第一章『救えぬ魂』(2)
「「「「え……?」」」」
警備員達の顔に浮かぶのは、深さに違いはあれど、驚愕。それを見た荒井も、きょとんとした顔になって。
「どうかしはりました?」
「え、あ……その子、『キリベ シン』君なんですね?」
あの既視感は、正解? 写真の中の子供の明るい笑顔は、ココの部長と同じ……ような感じもするが、でもドコか違うような……。顔のパーツは近い、けれど、部長が持っていない《何か》を、この子供はその笑顔に持っている。
「はい、親友の名前間違えるわけないでっしゃろ」
純也は呆然と部長の机へ振り返り、遼平は苦虫を潰したような顔、希紗は写真を凝視して、澪斗は深く俯いて表情がわからない。
少しの、沈黙。だが、最初に口を開いたのは。
「わかった。その依頼、引き受けよう」
その暗褐色の瞳で荒井を直視しながら、澪斗が承諾する。ただし、条件をつけて。
「ここに、俺の携帯端末の番号が書いてある。事務所には連絡をせずに、今度からは俺に直接連絡を入れろ」
メモに番号を早書きして、荒井に差し出す。それを受け取った荒井も、不思議そうだったが頷いた。澪斗は希紗へ振り返り、「裏ネットで《金剛》の情報を集めておけ」と命令する。
「おい、紫牙――」
「……黙っていろ。この仕事は俺が片づける」
澪斗は、決して遼平には表情を見せずに。それに舌打ちして、遼平は煙草に火を点ける。まだ部長の机を見つめていた純也は、その視界に入ってきた少年に、我に返る。
「うわぁ〜、コレって木刀ですかぁ? 僕、本物って初めて見ましたよ〜」
部長が忘れていった《阿修羅》を、珍しそうな視線で見て、大麻は触れてみる。どうやら依頼の話はほとんど聞いていなかったらしい。
「わわっ、木刀ってこんなに重いのかー。木で出来てるのになぁ」
「あっ、大麻君、あんまり触っちゃダメだよ!」
剣の切っ先さえ持ち上がらない様子だが、力を込めて構えようとしている。間違って鞘が抜けたら大変だ、と純也は焦って《阿修羅》を丁寧に元の位置に戻して。
「……あの木刀……何か嫌な感じがしますな……」
ふと、荒井が呟く。表社会の人間に《阿修羅》の気配がわかるはずはないと思っていたが……澪斗はさり気なく「どこがだ?」と尋ねてみる。
「何と言いますか……禍々しい《気》を感じます。何か不吉な……」
「荒井さ〜ん、これ、荒井さんなら持ち上がるんじゃないですか?」
「大麻君、人のモンを勝手にオモチャにしちゃいけんよ。……あの木刀、誰の物なんですか?」
「アレは…………部長の物だ。そんなに大層なモノではない」
それから澪斗は淡々と仕事内容を確認し、明日には再び連絡をこちらから入れると約束した。
「そういえばさ、君、名前は?」
「え、僕? 僕はね、純也だよ」
なんとなく視線だけで澪斗に『その子供をなんとかしろ』と命じられたと察した純也が、大麻の話し相手になる。大麻はどうやら中学三年らしく、学ランをきちんと着こなしていた。模範的で邪気が無さそうだが、理知的な感じもある。
「純也君かぁ。ビックリしたよ、僕とそんなに歳は変わらないよね? 君も警備員?」
「うん、そうだよ。僕、学校は行ってないけど……」
「学費が無いの? だから働いてるの?」
「うーん……そんな感じ、かな。あははは……」
元より学校に行く気など無いのだが、まだこの国では義務教育制度がある。純也ほどの見た目なら、まだ義務過程だろう。
「僕も、さ……あんまり家が裕福じゃないんだよね。それで、この辺にはアルバイトできる所が多いって聞いて、来てみたんだけど……迷子になっちゃった」
「大麻君、この辺りのアルバイトは危険なモノが多いよ。裏社会に繋がってるモノもある。もっと……世田谷とか杉並なら、安全なアルバイトを探せると思う」
「そうなの? 純也君は詳しいね〜」
子供だから裏社会に対してあまり嫌悪感が無いのか、大麻は純也の言葉にちっとも恐れた様子は見せない。「だから、もうこの周辺に来ちゃダメだよ?」と純也が念を押すが、「だいじょーぶ!」と大麻は笑うだけ。
「大麻君、俺の話は終わったさかいに、帰ろうか」
「は〜い! じゃあね、純也君!」
優しげな笑みを浮かべた荒井の後について行く大麻。二人が出て行った後、澪斗に三人の視線が集まる。誰かが先に何かを言う前に。
「……この依頼の件は、真には言うな。俺が一切の責任を負う」