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EL『願わくば、非凡な日々』(2)

 瞳を開けば、きっと青い空がある。ひんやりと冷たい北風が髪を揺らし、頬を撫でていく。息を深く吸って、ゆっくり吐いてみる。……生きている。



「いい天気だねー」

「せやなァ」

 横からの声に、瞼を上げて予想通りの空を仰ぎ見る。いつもよどんで見える東京の空も、今日は少しだけ澄んでいるように思えた。街外れの小さなビルの屋上で、灰色の街とそれを覆い包む青をその目に映す。低い手摺りに寄りかかり、二人は遠くを眺めていた。

「こういうのを、『天高い』って言うのかな」

「秋空のことな。本当はもっと綺麗やで、東京は空が汚れておるから」

「真君は、本物見たことある?」

 興味津々の瞳で純也は真を見つめる。「ん〜」と真は色あせてしまった過去の日を呼び戻していく。

「ワイがまだ小さかった頃や。家に帰る道の途中で、高い空を見ておった。……ま、大阪の話やけどな」

「大阪かぁ……」

 純也は東京から出た事が無い。だから汚れた空気しか知らないし、星も見た事が無い。もっと広い世界を見せてやりたいと、真は考える。

「せや、いつか大阪を案内したるよ。東京とは全然違うで〜」

「いいの!? やったぁ」

 それもいいと思った。亡き両親に、今の自分を報告しようか。

 そういえば、確か父に言われた事があった。それは、秋空の下だったように覚えている。


「……《真》、か」


「え?」

「ワイの名前の由来な、いつか教えてもらった事があったんよ。『物事の《真》の姿を見極められる人間になってほしい』って」

 それが両親の望みだった。自分は、少しでも近づけただろうか。一度は何もかも見失って罪を重ねた身。自分は……まだこの名を名乗っていても良いのだろうか。


「《真》の姿、か……いい由来だね。僕にも……由来とかあったのかなぁ」


 ふと純也の横顔が寂しそうな微笑になる。失った楽しい過去が有るのと、過去が無いのとではどちらが辛いのだろう。……そんな比較をしている自分が嫌になって、真はふり切るように首を振る。言葉が自然と口を出た。


「あったさ、ちゃんと。あのな純也、名前をつけてもらったっちゅう事は、存在が望まれたという証や。きっと純也に名前つけた人は、純也を愛しとったと思う。希望とか願いを託されて、人は名をつけられるモンやから」


「うん、ありがとう。僕この名前……大好きだよ」

「そうか」

 純也は、どうして名前だけは思い出せたのかわからない。ただ……ただ、これだけは心の奥に残っていて。昔、誰かがそう呼んでくれた気がする。温かい、優しい声で。



「あ、名前といえばさ、友里依さんから聞いたよ、アレ!」

「何の事なん?」

「『虎爪疾風斬』! 秘奥義なんだってねっ」



「あー、アレ? 別に大した事ないんよ〜、アレ―――――――嘘やから」



「えぇ!?」

 興味無さそうに真は組んだ腕の上に顔を乗せる。手摺りから滑った純也は、なんとか体勢を立て直していた。そんな純也を見て、真は含み笑いをする。

「ど、どういう事!?」

「いや、破門されたワイが秘奥義なんて知ってるわけないやん。アレはハッタリでかましたモンで、技はワイのオリジナル。『閃斬白虎』に《無》の章なんてありませ〜ん」

「じゃあ……」

「アレは元々、鞘のままで使う為の技なんよ。実戦で試したこと無かったんやけど……、ぶっつけ本番でよく成功したよなァ」


 まるで他人事な真に、純也は脱力を隠せない。失敗は考えなかったのか……無謀というか無茶というか。たまたま成功したから良かったものの……。


「結構エエ名前やろ? 即興で考えたにしては良く出来とるわァ」

「真君……それ絶対に誰にも言わない方がいいよ……」

 「そうか?」と真が不思議そうに首を捻る。「絶っ対にダメだよ……」という純也のため息混じりの声が聞こえた。



「ところで、なんで鉄やんが依頼持ってきたこと教えてくれなかったん? ワイに言ってくれればすぐに罠だってわかったやん」

 ふと思い出したように、真は首を向ける。その視線と重なってしまい、「あー……」と気まずそうな純也の声。

「澪君に口止めされててさ……ごめん」

「澪斗に? なんで澪斗が??」

 首を捻る真に、苦笑して純也は空を仰ぐ。そして「内緒だけどさ、」と先に言っておいてから。


「僕も事件の後、『あの時はどうして?』って訊いたんだ。そしたら、『最初から荒井を真に会わせる気はなかった。過去の親友などに会えばヤツが苦しむのは目に見える結果だ。刀を見つけたら適当にはぐらかすつもりだったが……まさか本当の犯人だったとはな』、だって。澪君らしいというか、らしくないというか〜」


「そうかァ……あの澪斗が、ねぇ……」

「ホントにごめん。でもね、これも口止めされてるコトで、たぶん澪君に悪気は無くて……だから……」

 しみじみと感慨深げに呟いた真に、純也は何かを言いたそうにしている。そんな板挟みになって動揺している純也が、なんだかおかしくて。

「心配せんでエエよ、純也のコト言わへんし、澪斗も責めたりせん。むしろ――――」






「おーい、そこの重傷大バカコンビ。何してんだ?」


 呆れた顔で屋上に出てきた遼平の前に立っているのは、右腕を固定された真と、首もとや手足に包帯を巻いた純也だ。無傷の遼平に運ばれて、先日目が覚めたばかりの二人。


「だァれが『大バカコンビ』や。重傷は否定せんけど」


「バカだろうが、お前ら。かーってに勘違いして暴れたバカと、かーってに自分の腕斬ったバカが」


「……遼にバカって言われたよ……」

「反論できへんのが辛いなァ……」


 「「はぁ……」」という重傷コンビの深いため息。遼平が顔をにやつかせる。しばらく二人の反応を楽しんだ後で、脇に挟んでいた新聞を真に投げ渡す。

「何や?」

「一面だぜ、この事件」


 片手で新聞を広げ、でかでかと一面に載せられている記事を読む。純也も覗き込んできた。


『斬魔事件、真犯人逮捕される。

 警察が逮捕した野田容疑者は誤認逮捕であった事が昨夜発表された。明らかな証拠が見つかり、大阪在住の荒井鉄(二十五)容疑者を逮捕。野田氏は無事釈放され――』


「……何が『無事釈放』だってんだよな」

「ははは……。あの子は……大麻は逃げられたんやな」

「ナニ嬉しそうな顔してんだよ」

 軽い笑みで新聞を返した真に、遼平は不審そうな顔をする。むしろ悔しがるところだろう、ココは。

「いや、なんでもない。それで、遼平もサボりか?」

 ここは事務所のあるビルの寂れた屋上。仕事が無いからといって、普段なら真はサボらないのに。

「お前がサボるなんて珍しいじゃねーか。どういう心境の変化だ?」

「まァ、たまにはエエかなー、なんてな。事務所の窓からだけでは、見えんモンもある」

「は?」


「色々気付いたんよ、大切なモノに。やっぱ、愛の力ってやつ〜?」


「出たぜ、バカップル……」

「真君は真君だねぇ……」

 得意気な真に、遼平と純也は苦笑いになる。事件後も何も変わらない……いつもの真のよう。



「……あ、忘れてた。俺はサボりに来たんじゃねえんだよ! 真、今事務所に依頼人が来てるぜ」

「何ぃ!? そういう事は早く言わんかい! どけって!」

 屋上のドアの前に立っていた遼平を押しのけ、真は階段へ向かう。その後ろ姿を、純也が呼び止めた。


「真君!」


「へ?」

 振り返ると、両手を口にそえて純也が叫んでいた。遼平もにやつき顔でこちらを見ている。


「僕達ね、今ちょっと金欠状態なんだ!」


「仕事寄こせよな! 頼むぜ部長っ!」


「……そーゆーのは、一度でも真面目に仕事してから言うんやな!」


 笑顔で真は階段を下りていった。その表情を見て、純也と遼平はそれぞれの笑みで顔を合わせる。いつも通りだ……いつもの大切な日常が、ここに。

「ね、遼、真君ちょっとだけ変わったよね」

「そうかぁ? ドコがだよ」

「ドコっていうか〜……、昔の写真に写ってた時と、そっくりだよ」

「ンなの、同じ人間なんだから当たり前だろ」

「そうだよね……同じ人なんだよね!」

 嬉しそうな純也の笑顔に、「変なやつ」と首を傾げる遼平。部長は取り戻せたのだろうか、少年の頃持っていた《何か》を。




 真は暗い階段を一人駆け下りていく。その脳裏には、まだあの青空が映っていた。

「社長……感謝します」

 もう一度生きる支えを手に入れられた。大事なモノが手の中にある。再び幸福のきっかけをくれたあの方に、心から感謝する。

「お待たせしました!」

 事務所の扉を開ける。「遅いわよ〜」と笑う希紗と、待ちくたびれて睨んでくる澪斗がそこにいる。

 何故かそれがどうしようもなく嬉しかった。変わらない非凡な日々が、また始まる。



 その日、少しだけ身体が軽く感じた。己を認めてくれる人達に、気付けたから。偽善者でもいい、自分に大事なモノを護る力を貸してほしい。





 ――――なァ、阿修羅。



          依頼4《贖罪の刃》完了




これにて、『闇守護業』第四話は終わりになります。

ここまで読んでくださり、作者として嬉しい限りです。

遅くなるかもしれませんが、続編もきっと出ます。

皆様に感謝申し上げて、今回は失礼させていただきます。

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