7、その暗号は解くともなく
必要最低限の、小奇麗な部屋。
何週間か前には当たり前だったはずだが、そんな片鱗は今やまったくない。
床という床には紙が散乱してる。
ソファーに座りこんでいたエドワードの周りが特に酷い。
何枚も何枚も紙が積もり、足の踏み場がなくなっていた。
ぱらぱら、ぱら。
次から次へと紙は床へと落とされていく。
堆積する紙、紙、紙。
どんどん紙は積み重なり、崩れ、また積まれていく。
エドワードはそれらにまったく無関心に、ただ手元の紙を眺め、また落とした。
―7―
エドワードはぼんやりと紙を見ていた。
何をどう見ればいいのかもわからないが、ただ見ていた。
これが、あれになるのか?
意味不明だな。
基礎的なところは調べてみた。
紙いっぱいに引かれていると思っていたが、これは5本の線ごとに見るらしい。
名前は五線譜。まんまだなと思ったが、分かりやすくていいのかもしれない。
その上にばらばらと描かれているのは、音符とか休符記号とか。
それぐらいは調べてみたものの、後はさっぱりだった。
これを理解できる奴らはどっかおかしいんじゃないか?
そう思いながら、漫然と見つめていた。
分からないものを、分からないままに、ただ見ていた。
不思議なことに、それはエドワードにとって不愉快でも、苛立つことでもなかった。
今日聴いた音楽を反芻しながら見ることは、むしろ面白くさえあった。
ここ数日を考えるとエドワードの心は穏やかだった。
ぱらぱらと楽譜を捲る音だけが部屋に響く。
チープなだけの音はいらなかった。
訳の分からない楽譜を一定の間隔で捲りながら、本物を何度も何度も反芻する。
その時間は、心地よい。
コンサートを聴いたときのような至福はなかったが、幸せな時間だった。
けれどそれは―――――間違いだった。
ぱら、ぱらっと楽譜は捲られる。
ぱらっ、ぱらぱらぱらぱら、ぱらっ。
バらバラ、ぱらっ、バラバラ、ぱらららら、パらっ―――――
だんだんとエドワードの眼は穏やかなものではなくなっていた。
見るともなく見ていたはずが、妖しいまでに尖っていく。
ギラギラと揺らめく目が、忙しなく紙の上を滑っていった。
耳の奥の音楽と、楽譜が重なっていく。
ただの暗号文が、明確なものへと変貌を遂げていく。
謎ときをしていたわけではない。
しかし、エドワードは知らずそれを行っていたようだった。
暗号の解明は意識もなく成され、急速に耳の奥の音楽に成る。
その奇妙なまでの整合性が、エドワードをまたもや異常な世界へと連れ去っていった。
部屋の中は、紙の捲る音だけが響く。
しかし、エドワードの耳の奥では音楽が鳴りやまない。
その源泉は今日のコンサートから、いつの間にか手元の紙束へと変わっていた。