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第二章『斬魔』(1)

第二章『斬魔』



「帰ったよー」


 大きい買い物袋を腕に下げて、純也は玄関のドアを開ける。

 台所もあるリビングに入ると、夕方だというのに漆黒の闇が群がってきた。

「あ、宋兵衛来てたんだ」

 部屋中で羽ばたく蝙蝠を見て、驚かずに冷蔵庫へ向かう。リビングのベランダへ続く窓の縁側で、遼平が肩に一匹の大きな蝙蝠を乗せて座り込んでいた。(わかりやすいんだから……)と、純也は苦笑する。

 自分で気づいていないかもしれないが、遼平には困惑している時に宋兵衛達を呼ぶという癖がある。大抵は呼んで餌をやる程度だが、それで自分の心を鎮めようとしているのかもしれない。実際、宋兵衛達といる遼平の表情は穏やかだ。


『ったく、てめぇの都合で一々呼ぶんじゃねえよ』

 遼平の肩に乗った群れのボス、宋兵衛が高音域の声で喋る。気だるそうに翼を片方だけ伸ばした。

『……悪い』

『なんだ? 今日はやけに素直じゃねえか』

 いつもより大人しい契約者に、宋兵衛は横顔を見る。普段何にも考えていなさそうな顔に、思案しているように眉間にシワが寄っている。珍しいこともあるものだ、明日は雪かもしれない。


「遼」

 短く呼ばれて、遼平は顔を上げる。マグカップを持った純也が隣りに立っていた。いつの間に帰ってきていたのか、全く気づかなかった。

「座っていい?」

「……あぁ」

 ちょこんと純也が左隣に腰をつく。遠く右側の空が赤く染まっていて、風もそろそろ寒くなってきている。


「みんな知ってたんだね、真君のこと」


「……他の二人がいつ知ったかはしらねえが、俺はあいつの口から直接聞いた。入社して一ヶ月ぐらいした頃のことだ。友里依にも……付き合う前にちゃんと言っておいたらしい」

「だから最近、みんなの様子がおかしかったんだね。斬魔のニュースがあったから……」

「バカな模倣犯だと思ってたんだが、言う必要は無かったからな」

「真君の事知った時、どう思った?」

「関係ねえと思った。別にあいつの過去なんか、しったこっちゃねえよ」

 遼平は純也から渡されたマグカップを受け取り、闇に支配されていく空を仰ぎ見る。あの話をされた時、確か事務所の窓辺でこんな空を眺めていた。

「だから言ってやったんだ、『それがどうした』ってな。あいつ、目を丸くして呆気にとられた顔しやがった。俺が非難すると思ってたんだろうな」

「怖くなかった? 少しも?」

「全然な。だって真だぜ? どこが怖いんだよ、アレの」

「遼は強いね」

 俯いて、自分の淹れたコーヒーの水面を見つめる。臆病で惨めな自分の顔が黒い画面に映っていた。


「僕……聞いた時最初『怖い』って思っちゃった。真君なのに……僕が知らない人になったみたいで。真君を信じたいのに、『斬魔』って言葉が頭から離れないんだ。今でもあの話が嘘じゃないかって思う」


「純也、あのマリモキリシタンの話は全て事実だ。嘘だと思いたい気持ちもわかる。……今の真からじゃ、殺人なんて考えられねぇからな。だから純也、俺は今のあいつを信じてる。昔がどうだったであれ、今はあの真なんだ。……信じる根拠なんて、それで充分だろ?」

 相変わらず全く論理的ではない遼平の根拠に、純也は苦笑を漏らす。……それでも、その根拠を一緒に掲げてみたいと思った。

「そう、だね。それじゃ、僕も何か根拠を探してこようかな」

「純也?」

 立ち上がった純也を宋兵衛と共に見上げる。にっこりと微笑んで、純也は部屋から出ていってしまった。


     ◆ ◆ ◆


 公衆通信端末ボックスに入っていく少年が、一人。

 特殊裏番号を十ケタ、五秒以内に打ち込むと、裏ネット内に存在する《とある部屋》に通じる。


『ようこそッ! お子様向け情報屋、《コンちゃんのオウチ》へよく来たねッ! イジメの仕返し情報から思春期の誰にも訊けない知識まで、僕がなんでも教えてあげるよッ!』


 遊園地に居そうなキツネの着ぐるみが、通信画面に映る。とても愛らしくその両手を振って。

「……フォックス君、今日もココではその格好なんだね……」

『んん? 僕のそっちの名前を知ってるってコトは……ロスキーパーの社員だね? あっ、な〜んだ、純也君かぁ』

 着ぐるみだと、どうも視界が狭いらしい。でかい着ぐるみの顔を画面に近づけて、キツネの口の部分から人間の眼が見えた。

 ロスキーパー本社に勤めている、専属の情報屋、社内では『フォックス』。専属の契約のはずなのに……勝手にこんな部屋を開いているのは、社長に内緒だろう。あくまでプライベートなので、純也はこちらへ連絡したのだが。

『で、どーしたのかな純也君? ……訊くまでもないかな、《亡者》に会いたいかい?』

「やっぱり、フォックス君ならもう知ってると思ってたよ。わかるんだよね?」

 『ふーむ……』と、キツネの着ぐるみは愉快そうな声を出してから。



『まだ社長にも知らせてない情報だけど、教えてあげるよッ。……純也君に、惨劇を知る勇気があるのなら』



「……お願い、教えて」

『オーケー、オーケーッ。情報の奥に潜むモノは、君が見つけるんだッ。僕はそれのお手伝いッ。……さぁ、地獄への片道キップだよ』



 ……数分後、もう日の暮れた街の寂れた公衆ボックスから、少年が出て行った。


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