己紹介遅れました。森羅万象学園、理事長のアテナと申します。よろしくね♪」


「……」


 俺は、無言でアスファルトから立ち上がる。

 その際に、立ちくらみがした。

 きっと、俺が森羅万象学園に転校することは、避けられない運命にあると悟ってしまったからに違いない。


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