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第四章『怨念の策略』(2)

「これ……『アライ ギン』って……あの依頼人と名前似てねぇ?」



 神刀《金剛》の奪還依頼をしてきた、あの『荒井 鉄』という人物と。

 なんとなく直感で言ってみただけで、遼平自身は深く考えていなかったが。純也はその人物の詳細情報を見て、何かに気付く。

「あぁ、この人、『荒井』って書いて『コウイ』って読むんだよ。フリガナふってあるし……真君の話でも聞いた。確か、真君に親しくしてくれた刑事さんだよ」

「ふーん……、じゃあ、依頼人のアライとは他人か?」

「そうじゃない? ほら、出身地だって全然違うし、お子さんの名前も違う」

 流石はフォックスの情報書、細かい部分まで調べてある。しかし、頼んでいないのに、何故フォックスはこのような情報を送ってくれたのだろう?


(もしかして……?)


 ふと純也は眼を細めて思考を巡らせる。

 これは、フォックスからの何かメッセージではないか、と。

 フォックスの言葉、『情報の奥に潜むモノは、君が見つけるんだ』――――奥に潜むモノ?



 今回の連続殺人事件についての情報は。


 十年前の《斬魔》事件と同じ手口の犯行。

 しかし、今回は本当に無差別殺人。

 犯行は東京都内、時刻は全て夜。

 真はちょうどその事件少し前から、単独で夜間警備。

 そして、真が拘留されてからは事件が止まった……。


(全く引っかからない……すんなり犯人が予測できる……)


 子供にだって、これだけの情報を与えれば誰が犯人だかわかる。謎など、微塵も無い。



 ――――だからこその、疑問。簡単すぎる故の、謎。絶対的な、違和感。





「でもよぉ、名前の読み方なんて面倒だよな。普通、これはアライだろ? 漢字なんてどうにでも読めるじゃねえか」

「あ、ははは……、遼も何度か、『アオナミさんですか?』とか言われてたしね〜」

「蒼い波って書いて『ソウハ』って読むんだっつの。国民全員名前をカタカナにしやがれっ!」


「…………え?」


 ポカンと口を開けて、純也は目を見開く。そんな純也を見下ろして、遼平は眉間にシワを寄せた。

「なんだよ、今、俺のこと『漢字が読めないバカだから』とか思ったんじゃねえだろうな?」

「違……じゃなくて……カタカナ……?」

 ただでさえ白い純也の肌、その顔が、青白くなっていく。急いで手に持っていた書類をめくり、殺害された被害者名簿を物凄い速さで読み直して……一番最後の紙を見て、指が震える。


「そうか……そうだったんだ……なんで気付かなかった……!!」


「お、おい、純也? なんだよ、ここに書かれてるオッサンが、どうかしたのか?」

 そこに写っている男性の写真とプロフィールを読んでも、遼平は何もわからない。が、純也はすぐに。






「遼っ、最初からだったんだ…………しくまれてたんだよ! これは罠だっ!!」



「は??」

「とにかく、急いで友里依さんと……あと、澪君にも連絡とって! 手遅れになる前にっ!」



 純也の必死な声に気圧されて、遼平はジーパンのポケットから携帯端末を取り出す。しかしボタンを押す前に、勝手に携帯は画面を変えた。


「非通知の電話……? 誰だよ……」




 気付いた時には手遅れ。しかも、皮肉なほどの僅かな差で。

 怨念の残像のシナリオは、完璧な完成へ――――。


      ◆ ◆ ◆


 薄い日光が差し込み出す、穏やかな昼。事務所には、静かな寝息。



 部長の机に突っ伏して平和に寝ている希紗へ、男がそっと自分の上着をかけてやる。その笑みを浮かべた寝顔に、思わず口元が引き上がってしまう。




「……動くな、荒井」

「っ?」

 いきなり湧いて出たとしか思えないほど、突然現れた気配と声。先ほどまで希紗と荒井しかいなかった事務所、その荒井の背後に、澪斗が立っていた。後頭部に突きつけられた銃口が、激鉄を上げる衝撃も伝える。



「な、何しはるんでっか、紫牙はん……?」

「この状況で、わからないか? 貴様を、《消去》する」

 かつて、その銀に光る銃を常に紅に染めていたという、暗殺屋《消去執行人》が、背後で殺気を放っている。

「冗談キツいでっせ? まさか、あんさん――――」






「…………猿芝居はここまでだ、三流役者が」


 執行人が浮かべるのは、蔑んだ笑い。その表情は見えないはずなのに、荒井の顔つきが険しくなる。


「両手を上げろ。……右手に持っているモノを落とせ」



 しばし躊躇っていたが、ゆっくり、両腕を上げる。希紗のイスの背もたれに接していた右手が握っていた――――短刀も。





「この俺にくだらん芝居を見せたこと……真をはめたことを、あの世で後悔でもするがいい」


「悪いが、俺、あんたのその偉そうな喋りめっちゃ気に入らんねん。あの世で後悔すんの、あんたの方とちゃう?」


 背後へ回し蹴りを放った荒井の一撃を、バックステップで澪斗は回避。その間に事務所のソファの側へと荒井は移動。



「おっかしいなぁ。ココの連中は、あのガキ除けばそんなに頭回らんやつばっかりやと聞いたんやけど」

「俺は愚か者どもとは違う。貴様ごときの猿芝居など、見抜けるわ」

「ほぉ〜。なら、俺の正体は?」

 決してあの好青年風だった荒井ではない、酷く残忍な笑みで澪斗に尋ねる。澪斗は、銃口を荒井の左胸へ照準を合わせながら。



「『閃斬白虎』流剣術免許皆伝者、同時に、最近の都内連続無差別殺人事件犯人、荒井鉄……これで満足か?」

「嫌やわぁ、俺が人殺し? そんな証拠、どこにあるんでっかぁ?」



「まず、貴様の家に元より神刀《金剛》など無かった。あの刀は、関ヶ原の戦いで東軍が所持していたモノ。それが、関西に住む貴様の家宝であるわけがない」

 今朝、澪斗が事務所を出て行く前に荒井にしたいくつかの質問。真の幼馴染みということは、実家は当然関西のはず。


「よって、《金剛》が盗まれた、などとははったり。……いや、むしろ、貴様が盗んだのではないか? この関東に眠っていた、《金剛》を」

 その可能性は高い。フォックスの情報網に捕まらない名刀……答えは簡単だ、まだその刀は、使われていたのだから。


「更に、愚かにも貴様は自ら言ったな。『真と同じ剣術道場に通っていた』、と。今回の事件、《斬魔》と犯行の手口が同じ……ということは、つまり使用していた剣術の流派が同じということだ」

 真、あるいは同等の力量の持ち主で同じ流派の者……容疑者は絞られた。




「ほほぉ〜、やるやないか。あんたみたいな人間、斬り裂いてみたいわぁ」

 鋼色の短刀、その刃を舌で舐めて、狂気に歪んだ笑顔を見せる。目前の男を斬り裂く、イメージに酔っているのだろう。

「フン、貴様に俺は斬れん。何故貴様が殺人を犯し、俺達中野区支部をはめるような真似をしたか知らんが、ここまでだ。『霧辺には会えん』と忠告しておいただろう?」

「お堅い人やなぁ、親友にくらい会わせてくれてもエエんやないの?」

「『親友』だと? ほざくな下種、どの顔さげて真に会おうというのだ?」


 小さく、堪えられないように荒井が笑いを零す。「会えへんのはあっちの方やで」と、微かに呟いて。




「……貴様には、《斬魔》を名乗る資格は無い。《斬魔》とは、純粋なる殺意、そしてそれをやがて受け止められる者が称される名。貴様は、常に数多の他人の命を背負って生きる覚悟など、あるまい」


「はっ、あの殺人鬼を相当気に入ってるらしいでんなぁ。あんたを殺したら、霧辺はどないな顔すんのやろなぁ?」

 どこまでも、可笑しそうに、楽しそうに。その笑みで、希紗にも手をかけようとしたに違いない。




「ん……、あれ……澪斗帰ってたの……?」

 今更ながら、希紗が目を覚ました。そして、眼前の光景に唖然とする。リボルバー式マグナムを構える澪斗と、短刀を向ける荒井? 混乱し、女が慌てふためいたその隙に。



 希紗の首もと目掛けて投じられる短刀、それをマグナムの銃身で瞬時に弾き返すっ!




「本当は霧辺の部下も皆殺しにする予定やったけど、まぁエエわ。じゃ、俺の『親友』、斬らせてもらうで」


 澪斗が短刀に気を取られているうちに、そんなコトを言い残して荒井は窓を割って逃走した。ここは三階だというのに……おそらく、彼も裏の人間の基礎体力以上を持っているのだろう。



「ちっ、俺が先日ガムテープで固定した窓を、よくも……!」

「なんかよくわかんないけど、怒るトコ違くない?」

「希紗! 面倒なことになった、追うぞ!!」

「う、うんっ!」





 その時、澪斗の携帯端末が鳴り出す。

 予想もしなかった人物から、想像できなかった事実を知らされるための。


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