4、甘美なる蟻地獄の中へ
エドワードは蟻地獄に嵌まったかのように、音楽にのめり込んでいった。
朝も昼も夜も、夢の中でさえエドワードの耳の奥には常に音楽が居座っていた。
忘れたくても忘れられない。
どんなに手放したくても、離れてはくれない。
まるで麻薬のようにエドワードを侵し、全ての思考、感覚をそこへと追いやっていった。
この異常をエドワードは気づきながら、それでもどうしようもなかった。
どうしようもなく惹かれる。
どうしようとも囚われてしまう。
たった一度の音楽が、エドワードの思考を占領し、支配した。
それはこれまでの人生全てが、たったの何時間かの音楽に負けたことを意味した。
―4―
あの日から、エドワードの日常は一変した。
コンサートを聴いた翌朝、エドワードは得も言われぬ興奮状態にあった。
それは、夢の中で響いた音楽が彼の身体を揺らしていたからだ。
目の前で繰り広げられる華やかな世界。
その中に一人たたずむエドワード。
彼のためだけの音楽が耳の奥に広がっていた。
幸福な夢。
その幸せな夢の世界はしかし、起きてしまえば一瞬で消えうせた。
「くそっ!」
恍惚の表情から、一気に憤怒の表情へと変わる。
胸に湧き上がる苛立ちに任せて、枕を投げ、スタンドを投げ、本を投げ、その辺にあるものを手当たり次第に投げつけた。
許せない――
その思いがエドワードを凶暴にさせた。
普段の彼ならしない、八つ当たり。
それは、投げつけるモノがなくなるまで続けられた。
「俺は、なにを……」
そして、投げつけるものがなくなって初めてエドワードは頭を抱えた。
自分が何をやっているのか分からなかった。
ただ目覚めただけ、夢から目が覚めただけで、何をやっているのか。
力任せに投げつけて壊れたスタンドや、散乱した本や小物が床でぐしゃぐしゃになっている。
虚しい光景だった。
のろのろと立ち上がり、片付ける。
その間にも自問自答を繰り返すが、やはり分からなかった。
何が、自分をこうさせたのか。
その疑問は出勤し、仕事をしている間も、退社して帰路についたときにも分からなかった。
ただ、一つ分かったこともある。
「CD買いなおさないと」
先日初めて入ったCDショップにエドワードは立ち寄っていた。
勿論用があるのはクラシックコーナーだ。
その一画で昨夜衝動的に真っ二つにしたCDを手にして、レジに向かった。
昨夜の絶望は勿論ある。
けれど、その絶望ですらエドワードは恋しくて堪らなかった。
その音を聴いて後悔することが分かっても、その曲を、その世界を聴きたい。
その想いに一日中捕らわれていた。
CDをカバンに仕舞い、いそいそと家路に着く。
そのときのエドワードは、まるで恋人に会いたくて堪らない男のようだった。