五分間
隣家に、玄関のドアが開いていたので見れば、人が血だらけで倒れていた。
まさかと思って近寄っていくと、確かに人が、うつ伏せに倒れている。そして、もう見ただけでザ・死体なのは明らかだった。頭から血を流して、動かないし、息もしていないし、呼びかけても答えない。
慌ててすぐさま救急車――いや、警察を呼び、電話を切る。
自分が、俺が、死体の第一発見者に!? 警察が来るのはいつだろう、すぐに来るとは思うのだけれど。
ここからは、第一発見者であるAが、警察が来るまでに録画され録音されていた、Bとの対面である。
ボーン。機械が産声をあげた様な音がする。そしてそれで目が覚めたB。
Bは体を起こし、Aを凝視した。気配に気づき、Aは開眼、そして徐々に信じられないものを見た顔をした。
「お、お前は……生きていたのか?」
Bは表情なく、Aを見て言った。「いや」否定だった。Aは動揺を隠さないまま、声が震えた。
「い、息は確かにしていなかった。それに……」
間が空く。
「こんなに血が、大変……」
悲しそうに、沈黙した。
「じゃ、じゃあ……死んだのか? ゾンビなのか? 幽霊なら足は……ある」
「誰かが私を、こんな目に遭わせて……」
Bは抑揚をつけ、感情が高ぶると遂には叫んだ。「許さないわぁあああ!」
Aは急ぎ仰け反り、壁に激しく体を打ちつける。きぃ、と痛みの声を上げた。
「私を襲ったのは、誰! 誰! 誰!」
ガンガンガン!! 金属に何かをぶつけている。何に、というより何が? 後のAの話によると、Bは傍にあった金槌で棚を叩いていた様だった。
「やめてくれ! 来ないでくれ!」
Aは必死で逃げ惑う。足を掴まれて、一瞬動けなくなったという。転倒し、受け身のとれなかった体に衝撃は素直に刺さった。
我を忘れて、これでは自分の方が体から離脱しかねないと、Aは混乱した。
ブツリ。下品な音を立て、機械はこと切れる。四分二十八秒、と表示された。
駆けつけた刑事は、呆れて突っ立ったまま暫く動けなかった。
「随分と暴れたんか……こりゃ」
規制線が張られ、現場には鑑識など幾人もの関係者が忙しく入り込み、よくある「殺害現場」となる。
長身の刑事は死体のあった跡を眺め、腕を組んだ。
「ホテイさん。スマフォが転がっていたそうです。まわしますか?」
「ああ、後で聞く」
「ホテイさん。血は、二階途中まで続いていました。行きますか?」
「ああ、後で行く」
「ホテイさん。被害者は恐らく後頭部を殴られ、倒れて、それから立ち、少し歩いてから絶命……って流れなんですかね。血の跡を追えば」
部下に言われて、その様に目で追ってみた。リビング部屋の中央、自分の足元にある血溜まりから移り、歩いたと思わしき床の血の足跡、出入りのドア付近にも溜まり、血は、二階へと続く階段の壁にも付いていた。
血塗れの死体があったのは一階、リビングの出入り口。開いたままの玄関のドア、外がここからだとよく見える。
「ふむ……」
まずは現場のここで材料を揃えなければ。一体なんの料理ができあがるのだろうなと刑事は思った。
後日、検証は開始された。
現場にあった痕跡などから、被害者は殴られたが、一度立って歩いたとみられ、リビングを出た所で倒れ、死んだと思われた。
死因は後頭部を殴られた事による。凶器は血の付いた金槌で、これは型とも一致したので間違いはなく、リビングの床に落ちていた。
これは殺人、とすれば必ず犯人がいるはずで、探さねばならなかったが、その必要はなかった。
何故なら犯人は、二階の階段を上ったすぐの所で死んでいたからだった。
ぶら下がった手から零れ落ちたらしいスマフォは押収され、調べた所、奇妙な録画データが発見される。映像が映るが真っ暗で、音しか拾えなかった。
以下は、その内容である。
「お、お前は……生きていたのか?」
「いや」
「い、息は確かにしていなかった。それに……」
「こんなに血が、大変……」
「じゃ、じゃあ……死んだのか? ゾンビなのか? 幽霊なら足は……ある」
「誰かが私を、こんな目に遭わせて……許さないわぁあああ!」
きぃ。
「私を襲ったのは、誰! 誰! 誰!」
ガンガンガン!!
「やめてくれ! 来ないでくれ!」
ブツリ。
事件の翌朝に署へ同行され聴収されたAは、刑事に顛末を説明した。
「家の前を通りがかった時、倒れていたのを見たんです。あれ、えっ、まさかと思って中へ入って、そしたら血だらけじゃないですか。駆け寄って、呼びかけても返事がないし、もう息もしてなくて、触ると冷たくて。これはもうダメだ……警察を呼んで。待ってる間、もう気分も悪いし、外へ出ようと思って振り向いたら、娘さんが立っていました。ええ、階段から降りて来る所でした。最初は誰か分からなくて聞いたんですけど、怖がっちゃって、また二階へ戻ろうとしたんですよね、うわコレ、ひょっとして自分が犯人だと勘違いしてんじゃないかと思って、咄嗟にあとを追いかけたんです。そしたら……」
「娘さん、倒れたと?」
「そうです。急に苦しみ出して。ますますこっちも訳が分からなくなっちゃって。とかしてる間にパトカーの音が聞こえてきたもんだから、気が抜けたというか何というか、すがる思いで待ちました。気分悪かった」
青い顔をしたAは一気に話し終えると、顔を歪めた。「なるほど……」刑事は視線を放し、腕を組み、考えた。
「それがその時に起こった事だと……」
難しい顔で天井を見上げている。
「それは……確かかね?」「はい」「本当に?」「はい」
またAを見た。
「何です? 何かおかしいですか?」
変な空気に嫌な顔をしていると、刑事は隣にいる一人の刑事に声をかけた。
「ホテイ君。一曲弾いてくれないか」
「何を? 何で?」
「いやすまん。あまりにもお粗末で、冗談が言いたくなった」
崩壊するほど愉快だったらしい。何の事かとホテイ刑事は顔をしかめた。Aに向き直り、刑事の顔が凍りつく。「君ね、これ聴いてみて」差し出されたのは、一つの録画データが入ったパソコンで、そしてそれは再生を経て、Aは静かにそれを聴いた。
みるみるうちに、ただでさえ血色よくなかった顔色に、汗が流れ始めていた。
「これは……」
「娘さんが倒れた時、持っていたと思われるスマフォに残っていたものだ。明らかに君の今の供述とは異なる。これは一体どういう事かな?」
刑事の鋭い視線がAに突き刺さる。Aは何も言わなかった。
「君と被害者との間に何があったのかは知らない。さておき、発見直後は、殺害したのは娘さんだと、現場の状況からそう判断した――後ろから殴られ、被害者は倒れる。娘さんはどうしたかは分からないが、二階へと行ったのかもしれないが、被害者はまだ生きていて、娘さんのあとを追いかけ、入り口で絶命した。そしてそこへ君が現れ、通報する――という流れで、捜査の方向は進めようとしたんだが、このデータの発見で、事は大きく変わる――君が犯人か?」
唾を飲み込んだAは、震えてきて、抵抗した。
「記録は嘘をつかない……か」
なかなか認めてはいない様だった。ふふ、と刑事は微笑む。
「被害者……隣の家に住む奥さん、夫人とは、どういう関係があった、とまではまだ聞かない。それより、データでは被害者を見つけてすぐに『お前』呼ばわり、ここでピンとくる。ああこいつ、ヤッたんじゃないかってな。普通、隣家の他人をそんな呼び方するかね? 要するに、君はまず被害者を殺し、一度外に出たんだ、そうだろう?」
黙っている。
「そして何故か再び戻ってきて、中へ入って第一発見者のフリをして警察を呼んだ。まさか生きていたとは思わず、かなり驚いたんだろうね。それであのデータ通りの事になってしまった。しかし、ね……」
刑事はまた難しい顔をする。
「分からない事が幾つもある……お前は生きていたのかの問いに、被害者は否定している。何故被害者はそうではないと言ったのだろうな、自分が死んでいる事を早くも認めている様な」
その答えはAにも分からない、被害者にでも聞かないと分からないのだろう。
「そして一度立ち去った君だろうだが、何故か戻ってきた。中へ入ると殺したはずの被害者はまるで生き返ったかの様に君を襲い、暴れて、ついには死んだ。その始終は娘さんが録画し、残した。全てを目撃し、二階へ隠れようとでもしたのか、だが見つかって、けれど発作を起こし――死んでしまい、君は娘さんを咄嗟に犯人に仕立てあげようと目論んだ。あくまでも自分は、第一発見者だと――思いつきの浅知恵だな、所詮は」
Aは黙っている。ただ黙っていた。
刑事のシナリオでは、Aが犯人だと決めつけている。多少は強引でも、Aの供述は嘘だと思っている。
AはBを後ろから金槌で殴り、去った。そして何故か戻ってきて息を吹き返したBを目の当たりにし、襲われたが、リビングの出入り口付近で息絶える。
警察を呼んだのは事実で、調べると凶器の金槌からはBと娘の指紋しか出なかったそうだった、つまりAが犯人だと決定づける証拠は、無い。
ずっと聴いていたホテイ刑事は「ちょっといいかな」と横から口を出した。
「まだ犯人だと決めつけるのは早々ではないかな。かえって混乱を招いているよ、あたりめ」
チラッと、Aを見た。
「ああ、あたりめというのは渾名だ。いつも袋に入れて時々食べているんでね」
言われた刑事はコホン、と咳払いをした。そんな事はどうでもいいと訴えている。
「もっと簡潔に、俺は君の供述を信じてみる事にしよう。君の言い分では、家の前を通りがかった時、倒れているのを見た、という事は、玄関のドアが開いていた?」
黙っていたAが頷く。「それで中に入った?」「そうです」刑事は続ける。
「血だらけで倒れていた被害者はもう息をしていなかった。だから我々警察を呼んだ、救急ではなく。ここまではいい、君が隠したのは、警察が来るまでの時間、何があったのかだ。それが、この」
パソコンをAに向ける。「記録だ」再生して、状況が表れる。
「これを、君の言葉で説明してくれるかい?」
諭す様に刑事は見つめる。口を開いたが、第一声を発するタイミングが掴めず、わずか数分の間が下りた。「ば、ば……」と震声を発す。
「化け物だ……あれは……」
涙ぐみ、ポツポツと話し出した。
「あんなもの、見た事がない、か、怪物だ。ほ、ホラー映画なんかでよく観るじゃないですか、血走った目、白い顔、お、俺を見て、手元にあった金槌で、襲いかかってきたんです!」
最後は叫びだった。手で顔を覆い、全身をガタガタと震わせている。
「被害者は出入り口付近で倒れて死んだ。本当にそこで。それは間違いない?」
Aは頷いた。
「それから、君はどうした? 最初の君の供述通りなら、二階へ続く階段付近に娘さんがいたという事だが?」
何度も、Aは頷いた。「そうです!」震えは止まらない。
「いつの間にか立っていて、目が合った。そして、あの子は逃げようとした。お、俺は混乱して、このままだと犯人と疑われるんじゃとか、さっきの化け物を見たのかとか、とにかく追って二階へ行った、だけどあの子は突然倒れて、こっちへ落ちてきた……が、白目むいてて、息も止まっている様だった……俺は驚いて、後ろへ下がると落ちてしまって、気づいたらパトカーの音が聞こえてきて、心底ホッとして何とか玄関の方まで歩いて行ったら、ちょうど警察が来てくれて……」
「玄関のドアは開けっ放しだった?」
「……はい。入ってからずっと」
「裏をとろう」
刑事はメモをとった。そして手を上げ、傍で聞いていたあたりめ刑事に顔色を窺った。
「ここまでで、何かおかしな点はあったのかな?」
「二階までの血の付いた手の跡や血が付いていたのは、死体に触ったからだと」
「そうだ。二階までに上った時に、だな。現場には、そこかしこに血が付いていた。被害者が、または被疑者が、暴れまくった結果だろうね。殴られて死んだはずが死んでなかった被害者が、自分が生きているのか死んでいるのかが分からず、こんな二人のやり取りになってしまって残った。基本だが、混乱している者の言葉を真に受けずにいた方がいいな、混乱しているのだから」
切って捨てた様に言う。そして本題はここからだ、とホテイ刑事は目を鋭く変えた。
「肝心なのは――犯人は誰か」
Aが犯人説を出したあたりめ刑事は頭を掻いた。「だから」それには理由がある。
第一発見者となったAの不審な態度。異常な発見時の怯え。それに伴い、駆けつけた直後は娘も死体となって発見されており、犯人は娘だと決めつけていた。
更には録画データに残っていた状況が、Aを犯人だと思わせる方向へ導く。もし隠さず話していたならば、不信感は多少なりとも防げていたのかもしれない。
「さて、誰なんだ。君は知ってる?」
Aは首を振った。少し考えてホテイ刑事は、
「あたりめが突いた様に、録画の始め、『お前』と言ったのは何故なんだい?」
話を戻し、追及した。ホテイ刑事もここは引っかかっていた様で、興味を示した。
Aは観念したか、肩をおとす。
「彼女とは、その……関係を持っていました」
徐々に赤らんでいった。
「偶に呼ばれて、そうだな、月に二度か三度……でも先月から暫く途絶えて。妙だな、と思ってました」
一度開いた口はスラスラと言葉が出ていた。
「先週だったかな、連絡しました。けど出なかった。着信には気づいているはずなのに、返事は無かった。朝から夕方、夜までの日もありますが仕事で、隣にはすぐには行けなかった。母親と妹と暮らして住んでいますが、様子を聞いても何も知らない、偶に娘さんらしい人が出て来るのを見たけど、と。どうも気になってきて、休みの日に、即ち事件のあった日に――行ってみたんです」
何故か玄関のドアは開いていた、だから中に入った、怪しい所は他にないと言い張る。
「恨んでいた?」
「本当言うと、恨みというか、不満でした。他に男ができたのか、俺に飽きたのか、とか」
「殺すまでには至らず、か……」
ええ、とAは手で汗を拭く。
「あくまで」
突然、あたりめ刑事は厳しく釘を刺す。
「君の話を信じたら、の話にすぎない。人間は嘘をつける動物だからね。ちなみに俺は『あたりめ』ではない。不動、という名前がある。あたりめを入れた袋をいつも持ち続けているのはホテイ、布袋刑事だ」
言われたホテイ刑事は苦笑いで誤魔化した。困惑させてすまない、布袋虎鷹です、立派な名前でしょ、と明らかにした。
「さてと、そうだな……整理がついた所で、一旦落ち着くか」
まるで煙草を一本吸いたくなった素振りを見せる。
「どうするんだ? 事件はますます分からなくなっただけじゃないか」
渋い顔で不動刑事は困憊していた。
「困った時の神だのみ……あそこ行ってくるか」「あそこ?」
ニヤッと笑って、立ち上がった。
ミヤコ・マリ心霊相談所――簡単・お手軽・悩まないくじけない、相談無料、と聞こえはいいが、適当で、『早い・安い』も売りだった。
閑静なオフィス街にて、刑事らが訪れたのは、駅からは五分ほどで着くビルの三階に在する事務所で、『心霊・除霊・浄霊専門』『ミヤコ・マリ』と表には看板がある。
通された部屋では所長の都マ理、助手の黒田聖時と紹介され、刑事らは布袋、不動と名乗り、警察手帳を見せた。
「電話でお話させて頂いた通りの事でして。ほとほと推理には困っていましてね。AIに聞いたら、ここに繋いでくれました」
ソファに座ったホテイ刑事は経緯を説明した。事件といっても全容ではないが、大筋は伝えていた。
「へえAIが。それは早い。SNSや口コミは禁止って事にしてきましたけど、漏れたかな」
マ理は運ばれてきた珈琲を啜りながら、カップを置いた。
「AIったって正解ではないんですが、まあ悪事とバレたら現行逮捕すればいいんで。ひとまず、こちらは本物ですかね」
クスクスとマ理は笑う。「本物とか偽物って無いでしょう。唯一無二です」余裕たっぷりだ。
「話を戻します。率直に言うと、事件解決にご協力を願いたい」
横から不動刑事が口を出した。和やかだったムードが、一気に引き締まる。
「降霊ですね」
マ理が目を伏せそう言うと「そうです。その方向で」とホテイ刑事は言った。
「お電話だけでは詳しい事件の内容は分かりませんが、要は犯人が誰かを知りたいと?」
「ええ。被疑者ら死亡で行き詰ってしまったものの、ならば幽霊に聞いてみようじゃないかとAIに教えてもらいました。奇想天外ですが、当たって砕けてみてもいいんじゃないかと」
「素敵です」
話はトントン拍子に進む。珈琲が冷め切ってしまう前に打ち合わせは終わった。
「では我が署でお待ちしています。時間は本当に真っ昼間でよろしいんですか? 別に夜でも会議室が借りられますから、都合よろしければ手配いたします」
にこやかにマ理はお断りした。隣で見ていた聖時は察している、マ理は仕事が終わると必ず休憩だと言って帰宅前にカフェするのだ。夜だと閉店してしまい限られてしまう、この人きっと頭の中は周辺のカフェやメニューでいっぱいなんだと読んだ。
光を遮れるカーテンなどのある部屋と、ローソクをご用意くださいとだけ伝えた。ローソクは無ければレンタルでご用意しますとも。
え、それだけでいいのと聞いたが、またもや笑顔でマ理は返すだけだった。
翌日、訪れたマ理と聖時が通されたのは、取り調べ室Eだった。エアコン音だけがする。「消しますか」「いえ、大丈夫です。結界張りますから」とマ理が言うが、ならば消した方がいいのではと刑事らは思ったが、かわした。
Aにも呼び出して参加してもらっている。Aと、ホテイ刑事と不動刑事、マ理と聖時の五人が集まった。小さな部屋なので暑くならない様にエアコンの温度を下げる。
「花を持ってきたのは、折角降りてくださった幽霊様に敬意を表す為です。お香も、線香だけではなく、女性だという事でフローラルなものをご用意させて頂きました」
マ理がそう言う様に、薔薇の花を生けた花瓶と、お香立てが用意された。聖時は分かっている、経費に落とすつもりだと。
「では早速始めましょう、ローソクに火を灯したら、カーテンを閉じて絶対に光を入れないで。聖たんにもらったお札、しっかり持っててね」
マ理以外は無能なので白い折り畳み封筒に入っているお札の『スーパーおふだ』が身を守ってくれる。悪意が無ければいいが、それは始まってみないと分からないからである。
おさらいをしておくが、マ理達に頼んでいるのは推理ではなく降霊である。被害者と被疑者である娘は死んでいるのだから、本人らに聞いた方が手っ取り早いという即決判断だった。しかし、そんなに上手く自白するだろうか、という懸念はある。
「では」
仕切り、始まったと一同が思った同時に、若い女の声がした。「私が殺しました」解決。しかし早過ぎて誰もが止まった。
声を発した主は、マ理だった。場にいた全員が息を呑み、注目し、Aと二人の刑事だけが怯えている。
「何だ、最初からいたのですか、マ理さんの中に」
極めて冷静に聖時が告げた。一体いつからか、事件を請け負った時からか、不明だがどうやら聖時の言う事らしい。
マ理よりもトーンの高い声で女の声は続けた。
「ずっと憑いてたから。あたりめさんに」
あたりめ……刑事は顔をお互い見合わせる。ホテイ、不動のどっちにだと背筋を凍らせた。
「あの日は……」
自分はBの娘だと告げ、思い出しながら語っていった。あの日に起きた出来事を――。
病んでいた母が珍しく昼から起きていて、リビングで鉢合わせした。つい、最近、あの人来てないねと言ったら、何でアンタがそんな事を気にするのよ! とヒステリックに叫んだ。そして叩かれ、転んだ私に吐き捨てる様に言った。
いいわよ、あの人と別れてあげる。アンタ、あいつを好きなんでしょう? 時々、覗いてたもんねぇ、私達を……。
意地悪くそう言って、私を見下した。あーはっはっはっ、楽しそうに笑う声がよく響く。これが母なの――その姿に、絶望した。母は病んでしまった。私も、体が弱い。だから外出もろくにできず、母には昔から苦労させていた。
けど決して見捨てられる事はなかった。どんなケガを負っても、病気になっても、自分が壊れていくまでは、優しい母だった。
立派だった母だったのに――どこで壊れたの。
気づけば、金槌を、背後から母の頭上に振り下ろしていた。
どうしようどうしよう、私は恐怖と焦りでいっぱいだった。このままだと私が犯人だとすぐに分かる。逃げよう――と、ドアを開ける。
どこへ?
行く所なんて無いじゃない……。
必死に考えてみても、どこへも逃げれる場所なんて無い。
死体を運ぶ力も無い、隠せない。
なら、なら、なら……二階へと逃げ込んだ。その前に玄関のドアを開けた、そうよ早く発見されればいい。隠さず、ドアは開いてて、誰でも出入りできる様にすればいい、誰かが泥棒に入って、母を襲ったのよ、私じゃない。私はずっと気づかずに、二階で寝ていたの、そうよ私じゃない。
暫く経った頃、玄関から声がした。
そして足音、あの声は、知っている。愛するあの人の声だ、何故今ここに。
静かに階段を下りて行くと、様子が変だった。当たり前ね、母が死んでいるのだもの。どうしてあなたがここへ来たんだろう――私はぼうっとした頭で、スマフォを手に、録画を開始した。
そうした方がいいと直感だった、何の意図もない。言わば悪魔からの囁きだったのかもしれない。
録りながら、何が起きたのか――母の叫びが聞こえる、金属の叩く音がする、襲われているの? どうして?
やがて二人がリビングから出てきて、母が倒れたら、今度はあなたがこっちを向いて、恐ろしい顔をした。胸が痛い、鼓動が激しくなる。何もかもがヤバい、私は逃げて、二階に戻ろうともがいた。でもダメだった、部屋に行き着く前に、キュッと締めつける心臓で痛かった、頭がこんがらがって、息ができなくなった。助けて、という声も出ないで、体が宙に浮き、階段で転がって、後は知らない。
私が語れるのは、ここまでよ。
マ理の口から語り終わると、気が済んだ様で勝手に成仏してしまった。
あースッキリ、とマ理は背伸びする。
「なるほどねぇ、話を聞く限りでは、お母さんに何か、娘さんにも悪霊に取り憑かれてたんじゃないのって思えちゃうけど。知りませーん」
肩をほぐしながら、腕も振り回した。
聖時はお疲れ様、と声をかけ「事件は解決しました」と刑事らの顔を見た。
「人間は嘘をつけるが、幽霊もつくだろうか」
「それより、犯人が分かった所で証拠は無いから立証は難しいかと」
スッキリどころか深刻になってしまった刑事らは、歯痒く座り込んでしまう。
「そうか、それならば」
マ理の視線はAに向けられた。そして指をさして「あなたにも聞いてみましょう」と言った。そして意外な事を続けて言う。
「あなたにずっと憑いてましたよ、お母さんが」
Aは動けず「え?」と後ろに身を引いて、マ理を見つめた。「いつから」「お会いした時から居ましたよ。バレッバレです」「そんな」
「言いたい事がおありなら、どうぞ言ってください。私は『除霊・浄霊』が売りなんで」
このチャンスを逃すなと脅しをかけている。マ理の目は真剣だった。それに乗じて、取り憑いていると指摘されたAの体に母親が表れてきた。「さすが、専門の業者だな」と出した声に一同は驚く、決して明るくはなく、男ではない女の、年いった声だった。
呼ばれて存在を認められた事に嬉しいのか、だが、次第に微笑みは萎んでいった。
「あの子がこいつに想いを抱いていたのは知ってた。こんな三角関係に、私は日に日に気が触れて、可笑しくなっていくしかなかった」
寂しそうに、天を見上げる。残念だが、古びた天井しか見えない。
「もう、終わりたかった……」
母も語り出す。
かつて元気に働いていた会社を辞め、身体の衰えとともに働く気になれず、朽ちていく一方で、貯金も残高が厳しくなっていく。これは病気なんだろうかと何度も病院へと考えがよぎったが、行く事はなかった。
目に見えない脱力感と鬱な気分に毎日と侵され、このままではマズいと危機感が募った時に、娘と鉢合わせる。即座に話さなければ、と思った。脳裏には、あの人の事を――可愛がってくれた、あの男の事を。
しかし出てきたのは全く違っていた。何が自分の身を、口を、頭を動かしていたのだろう。私が娘の為に身を引いて、あの人を譲る。譲る? それはいいだろう、あの人はとても喜ぶだろう、だけど私はそれに耐えられる? 本当に?
聞くに堪えない酷い言葉を娘に浴びせ、暴力を振るい、気分がよかったのだけは覚えている。嫉妬、シット、妬み、ネタミ。呆れていたでしょうね、我が娘。ええ、あなたの前にいるのは、ただの年老いた女。ええそうよ、オバサンなの、だから出て行くわ、今すぐにね。
涙を流したAから抜けた母親の姿は拡散し、天井を突き抜けて昇って行った。何かを望んでいた訳では無いのか、聴いてくれるだけで充分だったのか。
ちょっとアナタ聴いてよ、ウチの子ったらねぇ……。
マ理は合掌し、成仏されました、と呟いた。
「内なるものに吞み込まれて悪霊と化したお母様は、消えました。取り憑かれていたアナタ、もう今からは気分が変わり、日常へと戻るはずです」
付け加えた内容に、いや、周りからは犯人と疑われたままでは日常へと戻れる気はしないって、とAは愚痴た。
「それでは!」
マ理は溌剌と姿勢よく立ち、パンパンと手を打ち始めた。「もう一人、呼びましょう」と降霊を続ける意思を伝える。
「とは言っても人じゃない、金槌の、金ちゃんです!」
もはや独壇場のマ理の、トドメの一撃。なんとそれは……精霊?
呆気に取られている暇もなく、何も無い空間から「それ」は現れた。「おうよ! 話は全て聞かしてもらったヅチ!」キャラが濃かった。
見ても金槌のゆるキャラとはこんな感じです、と言える可も不可もない姿に、失笑だった。
「オラは全てを知っているヅチ、あんたらが言ってた事は、みんな合ってるヅチ。オラは長野さんとこの、本名はハン・マーっていう、よろしくヅチ!」
テンションが高めで、長野って誰だと聞きたかったが、先にハン・マーが言ってしまった。
「オラの実家で、引っ越す際にお母チャンがオラを持っていったヅチ。とは言ってもほぼ使われる事なんてなく、最近になって箱からオラを外に置いたヅチよ」
それを聞き、母は何をするつもりだったのだろう、修理か? と想像を巡らせたが、答えを得られるはずがない、当事者達は成仏してしまったのだから。
「殺意があったんじゃないのですか、女というものは」
久々に声を上げたのは、聖時だった。
「アナタを使ったのは誰? あの事件の時に――」
それは聞いていた事と変わりなかった。事件の日、娘が母を殴る、そして母がAに襲いかかる、という流れ。付いた指紋は、母と娘しかなかったのだという。
「仮に最後で拭き取ったにせよ、上から二人の指紋が付いていた事により、アナタは金槌に触っていない。もしアナタが凶器に使ったのなら、指紋は残る。拭き取ってしまったなら、誰の指紋も残らない。違う?」
素手であった事、拭き取る余裕などなかった事など、示せば、Aが犯人ではないと言い切る事ができるのではないか、という希望を伝えた。
「証拠が見つかればいいですね」
「まぁ、そうだね」
聖時とマ理は終了を宣言した後、帰り支度を始めた。目が覚めた様に刑事からは御礼を言われ、後日また改めて御礼に伺いますと頭を下げられた。
帰り道、署を出て歩いていると、聖時が話を切り出した。
「まさか精霊まで呼び出すとは、感服しました」
照れもせず、マ理には痒くもない程度だよと顔で教える。
「だって憑いてたからね、払ってあげないと影響出るでしょ。ああそうだ、お札だけど持ってたのに効いてないじゃん。期限切れてた?」
聖時が驚いて「期限て」と不思議がった。
「効力期間ってものがあるの。私の念のこもったそのお札は、使わないとどんどん古くなって薄れていく感じ。新しい憑依霊はつかないけど、もともと憑いていた霊を追い払ってはくれなかったみたいで、おかしいなぁって思ってたの。追い払ってよかったけど」
そうだったか、と聖時は反省した。つまりはただの紙だったのか、危ない。
ふいに、マ理はゲラゲラと笑い出した。「モノに好かれるなんてアリ?」
舗装された歩道を、歩く。夕方までには時間があったので、マ理がまだ行った事のないカフェに向かう事にして、今からでも注文は何にしようかと悩んでいる。迷わなければ署の出た道からは十分以内に着けるはずである。
「しかし、本人達の話で犯人は自白、事件は解決したし成仏もしたのに、証拠が無いからと迷宮入り。何て未消化なんでしょうね、まぁ、こんな事はしょっちゅうですけど。スッキリできる方が数少ないのではないでしょうか」
「ホラーって、幻想よね」
マ理は青空を見る。
「ハッキリしないから怖いのよ」
見えないもの、信じられないものへの畏怖。見えるものと、信じるものがないと強くはなれないという事か。マ理は目を細め、自分にある能力に感謝したいと思った。
「見えないものの方が圧倒的に多いのに、それを認めないのは何故だろう」
空気を手ですくって、空へと投げた。
夜空の星が見えるのは光があるからで、昼間の星が見えないのは日の光が強すぎてあるからで、暗闇で見えなくとも、そこには「ある」。
「想像するしかないですね」
聖時はそれに付け加えた。「楽しみましょう。貴女の様に」物語は続くのだ。
想像力を失わない、明日からも、物語は待っている。
この話には、別の物語Xが存在する(元ネタわかるかな、名探偵の…)。
想像にお任せする。というのは逃げ。
ご読了ありがとうございました。
後書きは、ブログで。




