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第三章『咎人の舞台』(3)

 その国家権力のサイレンに、反射的に素早く金髪の警備員は立ち上がり、焦って腕時計で時刻を確認する。


「まだ時間やないのに……!」

「あ、警察来たみたいねー」

 呑気にサイレンのする方向を見ていた友里依の腕を、男は掴んで立たせる。そしてそのまま走り出した。

「ちょっと、何すんのよっ!」

「あんさんかて捕まりたいわけやないやろっ、逃げるに決まっとるがな!」

 腕を引かれ、裏路地に入る。暗い路を何度も曲がりながら男は器用に無線機を取り出す。


「みんな、聞こえるか! 警察がもう来よった、全員退避せいっ!」


 しばらくして、ノイズと共に複数の声が聞こえてくる。


『こちら純也! こっちはまだかかるかも……でもなんとかするから心配しないで!』

『おい真、どうなってんだよ! まだ早ぇだろ!』

『真、私はもう退避完了!』

『一体どうなっている……もうこちらには警察が来ているぞ!』


「みんなすまん! ワイかて状況を把握できとらんのや。とにかく、自分の身の安全を第一にすること! 無茶するんやないでっ!」


『うん、できる限りやってみるよ!』

『当たりめえだろ、面倒くせぇなぁ』

『無茶なんかしないわよ〜』

『フン……』


 それぞれの応えが返ってくる。しかしまだ安堵しない表情で、今度は携帯端末を引っぱり出す。親指だけでドコかへ通信を入れた。

「早く出てください……!」

 苛立っているような顔で通信画面を見入る。その間もより遠くへと脚は疾走する。



『もしもーし、どうしたね真?』


「社長! どうなっとるんですか、なんかもう警察が来たんですが!? 十一時からじゃなかったんですかっ」

『おや、私は十一時って言ったかね? 警察の一斉摘発は十時からだよ』

「はァ!? どーしてそういう重要なコトを言い間違えるんですか!」

『はっはっはっ……嫌だなぁ、ちょっとしたミスじゃないか。誰にでもあることだよ』

「開き直らんでくださいっ! まったく、忘れやすいんだからいつも大切な事はメモしておいてくださいって言ってるじゃないですか! だいたい社長から来る仕事はいつも変なのばっかりで――」

『もー、小言はやめてよー。……それで、どうして通信をかけてきたんだい?』


「……安全確保の為の、やむを得ない場合での戦闘を許可してください」


 男の声に本気が宿る。端末に映った老人は少し驚いたような表情をした。

『おや珍しいね、君からそんな事を言ってくるなんて。……相手が警察だからかい?』

「……ワイは仕事に私情は挟みません。社員の安全を確保したいだけです」

『わかったよ。全て、君の判断に任せよう』

「ありがとうございます」

 画面に真剣な面もちで一礼して、通信を切った。目の前に丁度良い廃棄された車を見つけ、友里依をそこへ押し込んでドアを閉める。

「もうっ、何すんのよ!」

「今だけでエエ。そこに隠れてたってや」

 そしてもう一度、男は無線機に口を近づける。

「ワイや。しゃーない場合での武力行使を許可する! でもできるだけ逃げてや!」


『あぁ? なんだよ、もう何人かやっちまったぞ?』

『フン、言うのが遅い……』

「遼平、澪斗あんたらなァ……。えぇい、もうエエ! でも手加減するんやでっ」

『あー悪ぃ真、無理だな』

「何!?」


『俺はなぁ、警察が大っ嫌いなんだよおぉっ!!』


 何かがぶつかる音と、人の喚声が聞こえる。遼平が完全に暴れている……それだけは確かだった。

『はーはっはっは! 捕まえられるもんならやってみろってんだよぉ!!』

『どうしたの!? 真君、遼がまた暴れてるのっ?』

「あのアホがァ〜っ。純也、ワイは今動けへんからあんたが行ってくれるか?」

『わ、わかった! 僕頑張るよっ』

 少年の意を決した声が無線機から届く。(見習いの少年に任される社員って……)と友里依はつくづくこの警備員の会社を怪しく思う。大体、部長である彼の指示を聞いていないではないか。

「ねぇ、あんた達の方が大丈夫なの?」

「あはは、まァ、なんとかなるやろ」

「随分いい加減なのね」

「好きなようにやらせてやる。責任はワイが持つ。……認めたくないが、何やかんや言って結局あいつらを信頼してるんよ」

 そう言う男の横顔は、楽しそうな笑みだった。上に立つ者でありながら、らしくない。ましてや裏社会の者なのに、そんなでいいのか?



「一番隊は通りを、二番隊はこのまま路地を行けーっ」


 小さかったが、確かにそんな声が聞こえた。大勢の人間が駆ける足音が近くなってくる。



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