第四章『怨念の策略』(5)
影を知らせるのは、視覚。
無音を教えるのは、聴覚。
聴覚に頼りすぎた上の、不覚。その隙は、蒼波の人間だからこそ。
「遼っ、上!」
「な……!?」
顔を上げた時には、もう大鎌ごと降ってくる情報屋は回避不可能な距離に。しかし、あの地点から鎌を振るには無理がある。これではその刃で切るのも不可能。大鎌で最も危険な部位は、その弧を描く刃なのだから……。
そんな思考が、更に不覚であることに気付くには、手遅れ。
鎌の先端、棒の先が、遼平の左胸を全体重で突く……っ!!
「が……っ」
無意識に漏れる、呼吸が止まる声。一撃の衝撃音も、その声も、後ろにいた純也には聞き取れて。手を伸ばした時には、仰向けに倒れる遼平とすれ違い。その倒れゆく身体、閉じられる瞳も、コマ送りのように目に焼き付く。
鎌ごと男を地面に叩きつけて、遼平の意識が飛んだことを確認してから、フェイズはバックステップで元の位置に戻る。
その考えられない俊敏さと遼平が倒れたことに呆然としていた純也が、嗄れてしまったような喉から音を出す。
「え……?」
何が起こった? 遼平が倒れていて、フェイズが厳しい顔でこちらを見つめてくる。今、何が……?
刹那の出来事だった。思考が回らない……動いてくれない。数秒ほど間を開けて、ようやく現状確認をする為に目が動く。
「……遼っ」
まず理解できたのは、遼平に意識が無かったこと。そして……呼吸も無い。
「っ!?」
脈も無い。医学に詳しい純也が間違うはずもなかった。心肺の停止、意識の欠落、握った腕から感じられなくなる体温。受け入れられない現実が、目の前に横たわっていた。
「そんな、まさか……? 遼っ!」
純也がわからないわけがない。生死を判断することなど、容易いことなのだ。……それでも、頭がその答えを拒絶する。否定したかった。
「……死んでるヨ。ボクが殺した。『メシア・クロス』は受けた者ノ息の根を止めル」
淡々とした口調でフェイズは言う。純也の細い腕が震え出す……冷や汗が流れる。
鎌の先端部分で身体を突いただけ……だが、正確に心臓位置を。目立つ外傷も、出血も見られないが……即死。ショック死を狙った技……。
「……ありえないよ……」
「現実を受け入れられないカイ? これが西洋の奇跡ってやつダヨ」
どうして……。
「なんで遼が殺されなきゃいけないの!?」
「キミの実力が見たかったカラ。キミの一番大切なモノを奪えば、見せてくれルと思ったんダケドなぁ」
どうして。
「そんな事のために……」
「ソウ、たったそれだけのタメ。ボクが憎いデショ、純也クン?」
どうしてっ。
「僕は……僕はっ」
「サァ、その感情を堪えるコトは無いヨ。今、キミは大切なモノを失った。そして奪った本人がココにいる。……全力で殺しにきなヨ」
どうして……どうして自分のために!!
「う……あ……っ、うああぁぁあぁあああぁああっ!!」
少年の絶叫が、広い地に響く。強風が嵐のように呼び込まれていく……小さな少年の元へと。視界を塞がれながら、襲いくる気配にフェイズは跳んで回避っ。
何かが鋭く通過した音がして、服の袖が切れていた。先程まで居た場所の地面が、刃物で切断されたように一直線に切られた跡がある。切り裂かれる大地、それは神の逆鱗の如く。
「……!」
まだ渦の中心で純也の叫び声がしていた。見境なく風の刃が四方へ飛ぶ。少年を中心に、地面が削られ、えぐられていく。
(力の暴走!? コレは……)
本気というよりは、暴走に近いとフェイズは感じた。この風は、おそらく操られているのではない。ただ強大な力に無理矢理引き込まれているだけだ。嵐の中の少年は、もう自我を保っていない。
「これがキミの力なのカイ……純也クンっ!」
大鎌を地面に突き立てて、なんとか立っていられる。撒き上がる砂で前が見えない……気を抜いたら吹き飛ばされてしまいそうだ。上空に雲が集まりだし、影が差す。
「ああぁっ、うあぁぁあーっ!」
暴風が治まっていく。力尽きたのかとフェイズは必死に顔を上げた。急に辺りは静寂を取り戻す……俯いた少年と、その足下に倒れた男があった。
「……?」
静けさの中フェイズが一歩踏み出した時、鋭い裂く音と共に鮮血が地に舞う……。
触れてはいけない力、目にすれば最期の禁忌の奇跡―――それは神か、化け物か。