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神のから騒ぎ  作者: あすかはなび
第一神話 欲望の果てに
3/29

#3

 

 自宅前までたどり着いた俺は、久保田が言っていた黒塗りのベンツを発見した。


「うわ。自宅前って言うか、家の車庫に停まってるじゃねぇか」


 なんの変哲もない一軒家にベンツが停まっているのは、なんともシュールだ。

 ご近所さんには早速ネタとして回収されているに違いない。

 それにしても、ベンツなんて間近で見るのは初めてだ。


「さ、触って良いかな?」


 なんとなく、ベンツに喋りかけてみた。

 初めて間近で見るので、息を荒くしながら。

 周りで見ている奴がいたなら十中八九、俺を変人認定するに違いないだろう。


「……ソフトに触って下さいね。エンブレはデリケートな部分なので、触っちゃダメですよ~?」


 べ、ベンツが喋っただと!? 

 どういうことだ。このベンツは生きているのか?

 まさか、あれか。美少女がトランスフォームしてる的な。

 とにかく、人との会話があんま得意じゃない俺が、ベンツなんかとマトモに会話ができるわけないっ!


「じゃあ、エンブレ触ります」


「きゃっ!?」


 ベンツから、驚きの声が漏れた。

 動揺のし過ぎで、触っちゃダメを、触ってくれて勘違いしてしまった!

 だが、今さら手を引っ込めても男として情けない。

 男のプライドに火がついてしまった俺は、思う存分にベンツのエンブレを堪能することにした。

 強弱を調整しながら、リズムを付ける。時に強く、時に弱く。飴とムチを使い分けるように。

 すると、黒いベンツは火照ったように車体が赤へ……変わったのは錯覚だと思いたい。


「え、えんぶれはっ、だめぇ~!」


 ベンツが激しく乱れている。

 見た目は黒塗りで厳ついイメージなのに対して、中身は穢れをしらない少女のようにウブで可愛い。

 これが、ギャップ萌えってやつか……。


「もうっ、我慢できん。お前の給油口を借りるからなっ」


 ベンツの側面に移動すると、俺は自分のベルトに手を掛け――


「……ぷ、ププっ。」


 可愛らしい、笑い声が聞こえた。

 まぁ、隠れてベンツ役を演じていた存在には途中で気づいていたけど、中々ネタバレをしてくれなかったことから、俺は相手が折れるまで演じ続けたのだ。

 変なところで負けず嫌いなため、ここで終わってくれなかったら俺は残りの人生、冷たい飯を食べて暮らすことになっていたかもしれない。


「これで満足? お嬢ちゃん」


 ベンツの後方から、ぴょこぴょこと揺れているアホ毛を優しく摘む。


「きゃっ。む、むぅ~。年上に向かって『お嬢ちゃん』は失礼だよっ」


 少女は不満を隠すことなく、声と表情に出して俺に言った。

 声から小学校高学年だと判断したんだが、少女の顔を見て、俺は軽く昇天しそうになった。

 身長140cm前後をベースに、組み込まれている少女のパーツは、恐ろしさを覚える程に、完璧だったからだ。

 月の光が溢れる満月の夜ならば、少女の長い銀髪のストレートには、月の光と同等か、あるいはそれ以上の輝きが生まれることだろう。

 整った顔のラインに装飾された、ルビーのような美しさを持った紅い瞳は、少女の好奇心溢れる性格を表しているように思えた。

 少女は、ただ立っているだけでも気品が溢れていて、瞳と同様に紅いスーツに包まれた幼い体は、まさしく花が咲く前のつぼみ。

 成熟した女性では再現不可能な滑らかさを持っており、強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。

 ……要するに、少女は最上級の美少女。


「お嬢ちゃん、可愛いね。いま何年生なの?」

 

 紅いスーツと例えたが、これはどこかの私立小学校の制服だろうか?

 そう疑問に思いながら、目線を少女と同じ位置に合わせると、俺は紳士スマイルで少女に訪ねた。

 

「い、息が荒いよ?」


 言葉には出されていないが、少女の瞳が「気持ち悪いと」訴えている。


「ご、ごめん、ごめん。息が荒いのは、お嬢ちゃんが可愛いから……じゃなくて! さっきまで全力疾走してたからだよ」


 本音が漏れそうになったが、なんとか抑えた。


「そうなんだ。もしかして、お兄さんはここに住んでいる人?」


 少女は首を傾げながら俺に問う。

 このいかにも『お嬢様』って感じがする少女はベンツの所有者か?

 だとしたら、俺にこの家の住人かを聞くことも頷ける。

 予想だが、なんらかのトラブルでここに車を停めることをやむなくしたため、許可を貰いたいのだろう。

 もしかしたら、お礼とか貰えちゃったりして。


「えぇ、いかにも。私はこの家の住人の、緒方慎也おがたしんやと申します。お嬢様」


「え? どうして、急に喋り方が変わるの?」


 口では不信感を露わにするものの、顔は太陽が射したように輝いている。

 まぁ、お嬢様と呼ばれて機嫌が悪くなる子供は居ないだろう。


「いえ、特に理由は。ですが、もしお礼を頂けるなら、お嬢様を高い高いしたいです」


 やっべ……。想像しただけでヨダレがしたたる。

 それにしても、運転手の姿が見当たらないのが気になるな。

 まさか、この子が運転してたわけじゃないだろうし。


「あの、お礼ってなんの話?」


 少女の顔は疑問符で溢れている。


「え。故障かなにかで、うちの車庫に車を停めてるんじゃ?」


「違うよ? お兄さんに用事があるからだよ」


 ん? 俺に用事?

 今度は、俺が疑問符で一杯になる。

 少女の小ぶりで可愛い唇が動く。


「森羅万象学園への入学手続――」


 少女の言葉を全て聞くことはなかった。

 なぜなら俺は、この場から、帰るべき場所である自分の家から走り出したからである!


「し、森羅万象学園だと? 夢じゃなかったのか!?」 


 夢の中だと思い込んでいた出来事は、実際の出来事だった。

 そう頭が理解したせいか、恐怖で足が思い通りに動いてくれない。

 それでも無理やりに足を動かし、家の前の道に出た瞬間。

 滅多に車なんて通らない、通るとしたら幼稚園バスくらいの道に、運悪く一台の車が通りすぎようとしていた。


「危ない!!」


 少女の叫び声で実感する。

 俺、死ぬ。

 アダルトビデオの気にいったシーンをスロー再生したときのように鮮明に、ゆっくりと今の状況が見えた。

 あ、この車……てか、幼稚園バスじゃん。

 まぁ、園児の乗せたバスで死ねるなら……ん!? 園児を送り届けた後の回送車じゃねぇかっ……! チクショウ!

 てか、映像だけでなく思考までもスローになるんだな! 

 そんなことを思っていたら、ようやく俺に走馬灯と思わしきものが訪れた。

 思い浮かんだ映像ビジョン。それは、今日出会った金髪ロリ巨乳の女の子だった。

 ……夢の中の存在ではなかったんだよな。

 彼女が最後に見せた笑顔に、心臓に鉛玉を撃たれたかのような衝撃を受けた。それほど可愛かったんだ。

 だけど、どこか儚くも見えた。

 そんな笑顔を見せられたからだろうか?


『そばにいてあげたい』


 俺にしては珍しい、下心のない純粋な思いが生まれたんだ。


「そういや、名前聞いてなかったな……」


 パァァァァァァァン!!

 クラクションが鳴り響く中、俺の体は宙に放りだされた。


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