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第二章『斬魔』(4)

「……そろそろ何か喋ってくれないか」


「……」

 警視庁の地下、隔離牢の中で少年は瞳を閉じて座っている。《斬魔》が警察に捕らえられてから三日経とうとしていた。

 コウイ刑事は、隔離牢の外から少年を見つめる。彼には、この少年と同い年くらいの息子がいる。正直、未だにこんな子供が連続殺人犯だなどとは信じられなかった。

 ふと刑事はポケットから隔離牢の鍵を取りだし、柵の一部になっている扉を開ける。そして自分から中に入って鍵をかけてしまった。

「……?」

 真は瞼を上げ、いきなり入ってきた刑事をまじまじと見つめる。どかっと真の隣りにあぐらをかいた。

「何度も訊くが、お前、名前は?」

「…………」

「はぁ〜、やっぱり答えてくれないか」

 大きくため息をこぼし、背後の壁によりかかる。少年は体育座りのまま足下だけを見ていた。

「お前の持っていた刀から殺害されたオオアサ氏の血液が検出された。他にも付着していた血液から考えても、お前が連続殺人犯だということになっている。……否定はしないのか?」

「…………」

 やはり何も答えない少年。二人の呼吸しか聞こえない静寂。


「なぁ、俺今夜ここで寝てもいいかなぁ?」


 突然問いかけてきた刑事に、真は訝しげな目を向ける。初めてその時目が合った。

「どうせ監視の人間は今日いないし、いいだろう?」

「……」

 変な事を言い出すものだと、真は眉間にシワを寄せてしまう。殺人犯と一緒に寝たいか?

「よし、今日はもう遅いし、寝るか!」

 布団を持ってきて勝手に敷き始める刑事に、真は困惑する。


「……あんさん、変やな」


 三日ぶりに喉から声が出た。声変わりからまだ間もない、男子の声。

 いきなり口を開いた少年に刑事は驚いた顔をしたが、やがて笑顔に変わった。

「よく言われる。お前もそう思うか?」

 真はこくっと頷く。コウイの顔がより一層にやついた。布団を準備しない真をよそに、もう刑事は布団の中に潜り込んでしまった。

「俺のことを同僚も変人だって言うんだ。まったく、失敬な」

「間違ってないんとちゃう?」

「お前まで言うかっ」

 うつ伏せになって頭だけを起こし、刑事は笑った。『変』という響きを悪くは思っていないらしい。

「なぁ、お前の事なんて呼べばいい?」

「へ?」

「だって『お前』じゃ、なんか嫌だろ。俺が呼んでてつまらないからさ」

「理由それだけなんか?」

「あぁ」

 修学旅行の夜みたいなノリの刑事に、呆れてため息をつく。真はゆっくりと両脚を伸ばし、天井を仰いだ。


「……シン」


「シン、か。よろしくな、シン!」

 きっと嬉しそうに微笑んでいるであろう刑事を、少年は見ない。「よろしく」と言われても、自分は犯人で相手は警察なのだ。

「……ところでおっちゃん、名前は……」

 少し間を開けて、真は首を下げる。が。


「もう寝てはる……」


 枕に顔を押しつけたまま、中年刑事はいびきをかいて寝ていた。その眠りに入る速度に脱力する。

「ほんまにあんさん、変人や……」


 少年の疲れたため息も、熟睡している刑事には届かなかっただろう。


      ◆ ◆ ◆


 その後、真が取り調べ室に送られることは無く、毎日コウイ刑事と隔離牢で会話をしていた。段々喋るようになってきた真と、いつも他愛もない事を話す。

「コウイはん、職務怠慢になるんとちゃいますか?」

「いいのさ、現場は若いやつらに任せておけば。シンといる時の方が楽しいしな」

「ほんま、わからん人やで……」

 毎日毎日殺人鬼と会話して何が楽しいというのか。それに、コウイは事件に関係のある事は一切訊いてこない。息子が最近反抗期だとか、髪が薄くなってきて困っているとか、同僚に水虫だと疑われているとか……。


 だが、拘留されて一週間後に、やっと。

「……警察はな、まだシンを捕まえた事を世間に公表してないんだ。シンがまだ子供だからってのもあるんだが、殺された被害者の関連性に一筋の線を見つけてな」

「……」

「とてつもなくでかい金融業社が、バックにあった。……そして、それに何人もの政治家が関わっていた……」

「……」

「もし……もしもだが、お前がそれで殺人を犯していたのなら……話はとんでもない方向に向かう」

 純粋な殺意で人を殺した幼い子供にはわからないのだろう、少年は首を捻る。

「率直に言えば、政界から大きな圧力がかかるな。犯人を公表すれば、必ず動機に皆注目する。それで政治家の悪事がバレれば、国民の非難を一気に浴びるだろう。だから、政界としてはこの事件をあまり表沙汰にしてほしくない。それで……警察はシンの事を公表できないのさ」


「ワイは……大人が嫌いや」


 呟いた少年に、刑事は悲しそうな表情をする。コウイの予想通りならば、おそらくこの子は。


「霧辺、真……なんだよな?」


「……知ってたんか」

 特に驚いた顔はせず、諦めたように少年は苦笑した。その笑みに刑事は心が痛むのを感じる。大阪府警からあった情報が正しいならば、この少年の両親は。

「ヤミ金融の取り立て被害にあっていた家の中で、夫婦が死んでいるのを発見された家がある。その家の独り息子が、行方不明になっていた」

「……ワイだけが生き残ってしもた。父ちゃんが腹切って……その後ワイが死ぬ予定やった。なのに、母ちゃんがワイだけ生かしたんや」

「でも、お前の親がこんな結果望むと思ったのか?」

 こんなありきたりな台詞しか吐けない、自分を悔やむ刑事。それでも理想の答えを察していて、微笑む少年。


「望まんやろな。わかっておった。けど、これ以外に『生きる』支えが無かったんや」


「シン……」


「アホやろ? ワイ、頭良くないねん」


 苦笑が深くなっていく。自嘲気味に。その顔は、これから下るであろう己の処分を既に悟っているようだった。

 コウイ刑事は何も言えなくなってしまう。この少年が行ったのは過ちだ。しかし、こんな子供が他にどう生きる術を見つけられただろう? 目の前で両親を失った子供が、憎悪以外に生きる道の選択肢があったのだろうか。答えられない……自分だって、愛する妻子を失ってしまったら、もしかしたら……。


 しかしこの少年は《力》を持ち過ぎたのだ。他の復讐者と比べた時、彼は有り得ないほど強すぎた。あまりにも多くの生命を奪えるほどに。憎悪が彼をここまで強くさせたのか、偶然にも彼が強かったのか。想いの力がこれほどまでに強いのだとしたら……人は、なんて恐ろしい生き物なのだろう。



「ワイはもう何回死んでも償えんほど罪を重ねてしもた。今更足掻こうとは思わへんよ」

「……」

「最後にコウイはんみたいな人に会えて、ちょっと嬉しかったわ」

 少年の笑みを前に、刑事は熱いモノを堪える。警察はおそらく、この少年を公表しないまま処刑にするだろう。それが最も円滑にいく方法だ。少年はそれを全てわかっている。



「コウイ刑事! 総監がお見えになりました!」

 監視官の声に、驚いて腰を上げる。数人の警官を連れた眼鏡をかけた男……警視総監が隔離牢の前に胸を張って立つ。コウイが焦って敬礼した。

「総監自らお出でとは、何事ですか?」

「うむ、そこの連続殺人犯の処分が決まった。立て、霧辺真」

 真が無言で立つ。そのまま、警視総監は懐から一枚の紙を取りだした。



「罪状、殺人罪。貴公、霧辺真を、計百十二人を殺害した罪で処する。……刑罰は、死刑」



「総監! 裁判も無しにいきなり死刑は……!」

「これは上からの命令と会議で決まったことだ。《斬魔》は現場で抵抗した為に処刑したこととする、よって貴公の処罰はココで行い、霧辺真は一家心中で死んだものとなる」

「ココで……処罰? 総監っ、まさかっ!」


「……やりなさい」


 警視総監の後ろにいた警官達が、一斉に少年を囲む。そして、後ろから腕を羽交い締めにし、身体を倒し、布らしきモノで猿ぐつわを噛ませた。これから目隠しもするらしい。最後の瞬間に、泣きそうなコウイと目が合って、《斬魔》は微笑んだ。

 やがて視覚も奪われ、残った聴覚が「シン……っ」という音を聞き取って。だから、その気配の方へ、自由に動かせない口で、「さよなら」と。



 右腕の動脈に何かが突き刺さる痛み、おそらく注射器か何かだろうが、わからない。ただ、『何か』が体内に流し込まれ、それが身体を巡っていき…………血液が煮えたぎったような激痛で、《斬魔》はこの世から消された。



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