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第五章『贖罪のために』(4)

 残像しか目は捕らえられない。気配でなんとか防いでいるが、それも限界に近かった。

 右斜め死角に、気配がする!


「くっ」


 重い神刀《金剛》を持ち上げ、迫る凶刃を寸前で押し止める。ギリギリと拮抗し合う金属音。白と黒の二つの刃の向こうに、鋭い眼差しの金髪の男がいる。荒井は、想像以上の力量に息を呑んでいた。

「型は基本形とずれているが……ただ東京で遊んでいただけではないようやな」

「……」

 まだ余裕を保ったような荒井に、真は一度身を退いて距離をとる。やや肩を揺らし、荒井は息を整えた。真は阿修羅を構えたまま、微動だにしない。


 この十年、東京で実戦を重ねて真の型は変わった。それは木刀では斬れないからというのもあるし、応用を身につけたからというのもある。だから、既に真の技は『一刀両断』ではない。


 荒井の前に立つ真は、あの瞳をしている。荒井は知っていた。稽古の時と変わらない……彼が本気である時の証。敵と相対した時の虎のような、熱い冷静な瞳。気を抜けば、一瞬でその牙にやられる。そしてこの状態の真は、普段とは別人のように無口になる。

「俺が一番なんや……俺はお前より強いっ」

「……!」

 二人の姿が同時に消え、その中央にぶつかり合った形で現れる。キイィンッ……と澄んだ音が倉庫に響く。余韻を残し、阿修羅と金剛は何度も打たれ合ってその音を立てる。

 横薙ぎにされた金剛を阿修羅が押し返し、その隙を突こうとして荒井が滑り込ませた白刃の前に細い黒刀が再び。太さなら阿修羅の三倍はありそうな金剛を、真は右腕一本で弾く。

「聞こえるか霧辺! お互い斬り合うべく生まれてきた刀が今、永年の時を経て歓喜の叫びを上げているのがっ! 長い眠りから覚めたこの太刀がっ!!」

「……なら今度は永眠させたる。もう二度と、人を殺められんように」

 両者が身を退き、残像も消え失せた。二人が息を吸う音が上方で聞こえる。



「「《動》の章、第三奥義、羅刹!」」



 そんな和音になった叫びと、またあの澄んだ金属音がした。上空二メートルあたりでぶつかった真と荒井が、お互いの反作用で後方に飛ぶ。着地するが早いか、互いが両手で大きく刀を振るう!



「「《静》の章、第四奥義、輪廻っ!」」



 ほぼ等身に素早く描かれた純白と漆黒の円は、刀を離れて衝撃波となって衝突する! 二つの衝撃波は相殺され、空気の渦は掻き消える。

 ここまで技の速さ、威力はほとんど同じ。しかし、先ほど荒井から受けた肩の傷のせいか、真の脚もとが崩れ、阿修羅を地に突き立てて片膝をついてしまう。

「終わりやなぁ、霧辺ぇぇ!」

「やめて……っ、真ーっっ!!」

 友里依の叫びも空しく、真の背後にまわった荒井が先ほど斬りつけた肩の傷口に再び白刃を突き刺す! もはや苦痛の声さえ出せないのか、無音のまま真は口を開けて、身体が揺れて――――、


「な……ぁっ!?」


 無感情のように細められた眼、その真の背後で、荒井が驚愕の声をあげる。真に後ろ手で握られた黒刃が、正確に荒井の右脚を貫通していた。その刃は、確実に骨を切断。

 閃斬白虎の《道》に背く荒井ならば隙をうかがって必ず背後をとる、それが悲しくもわかっていた真だからこその、『肉を斬らせて骨を断つ』手段。



 そしてかがんだ姿勢のまま荒井に向き直り、左手を地につけたまま阿修羅を水平に構えて。片脚に全力を込め、一気に地を蹴る!




「《無》の章、秘奥義っ、虎爪疾風斬!!」




 正面からの横薙ぎで金剛ごと斬り、更に飛び越えるように宙返りして上方から二閃っ! 真が着地した時、既に決着はついた。……あまりに速かったために、斬られた荒井でさえも何が起こったのかわからなかったが。


「なっ、こんな……っ、秘奥義やと!? どうしてお前が……!」


「終わりにしようや、荒井」


 荒井の疑問には答えず、真は振り返って阿修羅を下ろす。瞳はもう普段の真。遅れて、切断された神刀《金剛》の刃が落ちる。巨大な白刃は、中央で鋭利に斬られていた。噴き出す血に、荒井は膝をつく。

「俺が弱いというんか……この俺があぁっ!」

「……あんたは弱くない。ただ、ワイは阿修羅を信じとった。どんな名刀でも使う者の想いで変わる……どう望まれて創られた存在だとしても。ワイは、そう思う」

「く、そ……っっ」

「何度でも来ればエエ。ワイは待っとるから……今度は正面から来いや」

 柄を握ったまま、荒井は気絶した。死なないはずだ……《虎爪疾風斬》は、『一刀両断』の技ではない。あれは――――。




「ちっ、結局は役立たずか。まぁいい。僕が裁きを下してやる!」


 銃声がした。ほぼ同時に友里依の悲鳴も聞いた気がしたが、視界が揺れてよくわからなかった。後ろに押される身体を自力で起こすと、激痛が走る。身体を見下ろすと、腹部に紅い点があった。

 腹から上がってきた血液を吐き出し、なんとか阿修羅を突き立てて倒れるのを防ぐ。まだ硝煙を上げている拳銃を、大麻が引きつった笑みで握っていた。

 照準の定まっていない銃から、動けない真へ何度も何度も弾丸が連射され……紅い点を刻まれていく身体は限界。

 喜びに震えているような奇妙な笑みで、大麻は躊躇無く引き金を。


「……子供が銃持っちゃいかんって……母親に教わらなかった、か」

「その言葉、そっくり返すよ! 刀剣類も日本は禁止だ。……まぁ、そんな事はどうでもいいんだけどねぇ!」

 高笑いのまま大麻は連射し続ける。照準は合ってないが、真は避けない。男を数発の弾丸が貫通していく。


 きっと……きっと何度自分を殺そうと、あの少年の憎悪が晴れることは無いだろう。それは復讐の為に百人近く殺してきた真が一番よく知っている。どうすればいい? 自分はただ護りたいだけなのに……。



「やめてぇぇっ!!」



 手足を縛られていた友里依が、決死で体当たりをする。少年の手から銃が飛んだ……焦って、大麻は友里依を殴り飛ばす! 小さな悲鳴がして、友里依の細い身体は地に叩きつけられる。

「くそっ、馬鹿女が!」


「……馬鹿女やない。友里依っちゅう立派な名がある」


 大麻が拳銃に手を伸ばした時、黒い光が走って銃身を分断した。低い威圧するような声……十年前のあの《斬魔》がそこに。

 拳銃をいともなく斬り捨てた黒刀は、少年に向けられる。少年は知らない。この光景が、父親が見た最後の光景だとは。

「あ……あぁ……」

 途端に怯え出すのは、子供……いや、人間らしい性だろう。いきなりの形勢の不利に動揺して震えだすのは、ある意味では《人間らしい》様。






『……コロセ……』



 あの声が、十年の時を経て、再び。狂気の音は、《人間らしくない》、魔のモノから。



『殺せ……』

 闇から聞こえるような低い声は、除除に大きくなっていく。十年前のあの時と同じ声。真に復讐の力を与えたあの……。



『殺せ……殺せ……』

 今大麻を逃がせば、また復讐に遭う。また大切な者達が傷つけられる。自分の死をもってしても、その復讐劇は終わらない。ならば。



『憎かろう? この子供が。殺せ、殺さねば、それしか手は無い……』

 護りたい。しかし自分がどう頑張っても拭いきれない過去がある。その為に自分の周りの人間が死んだら……自分は。



『殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……』

「……や、や」

 声は身体を支配していく。阿修羅が震えながら振り上がっていく……喉がかすれて声にならない音を出す。



『殺せ! 殺せ!』

「…………やっ」

 しゃがみ込んで恐怖の瞳で見上げてくる少年の前で、完全に凶刃は上がりきった。右腕に力がこもり、下ろされる!



『殺せえぇ!!』

「嫌やアァっ!」



 鮮血の花弁が舞い、大麻の視界を紅く染めた。





 ――嫌いで、憎くて、絶対に許すことはない。必ず、己が手で殺める――。


















 阿修羅が深く突き刺さる…………真の右腕に。一瞬で左手に掴まれた凶刃は、使用者の腕を貫通していた。腕を突き破り、地に刺さっている。

「な、お前、何を……っ」

 いきなり自分の腕を斬った男に、少年は驚愕する。真はついていた片膝を離して立ち上がり、右腕を貫いている刀を抜いた。

「生憎、もうその声には負けへんって誓ったんでな。誰も殺さんよ、ワイはもう」

 大量に出血しながら、真は勝ち誇った表情をする。大麻も友里依も驚愕と困惑の顔に染まっていた。突然『声』とか言い出すのだから、無理はない。

「やっと勝てたな。悪かったな、阿修羅。あんたのせいにして」


 あの声は阿修羅のモノではない。薄々気付いていたが、確信したのは今。十年前も今も、憎悪を力に変えたのは真自身の心の《闇》だった。そして今、強引ではあったが真は《闇》からの声に勝った。


「大麻……ってゆうたよな。帰ってくれへんか。……あんさんがいなくなったら、母親が悲しむ」

 阿修羅を鞘に戻して真は声をかける。気が抜けていた少年は我に返り、男を睨むと、


「このぉぉぉっっ」


 素早くサバイバルナイフを握って突進してきた。大麻の身体は勢いよく真にぶつかったが、ナイフの刃の部分だけは真の左手がそのまま掴んでいた。刃が手に食い込む痛みなど、互いの心の痛みに比べれば――――。



「……くしょう、ちくしょうっ」

「……生きてて……ごめんな……」



 それは心からの謝罪だった。少年は疲労しきったのか、気を失う。真はナイフを捨て、丁寧に大麻を寝かせる。バラバラと、学生服の下からスタンガンや小型ナイフが落ちてきた。

 雨が降ってきたのか、多く穴の開いている屋根から雫が垂れてくる。それは、






 脆弱なる神が下した、罪人への冷たき鉄槌か。



 ならば受けよう、紅と雫が交わる痛み、これで神だけでも満足するのなら。



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