表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神のから騒ぎ  作者: あすかはなび
過去神話 御歳
23/29

前半

御歳の過去話です。

そんなに長くするつもりはなかったのですが、予想以上に長くなってしまったので、前半と後半で分けることにしました!

 絶えず吹き抜ける風は、神社本殿の屋根上に座る私の髪を踊らせる。

 そんな風を、私は鬱陶しく思わず心地良く受け入れていた。

 私はここから境内けいだいを眺めるのが日課であり、また、境内外からの香りを運んできてくれる風が好きなのだ。

 私、――御歳みとしは愛知県の田舎町にある、とある神社で祭神さいじんをしている。

 私の姿は誰にも見えない。ここの住職であってもだ。

 私が見せる気になれば、人間でも私の姿を目視することはできる。

 しかし、私は一度だって人間に姿を見せたことはない。

 人間たちは、存在するかしないかも解らない私に対して願いを乞う。その姿はとても滑稽に見えて面白い。

 願いを叶えてあげても、それを私のおかげではなく、結局はただの偶然で片づける。

 人間とは、なんとも都合の良い生き物だ。

 それでも私は、人間を見捨てることはしなかった。


「人間なんか嫌いだ」


 口ではそう言っているが、きっと、本心では人間が好きでしょうがないのかもしれない。

 だから、――必要とされなくなるその日がくるまで、私はここにいようと思っている。

 それが私の役目なのだから。




「神の仕事というのは、面倒なものだな」


 私は普段通りに、本殿の屋根の縁に座って、神社境内を眺めながらつぶやいた。

 口から言葉が出ると同時に、キセルを吹かしたかのように白い煙が生まれる。

 十二月の下旬ともなれば、寒くて当たり前かもしれないが、今年の冬はやたらと寒く感じた。


「ふぅ。こんな寒いときは、暖をとらないと」


 私は普段着である勘平の胸元に手を入れると、肌で直に温めていた、ありがたい本を取りだした。

 この本は、住職が私にお供えしていた物だ。

 食べ物をお供えされるよりも、よっぽど嬉しかったりする。

 一ページ、一ページを舐めるような視線で、じっくりと観賞しながらめくっていく。


「ふむ。実にけしからん。近年の女子おなごの体とは、どうしてこうも私の欲望を刺激してやまないのか」


 次第に口からだけではなく、鼻からも濃厚な白い煙が噴出されるようになる。

 体が温まってきた証拠だ。

 更なる暖を求め、ページをめくろうとすると――


「どうかお願いします!!  俺のち○こをよみがえらしてください!!」


 男の野太い声が、境内に響き渡った。

 あまりに大きな声だったのと、内容が卑猥だったことから、私はびっくりして、エロ……ありがたい本を手から離してしまった。

 運が悪かったことに、私が座っていた本殿の屋根の下には賽銭箱があり、男は丁度そこにいたらしく、私の元から垂直に落ちていった本は、男の頭部へと当たってしまった。

 男は「痛いっ!」と叫びながら、落ちてきた私の本を手に取ると、


「……エロ本が落ちてきた?」


 戸惑いを浮かべた顔でそう言いながら、上を向いた。


「貴様! 私のありがたい本に向かって、エロ本とは失礼極まりない言い方だぞ! せめて、えっちな本と言え! そっちの方が聞こえがいい!」


 男の失礼な発言に対して、私は思わず大きな声で一喝する。

 ……叫んだところで、人間には聞こえないが!

 男は見た感じ、四十代後半といったところで、少ない髪の毛と、中肉中背な体はスーツで覆われていた。

 私のありがたい本をその場でひらく、男の両腕がぷるぷると震える。


「ちっ。わたしですら、雄叫びを上げた逸品だからな。身震いして当然だ」


 私は男の様子を、当たり前のように思いながら眺めていたが、


「く、くそっ! こんなに可愛い子のおっぱいを見ても立ち上がらないなんて……! 俺はもう、男じゃないッ!!」


 男は先ほどよりも強く叫ぶと、私の本を……ぶん投げた! 賽銭箱に向かって!

 そんな罰当たりなことをした男は、目元を腕で抑えながら、全速力で走って帰っていく。


「たわけ者め!」


 私は屋根から下りて、賽銭箱の前に落ちている本を拾う。

 汚れてしまった本の表紙を見て、


「はぁ。どうして、ここへ参拝さんぱいしにくる人間はみな、男ばかりなのだ」


 私は深いため息を吐きながら、境内を見回した。

 そして目に入るのが、――男根をかたどった、様々な置物だった!

 辺り一面、チ○コチ○コチ○コの嵐。

 私の頬がピクっと引きつる。

 あぁ、解っている。ここの神社は『男性機能向上』の願掛けで有名なのだ!

 なので、参拝しにくる人間は、言うまでもなく男ばかり!

 それも男性機能の迷宮入りが多く見られる、四十代~五十代が多い!

 住職がお供え物にえっちな本を使うのも、それが関係しているのだろう。


「くそ! 『恋』とか『金』に御利益があれば、女子おなごの参拝者も増えるだろうに! なによりもっ! 私は男が大嫌いなのだ!!」


 私は拳を強く握り締め、天に向かって吠えた。

 ……普段となにも変わらない、これが私の日常である。



 今日は十二月二十五日。

 人間が『クリスマス』とか呼んで、恋人と甘いひとときを過ごしたり、家族で御馳走を食べたりする日らしい。

 人間たちはきっと、皆笑顔で過ごしているのだろう。

 そんなことを考えながら、私はいつもの定位置である、本殿の屋根の上に胡座あぐらをかいてボンヤリとしていた。

 辺り一面は雪によって、白く化粧が施されている。


「……寒い。それに暇だ」


 毎年この日は、参拝者が皆無だった。

 楽ができていいのだが、それはそれでツマラナイ。


「ま、たまにはゆっくりするのも悪くない」


 私は自分に言い聞かせると、静かに瞼を閉じる。

 すると、自然と眠気が訪れた。

 このまま寝たら、気持ちが良いだろうな。

 睡魔に身を任せ、眠りの最下層に堕ちようとしたときだった。


「――お願いします。ボクに……家族をください」


 声自体は大きくないが、想いが強くこもった、子供の声が聞こえた。


「……ぬ?」


 片目を開けてみれば、寒さに体を震わせながら賽銭箱の前で必死にてのひらを合わせてお祈りをする、一人の少年がいた。

 歳は小学校に上がったばかり、……六歳くらいだろうか?

 黒一色のおかっぱの髪型をしている少年は、女子と見間違えてしまうほど可愛い。

 声を聞いていなかったら、少年とは思えなかっただろう。

 しかし、少年は中年サラリーマンのようにどこかやつれても見えた。

 少年から生気を感じなかったのだ。


「訳ありといった感じだな」


 少年は私の存在など知らない。だが、私が祭神であるこの神社で祈るという行為は、私に願いを乞っているも同然。

 ……同然なのだが!


「……少年よ! ここは男性機能向上以外の願いは専門外なのだ!」


 境内の至るところに置かれている、男根を象徴としているモノで察してくれ!

 ま、まぁ、あの歳で理解できる方も怖いが。

 このような出来事は初めて故に、私は戸惑いを隠せないでいた。

 少年は賽銭箱の横で膝を抱え込むように座ると、


「…………たい」


 小さく言葉を漏らした。

 まるで、小さな炎が燃え尽きてしまう直前のような、消え入りそうな声で。

 私は少年の言葉を上手く聞き取ることができなかった。

 ――いや、それは嘘だ。

 少年の言葉はちゃんと私の耳に入った。

 だが、少年が放った言葉の内容に私は酷くショックを受け、聞き間違いであって欲しいと思った。


『消えてなくなりたい』


 少年はそう言ったのだ。

 つまり、死にたいと。

 本来なら、夢に満ちているはずであろう年頃の少年の口から、そんな言葉が出るなんて信じられなかった。


「……ちっ。これでは、気持ち良く寝むれないではないか」


 奥歯をかみしめて、私は本殿の屋根からふわりと地上へと下りる。

 ――私は初めて、人間の前に姿を現す決意をした。



 ザっザっ。

 

 雪の積もった地面を歩く音。

 私は少年に足音が聞こえるように、わざと音をたてながら少年に向かって歩いた。

 いきなり目の前で姿を現したら、少年は驚くだろう。そんな配慮を込めて、少年から二十メートルくらい離れた場所で、人間でも目視可能な状態にした。

 少年は私の足音を聞いて、一瞬ビクっとして俯いていた顔をこちらに向けたが、すぐにまた顔を俯かせてしまう。

 私は苦笑いを浮かべながらも少年の元まで辿り着くと、少年の隣に胡座をかいて座る。

 少年の反応はナシ。

 よくよく考えてみたら、人間に姿を見せるのも初めてだし、声を聞かれるのも初めてだ。

 ……急に恥ずかしくなってきたな。

 しかし、無言で座っているだけではなにも始まらない。

 私は恥ずかしさで歪んでしまっているであろう顔をキリっと引きしめると、少年に向かって声をかける。


「……こんなところにいたら、風邪をひくぞ?」


 できる限り優しく、少年を怯えさせないように。

 私と少年の間に数秒の沈黙が続いた後、


「……大丈夫だよ。風邪をひいても、誰も心配しないもん」


 少年は俯いたままの状態で、私に言葉を返した。

 内心、無視されたらどうしようかハラハラだったが、少年は私の言葉に反応してくれた。

 私はそのことにホッとする。


「そんなことはないだろ? 現に、私が少年のことを心配しているじゃないか」


 ちょっとキザくさいかもと思ったが、少年は俯けていた顔を上げ、私に視線を向けてくれた。

 そして、少年の小さな口が開く。


「……おじさんは誰?」


 おじっ、……おじさんんンッ?

 私は少年の一言で、ここへ参拝しに来る、EDという名の迷宮ラビリンス入りをしてしまった中年の男たちの姿を思い浮かべる。

 あ、あやつらと私が同じだと……?

 私の引きつった顔を見た少年は、失言だと気づいたのか、


「……お兄さんは誰?」


 言い直してくれた。

 この歳でここまで気を使えるなんて、素晴らしい少年じゃないか。きっと、将来は立派な紳士になれる気がする。

 でもなんだろう。物凄く複雑な気持ちだ!


「私の名前は御歳みとし。この神社を、……警備している者」


「みとし……さん? 今まで聞いたことのない名前」


「ふふ。世の中は広いからな。少年はまだ幼い。これからの人生、色々な者との出会いがあるだろう」


「出会い……?」


 生気が感じられなかった少年の瞳に、微かだが光が宿り始める。


「あぁ。私と少年だって、こうして出会っただろ? 一つの出会いは、更なる出会いを生む。自分で止めようとしない限り、その連鎖は続いていくのだよ」


「……みとしさんと出会ったことで、ボクにも更なる出会いがくるかな?」


「うむ。出会いというのは一本の糸。今は頼りない糸クズかもしれないが、いずれは大木のように立派なものとなるだろう!」


 少年は私の力説に目を輝せ、尊敬の眼差しを向ける。

 少年が見せた無邪気な表情に、子供はやっぱりこうでなければと実感した。


「ふっ。元気が出たみたいだな。これ以上体を冷やしたら、本当に風邪をひいてしまう。お家に帰りなさい」


 私は言いながら、少年の頭を優しくポンポン叩くと、立ち上がるために自然と上半身が前のめりになった。

 ――その瞬間。

 懐から、ありがた~い本がこぼれおちた。

 思いがけない最悪な出来事に、思わず動きが止まってしまう私。

 少年はというと、私の目の前に落ちた本を凝視しているわけでして。


「……それって、えっちな本?」


 尊敬の眼差しではなく、明らかに侮蔑の視線で私を見る少年。


「……少年よ。君は一つ、勘違いをしているな?」


 少年の視線に耐えきれなくなった私は、苦し紛れの言い訳を必死に頭で考えた。

 そして、立ち上がると同時に腕を組んで少年に視線を向けると、


「この本は、紳士にとっては一番大切なもの。そう、例えるなら心臓、英語で言うとハートみたいなものなのだ!」


 自分でも情けなくなるような、惨めな言い訳が私の口から放出された!

 そんな私の発言に少年は衝撃を受けたのか、


「えっちな本は……紳士の……心臓ハート


 といった感じに呟く。


「…………私はここら一帯の地域では、紳士として有名だからな。常備していて当然なのだ」


 私の一言を聞いた少年は、


「ぼ、ボクもえっちな本を読んだら、紳士になれるの?」


 頬を赤く染めながら、そんなことを聞いてきた。

 や、ヤバイな。明らかに、ボクにその本を読ませて! と少年が言いそうな気がする!


「……ボクにその本を読ませて!」


 少年はモジモジと、上目使いで私を見ながら言った。

 く! 大当たりだったか。

 流石に、こんな小さな子にえっちな本を読ませることはできない!

 だが、見せなければ、私の発言が嘘だと思われてしまうかもしれない!

 道徳を取るか、見栄を取るか。ある意味究極の選択だ。

 無論、私の選択は――


「……最初の見開きだけだぞ?」


 見栄を取ることにした!


「言っておくが、少年。えっちな本を読むだけでは、立派な紳士にはなれないからな。女性を大切にすることが紳士道であり、女性を泣かせるようなことは絶対にしてはいけないぞ!」


 私の力説に、少年はうんうんと頷く。

 少年の反応に満足した私は、目の前に落ちている本を両手で優しく拾うと、少年に向けて差し出す。

 少年はぎこちなく私から本を受け取ると、ビキニ姿の女子が頭の後ろで手を組んで胸を強調させている、管能的な本の表紙をまじまじと見た。

 そんな初々しい少年の反応を見て、なぜか私まで恥ずかしくなってくる。


「あ、あの。みとしさん?」


「な、なんだ?」


「本の表紙に落書きしてある『御歳これ』ってなに?」


 少年は言いながら、表紙の右下に筆で大きく書かれた、『御歳みとし』の文字を指差す。


「あぁ。それは私の名前だよ。大切な物だから、名前を書いておいたんだ」


「へぇ。ボク、漢字はまだ良く知らないんだけど、これで『みとし』って読むんだね」


「うむ。たまに『おとし』とか読む輩がおるがな」


 私は溜息を吐きながら少年に言う。

 実はというと、たまにどころか、私の名前を初めて見た者の大半が御歳おとしと読み間違えるのだ。


「う~ん。おとし……」


 少年は小さく首を傾げ、問題の答えを悩むように呟いている。

 そして、答えが見つかったのか、


「そうだ! みとしさんのこと、おとさんって呼んでも良い?」


 そんなことを私に聞いてきた。


「お、おとさん?」


 私は思わず少年に聞き返してしまう。


「……ダメ……かな?」


「え! いや、構わん!」


 少年が不安そうに聞いてきたので、私は力強く返す。

 どうして、間違った読みの方を略すのだ!

 と心の中でつっこむものの、私は少年に『おとさん』と呼ばれて、なぜか悪い気はしなかった。


「ありがとう!」


 嬉しそうに笑顔で礼を述べる少年を見て、私は気恥ずかしくなり、自分の頬を人差し指で掻く。

 その際、私の頬が緩んでいたことに気付く。

 ――あぁ、そうか。

 先ほどから感じていた、干からびてしまった湖に水が満ちるような感覚。

 やっと、その正体が解った。

 私は喜んでいるのだ。


「……少年。よくよく考えてみたら、私は少年の名前を知らない」


 私は嬉しさで緩んだ頬を隠すように、少年から顔を背ける。


「ボクの名前? ボクの名前は――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ