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第三章『咎人の舞台』(4)

「なんかこっち来るみたいよ……?」

「予想以上に早いなァ……。よし、どーにかするか!」

 頭を掻いていた警備員が、足音のする方へスタスタと歩いていってしまう。思わず友里依は呼び止めた。

「待ってよ! どうする気なの!?」

「言ったやろ、ワイがどうにかしてくる。あんさんはそこから動かんといてや」

「どうにかするって……あんた一人でなんとかなる問題じゃないでしょ!? 逃げるんじゃなかったのっ?」

 男は、変わらないヘラヘラとした笑みで振り返って口を開いた。いつの間にか、右腕に包帯で巻かれた棒状のモノが握られている。



「確かにワイは平和主義者やけど……仕事は《守護》。あんさんはワイが護る、命に代えてもや」



 最後に安心させるような笑顔で手を振って、警備員は行ってしまった。口を半ば開けたままの友里依が残される。

「……命に代えても、って……」

 穏やかではない言葉に何も言えなくなってしまった。その後ろ姿が見えなくなった頃、ようやく声が出る。いくらなんでも、大袈裟ではないか。相手はただの警察なのだし……。





「何者だっ、お前!?」


 路地の向こうで、叫ぶ声が聞こえた。その直後に銃声も。あの警備員に向けられたものなのか? 友里依はそっと自動車から抜け出る。

 好奇心と不安で、男から動くなと言われた場所から移動する。声のする方へ……男が歩いていった方へ忍び足で歩く。ゆっくり壁からその先の光景を見た。


「危ないなァ、いきなり発砲すんなっちゅーねん」

「お前を連行する! 抵抗すれば本当に撃つぞ!」


 両手を上げた金髪の男の前に、ずらっと警官隊が銃を向けて並んでいる。友里依の位置からだと丁度男の背が見えた。

「ちょ、ちょっと待てや。職務質問も無しに連行なんて……」

「弁解なら署で聞いてやる。大人しくついてこい!」

「……やっぱマトモな摘発やないんやな。社長が寄こしてくる仕事やから覚悟はしておったが……ったく、貧乏クジやで」

「何をブツブツ言っている! 早くこちらへ来いっ」

「どういう事や? 事情も調べずに連行なんて有り得へんやろ」

「っ! う、うるさい! この街に居る者はほとんどが不法な者だろうが! 裏社会に入る前に更生してやるんだっ!!」

「…………そんな理由なんか。できれば穏便にと思うとったが……ワイも遼平の事言えへんなァ」

 静かに握っていた棒状のモノの包帯を解く。簡単に包帯は落ちていき、鋭利な木刀が姿を晒した。それを水平に構える。


「さァて、ワイも護りたいモンがあるんでな。本気でかかってきて構わへんで?」


「抵抗する気か! 処罰開始を、許可っ!」


(本当に殺されちゃうっ!!)

 一斉に引き金が引かれた。けたたましい銃声に、友里依は首を引っ込めて目を閉じる。しかし、次に聞いたのはあの男の断末魔ではなく、違う悲鳴だった。

「うわっ」

「な……!?」

「ひ、怯むなぁっ!」

 混乱したどよめきと悲鳴が路地に響いている。もう一度様子を見ようと顔を角から出した。今度見えたのは、警官隊を薙ぎ払って蹴散らしている、撃たれたはずのあの男。

「ウソ……」

 まるで別人だった。あの、ヘラヘラとした、弱腰の、ストレス溜まり気味の警備員では無いようだ。

 瞬時に消え、また現れて優雅な太刀筋で警官隊を一掃していく。飛んでくる銃弾をかわし、木刀一本であの人数を相手にしていた。

 姿を確認する時は、そこで警官が倒された後。表社会の人間の眼では追えない速度での一瞬の移動と、刹那の一撃。右腕に握った木刀の先端で鎖骨を、左肘で反対に居た者の鳩尾を、突く。銃口の照準が定まらないうちに手を木刀で打たれ、拳銃が落ちた時には所持者も気絶。

 警官達は恐怖で混乱して本当に男を殺そうとするのだが、全く歯が立たない。……警備員は確かに、命を賭けていて。



「あんたで最後やな」

「くそぉ……っ」

 腰を抜かした隊長の周りに、急所を打たれて気絶した隊員が倒れている。二十人はいた警官隊が、五分としない内に一人の男によって全滅された。驚異の強さを顕示した男は、隊長の前から木刀を離してふと哀しそうな顔をする。



「……逃げてくれ。ワイはこんな事、しとうなかった……」


 頼むような言葉に、隊長は素直に従った。惨めな悲鳴を上げながら路地を走り去っていく。

 警官隊が倒れた中、男は俯いて哀しみにくれた瞳をする。男は、こんな光景を知っているようで。その瞳には後悔、そしてまた、あの自己嫌悪。



「…………ワイは……護りたいだけなんや……」


 その呟きは哀願するような、切実な声だった。誰に向けるでもなく、祈っているような言葉。



 ――――強すぎるのに、脆すぎる――――。



 友里依は、何も知らないのに、ふとそう感じた。

 地獄などより恐ろしい社会で、あの男は己を嫌い続けて生きている。己を嫌うことで……《自己》を維持している。そしてそれが、生物の本能に逆らっていることも、知っている……。


(叫びなさいよ……)


 誰か助けてくれ、と。

 自分を救ってくれ、と。

 苦しくてしょうがないのだ、と。



 そんな感情を押し込めている男の瞳が、悲しすぎて、何故かどうしても愛おしくて、友里依は足を踏み出していた。



 刹那、喉元寸前に木刀が突きつけられるっ!




「誰や!?」


「っ!」

 音に反応して振り返り際に木刀を構えた男は、相手が友里依であることに気付いて急いで木刀を下げる。

「す、すまんっ! なんでここに来たんや? 動くなって言ったやろ?」

「ごめんなさい……。音がして……その……心配だったから……」

 本当に裏社会の人間だったのだ、この男は。まだ信じられないが……でも、やっぱり怖くない。なんとなく目が合わせられなくて、友里依は下を向いていた。

「心配してくれたんか、ありがとな。ワイはなんとも無いが……あんさんは怪我とかしてないか?」

「えぇ、私は……」

 腰に木刀を戻した男は、友里依を気遣ってくる。

 先ほどの自己嫌悪の瞳は隠して、陽気に微笑んで。それは辛い演技、悲しい欺瞞。憎悪を口にすることは、相手にも重荷を背負わせることだと、そんな思考の結末。


 ならば、自分に出来るコトは? 強引に心開かせるコト? きっと、違う。


「ありがとう」

「へ?」

「護ってくれて。……ありがとう」

 男は不意をつかれたような顔をしていた。しかし、やがてその表情が笑みに変わる。

「まァ仕事やけど……どういたしまして。あんさんが無事で嬉しいわ」

「やるじゃないっ、ちょっと見直したわよっ」

 軽く肩を叩くと、男も優しく笑って。



 一緒に笑う。例え相手は心の底からじゃなくても。己の嫌悪感に向き合う時間を与えさせないぐらい、一緒に笑い続ける。演技を、役者が忘れるほどに。



 どうしてそこまでこの男に尽くしたいと思うのか、自分でもよくわからなかった。

 ただ……あの瞳の色を思い出すと、胸が締め付けられて……もうあんな瞳は見たくない、けど、この人とこのまま離れたくない。



 ――――見たいの、貴方の本当の笑顔を。 




 しかしすぐに、足音が複数聞こえてくる。「こっちだ!」という声と、近づく駆け足の音。

「うわー、またかいな。逃げるでっ」

「え、戦わないのっ?」

 もう男に手を引かれて二人は走り出している。あれだけの力があれば、今度も簡単に倒せるだろうに。


「ワイはなるべく人を傷つけとうない。戦わずに護りたいんや。……もう、誰も傷つけとうない……」


 握られた手に力が込められる。この男の過去に何があったのか、友里依は追究しなかった。触れれば、何かを壊してしまう気がしたから。




(このままでもいい……)

 ふと友里依は思った。このまま、この路地が永遠に続けばいい。ずっと、どこまでも二人で走っていたい。握った手を、離さないで。






 貴方と同じ舞台で、演じてもいい? いつか二人一緒に、演技を忘れて心の底から笑える日まで……。




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