#1
『神』とは何だろうか。
そんなことを俺、――緒方慎也は思った。
人類を創世したとか言われているわりには、実際に見たことのある奴はいない。
それにもかかわらず、人間に与えている影響力とは凄まじいものだ。
神とは、まさに未知な存在……。
話は変わるが、俺は地元で中々に有名なロリコンとされている。
「公園のベンチに座りながら、遊んでいる子供を眺めるのが好きなんだよ~」
と女子に言えば、
「慎也君って子供が好きなんだ! 優しいね!!」
的な返答が返ってくると思ったら、返ってきたのはドン引きした女子の顔だった。
そこで気付く。
これって、ただのロリコン宣言じゃないか、と。
その日からめでたく、俺はロリコンという名誉ある称号を与えられてしまった。
どうして、俺の暗黒時代(現在進行形)の話をしたかというとだな、これから話すことは決して、下心があって起きたイベントではないと言いたいからだ!
太陽の日差しがこれでもかと降り注ぐ昼時、俺は地元の駅前でとある少女に出会った。
腰まで伸びた長い金髪に、フランス人形のように整った顔は、まさに芸術と呼ぶにふさわしい。
何より俺が釘付けとなったのが、推定身長145cmにも満たない小さな体にもかかわらず、物凄く自己主張をしている、張りのある二つの果実。
これは反則すぎる。イエロー……、いや、レッドカードだ!
少女は辺りをキョロキョロ見回しては、同じ場所を行ったり来たりと繰り返していた。
もしかしたら迷子か?
そんなことを考えていたら、俺はいつの間にか少女の目の前まで歩を進めていた。
「君、……もしかして迷子? 良かったら、お兄ちゃんが目的地まで案内するよ?」
俺は紳士感溢れるスマイルで少女に話しかけた。
「……」
しかし、少女は無言。
「ごめん。いきなり知らない奴に声を掛けられたら驚くよね」
俺は自分で言っておきながら、そのセリフに違和感を覚える。
なぜなら、少女は『驚く』素振りを見せなかったからだ。
知らない人に話しかけられて、羞恥や戸惑いから言葉を出せないなら、まだ解る。
……少女は、人形同様に無表情なのだ。
「俺の名前は慎也。緒方慎也って言うんだ。よろしくね」
あえて、少女の名前は聞かないことにした。
少女から返答が返ってくるとは思えなかったからだ。
「道が解らなかったら、そこの大通りを右側に進むと交番があるから、お巡りさんに聞くと良いよ。それじゃあ――」
だから、俺は少女から立ち去ろうとしたんだ。
しかし、予想外なことが起こる。
「――え?」
少女が俺の袖をつかんだのだ。
顔は相変わらずの無表情。でも、しっかりと小さな手で俺の袖をぎゅっとつかんでいる。
俺は何かが胸の奥から込み上がってくるのを感じた。
「……よし! 目的地はどこなんだい? お兄ちゃんが案内しよう!」
とびっきりの笑顔で、俺は少女にそう言ったのだった。
「ここで間違っていないよな。いや、ここのはずがないよな。でも、紙にはここの場所が記されているぞ!?」
少女に目的地を聞いたら紙切れを渡された。それに記された場所が正しければ、俺の目の前に見えている建物が目的地となるのだが……。
「なんじゃ、このオカルト建造物」
建物の到る所に『神は愛に満ちている』だの『神は慈悲に溢れている』とか『神は今日も元気です』といった、行書体で書かれた気味の悪いステッカーが貼られまくっている。
門に書かれた『私立森羅万象学園』を見る限り、ここは学校なのか?
だとすれば、相当に中二臭い学校名だ。
「こ、ここで間違っていないのかい?」
どうか間違いであってくれ。せめて、この建物の正面に建てられている、しま○らであってくれ。
「……」
少女は言葉の代わりに、ポケットに手を入れると、奇麗にラッピングされた小さな袋を差し出してきた。
「あ、ありがとう。ここで間違いじゃないのね……」
少女が、じぃ~と俺を見つめている気がしたので、袋を開けてみることに。
「クッキーか。美味しそうだ」
これだけのリアクションでは満足しないのか、少女は俺を見続ける。
満足しない?
声を出さなければ表情も変わらないというのに、どうしてそんなことを思えたのだろうか。
『クッキーを食べて』
脳内で勝手に、そんなセリフを少女に言わせてみた。
うん。これが一番しっくりくる。
一度も声を聞いていないのにも係わらず、自然と少女の声を想像できた。
俺は不思議に思いながらも、クッキーを一枚取り出し、口に入れる。
「ん~。甘くて美味しい」
口一杯に砂糖の甘味が広がる。
正直甘すぎだと思ったが、俺は少女に親指を立てウィンクした。
どうだ、これで満足かっ。
しかし、少女はまだ物足りないように俺を見続ける。
これ以上、何をすれば良いん――
「あ、あれっ?」
突如、足が体を支えられなくなり膝を着いてしまった。
「歩きすぎて痺れたかな。ぬーん。ぬぅぅーーーん!!」
掛け声を出して、足に力を入れても立てる気がしない。
容態は悪くなる一方で、次第に足だけではなく、体全体にまで謎の痺れは回ってきた。
俺は情けないことに、地べたに仰向けの状態で倒れてしまう。
「ごめん。ちょっと、体起こすの手伝ってくれない?」
首だけはなんとか動かすことができたので、俺は少女に顔を向けた。
――そして、見てしまった。
あの無表情だった少女が俺を見て、……笑っている。それはもう満足そうに。
「私が作ったクッキー、美味しかった? お兄ちゃん」
初めて聞いた少女の声に、痺れで感覚を無くしているにも係わらず、背筋がゾクっとしたのが解った。
こ、怖い! 今、俺はっ、推定年齢十二歳にも満たない少女に恐怖を感じているッ!
「だ、誰か! 助けてくれぇぇぇぇっ」
俺は叫んだ。たが、腹に力が入らず俺の声は空気中に飛散する。
それに、不思議と周りには人が誰もいない!
この少女に出会ってからは、不思議尽くしだ!
「お兄ちゃんが食べたクッキーには~、猛毒とまでは言えないけど~、わりと強い毒が入ってるから~、……そのままにしてると死んじゃうよ。助けて欲しい?」
少女は俺の頭の傍にしゃがむと、ニッコリと微笑んできた。
「だずげてぇ」
俺は情けなく、少女に助けを求める。
「それじゃあ、私のお願い聞いてくれる?」
とうとう動かなくなった首を、それでも縦に振ろうとした。
そんな俺を見て、少女は「可愛い」なんて言いやがった。
「ふふ。それじゃあ、お兄ちゃんにお願い」
一体どんなお願いをするんだ?
下僕になれとか、ペットになれとか、そんなアブノーマルなお願い、俺には応えられないぞ!
「私の通う学校、――森羅万象学園に入学して」
俺にそう言った少女の笑顔はとても明るく、不覚にも可愛いと思ってしまった。
……そこで、俺の思考はシャットダウンする。