表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/31

第五章『贖罪のために』(1)

第五章『贖罪のために』



 軋んだ金属音を立てて、巨大な扉の隙間から真は倉庫に入る。暗く広い倉庫の先は、最初は何も見えなかった。老朽化の進んだ屋根から、所々光が射し込む。


「出てこいっ、ユリリンを返せ!」

「遅いんだよ、待ちくたびれたじゃないか」

 まだ高い子供の声が返ってきた。想像していなかった声に、驚きながらも目を細める。

 暗闇の先に、黒っぽかったから見えなかった学生服の少年が確認できた。その隣りに座り込んでいる女性の姿も。

「ユリリンっ!」

「助けてシンっち!」


「……あのさぁ、こんな時ぐらいその呼び合いはやめてくれないかな……。こっちが恥ずかしいんだけど」


 誘拐犯のもっともな台詞に、真はきょとんとした顔になる。そして、踏み込んでいた足を戻して最初の位置から仕切り直した。

「あ、すまん、じゃあやり直しで。……友里依っ!」

「助けて真!」


「……どうでもいいけど、お前達真面目にやってる?」


 呆れて脱力する少年。緊迫感が出ない……ここまで用意したシチュエーションが台無しではないか。

「ワイは大真面目や! 一体あんさん誰や!?」



「僕は大麻……オオアサ圭介。父がお前に世話になった」



 「オオアサ……?」と真は首を捻る。恨みなら山ほど買う職業だ、名前を全ては覚えていられない。しかしこんな少年が来るほどだ、相当の怨恨に違いない。

「……覚えていないようだね。斬魔、霧辺真が殺した最後の犠牲者だよ。僕の父……オオアサ タツロウは」

 あの政治家……! 賄賂をヤミ金融から受け取っていた、東京の……。

「あの時僕と母はたまたま家にいなかった。帰ってきた僕達が見た光景を、お前は知っているね。家になだれ込んでいた警察と、死体の山……無惨に見る影もなく殺害された父の遺体を」

「……それでか」

「あの後どんなに母が苦労したか、お前にはわからないだろう! 馬鹿な警察のせいでお前は生き長らえた。この十年間どれほど僕達が苦しい目にあってきたか……」

「何よっ、あんたの父親が何してたか知ってるの!?」

「友里依! その話はエエ……」

 続く友里依の言葉を制止する。犯した罪に、言い訳はしたくなかった。


「……知ってるよ。ヤミ金に援助してたんだろ? お前の事を調べている内にわかった。……でもそれがどうした!? たかがそれだけの事で父は殺された! たかが……それだけの事で……っ」


 少年……大麻は憤った瞳で睨み付ける。真は大麻の言う事ももっともだと思った。自分が彼の親を奪ったのだ、復讐されても当然のこと。

「あんさんの事も、理由もようわかった。仇討ちでもなんでもやってや。ワイは抵抗せぇへん」

「……素直だな」

「恨まれても当然やん。ワイを殺したいやろな。エエよ、いつかこうなる事はわかっておった。……友里依は放してやってくれ」


 大麻の、突然の高笑い。とても嫌な感じのする笑いで、それでも睨みつけてくる。



「そんな都合良くいくと思うかい? ……駄目だよ、お前には充分僕達の受けた苦しみを返す。ここまで全てが僕のシナリオ通りに進んだ。これからの素敵なシナリオを教えてあげようか? ……『仲間の手助けによって逃亡した斬魔は、都内のある廃棄倉庫で発見される。そこには死体が二つ……女と斬魔の躯』がね。この女はお前の目の前で殺す! そしてその後ゆっくりお前には死んでもらおう」


「関係無いやろ……! 友里依はあんさんとは何の関係も無いっ!」

「あるよ。お前と一緒に居ただけで有罪だ。そう、お前の馬鹿な部下どももね」

「っ!」

「あははははっ、まったく馬鹿にもほどがあるよね! 拘置所に乗り込んだやつらは今頃逮捕、外のやつらも親切な情報屋によって処分されてる。ホント、悪人を上司に持つと災難だねぇ」

「……あいつらがそう簡単にやられると思うか? そこはシナリオミスやで」

 冷静さを取り戻してきた真が、忠告する。この仇討ちには正当性がある。仇に苦しみを味わわせたいという想いもわかる。だが……護らなくてはいけないのだ。仲間の誇りを、大切な人を。

 木刀を腰から抜いた。二人に歩み寄り、神経を研ぎ澄ませる。

「やはり来るよね……。いいだろう! 斬魔の力を、見せてみろよ!」

 その言葉を合図に、今まで息を殺していた男達が一斉に襲いかかってくる! 裏社会の始末屋……要は殺し屋の集団だ。倉庫に入った時から気配に気付いていた真は、驚く様子も見せずに立ち止まる。

 木刀を一回薙払っただけで、数人が弾き飛ばされる。雑魚だ……裏社会でも三流の輩。いくら出てきたところで真の敵ではない。阿修羅を抜けば早く片が付くが……あえて真はそれをしなかった。


 銃弾を弾き、敵の急所を打ち、たった十数人程度の始末屋は簡単に全滅させられる。もうあと少しまで真が二人に近づいた時。

「どうしてかな、何故刀を抜かない? 何故殺さなかった?」

「もう誰も殺さないと誓ったからや」


「殺さない? お前が? はははっ、まったくお前は笑わせてくれるね! そんな偽善がいつまで続くかなぁ。お前は殺人鬼だ、その事実が変わることはない。どんなに演じたとしても、その凶悪な素顔が消えることはないんだよ」


「……せやな。あんさんの言うとおりや。だからワイはもう少しだけ、偽善者でいたかった。過去を忘れたいと願った事はない。それでも一生演じ続けて生きたかった」


 あと一歩踏み出せば二人が射程距離内に入る所まで来て、立ち止まる。入れば、一瞬で事が終わる。しかし、それでいいのか? ……そんなほんの一時の躊躇いが、真に隙を生じさせた。

「今のはちょっとした前菜だよ。これからが、本番だ。……さぁ、斬魔の登場だよ!」



 熱い痛みが真の肩に走る! 振り返り際、白い太刀が一瞬見えた。噴き出す血を押さえ、真は何者かが現れた背後から距離をとる。



「っ!?」

「……よう霧辺、腕がなまったな」

 血に染まった巨大な白刀を握っていた人物は、頑丈な身体つきをした男だった。見覚えがある、そう、忘れるはずがないのだ。

「彼が今回の斬魔くんだよ。彼もお前に恨みがあったようだったから、協力してもらったんだ」

「鉄やん……!」

 目元、口に面影がある。


 真は幼い頃から父の勧めで剣術を習っていた。理由が、霧辺家が代々侍の家であったからという事を知ったのはしばらく後のことだ。習い先の道場、『閃斬白虎』流で当時実力の一、二を争っていたのが真と荒井。良き好敵手であり……親友だった男、荒井鉄。


「やっぱりあんただったんか……なんでや!?」

「霧辺、お前を斬りに来た」

「どうしてや!? ワイはあんたと戦いとうない!」


「わからんか? ……十年前あの事件があった時、師範はすぐ我が流派の技だと気がついた。そして姿を消したお前と事件が結びついた。完成していないまでも、既にお前の技は免許皆伝に近かった……師範が……流派の者達がどれほど傷ついたかわからんのか!」


「そんな……」


「けどな、俺の恨みはそれだけやない。結局俺は師範を越え、免許を皆伝した。だが! だが周囲の者は俺を一番とは見ない! 皮肉にもあの事件のおかげで、皆はお前を影ながら一番だと囁いた。俺はお前の影のせいで、最強の称号を手に入れられんかった!」


「……決着、か」

「そうや! 最後の手合わせからもう十年あまりになるか……あの時はお前の勝ちやったな」

 正直、真はよく覚えていない。当時は家の事情が切羽詰まっていて、剣術に身が入っていなかった。ただ、あの頃は毎回手合わせでどっちが勝った負けたで散々言い争いをしていた記憶がある。懐かしい……幸せだった頃の記憶。

「白虎の名誉、そして俺の実力の為にお前を斬る! 刀を抜け、霧辺!」

「流派の名誉か……。荒井、あんたは矛盾しとる。破門されとるワイが言うのもなんやけどな、敵の背から斬りつけんのは《道》から反れる行為やで」

「はっ! そうだな、お前は何かと白虎の《道》を気にしておった。だが時に強さは《道》の上には無い! 斬ることこそ剣術の全て!」

「違うっ! 白虎の《道》は闇を斬る力、己に勝つ強さや」



「ならその《道》で俺に勝ってみろ! その《阿修羅》でな!」



 荒井が巨大な刀を水平に構える。真の構えと同じ……閃斬白虎流の基本構え。

「今回の事件、殺害の手口から白虎の者とは思っておったが……あんただと、信じとうなかった……」

「変わらんな、霧辺、アホすぎるほど甘い。俺はお前と対等に戦うため、この神刀《金剛》を手に入れた。知っとるか? お前の凶刃《阿修羅》の生い立ちを」


 父から何度も聞いたことがある。霧辺家の成り立ちを、阿修羅の創られた目的を。関ヶ原の戦いにて……西軍、石田側で創られた、殺戮の為の刀。だが西軍の敗退によって霧辺家と共に歴史から消えた名刀だ。


「その阿修羅に抵抗するべく東軍、徳川でも創られた神刀《金剛》。相応しくない者が持っていたんでな、名刀に相応しい俺が手にしてやった」

「奪ってきたんかっ」

「《金剛》だって、飾られて見せ物にされているよりは俺に使われることを望んでいるだろう」

「人殺しに使われて嬉しいことなんてあるか!」

「阿修羅とて喜んだだろう? 斬った時、刀が喜びに震えるのを感じなかったか?」

 あの声……! 両親が死んだ時聞いたあの声は。あれは阿修羅のものではなかったか。自分に力を貸したのは阿修羅だったのか……?

「……けど……」





「お喋りはここまでや。さぁ、刀を抜け!」




 殺し合いを求める言葉、かつての親友の血を欲する声。


 抜刀すれば、それは再び殺生を犯すこと。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ