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第二章『斬魔』(6)

「…………」



 彼が話し終えた後も、純也は黙っていた。真が大きく深呼吸をする音がする。

「信じて、いいよね」

「え?」

「真君のこと。僕は信じるよ」

 今ならはっきり言える。「絶対に違う」と。この壁の向こうにいるのは、間違いなく純也のよく知る真なのだ。殺人鬼などではなく、部長、霧辺真が。

「ありがとな純也。……でもこれ以上、みんなに迷惑かけたくないんよ。今回の事件、ワイは今ここで裁きを受けるべきなのかもしれん。明日には、ワイが『野田 真』として逮捕されていることを警察が明かす。だから、それまでに社長に話をつけといてくれ」

「そんなっ、僕は嫌だよ! 真君は、もう人を殺してないっ!」


「きっと……きっと今回の事件は、ワイの怨念の残像で……そして天罰や。ワイは、現世に残っていてエエ人間やない」


「嫌だよ……戻ってきてよ、真君……! 真君がいなくなっちゃうなんて、悲しいよ……っ」

「……純也、部長として命令する。頼む、辞表を」

「っ!」

 何か言いたそうに、純也は言葉を切る。今まで真が部長命令なんてした事はなかった。いつもメンバーの好き勝手にさせてくれて、上司ぶることは無かった。それなのに、こんな時だけ。

 そして真実を知った今、純也は、あの依頼人のことを真に話すかどうか悩む。澪斗に口止めされていたが……。


「真君……荒井鉄さんって人、知ってるんだよね?」


「な!? なんで純也が鉄やんのコト知って……まさか、東京に来てるんか!?」


「やっぱり、親友だったんだね……」

「……あァ。同じ剣術道場に通ってたんや。鉄やん、東京に居るんやなっ? 今、ドコに……!」


「荒井さん、真君が生きてることを知らなくて、それで――――」


「誰だっ!?」

 外から別の声がした。見張りが純也を見つけてしまったらしい。

「純也、逃げろ!」

「でも真君、僕っ」

「エエから早く! ……ほんまに、ありがとな」


 一度壁を振り返ったが、純也は走り出した。見張りが数人駆けてくる。

 高い拘置所の壁を難なく飛び越え、着地する。向こうの正門から見張りが追ってきていた。

「まずいな……」

 前方の裏口からも走ってくる見張りがいる! 挟み撃ちにされそうになった、その時。

 後ろから急に眩しい光が射した。けたたましいエンジン音を唸らせて、何かが近づいてくる。


「純也!」


「遼!?」

 瞬時に純也に追いついた遼平の大型バイクから、腕を伸ばされて軽々と後ろに乗せられる。ワイバーンはスピンターンをして、再び加速。見張りの人間を蹴散らし、公道に戻った。



「遼、どうして……」

「フォックスから連絡があった。お前が《斬魔》の居場所を尋ねてきた、と。それで遅ぇから来てみりゃこの騒ぎだ。ったく、バカが」

「ゴメン」

「で、真には会えたのかよ?」

「話しただけだったけど。……遼、やっぱり真君は真君だね」

「当たりめぇだろ。根拠、見つかったみてぇだな?」

「うん。必ず……必ず真君を助けよう」

「はっ、言われるまでもねえ」


 完全に見張りをまいたバイクは、ネオンの消えることの無い街へ疾走していった。


     ◆ ◆ ◆



 東の空の色が薄くなる。表にも裏にも、陽は平等にその光を差し込む。


「もー、どうなってんのよ〜! これだけ荒らしても見つからないなんてっ」

 一度中野区支部事務所に戻ってきた希紗と澪斗、そして荒井の三人は、次の行動に悩んでいた。

 昨夜から大きい裏オークション会場へしらみ潰しに潜入してきたのだが、結局ドコにも《金剛》は無かった。

「希紗、《道化師》には訊いてみたのか?」

「フォックスには訊いてないわよ……あの人、一々連絡する度に口説いてくるし。でも、背に腹は代えられない、かしら」

 諦めた様子でため息を吐いてから、真のデスク上の通信端末からロスキーパー本社へアクセス、情報部を呼び出す。


『希紗ちゃん、僕を呼んでくれたねッ! これって愛のモーニングコールッ!?』

「……いつか私の技術で、画面先の人間を殴れるシステムを作ってやるわ」

 女好きのフォックスがきっとそのピエロの仮面の下でにやけているのを想像すると、無性に腹が立ってくる。はた迷惑なこの前の外人情報屋の件もあって、最近希紗は機嫌が良くない。

「フォックス、黙って俺達の探す情報を調べろ。私語は許さん」

『もしかして、希紗ちゃん達も《亡者》をッ?』

 その言葉に一瞬固まった希紗の横で、澪斗がすぐさま「違う」と断言する。その声色は、冷たく、重い。


「東京の裏オークションに、神刀《金剛》という商品があるはずだ、それを調べろ」

『《金剛》だってッ? ちょっと、なんで君達がその刀を!』

「あれ、知ってるの?」

 希紗の意外そうな言葉に、フォックスはふと動きが止まる。



『「闇を斬るべく創られし、神の太刀《金剛》。西の凶なる刃を絶つために」……残された徳川家の文献によると、それは関ヶ原の戦いで創られた、東軍の刀さ。西軍、石田側の《凶刃》に勝つためにねッ』



「その西軍の《凶刃》って……!」

『そう、希紗ちゃんの想像通りッ。この二つの刀を近づけてはならない』

 希紗は焦ってデスク脇に振り返り、昨日のままの木刀を見やった。澪斗は、目を細めて沈黙を守る。何の話かわからない荒井は、接待用ソファに腰掛けてこちらの様子をうかがっていた。

「フォックス、言い伝えなどはどうでもいい。俺は、その《金剛》が何処にあるのかと問うているんだ」

『あぁ、君達と話しているうちに検索はかけておいたよッ。今結果が出たけど……《金剛》は、ドコの商品にもなっていない』

「もう誰かに落札されちゃったってコト!?」


『その可能性も調べてみたけど、ほとんどゼロに近いね。さて澪斗、ココで問題だよッ。かつて《斬魔》が使用していた刀とほぼ同等の力を持つ太刀、この僕の情報網にも捕らえられない行方不明の太刀、そして現在蘇った《斬魔》の持つ太刀……さぁ、君の答えは?』


「……なるほどな。この俺に問題を出すには、貴様はヒントを出しすぎだ。甘く見られたものだな」

「え、何が何なの?」

『情報は、知るだけでは意味が無い。その知識を熟慮することで、初めて情報は価値を得る。……君の答えを、僕に見せてよ』

「良かろう」

 そう言って、澪斗は勝手に通信を切る。まだ混乱して唸っている希紗を無視し、荒井へ振り返った。

「荒井、残念だが《金剛》の詳しい場所はわからなかった。そこで、どういった経緯で《金剛》が盗まれたのか、教えてくれないか?」

「あ、はい。今から二週間ほど前です。盗まれるまで、俺はあの刀がそんな大層なモノだとは知りませんでした。でも、親から家宝だったこと、言い伝えを聞いて、取り返しに来たんです」

「その、霧辺という友人とは、幼馴染みか?」

「そうです。同じ剣術道場に通う仲で、『閃斬白虎』という流派の剣術です」

「わかった。……『魂を救う』などと言っていたが、霧辺には会えんぞ?」

「ははは、そりゃ……もうとっくに死んだ人間ですからな」

 その荒井の笑顔は悲しそうなのに、澪斗は冷たい表情を変えないまま。そして、デスク脇にあった部長の木刀を持って、事務所から出て行こうとする。



「希紗、少し用事が出来た。仕事は一時中断だ、仮眠でもしておけ」



「えっ、ちょっと澪斗ー!」

 疲れきった彼女の声に、返事は無い。しょうがないので、言われたとおり仮眠しようとした。が。

 ある人を思い出して、携帯通信端末をポケットから引っ張り出す。


     ◆ ◆ ◆


『もしもし……友里依さん?』

 意識がハッキリしないまま、友里依は携帯にかかってきた通信に出た。希紗からだ……焦って涙の跡を拭うが、赤く腫れぼった目は誤魔化せない。

「ど、うしたの、希紗ちゃん? お仕事は……」

『今は休憩です。友里依さん大丈夫ですか、独りで……』

 わざわざ仕事の休憩に、気遣って連絡をくれた希紗。それは上司の妻へという態度ではなく、親しい友のように接してくれる。

「ありがとう。心配しないで、私、家でずっと待ってるから」

 夫がいなくなってからずっと泣いたまま、食事もしていないけれど、それでも信じて待っていることが自分に出来る一番だから。

 『何かあったら連絡してくださいね』と言った希紗からの通信を切って、友里依はふとベッド脇にあった写真立てを視線に映す。

 それは、戸籍の無い夫との、正式には挙げられなかった小さな結婚式の写真。


「シンっち……」



 記憶は、一年と半年さかのぼる――――。




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